第十五話「暴風衝戟」
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履きなれない靴とサイズの合っていない洋服を着る。
ボロボロになった前の洋服は寝ていたベッドに投げ捨てた。
二つに分断されたカーテンを開けると真っ先に目に飛び込んできたのは真由とめぐるが一徹に何か報告している様子だった。
近づいて行き、奏の存在に気付いた三人はこちらに振り返る。
「着替え終わったか」
「サイズは合ってないけど動きやすくはなったよ」
事情を聞く。
どうやら、めぐると真由は木通の言っていた通り、とある任務を受けて遅れたらしい。話は難しいことで今の奏にとって損か得か、分からない情報だったが一応、耳に通して置いた。
「それにしても、この前会った時よりも何倍も凛々しく鳴られましたわね。奏様は」
微笑ましい笑顔で真由は振り返っていた。隣にいる、めぐるも首を縦に頷いていたが肝心の本人は彼女の言っている言葉が理解できていなかった。
確かに最後に真由達と別れてから色々なことが起きた。
瀕死に勝る対決をし、友を失い、闇に堕ち。全て普通では経験できない様なことだらけだ。
だけど、奏は今を相当、楽しんでいる。――決して、遊び半分という意味ではない。ここに来た時まで思っていた緊張感が全て抜けきって、本来の百パーセントになった一条奏でこの先を行けることが恐らく真由達から見て変化したのだろう。
「それと見た目も変わったよね、奏くん」
再度、めぐるが口添えをした。
両手を確認して、自分の変化に気付いていない奏は呆れた顔をして小首を傾げる。
「それなら、簡単ですわ。髪の毛がこの前会った時よりも伸びているからですよ」
「……髪?」
「ああ、そうだね。でも、髪の毛ってこんなすぐに伸びるものかな?」
そう言えば、と奏は真由の言葉に思い当たる節を考えていた。
自分の視界に入る髪の量が増えたように思えた。
「――――それは多分、能力を使ったからじゃないのか?」
三人の会話に傍の椅子で休んでいた木通が口を挟む。
「能力って言うのは多種多様だからな。副作用だって、条件付きの力だってもちろんある」
「でも、今までは能力を使ってもそんなことにはならなかったぞ?」
「それは今まで使っていた能力が本来の力じゃなかった、ってことだろ?」
「そう言うことか……」
奏は一度、死んだと同等の結果を引き起こしている。――白色の世界に言ったことによって奏の心の中にあった「前世」という錠前が外れた結果、条件が解除されて力が溢れ出ている。
ならば、奏の代わりに身体を乗っ取った「終焉」の副作用によって髪の毛が伸びた可能性もあると言うわけだ。
何故、木通がそんなことに詳しいのか。そんな所は追及せずに奏はその話で考察した内容で自分自身を納得させると共に邪魔くさい、髪の毛をどうしようかと辺りを見渡した。
「何をお探しになっているのですか、奏様?」
「いや、前髪もそうだけど後ろ髪も伸びて、首筋がチクチクして気持ち悪いんだよな……」
ハサミで邪魔な髪を切ろうかと最終手段に手を付けようとする。しかし、そんな奏の意思を知っているのか、隣のベッドで着替えをしていた女性陣がカーテンを開けて近づいて来た。
そして、渚がポケットから何かを掴み取ると奏に椅子に座るように指示を仰いだ。
「一条くん、そこの椅子に座ってください」
「……あ、ああ」
言われるがまま、奏は椅子に腰を降ろした。
そして、生まれて初めて一条奏は後ろ髪をポニーテールのような髪型にセットされる。髪が少ないのでボリュームには欠けるが普通に似合っている。
カチューシャで前髪を上げるよりも、何倍も似合っている。
前髪は邪魔にならないように軽く切ってしまった。
渚にされるがまま、しばらくしていると「できました」と声が掛かり、奏は目を開けた。
「本当なら、普通のハサミで切っちゃいけないんですけど……」
「それにしても一条、もの凄く似合ってるな」
「一条くん、可愛い」
「さっすが、かなぴょん。イケてるね!」
女性陣の反応は悪くは無い。
そう言って渚は持っていた手鏡を奏に渡し、奏は自分の姿を鏡に映した。
まったくもって、あまり好きにはならない中性的な顔に掛かる前髪、鏡をちょっと逸らして髷のように縛られているポニーテールを見て、思わず失笑してしまった。
「着替え終わったなら、迅速に行動しよう。敵は監視カメラと鳶姫によって大方、こちらが佐藤真桜奪還を再開させようとしているのは知っているはずだ。ここからは今までのような戦闘じゃない、能力者同士がぶつかり合う戦争だ。一瞬でも気を抜いたら、死ぬと思え」
全員が揃った所で一徹が最年長として声を連ねた。
不安そうな顔をしながら、部屋の隅で待機していた姫宮アゲハは心苦しそうに俯いた。己の能力により、知っている未来に着々と近づいていることに恐怖を覚えていた。
覆すことの出来ない、自分の最後を――――。
そして、まだ未来或る高校生達の悲惨な末路を――――。
不安そうな表情をしていたアゲハが、ふと顔を上げると一徹を除いた高校生組が心配そうに見ている。慌てて表情を作り直すと出向間近の彼らの方に足先を向けていった。
「姫宮。別に行きたくないなら、ここに残っていてもいいんだぞ」
みんなの言葉を代弁するかのように奏が呟いた。
姫宮アゲハには未来が見える。しかし、それは全てが上手くいくとは限らなかった。
例えば、テストの内容が未来予知で見えたとしても、その先の未来は二分岐される。見えた未来が全て正しいのかと問われれば、確かに正しい。しかし、それはあくまで未来を見ていない状態での未来なのだ。変わった未来は映し出されることは無い。
アゲハが唐突な頭痛で未来が見える場合、それまでの未来予知を覆されたことを意味する。この部屋に武装兵が来ることは彼女の前視た未来予知には存在していなかった。
だから、未来は見えても、未来が変わった後の未来まではその時が起こるまで分からない。
「行きますよ。ここまで着いて来て、いまさら行かないだなんて馬鹿みたいなことは絶対にしませんから。未来は自分自身の力で切り開きます」
申し訳程度の笑顔を見せ、アゲハは奏達を一先ず安心させた。
しかし、心に残るのはまだ未来の変わらない未来。
――――この未来が必ず起こるなら、一条奏くんは……。
お金で雇われていた、自分の能力を嫌いで仕方なかった姫宮アゲハは今まで出会ってきた人とは違う、別の感覚を持っている人だと一条奏を見ながら考察していた。
薄汚い、自分の能力で荒稼ぎするような人間。
未来予知という能力のお蔭で何度、学校を転校したかわからない。
親は次第に廃れて、仕事にも行かなくなって、競馬や宝くじといった未来が見えるからこそ手に入れることが出来るお金にしか頼ることが出来なくなった。
楽しかった生活は終わり、彼女は化け物のような目で見られるようになっていた。
そして、気づいた時には自らの手を血で染めるような裏職業に就き、何年も生きてきた。
その中で得た希望、その中で知った希望。姫宮アゲハにとって一条奏は自分の未来を大きく変えることが出来る唯一の存在だと、そう思った。
ここが姫宮アゲハの分岐点だと、佐藤真桜の話と、未来予知を知って決意をした。
だから、彼女は未来の変わらない未来になろうとも、その足を絶対に止めはしない。
「……そうか? なら、いいけど。あんまり無理はするなよ、危なくなったらすぐに俺に一声掛けてくれ」
「わかりました。一条奏くんに頼ることにします」
話が終わって準備の整え終った高校生組、プラス、姫宮アゲハと粟木一徹は部屋を出た。
既に気絶している武装兵達は廊下の隅で絶対に動けないように拘束しておいた。流れるまま奏達は廊下を出ると狭間の階、三階と四階の狭間から階段を昇って行った。
まず始めに着いたのは非常階段の三階と書かれた部屋の前だった。
「それでどっちに進むんだ?」
「取りあえず、四階に下がろう。佐藤真桜を奪還するのが最も重視する目的だからな」
「でも、全員で降りて袋叩きに遭えば元も子もないだろ?」
「それは三階に上ったとしても同じ結果だ。だったら、少しでも近づいて行った方が良い」
木通の冷静な判断で奏は納得をすると全員が音を殺して、階段を下って行った。
四階に降りたということは地下七階の機械島、すなわち最も深い最下層に真桜が収監されているということだ。アゲハから聞いた情報なので確かである。
五階と六階のエントランスホールの床は奏が終焉に身体を乗っ取られていた際、破壊した。
しかし、不幸にも五階と六階、それと七階は複雑な形状をしているため、上の四階とは全く違う作りになっているらしく、また地下六階に降りるためにはエレベーターでは行けないことが先の作戦会議にて、一徹より聞いた話だった。
「ここだ」
非常階段四階、と書かれた点滅が奏達の視界に映る。
目の前には扉。そして、先頭を歩いていた一徹がゆっくりと、徐にドアノブに手を掛ける。
「いいか、これを開ければ俺達は後戻りすることは出来ない。生きて地上に出るか、死んで大海原に遺棄されるか、その二択だ。――――覚悟はいいな、お前達?」
何度も自分に言い聞かせた言葉を、一徹は改めて口にだし、全員の意識を最高潮に高めた。
数々の修羅場を潜り抜けた粟木一徹という男ですら、こんなに巨大組織を相手にしたことはなかった。自然とドアノブを握っていた手が震える。自分の起こした行動が間違っていなかったと嘆くように。
後ろを振り向いた一徹は自分の愚かな思考をすぐさま、卑下した。
自分よりも歳下のまだ未来ある少年少女達が己よりも、凛々しく真剣な表情で待っている。そんな姿に一徹の脆弱な気持ちは一瞬にして掻き消された。
自然と震えていた掌から、震えが止まる。
全員が静かに頷いた。
そして、一徹は覚悟を決めると地下四階、エントランスホールに出る扉を勢いよく開けた。
「……嘘だろ」
思わず、京子が声を漏らした。
地下四階、エントランスホール。その中央にたった一人―――否、たった一機で立っているのは京子と奏が死にもの狂いの思いで戦って、倒せなかった人造人間の姿だった。
声を上げ、絶句する事情を知っていた三人以外は「人」ではない「機械」の存在に驚いた。
そして、四階の非常階段に首を向けた人造人間は機械的な口調で宣告する。
「登録データを確認します。――――侵入者八名と裏切り者、姫宮アゲハと粟木一徹と判断致しました。これより、攻撃モードに移行し、全員を排除します」
両手を前に伸ばすと零号機とは形状の違った掌に二人は気が付いた。そして、ものの数秒で掌に開いている小さな穴から、眩い光が全員の思考を変えた。
一番前にいて、状況と判断が素早かった一徹がすぐに振り返り、指示を仰ごうとした瞬間に人造人間の掌からは眩い光の閃光が発射される。
「避けろ、お前達!!」
だが、誰一人として避けることはしなかった。――いや、相手の攻撃は光。ハッキリ言って回避できる可能性としての見込みは薄い。無い、と言っても過言ではないだろう。
ただし、それはあくまでも普通の人間。そして、彼の能力を知らない人間だけだ。
「めぐる」
「任された」
発射される直前、めぐるは奏の声によって一徹の前方に滑り込むように走っていくとベストタイミングで両手を伸ばし、全てを撥ね返す究極の盾を創りだした。
「反撃の焔硝」
光の閃光は次の瞬間、撥ね返されて人造人間に向かって行った。
それと同時刻、めぐるが滑りだし、攻撃を撥ね返す寸前に奏とのアイコンタクトで京子達は駆け抜けて人造人間の元へと向かっていた。
右方向からは京子。左方向からは奏。そして、先の戦いで仲良くなった瑠璃と小町が協力をして肩車をすると小町は風の力を利用して、天井すれすれまで瑠璃を投げ飛ばす。
三方向からの同時攻撃。いや、自らの攻撃も含めると四方からの攻撃に人造人間は陥る。
「暴風振動!!」
「闇屑星Ver.円盤モード!!」
「創造。――死刑鎌」
一斉に四方からの攻撃を受けた人造人間。もし、仮に零号機と同じ機体だったとしても奏の攻略方法で倒せることが分かっていたので一切の加減なく、前よりも強く、捻じ込んだ。
「やったか?」
木通が声を漏らす。
しかし、その言葉とは裏腹に奏達の表情が次第に青ざめていくのが遠くからでも分かった。
「データ検索…………、読み取り完了しました。これより、一号機にアップデートします」
次の瞬間、爆風ともいうべき強さで攻撃をしていた三人は一斉に左右へと飛ばされた。
床に叩きつけられて、苦しそうな顔で立ち上がる。
「……不味いぞ」
「不味いって何がですか?」
「天原の研究を少し見せて貰ったことがあるんだよ。その中にあった「人造人間計画」には色々と厄介な機能が数多くついていた。俺が知らない奴も、もちろんあるだろうよ」
「さっき、一号機にアップデートしましたって言ってましたけど」
「ああ、最悪だ。あのタイプは――――相手の能力を瞬時に解析して無効化する。バリアーなんかよりも、よっぽどたちの悪い俺達にとっては天敵のような機能だぜ」
零号機の使用していた、対能力者専用能力無効化機能とはすなわち能力を無効化させる力を持った機能。しかし、一号機が使用した力は相手の能力を瞬時に理解して無効化する機能。
聞いてみれば、どちらも同じような機能かも知れない。だが、その力の強さは歴然である。
例えば、前者の場合、奏が使用した突破口で相手に攻撃を当てることが出来る。
しかし、校舎の場合、幾ら奏の攻撃を当てようとも、当たらないのだ。
当てなければ、能力は機能しない。
一徹は思わず、苦虫を噛み潰したような顔つきをした。
「それじゃあ、どうすれば……」
上司の一徹に対し、木通が困ったような様子で告げた。
当たらなければ機能しない。元より木通、一徹には攻撃手段はない。相手が攻撃をして機能する能力と非攻撃の能力を持った二人にはこの手段を打開する手立ては見つからなかった。
そう思っていたのも束の間、再び、めぐるの元に閃光が掌から飛んできた。
何度も隙間なく攻撃してくる閃光に流石にめぐるも苦しそうだった。連続で使用できる限度があることを知っていた小町はどうにか打開しようとするが方法が見つからない。
非常階段にいったん、隠れても良いがそれでは奏達に危険が及ぶ。
「わたくしが後ろに回って攻撃を、銃ならば能力ではないので回避はされないはず……」
そう言って座標を確認した真由が跳び起とうとした瞬間、渚が彼女の手を引っ張った。唖然とする真由を余所に目を閉じ、集中力を高めていた渚は覚悟を決めた様子だった。
ゆっくりと真由の方に顔を上げて、
「私に行かせてください」
その場にいる全員が声を出さずにはいられなかった。
向こうでは一号機に向かって攻撃をしようとするも、届かない奏達が苦労している中で静かに見ていることしか出来ない自分に苛立ちが募っていたのかもしれない。
だが、渚が非戦闘民ということはここにいる誰しもが知っていた。
もちろん、E組の事情にさっぱり興味のない真由でも知っている。
「アナタには荷が重すぎますわ。ここは、わたくしが――――」
「大丈夫です」
何処から溢れ出るのか、その確信は、覚悟は並々ならぬものだった。
それでも任せることが出来ない真由は必死に渚の腕を離そうとするが、離れない。このまま移動すれば渚ごと一号機の背後に回ってしまうので、それだけは避けたかった。
ぎゅっ、と握られた掌は何処か震えていて、恐怖はまだ感じていた。
「判りましたわ。そこまでアナタが言うのならば、一緒に行きましょう」
「待って、流石に間宮さんは連れていっちゃいけないと思う」
「判っています。私がどれだけ、頼りないのか。みなさんの足を引っ張っているのか。でも皆と同じ覚悟を背負って来たんです。ただ、指をくわえて見ているだけでは私の覚悟が無駄になってしまいます!」
「……間宮さん」
その表情は、常にアワアワしている渚の顔つきではない。
何処か、本気で覚悟を決めた一人の戦士のような表情をしていた。
「わたくしが今から背後に飛びます。そこで、わたしの銃を取り出し、発射するまでの時間を間宮さん、アナタに任せましたわ」
「判りました。……大丈夫、私には新しく得た力がある。大丈夫」
「それでは行きますわよ!」
合図と共にめぐるの構えていた場所から、真由と渚の姿が消えた。
そして、次の瞬間、攻撃をして再び吹き飛ばされていた奏達の視界の中に一瞬にして二人は姿を現す。三人が驚く間もなく、渚は眼鏡を外した。
そして、まるで模倣するかのように京子と同じ構えを取った。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
相手の裏をかいて攻撃した渚の渾身の一撃は全員の度肝を抜くような攻撃力だった。地面にヒビが入り、この小さな身体から、どれだけのパワーが出るのかと不安になるくらいの一撃。確かな一撃だった。
背後から、それも唐突に表れたことでこの一撃はダメージとして負った、と思われたのだが背中に目でもついているのか、一号機は人間では絶対に曲がらない場所に腕を伸ばすとその攻撃を防いだ。
しかし、渚の放った拳の威力が強かったのか攻撃をくらった右手の掌についている発射口は音を立てて破壊された。
一号機の機体が背を向き、渚の手を離さないように握っている所を見て京子は着地をすると全力で渚の元へと駆け抜けていって、相手の横顔に向かって飛びあがりながら拳を浴びせる。
「渚に手をだすんじゃねぇ!」
素早くもう片方の手で防がれたが、そのタイミングを見計らってか、真由が声を上げる。
「ブルー・キャノン!!」
放たれた青い閃光は左手に捕まれていた京子を離して、自らの発射口に吸収させた。度肝を抜く真由に一号機の注意が行っていることを確認すると奏は素早く低い体勢にしゃがみ込んで、滑り込むように渚を抱きかかえると瑠璃と共に、めぐるの元へと戻って行った。
駆け込んだと同時に頭上から、真由が京子の足を掴んで瞬間移動を終える。
「い、一条くん。ち、近いよ……」
「あ、悪い」
顔を真っ赤にして離れる渚と奏。
そんな姿を気にする間もなく、一号機は分散されていた力を集約させると、めぐるに攻撃を仕掛けた。流石に反射し続けるとエントランスホール全体が破壊されてしまうので、これ以上、過剰に使用するのは避けたいと、めぐるは言う。
「生憎だが、五階に降りる階段は一号機の後ろだ」
「一号機の注意を引きつつ、一気に下りるのが先決だな」
「どうしますか?」
「わたくしの能力で一度に移動できるのは三人までですけど、流石にそう何度も連続では」
暗い空気が漂う。
こうなれば一度、三階に向かってエレベーターで降りる手立てもあるがあくまで最終手段。
どうにも進む手立ては早速、困難に陥っていた。
「どうしたの、京子ちゃん……?」
苦悩を浮かべ、悩んでいた渚の横で中腰になりながら京子が拳を凝視している。
「私がお前達の道を作ってやる」
何を思ったのか、自信満々な様子で京子は全員の度肝を抜いた。
「何言ってんだ、長門。お前だけじゃ勝てないことは零号機でわかって――――」
「わかってる。わかってるけど、この中で唯一、あいつに勝てる希望があるのは、あたしだ。能力は未熟で拳でしか戦えない、あたしだけど仲間の通る道くらい幾らでも作ってやる」
頑固な彼女が決めたことに釘を刺しても納得してくれないことは重々承知だった。
不安の色を隠せない奏だったが、男気だけは誰よりもある彼女にここは一つ託してみようと全員に話を伝えると一徹がここでとある提案を打ち出した。
「ここからは二手に別れることにしよう」
めぐるの「反撃の焔硝」は未だに攻撃を弾き返しているが、いつ相手が肉弾戦で攻撃を仕掛けてくるか分からないので油断は出来ない。
一徹の言葉に全員の口が開いた。
「もし、仮に佐藤真桜を奪還しても地上に出て機械島から出られなければ、意味は無いんだ。だから、ここからは佐藤真桜を奪還する組と退路を確保するための組に別れようと思う」
「だけど、それだと戦力が劣るんじゃないのか?」
「もとよりあいつらに勝てる奴なんて、ここにはいない。数でねじ伏せても勝てる見込みは少ないんだ。でも、もし奪還できた場合、地上まで出られなかったら、それは本末転倒だと思わないか?」
何処となく一徹の言葉に正論性を感じる。
取りあえず、今は一号機に対する処理を優先したいが京子が残りたいと言う覚悟を決めたお蔭で比較的スムーズに話は進んで行った。
地上組――飛鳥、瑠璃、真由、めぐる、小町。
残る組――京子。
地下組――奏、木通、アゲハ、粟木。
戦力差は均等ではないが地上に出る前に残りのメンバーが奇襲してくることを大前提にした構成で決定しようと一徹は言う。
そして、最後の一人。渚が恐ろしく迷っていた。
「ま、間宮さん……? 流石に僕の力も限界なんだけど」
もう既に五分以上、いや十分は護り続けている。何故にそこまでして遠距離攻撃をしている一号機には謎めいた意味を感じるが近距離で攻撃してこないだけ良いとしよう。
悩んでいた渚は、決心をすると顔を上げる。
「私は京子ちゃんと一緒に、一号機を倒すよ」
その意見に驚いたものは恐ろしく少なかった。
多分、全員がそうするだろうと初めから思っていたのだろう。決心した渚の覚悟の瞳は何か新しい魅力があるようにも感じる。
全てが決まった後、行動は開始されようとした。
「それじゃあ、解除するよ」
指を横に逸らし、めぐるの能力は解除された。
そして、合間を縫い、一号機から閃光が貫く様に突き抜けていった。
「……ふぅ」
真正面から光の速度で閃光が向かって来る。その真正面に立っていた、京子は今まで全ての戦いを瞼の後ろに焼きつけながら、感じていた。
彼女に護りたいものはある。
一度、失ったと思っていた。もう絶対に失いたくない存在。
初めて出来た唯一無二の親友。そして、クラスの仲間。学園の友達。
――――特攻隊長という名に相応しい、進撃の幕開けをここに刻んでやる。
腰を曲げ、中腰の構え。
右腕を後ろに下げて、バネのように反動を付ける。
暴風振動? いいや、違う。
暴風衝撃砲? いいや、それでもない。
二つの「矛」の力よりも京子の脳裏に蘇るのは入谷幸平の「盾」の使い方だった。
「京子ちゃぁぁぁん!!」
――――聞こえる、渚の声が。あたしは全てを失っても、渚を護りたい。
「はぁぁぁっぁぁぁぁっ!!」
自然と拳に力が入る。
理屈ではなく、感覚で力を得た。
京子の瞳が情熱の炎のように真っ赤に燃えた時――――――――、その能力は姿を変える。
「暴風衝戟!!!」
その拳は実体しない、物質の閃光を己の拳の力のみで叩き潰した。
砕け散った閃光の欠片が宙を舞い、瞳の奥に見えたのは一号機の姿。そのまま、間髪入れず京子の腕はまるで鞭のように放たれる。
空気を伝って、暴発した衝戟は一号機を瞬時に後方の壁まで吹き飛ばした。
「今だ、走れ!!」
京子の怒りに近い大声を皮切りに奏達は地上に、めぐる達は地上へと進もうとする。
だが、そこで一人、木通が携帯に現を抜かし、立ち止まっていた。そして、何を思ったのか木通は地上に向かおうとしていた飛鳥の肩を叩いて、奏達について行くように指示をした。
「オレはどうしても片づけないといけない仕事が出来た。あとは飛鳥、お前に任せる」
二つの武器を携えた飛鳥を地下に任せると木通は器用に杖を突きながら、走って行った。
唖然とする飛鳥は奏の声で我に返ると急いで五階の階段に向かって走っていく。
「敵を……、再認識……、は、は、排除……、します」
音声が乱れ始めた一号機は依然、立ち上がる。
全員、四階から姿を消したことを確認した京子と渚は二人背をくっつけあわせると新しい力に満足する京子と、新しい力に目覚めようとする渚の笑顔が自然と現れた。
「嬉しいな。まさか、渚と背を合わせて戦えるなんてよ」
「私達、なんたって親友ですから」
「そんじゃあ、さっさと一号機を倒して」
「帰りましょう、みんなで! 神代学園に!!」
ゆっくりと離れた二人は手を握り合い、シンクロするように息を吐いた。
そして、動き始めた一号機を確認すると、戦いの火蓋は切って落とされた。
地下四階。
「人造人間」一号機vs.「進化した瞳」間宮渚&「暴風」長門京子。




