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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第三章:佐藤真桜奪還篇
54/70

第十四話「紫原昴」

 020



 武装兵が奏達の居場所を発見して二席(ツヴァイ)、鳶姫伊御と共に突入準備を図ろうとしていた頃。

 地下六階に生き残っている“ヴァイスハイト”はリーダーの指示によって、招集された。

 財力によって成しえて居た地上最強の集団も既に六名と数を落している。

 理由としては「死亡」「裏切り」「欠員」「消息不明」など自由気ままな組織にしては例外も含まれている。しかし、その全ては彼の掌の中で動いているも同然の出来事だった。――――と、彼らは知ることとなる。


 佐藤真桜を収監している、この七階は全ての部屋をぶち抜いて作られていた。

 大きな場所で研究をしたい、という狂化学者(マッドサイエンティスト)――天原佳織たっての希望で馬鹿みたいに広い場所を用意、六階という日が射し込まない場所でその青年は一人の少女と共にソファーで寝転がっていた。


 部屋の片隅に置いてある無数のTV。

 そこには機械島を監視しているカメラから受け取った映像を生放送で映している。

 色々な場所が映されているが、今、青年を釘づけにしているのは数時間前に撮影されたある映像だった。

 一人の少年が圧倒的に打ちひしがれて、敗北寸前になった姿に謎の現象が舞い込んだ。仲間の赤城涯が高笑いを浮かべて、余裕綽々としている姿はどうでも良かったのだが、やはり気になるのは自身の姿形を変貌させてなお、赤城涯という敵を倒そうと、殺そうとしている、姿。


 紫色の髪質、アメシストのような輝きを放つ瞳を持った青年は食い入るように見ていた。


 その映像を傍らに他の映像も横目で窺う。

 一つは一条奏の暴走によって破壊された同階、円卓会議の場。

 二つは地下七階にて監禁され、研究対象となっている佐藤真桜の磔姿。

 三つは今にもメンテナンスを終え、跳び起とうとしている新たな人造人間(アンドロイド)の光景。

 そして、四つ目。一条奏を含めた高校生組が隠れ階に占拠し、手配した武装兵を倒すために準備をしている映像だった。

 全ては青年によって監視されている。そのことを誰も知らずにいた。


「やっぱり、裏切り者は粟木くんだったか」


 四つ目の監視カメラの映像を確認して、自分の憶測が正しかったことに満足をする。

 まるで「全てを知っていた」と言いたげな様子で頭の後ろで腕を組み、寝転がる。


「分かっているなら、前もって言ってくれれば、こんなに慌てなくても良かったのに……」

「別に確証していた訳じゃないから言う程でもないと思ったんだよ。確信はしてたけど」

「全く、いつも適当なことばっかり……、少しは私の苦労も知って欲しいわ」

「それが僕の良い所でもあるんじゃないのかい、佳織?」

「……まあ、手間がかからないって所は良い所ね。称賛するわ」

「ありがと」


 ソファーで横になりながら、呑気に監視カメラの映像を見返している青年の真横でため息をついていた佳織はテーブルに淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを置いた。

 そして、青年がそれを手に取ったことを確認するとソファーの下で、ぼーっとしている少女にオレンジジュースの入ったコップを手渡す。


「どうやら、みんな集まったようだね」


 一息ついた青年がマグカップを置いた。

 既にこの部屋には現在、進行中の伊御を除く六名の“ヴァイスハイト”が集結していた。


「それじゃあ、“ヴァイスハイト”のリーダーとして僕から最後の命令だ」


 最後の命令。

 少し違和感を覚える言葉だったがその言葉を口にするくらい、ここは既に荒んでいるのだ。と解釈したメンバーは無言で頷いた。

 メンバー内に裏切り者がいた、ということは少なからず警戒していたことだった。こんな場に来る人は大体が頭の狂った戦闘狂(バーサーカー)、もしくは能力に関して研究をしたい狂化学者(マッドサイエンティスト)

 それから金に目が眩んだ亡者。

 恐らくどの選択肢にも当てはまらない奴なんていないと思う。

 人間の思考なんて言うのは簡単に掌握できる、青年は静かに思いながら立ち上がった。


「先ほど、上層部(ヽヽヽ)からの指示で撤退命令が出た。撤退条件は機械島に関する資料データ及び、機械島に関わった、メンバー以外の人間全員の抹消、ということらしい。武装兵も、そして今、侵入している高校生達も全員殺して構わないそうだ」


 もし、この場に赤城涯という純粋な戦闘狂(バーサーカー)がいたとすれば声を上げて喜んだだろう。しかし、彼はここにはおらず、そして彼のように声を上げて殺しを楽しむ人はこの場にいない。

 ただ全員、静かに殺意が蠢いていた。


「ああ、それと裏切り者の粟木くんと姫宮さんも高校生、武装兵と一緒に殺しても構わないという指示が下りた。元メンバーと言うだけあって実力は確かだけど君達なら、大丈夫だろう」

「待って、粟木くんの能力はともかく、姫宮さんの能力は稀に見るほどの稀少価値のある力だから、殺すことは無いと思うんだけど……」

「まあ、しょうがないよ。命令だからね」

「でも――――ッ!?」


 青年の言葉に反論を繰り返していた佳織は突如、口を開くのを止めた。

 理由は経ったひとつ、青年の殺意に似た敵を圧迫させる鋭い目付きが佳織の身体を止めた。恐怖に勝るその眼力は経った数秒、目が合うだけで相手の思考回路を封じ込めてしまう。

 口籠り、黙り込んだ佳織を見て口角を上げ、青年は話を続ける。


「佳織が言うことも一理ある。粟木くんの能力も非常に稀少だ。しかし、研究は行っていた。佳織の実力を知っているからこそ、僕は引き受けたんだ」


 部屋を突然、歩き始める青年。それを追い、少女が無言でついていく。

 青年は自分の悪魔のような力が嫌いだ、と愚痴のように言っていた。

 佳織と出逢い、そして全てを変えようと、世界を変えようと心に誓って、ここにいた。


「僕達は決して悪役じゃない。ただ、正義を貫くためには多少の犠牲はつきものだ。全てを護りたいなら、スーパーマンにでもなればいいさ。僕らは彼ほど器用でも、優秀でもない」


 部屋を周回しながら、永遠と演説のようなことを青年は言っていた。

 それがどんな未来を創造しているのか、この場にいる誰もが知らない。知っているのは彼と後ろにいる少女のみ。


「この島の施設と佳織の研究で能力に対することは大よそわかった。希少価値の高い彼らの細胞も微量は確保できた。――――ならば、答えは一つじゃないか」


 急に踵を翻し、六人全員が青年の正面に位置した。

 後ろを歩いていた少女は青年の足元に辺り、鼻を打ちつける。


「僕に従わない人間はいらないよ、全て殺せばいいさ」


 人を人とも思わない残虐無謀な様子が手に取るようにわかってはいた。そんな言葉を吐いて尚、平然とした表情で口角を上げている。目が笑っていなかった。


 メンバーが絶句し、困惑している。

 そんな中、青年は徐に監視カメラの映像に目を向けると思わず、食い入るような光景にTVに近づいた。全員が青年の行動を目で追いながら、TVに腕を掛けるまで無言の時間は続く。

 映し出されていたのは四つ目の映像。今にも武装兵が部屋に突入しようと構えていることを知っているように侵入者の高校生組は扉の前で相手の動きを待っていた。


「銃なんて能力の持った人間には玩具同然の代物だ、あんな人間如きに高校生組が負けると思わないよ。だから、やっぱり殺すには君達の力が必要みたいだ。全てを殺し、蹂躙して、そして、この島から出よう」


 それがリーダーである「JOKER」の言葉であるなら、この場に居る全員は素直に従う。

 この場に居る全員がJOKERを恐れて、恐怖して従っているわけでは決してない。恐怖による支配と言うのは案外、敵に流されて寝返ってしまう可能性だってある。だからと言ってJOKERに恐怖していない、という訳では毛頭ないのだ。

 要は青年――JOKERに対する絶対的な安心感というのが彼らの従う理由だった。

 最強と言われていた彼らを掌握するほどの力が身体から溢れ出ているのが同等、それ以下の力量を持つここのメンバーなら手に取るように分かる。

 最初にこの青年と出逢った時、全員は異様な空気の異変を感じていた。


 まるで今まで王と君臨していた自分が、数秒会った人に戦ってもいない相手に敗北を喫することなんて誰も予想だにしていなかったことだ。


 それだけ、七色家の中でも異端である紫原家の長男、紫原昴(しはらすばる)にはカリスマ性があったのだ。


「まあ、仕方ないわね。私は昴くんの意向に従うわよ」


 長年の付き合いで、紫原昴のことを他のメンバーよりも知っている佳織は呆れながら、賛同を表明した。続くように全員が言葉を漏らす。

 その中で一人、室内なのにも関わらず日傘を差していた十二席(トゥエルブ)――小夜子が昴の巧みな話術を聞いて、少しあることを思い出した。


「そう言えば、一つよろしいですか?」

「ああ、何でも聞いてくれ。小夜子」

「高校生組の中に、わたくしのタイプな女性がいたのですが、その方を持ち帰りすることは可能ですか? 出来れば、そのままわたくし専用の性奴隷に……、ぐふふ」

「本音が漏れているわよ。小夜子さん」


 ハッキリ言って彼女の特殊な性癖を知っている昴、佳織を除いたメンバーは隣にいた小夜子の元から、離れるように移動をしていた。

 日傘で顔を隠し、ぐふふふ、と声を漏らしながら、ヨダレを垂らしているのが目に浮かぶ。


「これはいけませんわ。淑女としてはしたない所を見せてしまいました」

「まあ、別にいいんじゃない。正し、その子を捕まえるなら、逃げられないようにしてよ」

「分かっています。しっかりと教育は施しますから」


 昴からのお許しも頂いた小夜子は終始、嬉しそうに声を上げていた。

 そして、TVの映像の状況が一変した所で昴は再度、全員の前に立ち手を叩く。


「それじゃあ、裏切り共々、全員を排除しようか」


 前もって指示されていた場所に各自が赴いて行く。一人が全員を殺すことは可能性としては十分にある。ただ、敵の隙を付いて突破された場合の後処理が面倒なため、昴はあえてこう言った陣形を取ろうとした。

 各数名に別れて、それぞれの階を守護し、やって来た敵を排除する。

 平等性のある、きわめて珍しい方法だった。


「ああ、日向くんと黒崎くん以外は少し残ってくれないか? 頼みごとは幾つかあってね」


 扉から出ようとしていた陽炎と龍一が一旦、止まった。

 しかし、陽炎と龍一はすぐに理解をする。――この場に残るのは能力を持っている人だと。

 ただ、月凪は例外として残ったのだろう。そう、自分に言い聞かせて指定の階に赴いた。


「どういうこと、私達をここに残すなんて」

「そうですわ、早くしないとあの子に逢えないじゃありませんか」

「…………」

「俺はどちらでも構わない」


 佳織、小夜子、獅子島、月凪、そして昴、少女と六名がこの小さな部屋に待機していた。

 そして、しばらくして全員が集められた本当の理由を知る。


「先ほど、彼女から連絡があった。どうやら、あの情報を掴んだらしい」


 その一言で全てを理解する。


「実を言うと上層部は何も指示を出してはいない、これは僕の独断の意向だ。彼らは頑なにこの能力研究を隠蔽したいらしい。さっき、上層部の電波を盗聴したら僕達とは派閥の違う、別の組織をこちらに送り込んできたって密約をしていたよ」


 それはつまり、政府が七色家に罪を全て被せて研究データだけを手に入れようとしている。佳織はすぐに分かりえることだった。

 ソファーに座り込んで膝の上に少女が乗ると、優しく頭を撫でた。


「そこで研究データを全て持って、僕は前の組織に戻ることにしたよ」


 にやり、とその場に居る全員が息を呑むほどの笑顔で昴は宣言をした。

 自分の家柄――七色家の指示によって強引に加入させられた“ヴァイスハイト”を脱退して昴達が前から目指していた目的を再始動させることをここに宣言させた。


「もちろん、付いてくるよね? 元同胞達」


 その場にいた四人は堅苦しく、しばられた組織に数年もいたうっぷんが貯まっていたせいか声を上げることもなく、全員の表情で意思が読み取れていた。

 少女の頭を撫でることを止めて、彼女を抱え上げるとソファーに座らせた。



「それじゃあ、今ここに再始動させようか。僕らの元いた組織、クロノスを!!」



 両手を広げ、高らかに宣言した昴の気分を害すように入り口の扉が静かに開いた。

 全てを終えた一人の青年が獰猛と殺意を剥き出しにしながら、機械音を立てて歩いてくる。


「待っていたよ、涯。君に頼みたいことがある」


 七色家という肩書を全て捨て、昴を含めた九人で形成されていた組織が今、再始動する。

 そして、世界は暗転する。



 021



 全員が絶句した。

 足が硬直し、その行動に反応できなかったからだ。

 肝心の奏でさえ、生まれて初めて拳銃を突きつけられて不思議と足が動かなかった。

 銃声が鳴り響いてこの場に居た全員が何もできないことを悔やんでしまった。

 しかし、数秒後、ある一人の声によって全員は目を見開いた。


「……なん、だと?」


 あまりに予想しない光景に伊御は驚きを隠せず、声に漏らしてしまった。

 狭く、小さな部屋。

 入り口付近には武装兵が気絶している。京子が扉の右側に、木通と一徹が左側、飛鳥は少し離れた所で荒く呼吸を乱していた。

 扉の真正面、伊御と対している奏は目の前に遮られたその後ろ姿を知っていた。

 乾いた口が、その人の名を零す。


「……め、めぐる!!」


 名前を呼ばれて振り返った。

 そこには、どうして知り合ったのか不思議なくらい優男な伊波(いなみ)めぐるが掌を伸ばして銃弾を受け止めていた。

 薄く張られた盾の先に銃弾が沈んでいた。


「積もる話は色々あるけれど、取りあえず――――」


 奏の様子を見て一安心した、めぐるは伊御の方に振り返った。

 そして、黒色の髪が風を浴びたように、ふわっ、となびくと瞳が三角形(デルタ)に変化する。


「――――君をどうにか処理しないといけないみたいだね」


 次の瞬間、ガラスを素手で砕いたような破壊音と共に伊御の右頬へと銃弾が飛んでいった。回避できず、伊御の右頬には擦れたような傷痕が出来て、そこから微量の血が流れた。

 伊御は静かに口角を上げた。


反撃の焔硝(カウンターチェック)


 伊御が再び拳銃を正面の、めぐる達に向けて向き直した。素早く掲げると傷口を痛がる間もなく高速で反撃を開始――――しようとした。

 しかし、銃口を向け、引き金を引こうとした伊御は咄嗟の気配に気づき、上半身だけを後ろに逸らして攻撃された方向へと銃口を向けた。


「ちっ……!」


 伊御が曲げた上半身を顔スレスレで通過していったのは一本の青白く輝いた閃光だった。

 態勢を立て直す間もなく、伊御は引き金を引いて攻撃に対する反撃を処置した。


「効きませんわ」


 声は次の瞬間、反対側から聞こえてくる。

 その声に、その力に、伊御は舌打ちを打ちながら、右足で強く地面を蹴り上げると壁に両足を付けて、天井へと飛んだ。


「ブルー・キャノン」


 宙に浮いていた大きな青色の砲台から、青白い閃光が伊御のいる通路を通過した。武装兵を薙ぎ払って通路が一瞬で洗浄されるも、その床に鳶姫伊御の姿は無かった。

 彼女はすぐさま、天井を見上げて銃口を上へと修正する。


「まだですわ!! ブルー・キャノン!」


 金色の縦ロールがなびく衝撃が発生するが、彼女は微動だにしない。

 今、叩かなければ今後、とんでもない脅威になることを聞いていたからかもしれない。手加減は無用だ。最初から全力で行け、そう友人から聞いた言葉を真に受けるように序盤から全力で攻撃を続ける。

 一方的な虐殺を見ているように、圧倒的な状況だとしても油断は出来なかった。

 ――――なぜなら、彼は七色家の中でも群を抜いてイカれている化物なのだから。


「畳み掛けますわ!!」


 処理演算を施した彼女は反対側にも同じトリガーを発生させた。

 これで両側から放たれれば、閃光自体は相殺されるものの、逃げ場を無くすことが出来る。新入生対抗トーナメントで一条奏と戦った時の経験が生かし切れていた。

 充電が終わったように次第に青白い閃光がトリガーの銃口に貯まっていく。


「ダブルブルー・キャノン!!」


 交差する二つの閃光は瞬く間に部屋を掌握していった。

 ここまで経過した時間は一分にも満たない。何が起こっているのか理解が追い付いていないメンバーを余所にここまでした攻撃は、ハッキリ言って無駄かもしれなかった。

 だが、彼女はそれでも全力で、殺す勢いで敵を――鳶姫伊御を叩きに行った。


「――――甘いな、縦ロール」


 しかし、次の瞬間、掻き消されるように青白い二本の閃光は消滅した。

 小さな爆発が起きたかのように音を立てて、消滅した。

 唖然とする彼女を余所に伊御は拳銃を回しながら、ダメージ一つ追っていない。


「う、嘘……」


 自分の攻撃が完全に防がれて唖然とする、呆然と、しばらく伊御の方を見つめ続けていた。


「俺には無数の能力(ちから)がある。お前如きに傷なんて負ってたまるかよ」


 伊御の力――「視稽古」。

 その中に攻撃能力は当然、回避に特化した能力だって存在する。

 しかし、それにしては妙に手間取っていた感じがあった。そんなことに気付くこともない。


「邪魔をするなら、この場に居る全員を殺す」


 何故、伊御は攻撃能力を使ってこの場に居る全員を殺さないのか。そんな疑問は考える余地もなかった。ただ単純に、奏達は現状をどうかしようとするためだけに動いていた。

 ――――そう、例えば最上真由の空間移動(スペースムーブ)で伊御の死角にいる奏達を背後に移動させることだって単純の中に含まれていた。


「――――ッ、後ろか!!」


 風を切る、奏の闇屑星(ダークマター)Ver.円盤モードが伊御の真後ろまで接近していたことに気付いたが、その状態から避けることは確実に不可能、という段階にまで接近しきっていた。

 投げ終わった奏が息を吐きながら、心苦しそうに見つめている。


「うぐっ……」


 咄嗟の判断で手に握っていた拳銃を盾にして闇屑星(ダークマター)Ver.円盤モードを防ごうとする。

 しかし、拳銃は瞬く間に削れていって、手首ギリギリまで接近する。伊御だって奏の能力が殺傷性あることくらいは熟知していた。だが、あまりにも反応が遅すぎたのだ。


「あぁぁぁっ!!」


 手首をすぐに捻るとその場で、助走もなしに伊御はバク転を成功させた。握っていた拳銃は大破するが何とか避けることに成功する。

 しかし、奏は伊御に攻撃を避けられたにも関わらず、その場でニヤリ、と微笑んだ。


「空中だと身動きは取れないだろ、伊御!!」

「ブルー・キャノン!!」


 斜め上に天井へと突き抜ける閃光が次の瞬間、伊御の身体を襲った。

 電撃に似た激痛に伊御は思わず、苦悩の絶叫を上げる。

 地面に崩れ落ちた伊御を見て、全員はその場で少し油断した。


「はあ……、あまり調子に乗るなよ」


 次の瞬間、部屋の中で待機していた全員が何か破壊された音に驚いた。

 監視カメラが壊れ、地面に落下する。


「これは監視カメラ……?」

「くそっ、最初からあいつらには分かっていたのか」


 木通と一徹は悔しそうにカメラを蹴り飛ばす。

 それらを聞いて、面白そうに伊御は笑いを上げながら立ち上がった。


「……そろそろか」


 そして、立ち上がった伊御はその場から姿を消した。

 驚く間もなく、次は真由が消える。

 廊下に佇むのは奏一人になった。そして、背後に気配を感じるとすぐさま、振り返った。


「真由をどこにやった……」

「大丈夫だ。あの縦ロールは向こうの部屋で倒れている」


 部屋に耳を傾けると真由の悔しそうな声が聞こえてきた。一先ずは安心だろう。

 すぐに伊御の方へ目を向けた奏は、ギリギリと歯を噛みしめながら、伊御を睨み付ける。


「どうして、お前に何があったんだ。教えてくれよ」

「……今は何も言えない」


 俯いて、伊御は静かに黙り込む。

 何も分からないまま、頭をくしゃくしゃと掻いた奏はため息をついた。


「あのJOKERって奴に脅されているのか?」

「いや、違う。ここにいる俺は俺の意思でいる。学園に潜伏し、佐藤真桜を連れ去ったのは、あいつの指示だった。だか、ここからは、この先からは俺が突き進む信念を通す」

「……お前の信念?」

「ああ、俺はある目的のために“ヴァイスハイト”に入って、情報を集めてきた」


 部屋から誰も出てこない。

 いや、出たら殺されるかもしれないという恐怖心が心の何処かにあるのだろう。

 真由は能力の過剰使用によって、地面に倒れて身動きが取れない。他のメンバーも奏が伊御と戦闘している様子ではないことを考慮して、しばらく待機していた。

 そして、時間が経過すると小町を筆頭に時間を置いて瑠璃、そして渚が目を覚ました。

 安堵する全員を余所に、五分もすると奏が部屋の中に入って来た。無言で。


「奏! 大丈夫だったか」


 開口一番に扉の傍にいた木通が声を上げた。

 気分が悪そうに顔色は悪く、青白い表情が何処か様子が可笑しい。


「一条くん!!」


 扉の一番近くに眠っていた渚が声を上げると自分の視力を押さえるための眼鏡を掛ける間も無いままに嬉しそうな表情を浮かべながら、大空を舞った。

 そして、奏の懐へと飛び込んでいく。


「な、渚……?」

「良かった、一条くん。ちゃんと生きてる」

「……なぎさ。ごめんな、俺がちゃんと護ってあげられなくて」

「いいんだよ、一条くん。私は、私のために一条くんを庇ったんだから。それに一条くんを救うためなら死んでもいいって思ってたから……」


 込み上げてきた涙を渚の腰に回していない手で拭い取りながら、静かに泣いた。

 起き上った小町も姿がなかった、めぐると再開することが出来て感極まって抱き付きながら彼の顔面にふくよかな大きな胸を押し当てていた。

 同時に息が出来ない状態のめぐるは小町の腰を必死にタップしているが気付かない。


「瑠璃」

「……ああ、あっくん。ごめんね、不甲斐なくて」

「いや、お前が生きて帰って来たことだけでも良いことだ。よく頑張ったよ、瑠璃は」

「そうかな……。私、頑張ったかな」


 全員が落ち着きを取り戻し始めたのは十五分後の話だった。

 能力の使用で気絶していたアゲハも目を擦りながら、起き上って全員がここに揃った。


「起きたばかりの奴もいて悪いが、ここにいれば再び敵が襲ってくる可能性は非常に高い。だから、俺達は佐藤真桜奪還し、同時にJOKERと“ヴァイスハイト”のメンバーを確保する」


 一徹が指揮を執って全員に告げた。

 真剣な表情で全員が一徹の話に耳を傾ける。


「渚、大丈夫か? まだ、寝てた方が……」

「ううん、大丈夫だよ、京子ちゃん。ずっと寝ていたから気分も良いし、それに何だか今日は出来そうな気がするんだ」

「出来そう? なにがだ」

「新しい私になれる気がする。今までの護ってばかりの私じゃない、新しい私に……」


 一徹が大よその作戦を告げながら、話は着々と進んで行った。

 しかし、うわの空で話を聞いている人がいた。

 奏だ。

 伊御と少しだけど会話をした、あの会話が妙に引っかかって頭から離れない。



 ――――「お前に二つ有意義な情報を教えてやる。間宮渚から絶対に目を離すな。あいつは今後、ある問題に直面した時に物語の中心となる存在だ。それともう一つ、これは今のお前に言っても意味はないと思うが言っておく。――――「ソロモンの鍵(ヽヽヽヽヽヽ)」それだけは覚えておけ」



 彼の言葉に引っかかる所はあったが、意味はどれだけ考えたとしても分からなかった。

 キーワード「ソロモンの鍵」。

 書籍を好む奏が、ぱっと思いついたのは作者不明のヨーロッパの古典的魔導書。

 しかし、それだけでは情報が足りなかった。

渚から目を離すな、という点にも不可解である。

 彼女の身に何か起こるという暗喩なのかもしれないが今の奏に証明する手段は無かった。


 そして、最後に別れ際の伊御が奏に対して言った言葉があった。


 ――――「その力はまだまだ強くなる。今は己と向き合い、分かち合って、己を理解しろ。そうすれば、おのずと力は手に入る。俺がそう出来たように」


 そう言って伊御は階段を下って行った。

 まるで奏の能力を知っているような口振りだったのが気になって仕方ない。

 全てを解決するには膨大な知識と時間が掛かる。だが、今はそんな時間は無い。


「――――なで、奏!」

「大丈夫か、一条?」

「あ、ああ。大丈夫だ」


 考え事に集中しすぎて話をろくに聞いていなかった。

 だが、作戦なんて本番では役に立たないことを今までの経験で感じていたので後悔は無い。立ち上がり、全員が待っている所に近づいて行くと今は目の前のことだけに集中しようと頬を思い切り叩いた。


「よしっ」


 気合十分、今の目標は「真桜を助ける」こと一つ、集中しよう。


「さて行こうか、お前ら。大切なものと殴りたいもの、その同時を一遍に終わらせようぜ」




 022



 奏達、高校生組が一意奮闘し、最終決戦に向けて動き始めた。――――同時刻。


 絶対に他者を寄せ付けることのない、地図にも載っていない機械島に近づいてくる一艘の船があった。その船の先端には中二的センスをくすぐる丈の長い黒色のコート。そして、顔には正体がばれないように、ひょっとこの仮面をしている人物がいた。


「可笑しいな、さっきから連絡しているのに一向に繋がらない」


 ひょっとこの仮面から覗く視界は狭く、携帯に目を通すだけでも一苦労だった。

 機械島に近づき、止まろうとしたその瞬間、船は大きな波に舵を取られて先端に立っていた人物も例外なく、その波に足を取られて船の中でバランスを崩してしまった。

 そして、視界の悪い仮面越しに見えた光景は掌から、すっぽりと海に向かって落ちていった大切な携帯だった。

 取りに行こうとするも、視界の悪い仮面が邪魔で空中でキャッチすることも出来ずに携帯は大きな海原の奥底へと沈んで行った。

 一瞬、落ち込んだ様子を見せるが、すぐにケロッと気分を取り戻す。


「まあ、いいか。どうせ、数人しか登録してなかったし」


 すぐさま、切り替えると機械島に無事、船は停留する。

 器用に飛び乗って、機械島の地上に上陸をした、ひょっとこを被った黒コートの人物は操縦してくれたマグロ漁をしていた人に感謝の世辞を述べるとコートのポケットに手を突っ込んで一枚の紙を取り出す。


「確か、あの人が言うには地下があるんだったよね」


 その資料は機械島の見取り図だった。

 それをしばらく見つめた後、その人物はひょっとこ仮面をゆっくりと取り外すとそれを背後の大海原に投げ捨てる。



「さーて、久し振りの再会だ。楽しいことが起こると良いね」



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