第五話「副委員長」
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その後、随分と時間を掛けながら二十メートル以上の校舎から降りた奏は、そこはかとなく学園生活がより面白くなりそうな予感がしてならなかった。
希望を胸に秘めていた、無邪気なあの頃のように、きっとただの三年間では終わらない。
「時間も時間だし、さっさと教室に戻ろうぜ」
下に降りた奏の前に伊御が待ち構えている。時刻を確認すれば、既に教室で集まって連絡をいている頃だった。少し慌てながらも、走ることはせずに二人は本校舎に向かって行った。
その道中、靴を脱ぎ、廊下を歩く最中に奏が隣にいる伊御の方を向いた。
「それにしても、お前の能力……。あれって、もしかして重力か?」
「ご明察、流石は奏。俺の能力、重力操作は読んで字の如く「重力」を「操作」させる力」
「重力ってまた、規格外の強さだな」
「まあ、ある程度の押し合いならば絶対に負けることはないけど。それも本人の度量次第、そんな能力を持っている俺でも「鳶姫の恥さらし」って言われるけどな」
自分の汚点を言っても、平然とした態度で笑いながら、廊下を歩いて行く。そんな彼の姿を見て名家のことはよく判らないが、それでも前向きに生きる伊御を凄いと感じた。
そして、高校で出来た初めての友達と類似した自分の能力を確認し、小さく笑う。
「……まさか、高校で初めてできた友達がこんなにも似ている能力とは、つくづく境遇だな」
幾ら「鳶姫の恥さらし」などと言われたって仮にも伊御は七色家だ。十二分に素質はある。もちろん、優劣はある。上のクラスには勝てないかもしれないがそれでも充分だった。
素質があって、それをまだ見いだせていないということは開花すれば、彼はまだ強くなる。隣で歩いている、最古にして最強の遺伝子――鳶姫家の一人を見て素直に喜んだ。
現在、この学園には七色家の人間が全員、揃っている。今後、駒を進めていく過程に確実と言っていいほど出会うことになる存在。そして、今の伊御以上の実力者が他に八人もいると考えると身の毛もよだつ。
警戒するに怠ったことは無い。
そんな考えを思考する、奏の視界に突如、隣を歩いていた伊御が映り込んできた。
「――って、奏?」
「悪い、聞いてなかった。で、何の話だ?」
「どうして奏は編入試験でE組認定されたんだ? あれって普通に受ける分なら、E組なんて選ばれないはずなんだけど。ほら、一応、外部から入ってくる生徒だし」
「あー、あれね。あれは……、色々とあったんだよ」
「なになに、もの凄く気になるんだけど!!」
ふと入試当日の出来事を思い返す。
奏は入試当日の日に始まる一時間前に家を出た。近所に高校があると言っても関係者以外は立ち入りが禁止されている学校なので正反対の中学校の近くに作られた入試会場へと確かに向かったはず、だった。だが奏が入試会場に着いたのは試験が始まってから二時間たった時でその時は既に「実技試験」の項目は終了していた。
午後から始まる「筆記試験」は何とか受験出来たのだが「筆記」で百点をとっても「実技」が零点なのでE組は既に確定済みだった。――――と言う旨を余すことなく伊御に伝えると腹を抱えて笑われる。
「ま、まさか、お前に方向音痴スキルが付いているなんて……、マジで面白いな」
「笑いすぎだ」
「だってさ……く、はははは」
あまりにも笑いすぎている伊御の腹部に肘を入れる。すると「うっ!」と声を上げて伊御の笑い声は、一瞬にして消え、代わりに唸り声が聞こえ始める。
足取りをふらつかせながら、その場に手を付いて屈む伊御を無視して奏は歩き進めた。
「ちょ、待って……お、お腹いたい」
「笑い過ぎと俺の肘打ちのダブルコンボだな、良かったじゃないか」
「よくねーよ! あー、本当に痛い。ジワジワと痛みが広がって来た」
「あっそ、先に行くぞ」
冷たい目を伊御に向けて見下ろした奏はすぐさま教室へ向けて歩き始めた。構ってくれない奏に文句を言いながら伊御は軽々そうに立ち上がると奏の隣まで走っていく。
相変わらず、長い廊下を歩いていくが途方もなく、まだE組の教室には着かない。
「話は変わるんだけどさ。もし、奏が入試試験に間に合っていたらA組だったと思うか?」
「んー、俺の能力は普通一般とは少し系統が違うからな……。よくて、C組くらいかな」
「その普通一般とは系統が違うって、そんなに珍しいのか?」
改めて考えてみれば、奏が携えている能力は他では見たことが無い。
例えば、漫画やアニメの能力などでよく見かける「炎」「水」「雷」「風」「土」といった所謂、王道的な超能力ではないし、人を操る物でもなければ、伊御のような重力でもない。
身体能力を上げる、空間を切り裂く、物体を固形、液体などにする能力でもない。
だから、奏は自分の能力が稀少であることを少なからず、自覚している。
「まあ、伊御の重力と似て俺の能力は他では見たことが無いな……」
「ということは奏にも珍しい遺伝子が流れているんじゃねぇのか」
「それはないだろ。うちの一家は代々公務員らしいし、それに両親は能力者じゃない」
「ふーん。珍しいこともあるんだな」
会話がここで一端、止まる。
そして、ようやくD組の教室を目の前にして奏が思い出したことを口にした。
「そう言えば、一つ上の学年にお前の姉ちゃんがいるらしいな」
「……なんで知ってる?」
足を止めて伊御は奏を引き留めるように肩を掴んだ。
「別に知っててもいいだろ、この学校の生徒じゃん。それに先輩だし」
「けど……」
「鳶姫綾乃、二年生。逆らった人は問答無用で処罰を下して、今までに生徒二十五名、教員二名を退学に追い込んだ最強の生徒会役員。別名「鬼の風紀委員長」だろ」
鳶姫伊御の実姉にして鳶姫家の継承者――鳶姫綾乃。
神の裁きと謳われるほど容赦なく、悪には徹底的に断罪を行う「鬼の風紀委員長」であって学力も高く、その上に容姿端麗という高性能だから、非常に人気は高い。
七色家の人間の中でも「蒼咲有希」と「鳶姫綾乃」は群を抜いて優れていると言われているくらい全校生徒が知らないはずのない生徒である。
「お前、何処まで知ってるんだ?」
「何処までって全部教えてやろうか?」
半分冗談で奏は伊御に告げるが、伊御の表情は先ほどと変わらず重苦しい顔のまま。
そんな伊御の表情を笑い飛ばして奏はD組の教室前から足を進めた。
「別に知ることは駄目じゃない。けどな、七色家に逆らうと全勢力と戦うことになるぞ」
「俺がそんなに無鉄砲に見えるかよ。俺は負けの見えている戦いはしない」
「……賢明な判断だな」
「ああ、でも、大切な物を取られるくらいなら、勝ちが見えない相手でも俺は全力で戦う」
静かではあるが端麗な淡く鋭い、纏わりつくような渦が奏を取り囲む様子が見て取れた。
一瞬、無表情で奏の横顔を見ていた伊御だったが彼が振り向いた途端にいつもの変わらない様子に戻る。――伊御が覗かせる、その邪悪な心はなんなのか。それは誰にもわからない。
「また、大きな強敵に当てもなく立ち向かうとかつくづく、奏は主人公体質だよな」
「そうか? でも、男ならこれくらいは寛大じゃないと」
そして、ようやく奏と伊御は長い廊下を経てE組の教室の前へと到着をした。入り口の扉にある窓から覗いてみると既に中でHRは始まっている様子だった。
耳を澄ませていると、どうやら何かを説明している最中であった。
「……どうするよ、奏」
「後ろから入ればいいんじゃないか、トイレ行っていましたって言えば」
「なるほど、グッドアイディアだな」
親指を突き立てて、何故か忍者のような動きで前の扉から後ろの扉に移動を始める。それに対して普通に廊下を歩いて行く奏は呆れた物言いで首を振っていた。
こっそりと入ろうと段取りをしていたはずなのに後ろの扉の前に立った伊御はお構いなしに思いっきり扉を横へと移動させた。
まるで何かが壊れたような衝撃音が響いたと思えば、すぐさまクラスメイト達は後ろの方を振り返る。伊御は堂々と教室の中に入り、奏は軽く会釈をしながら、席へと向かった。
「あー、そうか。一条と鳶姫いなかったっけ」
面倒くさそうに声を上げたと思えば、今まで話していた内容を一旦切って再度、口を開く。名簿を捲り、一条と鳶姫に丸を付けた志寿子は最初から、概要を説明し始めた。
「それじゃあ、もう一度最初から説明するけど」
誰も反応は、なし。
奏の前に座っている伊御は既に机に突っ伏して静かに寝息を立てながら眠っていた。そんな伊御を見た志寿子は何の対処も取らずに見事なまでのスルーを見せた。
「この学校のシステムな。まあ、E組は一番下だから「挑戦される側」じゃなくて「挑戦する側」なんだけど、この学校には超能力に関する幾つかの規制がある。原則、校舎内では能力の使用は禁止だ。もしも使用したら最悪の場合が「退学」だ。まあ、停学かもしれないけどな」
奏は半分耳を向けながら、もう半分は窓の外を見て雲の動きをジーット観察していた。
志寿子は教卓に置いてある用紙をパラパラとめくって、次の話題を喋る。
「さっきの「挑戦」についてだが、この学校は競争社会。つまりは実力の世界だ、簡単に言えば下の奴は上のクラスの人間に挑戦できる制度だ。挑戦権っては指名した生徒と自分が「能力対決」をして勝った奴が倒した生徒のクラスと自分のクラスを変更できる」
生徒会長――蒼咲有希の百四十戦全勝の記録は「能力対決」の結果であることを説明されて認知する奏。なんの成績だろうとずっと疑問に思っていた謎が晴れた。
「挑戦権」はどの生徒にも存在する。そして、誰にでもこの挑戦権を使用することは出来る。上の生徒は下の生徒からの挑戦は絶対に受けなければいけない。もし、断った場合は強制的に敗北となってクラスを変更させないといけない。
「ちなみに「能力対決」は別にクラスを入れ替えるだけが勝利報酬じゃない。偶にいるんだよ、上の奴が下の奴に挑戦権を使って戦いをする奴。まあ、その時の勝利報酬は各々で変えられるからA組の奴が挑戦して来た生徒を倒した時に使用するのが主だな。普通の奴はクラス替えを希望する。E組の人間ならば、なおさら」
まるで全てを見透かしているような表情を浮かべると志寿子はE組全体を見渡した。
怯えて、眼鏡を机に落とす人。
興味無さそうにしている人。
寝言を言いながら、大爆睡している人。
志寿子と目が合った瞬間に表情を戻した人。
ほとんどの生徒が「自分は無理だ」と嘆いている中で人気は志寿子の目に止まっていた四人は他の誰とも被らない行動を取っていた。
思わず志寿子は現役時代の頃を思い返していた。
「さて、後は何か言ってないことが合ったかな……」
教卓の上にある用紙をパラパラとめくりながら何かあったかと探し始める。
依然、空気は閑散としていて先ほどの話がまだ響いているのか全員が諦めモードのような表情をしてはぐったりとしている。
伊御は相変わらず寝ている。奏もグラウンドの方を眺めては青空を見ていた。
「ああ、合った。これを今日中に決めておかないと」
志寿子はある項目を発見するとすぐさまクラス中の空気が引き締まった。全員が志寿子の方を向いて姿勢を正している。
していない人もわずかにいるけれど。
紙を手に取りながらチョークを手に取ると黒板に何か文字を書いていく。スラスラと書き進めて行って最後にカッ! と右下に点を付けると静かにチョークを下ろした。
そこに書いてある四文字と三文字の単語にE組全員は嫌な顔をする。
「それじゃあ、今からこのクラスの委員長と副委員長を決めて貰う」
明らかに露骨なまでに全員は嫌な顔をし始める。
クラスの委員長となれば、このクラスの代表となるべき存在。つまりは全ての行事の計画に参加をして一番下だと言う理由でこき使われるのが目に見えている。
だから、誰も委員長になりたいとは思わない。
そんな時間が五分以上経つと、流石の志寿子もしかめっ面をし始めた。
「なんだ、お前ら委員長やりたくないのか?」
全員は思う。
「委員長をすれば非難されることは目に見えている」――――と。
一番下の一番上。何を言われるか堪ったもんじゃない。誰かが手を挙げてくれることを願って身を屈めて静かに時が過ぎるのを待っていた。
さらに五分経っても事態は変わることは無く、今までは三十秒置きに一回だった机にペンを当てる行為も今では十秒に一回押し当てている。志寿子は面倒くさそうにため息をはいた。
「さて、どうするか」
名簿をペラペラと捲りながら、生徒の名前の横に書いてある「実技試験」「筆記試験」と書いてある文字を発見すると名簿順にその数値を見ていく。
そして、ある生徒二名だけが飛びぬけて数値が大きかったのでその方向で行こうと決めた。
名簿を閉じた音でクラス中は肩を震わせる。怒られるんじゃないかとビクビクしながら、恐る恐る前方の志寿子に向かって目を移動させた。
すると志寿子は満面の笑みを浮かべながら、スラスラと黒板へある名前を書いていく。そして書き終えるとカッ! と音を鳴らして右下に点を付けた。
「よーし、お前ら。このE組の委員長と副委員長が決定したぞ」
その言葉を聞いて奏は思わず黒板の方に目を動かせる。途端にあまりに唐突な出来事ゆえに驚いて席を立ちあがっていた。――それは奏だけではない。
クラスの真ん中から少し後ろの席にいた小柄な少女も同じくして立ち上った。
「丁度立ち上がったな。二人共、前に出て自己紹介して頂戴」
志寿子流の独自のテンポで奏と少女はなすがまま前へと歩いて行く。その様子を寝起きの伊御が愉快と笑いながら奏の背中を見ていた。
教卓の前に立つと小柄な少女と目が合った奏は「おほん」と咳き付いて口を開く。
「このクラスの副委員長になった一条奏です。色々とあるかもしれないが、よろしく」
誰も引き受けない委員長職を引き受けたことでクラス中の息は一つになった。入学式にしなかった盛大な拍手が奏に向けて送られる。
拍手が鳴り止むのを確認して少女はシドロモドロしながら口を開いた。
「この委員長になった間宮渚です。よ、よろしく願いしましゅ!!」
「はっ!」と小さく声を漏らした間宮渚はやってしまった感をだす。
次の瞬間、今までの空気が嘘のようにクラス中が笑いの渦に包まれた。あまりの恥ずかしさに渚は顔を真っ赤に染めて、同じく真っ赤な手で顔を隠す。
メガネのフレームが手の上に乗っているため、カタカタと音を上げた。
そんな大爆笑劇を志寿子は手を叩いて止めた。
「はいはい。この二人にE組の代表をして貰うけど意義のある人は挙手な」
段々と笑い声が止んでいき、そして誰も手を挙げない。
ふと目が合った奏は指を指して馬鹿面を浮かべている伊御に対して殺意を覚えた。
「ないようなら、この二人で決定。よろしくね。一条に間宮」
「先生、俺達ってどうやって選ばれたんですか?」
「そ、そうです。私は委員長なんて出来ないですよ」
「まあ、簡単な話だわ」
志寿子は二人の前に置いてある名簿を指した。それに反応して奏は名簿を開くとすぐさま納得がいった。諦めた表情を浮かべた奏を見て、続いて名簿を見た渚もすぐさま納得する。
「お前ら二人だけなんだよ。「実技」と「筆記」で百点越えたの」
「…………」
その時、奏は改めてE組は「落ちこぼれ」と呼ばれている所以を理解する。
「じゃあ、決定したってことで。今日の所は解散」
志寿子の曖昧な解散に反応するとE組にいた生徒は五分と立たずに全員が出て行った。残された奏と渚。そして単なる暇つぶしと奏待ちの伊御、担任の志寿子がいる静寂な教室に二名のため息が零れ落ちた。
「いいじゃないか」
「別にいいですけど面倒なことはしたくなかったのに」
「私もです」
「この馬鹿クラスを指揮できるのはアンタら二人しかいないのよ。てなわけで頑張ってー」
面倒くさいことはとことん生徒に任せる、山下志寿子のモットーは入学初日から発動された。再び静まり返った教室に目を合わせる二人。
諦めた表情を浮かべた奏は静かに渚へ向けて手を伸ばす。
「まあ、色々と面倒かもしれないけどこれからよろしくな。間宮」
「は、はい! よろしくお願いします。一条くん」
左右に縛られている髪がゆさゆさと揺れながら急いで渚は奏の手を握る。しばらく握手を交わした後、渚は思い出したかのように顔の表情を変えると奏の手を離して机横の鞄を掴んだ。
そして、教室を出ていく直前で再び立ち止まる。
「用事があるので今日はこれで失礼します」
足から煙が出るくらいの速度で走り抜けていった渚はあっという間に廊下から姿を消した。そんな渚を見送った奏は自分の席へと戻って腰を下ろす。
そして、前方にいる伊御に向けてわざとらしくため息を付いた。
「はー、めんどくせー」
「大変だなー、副委員長とか」
「こんなことなら、少しレベル落として回答すれば良かった。まさか、こんなに馬鹿とは」
「あれ、そう言えば奏って「実技試験」受けてないんだよな?」
「さっきも言ったけど遅刻して受けてないぞ」
「……それで合計点数が百点?」
「だからなんだよ」
思わず知ってしまった事実に驚きを隠せない伊御は思わず手で口を塞いだ。
そんなことを知ってか否か、呆れた顔を浮かべた奏は反り返っている伊御の額にデコピンを浴びせる。衝撃で自分の席まで吹き飛ばされた伊御は静かに崩れ落ちた。
「さて、お昼前に終わったし。何処か飯でも食べに行くか?」
「いいね。俺、腹減ってたんだ」
何食わぬ顔で床から起き上がった伊御はそのまま、自分の机の横に掛けてあった鞄を取って廊下の前に立ち止まっていた奏を追いかけた。
そして、二人は誰もいない教室を再度、覗きこむと何事もなく廊下を歩いて行った。
新しい風。そして、まだ見ぬ強敵。
そんな思いに胸を轟かせながら、奏達は校舎をあとにした。
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奏達が学校からほど近い繁華街に向かってから数分後。
委員長と副委員長に伝え忘れたことを思い出して志寿子は人知れずE組へ向かっていた。
E組の扉を開けて教室を一通り見渡すと誰もいないことを確認して扉を閉める。
「まいったな、間宮と一条の奴にクラスの名簿渡すのを忘れていた」
頭を掻きながら印刷したばかりの名簿が書いてある紙を手に取って志寿子は職員室に戻ろうと再び廊下を歩き進める。
名簿の紙を見ながら自分の担当であるE組の生徒の名前を覚えようとするが記憶力にはまったくの自信がない志寿子は半ば諦めた表情を浮かべると両手を伸ばしてリフレッシュする。
「ようやく覚えた生徒の名前が四人か。これはかなり時間が掛かりそうだ」
担任に配られる名簿は奏と渚に渡そうとしていた名簿とは少々異なっている。
「名前」「性別」「年齢」「能力」と順に書かれていて右上には顔写真が載っている。
「覚えたのはメガネっ娘の「間宮渚」。副委員長の「一条奏」。鳶姫の長男の「鳶姫伊御」」
覚えた生徒を復唱して最後に躓いた志寿子は名簿を見直して再確認をすると声に出した。
「思い出した「長門京子」だ。入学初日にバイト届けを出したから覚えたんだ」
覚えた四人目の生徒を思い出してスッキリとした志寿子は名簿を閉じて午後の面倒な会議を考えると再び憂鬱になりながら、ため息を付いて職員室へと入った。