第七話「円卓会議」
009
機械島、地下五階。
七式家によって雇われた十三名の能力者、及び、認められた研究員以外は入出することすら困難な場所。それを地下七階から一階まで通じる高速エレベーターで五階まで降りると扉は開いた。
足を進めて数分、両側に灯る明かりを頼りに歩いて行くと二手に分かれる道が存在する。彼は何の躊躇もせずに分岐した通路の右側を選択し、突き進んで行った。
そして、行きついた先に見えたのは高位能力者でも破壊することが至極難しいとされる稀少金属などで作られた大きな黒縁の扉。彼はその扉に手を伸ばすとゆっくりと、扉を押した。
「遅かったな、赤城涯。他の奴らは既に集まっているぞ」
扉を静かに閉めた赤城涯は「悪い、悪い」と詫びる様子もなく、軽く謝罪の文を述べた。
涯に声を掛けた扉の正反対の席に座る「一席」――黒崎龍一は彼の落胆さに酷くため息を付くと呆れた物言いで腕を組みかえた。
京都で一条奏達を襲撃した際の服装とは類義しており、全身が黒一色で統一していた。ただ違う部分があるのだとすれば首元に巻いている白色のストールが依然とは異なっていた。
赤い瞳が自分の席へと着こうとする赤城涯を睨み付けると渋々、涯は席へとついた。
「黒崎が言ってんだから、これで全員、揃ったのか?」
わざとらしく席から前のめりに身体を起こした。そして、円卓となっている席順を一席ずつ確認すると涯の右隣に座っている黒色のゴスロリ服を着た少女が口元を押さえながら、微々たる笑いを取った。
「いえ、わたくしがお見かけした所ですとまだ三席と六席と九席が来ていないようですが」
そんな言葉に涯は過剰に反応した。
「おいおい、黒崎。俺以外にも来てない奴いるじゃねぇかよ」
「俺は全員なんて一言も言っていない。お前が勝手に勘違いしただけだろ」
「それに五席の方もしばらくお見かけしていませんわね」
「四席なんて随分の間、空席じゃないか」
苛立ちを見せる涯に畳み掛けるようにゴスロリ少女と陽炎は告げ口を加えていく。激化した涯は、円卓状の机に片足を乗り上げて龍一の方を睨み飛ばすと掌から炎の球体を浮かばせた。
「大体、いつも気に入らねぇんだよ。お前のその喋り方、灰にしてやろうか?」
「俺は普通だ。俺が普通だ。それに決まった時間に来ない奴が悪いんだよ。だから灰と化すのは赤城涯。お前の方だ」
七色家元最強と言われた涯に向かって啖呵を切る龍一。瞳は今にも人を殺すような殺傷性が心なしか、伝わってくる。微々たる、ピリピリとした空気が円卓会議内で広がってはいるが殺し合いに発展しそうな様子をこの場では誰一人として止めようとはしなかった。
いつもなら、九席である入谷幸平が馬鹿元気なハイテンションでその場の空気を良くしようと心がけるのだが今はこの場にはいない。円卓会議に参加しているメンバーは幸平が来るのを忍んで待っていたが、彼がこの場に戻ってくることはもう二度とないことを彼らはまだ知らなかった。
「はいはい、その辺にして。会議、始めるわよ」
両手で場の空気を変えて、二人の激化する気持ちの矛先を切り替えたのは白衣を着た眼鏡の女性だった。彼女は自ら席を立ち、司会進行の旨を伝えると静かな闘士で燃え上がっている龍一の背後に立った。
そして、白衣を着た女性は眼鏡をくいっ、と上げると持っていた指し棒を使って龍一の頭を叩いた。
続いて激化して円卓台に乗りあがっている涯に向かって指し棒を伸ばすと、そのまま机から突き飛ばす。バランスを崩した涯は後ろに倒れて、先ほどまで座っていた椅子へと落ちた。
圧倒的かつ迅速な処理を終えた白衣の女性は再び眼鏡をくいっ、と上げると自分の座席には戻らずにそのまま龍一の背後で指し棒をしまった。
「……ってぇな、天原!」
「いちいち、他の人にも突っかからないでくれない? うるさいから」
「んだと!」
「はいはい。その野獣みたいな性格、どうにかした方が良いと思うよ。赤城くん」
白衣を着た眼鏡の女性――天原佳織は勝ち誇った表情とクールな表情を上手に使い分けると涯の戦意を著しく低下させる。そして、彼女の様子を見て完全に戦意のなくなった涯を見て佳織は改めて円卓会議を進めようと司会進行を自らが務めた。
「それじゃあ、三席、六席、九席がいないみたいだけど取りあえず会議を始めるわ」
四席、五席共に現在はこの機械島にはいない。よって、残りの不在メンバーは三人なのだが連絡はした。赤城涯同様に順次、会議に参加することを踏まえて時間もないので佳織は円卓会議を始めることにした。
先ほどまでピリピリとしていた空気が、佳織の一言でパッと止む。いや、消えた。
「まずは本日と言ってもつい数時間前の話なんだけど。この機械島に七名の侵入者が上陸をしたらしいわ。情報の発信源は警備をしていた八咫烏。けど、今は連絡がつかない」
「あー、あいつらか」
佳織の説明に退屈そうにしていた涯が口を開く。両手を頭の後ろにそろえて、円卓台の上に足を乗せて時折、椅子を上下に揺らしながら鼻歌を歌いながら呑気にしていた。
「あいつらってどういうこと? 赤城くん」
「いや、俺がさっきまで相手してた奴らのことだと思うぜ、侵入者って言うのは」
「何で赤城くんと侵入者が戦っているのよ?」
「いやさ。今朝、暇だったから久し振りに外に出て見たら、姫宮と入谷に偶々、鉢合わせて雑談してたら、姫宮の能力で侵入者が来るって予言があるってことを聞いて、これはいい暇つぶしになるなーって思ってやって来た侵入者を蹴散らしたってわけだ」
冗舌に、しかし彼がそう言うと何処か嘘っぽいのは気のせいだろうか。薄々というか完全に疑っている。主に黒崎龍一が馬鹿げた様子で涯の方を見ていた。
「なんで、それを私達にも教えてくれなかったのよ……」
頭を押さえてため息をつく佳織。
「誰が教えるかよ、せっかくの俺の取り分がなくなっちまうだろ?」
「いい? ここは完全なる孤島。地図にも載ってない所なの。そこをピンポイントで侵入してくる奴らは確実に私達を狙って殺しにくるか、情報を欲しがっている組織の人間よ」
「そうか? 今回の侵入者は組織云々よりも、まだ青臭い子供だったぜ」
「子ども……?」
「ああ、片方は背が高かったけど、中学……、いや高校生くらいだったな」
「高校生の侵入者……?」と頭を抱える佳織に対して陽炎と龍一、そしてゴスロリ服の少女と鳶姫伊御は少なからず感づいている様子を浮かべていた。
そして、しばらくすると涯は思い出したように腕を叩いてわざとらしく口にする。
「そう言えば、日向と鳶姫だっけ? お前達、少し前まで高校に通ってたよな。侵入者が誰か心辺りってのは無いのか?」
「八席」に座っていた陽炎と「二席」に座っていた伊御がこの時だけは注目を浴びていた。そして陽炎が口出しをする前に頬杖をついていた伊御が低い声で涯に反論をする。
「確かに俺は半月前まで学校に通っていたが、それが今回の侵入者と関係するかなんてまだわからない。高校生って言ったって日本には七つの能力高校があるからな」
わざとらしく見え透いた嘘を無表情で口にしていた。
だが、陽炎と伊御の内心は確実に断定的に一条奏のことを思い浮かべている。あいつなら、絶対に実行するであろうと決めつけていた。
そんな伊御に対して、涯はつまらなさそうに舌打ちをすると椅子をガタガタと揺らした。
「あーあ、つまんねぇな。円卓会議のせいで折角の遊び相手を逃しちまったから、誰か俺と殺し合いでもしてくれねーかな」
一方的に大きな独り言を告げる涯。しかし、周囲の席に座るメンバーは完全に無視だ。彼の態度は常にこんな風なので特に苛立つこともない。無視をしていれば、勝手に涯は静かになるからだ。
案の定、つまらない会議に飽き飽きして涯は段々と静かになって行く。
「いい? こう言った常時報告をしない馬鹿がいるから困るんだけど、改めてこの機械島がどんな意図で何故、秘密裏に行われているのか。そして、何故、私達のような高位能力者を用心棒として雇っているかを最初から説明するわ」
佳織はさながら教師の如く、解説口調になりながら、この案件を説明し始めた。
既に全員がこの島に来た時点で知らされることだが、それでも再度知ることが改心に繋がると考えた上で佳織は一から十まで説明をする。――主に赤城涯の方を見ながら。
「この機械島は七色家が政府と影で協力して作った非合法の島なんだけど」
「ああ、それはさっき聞いた」
「いいから、話は最後まで聞きなさい」
佳織は白衣を着正すと眼鏡をくいっ、と上げた。そして、ここからが機械島の創られた本当の理由だ。彼女がその第一人者だということも、ここにいる人達は重々、知っている。
白衣に刻まれた【Vice Height】の文字が光沢を放ちながら、輝いていた。
「この島で行われているのは人工性能力の研究。及び、それに伴う実験よ」
一つ、区切りを入れるようにしばらく黙り込んだ佳織は他の人達の表情を窺う様子はない。既に大よそのことを知っているメンバーは再度、認知する程度の知識であるからだった。
佳織は人工性能力の研究、第一人者としてここ数年、第一線を走って来た。
しばらく沈黙が続いていると円卓台のある席から、色白の腕が真上へと手を挙げる。それは涯の右隣に座っていたゴスロリ服の少女であった。
「一つよろしいですか?」
「なにかしら、小夜子さん」
ゴスロリ服の少女――小夜子は佳織に認証して貰うと手を下ろして、質問を問いかけた。
「いつも、わたくし思うんですがその人工性能力というのは具体的にわたくし達の能力とは、どういった違いがあるのですか?」
恐らく言葉だけでは分からないことは多い。
例えば、今の話に出ている人工性能力者という分類である。佳織自身は、その言葉の意味が「人工能力」とわかっているから納得がいく。だが、小夜子同様に言葉の意味が解らない人達には「人工能力」と解釈することは出来ずに「アーティフィシャル」と言う一つの単語として納得してしまうのだ。
今まで特に気に掛けることもなかった小夜子だったが、研究所長にして主任の佳織が説明をしてくれるということで恥を忍んで質問を聞いてみた。
しばらく黙り込んでいた佳織は徐に口を開いた。
「そう言えば、まだ皆に具体的な説明をしていなかったみたいね」
一度、咳をして場を元に戻すと佳織は小夜子の質問に対して説明を施そうとする。のだが、佳織が口を開いて説明をしようとした途端、円卓会議室の扉が軋んだ音と共に開いて、そこから女性が顔を出した。
一斉に注目された女性――姫宮アゲハは首を曲げて不思議そうに会議室へと入った。
「すいません。少し野暮用があって遅れてしまいました」
軽く頭を下げたアゲハはそのまま、流れるように三席の座席に移動すると素早く座った。
そして、話を中断させていたことに気が付いて佳織に向かって「続けてください」と告げると佳織は、再開しようと息を吸い込んだ。
「あれ、そう言えば姫宮。お前、入谷の奴と一緒に行動していたんじゃないのか?」
説明をしようとしていた佳織は思わず、ぐらっ、とよろけて前の龍一の席にもたれ掛った。依然としてマイペース、自己中心的な涯はお構いなしに呑気だった。
「私と入谷くんは途中で別れて行動したので、彼の現在状況まではちょっと……」
少し斜め下を向きながら、アゲハは心なしか小さな声で涯に説明をする。すると何処か皮肉な表情を、浮かべた涯は彼女の言葉に納得をして、話を遮っていた佳織に「もういいぜ」とサインを上げる。
ようやく静かになった円卓台で佳織は場を改めるように咳をする。そして、改めて小夜子が気になっていたという人工性能力の概要について説明することを再開させた。
「簡単に説明すると人工性能力って言うのは、私が第一人者を務めている研究つまり身体の中に存在する秘められた能力を開花させたり、希望する能力を植え付けたりすることよ」
「人工的に能力を開花させる……、そんなことが可能なんでしょうか?」
「可能よ、と言っても研究としてはまだ六割程度しか進行が進んでいないけれど、それだけでも七色家が資金援助をして日本政府がこの研究を匿い、秘密裏に行う理由はわかるでしょ」
「なるほど……、そんなことがいつもここで行われていたのですね」
「ええ。そうよ」
小夜子の喰い尽きっぷりを嬉しがるように佳織は上機嫌になって説明を続ける。第一人者の研究者でもある佳織にとって、この人工性能力を完全に作り出すことは夢でもあり、願いでもあったからだ。
一人でもそのことを共感して貰いたいと、仲間内に話す。
「それではわたくし達が手にしている能力とはどういった呼び方なんでしょうか?」
小夜子が再び佳織に問いかけた。
すると佳織は手を叩くと、龍一の後ろから、ゆっくりと円卓場を歩いて行く。
「小夜子さん達が持っている、生まれながら手にした先天性の能力のことを天然性能力と私達の研究では言っているわ」
「……天然性能力ですか」
そして、次に佳織はメンバーを例として例えの話をし始めた。
親指、人差し指、そして中指を立てるとまずは親指を折り曲げた。
「例えば、私と獅子島くん。それに入谷くんは人工性能力によって開花した後天性」
次に人差し指を折り曲げる。
獅子島、と名を呼ばれた青年はピクリ、と頬を動かした。
「そして、鳶姫くん、姫宮さん、粟木くん、赤城くん、小夜子さんは天然性能力の先天性」
この円卓会議に出席しているメンバーの大よそ半分を占める割合で先天性だと鑑定された。もちろん、才能の優劣もあれば種類も違う。だけど、一つだけ言えることはここにいるメンバー全員が一国を潰せるくらいの強さを博している、ということだ。
最後に佳織は中指を折り曲げた。
「そして、残った黒崎くん、日向くん、五席、月凪くんは能力を持たない非能力者。だけど戦闘能力ではトップレベルの才能を持っている」
「何故、その四人は後天性の能力保護を受けないのですか?」
その問いに真っ先に答えたのは一席、黒崎龍一だった。
頬杖を突きながら、表情で「愚問だ」と言いたそうな顔つきを浮かべながら口を開いた。
「愚問だな、十二席」
本当に言った。
予想通りの言葉にその場にいたメンバー全員が言葉を失っていた。しかし、その中で小夜子だけは毅然とした態度で返答を待ち望んでいた。
「俺達は非能力者として雇われているんだ。それ相応の実力があるとみて当然だろ、能力者相手にしても負けを取らないくらいの強さを持っているから、俺達はこのメンバーに選ばれた。ただ、それだけだ」
「まあ、いいたいことは黒崎と一緒だけど僕は今の自分が気に入っているから下手に能力を植え付けたり、開花させたりするよりも勝手が良いんだよ」
同じ、と言いたげな雰囲気で月凪は首を縦に振る。そして、説明を終えて佳織が元の議題に変更しようと指し棒を伸ばした丁度、その時に再び黒縁の扉が音を立てながら、ゆっくりと開いた。
「いやー、悪い、悪い。それにしても、この地下は広いな。思わず迷子になっちまったぜ」
詫びもなく、適当な言い訳で誤魔化しながら現れたのは見た目がおっさんの青年であった。金色の髪は蛍光灯に反射して煌びやかと輝きを放ち、切れ目の目付きと手に取った煙草が如何にも悪役とにおわせる。しかも、全身白のスーツを着ているから、これがまた似合ってしかたない。顎から口元に掛けて無精髭が伸びていて、その口元から白い煙が吹き出された。
「粟木くん、ここは禁煙よ」
「悪いね。外で一服したんだが、あいにく予定が狂っちまってよ」
煙草を指ではじくと地面に落として、それを革靴で踏みつぶすと呑気な足取りで自分の場所である六席の椅子に腰を掛けた。
意気揚々と、詫びれもしない様子は赤城涯とそっくりである。ただ、似ていない所があるとするならば彼は人を甚振るのが酷く嫌いだということだけだと思う。
「なんだ、粟木。お前も地上に出てたのかよ?」
「ああ、この機械島の地下は全て禁煙だからな。一服出来るのは地上だけだ」
「それじゃあ、お前も見たよな? 上空から落ちてくる侵入者。あれって、やっぱり高校生だと思うよな?」
「いや、悪い。俺が見えたのはお前が上空に向かって攻撃していた所だけだ。後、大爆発」
「なんだよ。これじゃあ、俺の立証が成り立たねぇじゃないか」
不満に涯は呆れ顔をうかべた。
遅れてやって来た粟木は議題を再開させるように佳織へと促す。それを受けて彼女は再び、この騒動についての意見を述べた。
「とにかく、この島には侵入者がいる。それは早急に対処しないといけないこと。だから、出来れば対応を打ちたいのだけれど……、君達。二人一組、またはそれ以上で行動することって出来るかしら?」
『無理!!』
「……そうよね」
佳織は落胆をして頭を抱え始めた。
ここに集まっているメンバーはあくまでも個々で最強と言われている故に雇われた人間だ。それが何を意味しているかくらい兼業研究者である佳織でも充分に承知をしていた。
こいつらには協調性の欠片もない。赤城涯が言うように誰かに取り分を取られないように常に一人行動をして、勝手に戦って、勝手に勝利する。――――それが彼らの流儀だからだ。
「……どうすればいいのかしら」
佳織がばつが悪そうに髪の毛を、くしゃくしゃとさせて頭の中で一通り整理を開始した。
彼、彼女達――“ヴァイスハイト”には協調性は愚か、仲間意識と言うものが存在しない。当然である、彼、彼女達は七色家及び政府によって多額の報酬を貰って雇われている、いわばこの機械島の用心棒だ。
一個人に国を滅ぼす力が存在するも、それを一挙に集めたからと言って全ての物事を簡単に解決させることなんて難しいにも程が合った。
協調性に欠けて、仲間意識も薄く、ただ同じ島、同じ地下で、同じ雇い主に雇われている。共通点とはそれ以外にない。それ以上にも、それ以下にも彼らは他人を迎い入れようとも、阻害しようとも思わない。
自分が最強。――――ここにいる三名を除いた十人、全員が思っていることだ。
だから、佳織はよりいっそう悩んでいたのだ。
新鋭であるからこと、困る。困り果てていた。
元々、佳織を含む少数のメンバーで結成していたグループは七色家に多額の資金援助と言う名の圧力によって凍結をして、強制的に統合する羽目となる。だから、元グループの人達とは多少は交流がとれる。しかし、他のメンバーはハッキリ言って有害にしかならなかった。
だから、佳織はバツが悪そうに髪の毛を掻き乱して、自分の椅子へ倒れ込むように座った。
「元々、このメンバーに上下関係なんてねぇんだから早い者勝ちでいいんじゃねぇのか?」
涯がここに提案をする。しかし、それでは佳織にとって面倒なことしか起こらない。
「君達が頭の良かれた暴君達の集まりだってことは重々に分かっている。だけど、出来れば常に連絡等を付けられるようにしておきたい。だから、私は二人一組を提案した。わかる?」
「わからねぇな。要は個人で行動していても常に連絡が付けば、それでいいじゃねぇのか? ここにいる奴、全員がそれで納得するなら、それでいいだろ」
どうやら、涯の頭の中には侵入者を殺すこと以外に何も考えていないらしい。誰よりも早く、誰よりも強いことを証明したい涯が、自分の為に自らの拳を血で汚すことを選んだ。
最も、正論を言っている涯に反論する余地もなく佳織は仕方なく、諦めの付いた様子で椅子から立つと最終決議案を最上部――つまり、事実上“ヴァイスハイト”のリーダーに当たる人物へと連絡を付けた。
このメンバーには上下関係は無い。あるのは建前上のリーダーだけだ。
「――――わかったわ。ええ、皆にもそう伝えておくわ」
しばらく、連絡を取っていた佳織は電話を切ると決議をここにいるメンバーに告げた。
それは彼らにとって、命令。と言うものと遜色はない。
「JOKERからの命令よ。各自、好きなように動け。正し、この島を壊すほど暴れた人には契約を解任する、と言っていたわ」
「よっしゃー!! 来たぜ、殺し合いだ―!!」
テンションが上がって椅子の上に乗りだす涯。そんな、涯を注意して佳織は再びJOKERに受けた指示の内容を随時、説明していった。
「侵入者は七名。赤城くんの言っていた通り、高校生。それも神代学園の生徒との報告よ」
「ほらな、当たったぜ。鳶姫」
「……別に。だから、どういうわけじゃないだろ」
十中八九、伊御が内心で思っていたことがズバズバと当たって行った。諦めていない様子の旧友を思い浮かべて、心の中で呆れると彼は頬杖を付いて佳織の話に耳を傾けた。
「現在、二名が地下入り口の監視カメラに映ったわ。けど、他五名は現在、捜索中。多分、地上で地下の入り口でも探しているんでしょう。数人は地上に行って出来るだけ早く侵入者を発見して頂戴。出来れば、拘束して連れて来て欲しいんだけれど……」
「それは無理かもしれないな。十中八九、相手はあいつらだろうに」
「まあ、そうなのよね。抵抗したり、面倒になったら――――殺しても構わないわよ」
そうとなれば話早く、話が終わった途端に涯はスキップをしながら、飛び出していった。
しばらく、他の人達は椅子に座って各々、考えていたのだろう。考えがまとまった人達から次々と部屋を出て言って、目標である侵入者を撃破するために地上へと向かって行った。
もちろん、今度は完全に叩きのめそうと椅子から立ち上って、伊御は部屋を出ようとする。そんな彼を何を思ったのか、真剣な表情を浮かべていた姫宮アゲハが言いだす決心をして椅子から立ち上がる。
「鳶姫くん。ちょっと、いいですか?」
「悪いけどアンタに付き合う暇はない。俺は叩きのめさないといけない奴がいるからな」
「いいえ、これは鳶姫くんにとって有益な情報です。――――鳶姫くんの目的のことです」
扉の前で伊御は立ち止まると誰にも気づかれない程、小さく眉を動かした。
それは誰にも口外したことのない、彼しか知らない真実。アゲハの言葉が本当だという確証はないが、彼女には奇跡にも筆頭する能力を持っていたことを思い返し、正面から身体を逸らして背後にいる彼女の元へと近づいて行った。
「それで有益な情報ってのは何なんだ?」
「それはここでは言えませんので、誰もいない別の場所で」
そう告げると、アゲハと伊御は二人揃って会議室から出て行った。
残るは天原佳織と小夜子のみ、二人の間に距離があって、心苦しい沈黙の時間が長く続くと佳織の携帯が音と光をあげながら、振動し始めた。
呑気に、JOKERからの指示にも従わずに小夜子は足をバタバタとさせながら楽しんでいると突然、佳織が机を叩いて電話の相手にもう講義をし始めた。
「――――そんな! あれを使うなんて馬鹿げているわ」
机を叩いたことに驚きた小夜子はしばらく、怒っている佳織を遠くから見つめていたが、次第に電話の相手に丸め込まれている佳織を見ているのは酷く滑稽だった。
クスクス、と失笑しながら小夜子は佳織が電話を切った後、すかさず声を掛けた。
「どうされたのですか? 佳織さん」
「どうもこうもないわよ。JOKERの奴、あれを使えって言っているのよ!!」
「……あれ、ですか?」
小夜子にはまったく身に覚えがない。「あれ」と言う存在はもしかしたら、小夜子を含めたメンバーには知られていない何かなのかもしれないと佳織がそれを口にするまで彼女は黙って考えてしまっていた。
まるで困った時の癖のように、佳織は再び頭をくしゃくしゃを丸め込む。白衣が肌蹴て色白の肌が露出する。そんな際どいエロスを見て小夜子は少しだけ、頬が赤く染まった
「そ、それであれとは一体何なのですか?」
しばらく、悩んだ挙句に佳織は諦めが付いたように小夜子にも真実を公表する。
それは佳織が兼業している第一人者――――能力開発の成果。そして、賜物だった。
「あれって言うのは人工性能力を搭載させた、まだ研究段階の人造人間。零号機のことよ」
010
円卓会議を終えてしばらく経過したあと、一人の人物がエレベーターを下って行き最下層の地下七階に降り立った。
その人物はゆっくりと足を運ぶと直線の道をしばらく歩いて行き、大きくそびえ立つ扉の前で目を瞑り、しばらく考えことをし始めた。
全ての決心が付け終わった後、その人は自動ドアになっている扉の前に立ってその部屋へと入出をした。暗い、それはまるで全てを包み込むような一寸先の闇。
狂いそうなほど、暗闇の中でその人はひたすら、光もなく突き進んでいく。
そして、徐に壁に手を伸ばすとスイッチに手を置いて電源を走らせた。
明かりは見る見る内にその人の瞳を豊かにし、つい数秒前まで暗闇だったこの部屋も今ではどんな規模で作られた部屋なのかすら、把握できた。
そして、この部屋の一番奥。
壁に張り付いて、幾つものプラグに繋がって、磔になっている一人の少女がいた。
唸り、光に過剰に反応した彼女は片目を開けて虚ろな状況で水分の無い口を開くと、とある少年の名前を小さく、絞り出すような声で呟いた。
「……かなで、さん」
静かに彼女を見上げた、金髪の女性は今是昨非を胸に抱き、この部屋を去って行く。




