第六話「赤城涯」
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そこらかしこから、反響する爆音が聞こえてくる。フツフツ、と爆発した時の衝撃で砕けた残骸が熱を帯びて空中を舞い、地面に叩きつけられる。
恐々と白い煙が上昇気流に乗って青々とした大空に散って行った。
白煙の中から平然とした様子で一人の男性が姿を見せる。大きく口を開けて寝起きのような半開きの瞳で周囲を確認していった。
「久し振りに使ったから、こりゃ参った。加減を二段階ほど強めちまったみたいだな」
能力を使用した掌を眺めながら、誰に言う訳でもなく男性は独り言を呟く。煙が周囲の景色を一時的に阻害しているようだが、彼にとって差ほど問題ではない。
フツフツ、と掌で湧き上がっている紅蓮の炎を握りつぶすとそこにいるはずの二人の少女を殺したと、判断して背を向けた。
「それにしても、姫宮の言ってたことホントに当たってたな。あの能力に死角なしだな」
自分の組織にいる金髪の女性を思い返すと、その能力を改めて思い知る。
しばらく、その場で立ち止まりながら、男性は少し前のことを思い出していた。
「確か、残りの敵は五人だったな。二人は南に、三人は北か……。どっちから、殺そうか。めちゃめちゃ、迷っちまうな」
強者の自分。
圧倒的な自身を持つ男性は負けることを知らない。いや、正しく言えば一度負けたからこそ、それ相応の強さを持つ別の能力者を探しているのかもしれない。より、自分の強さを証明するために彼は動いた。
グツグツ、と煮込まれた半熟の右手は誰かを懲らしめようと狙いを定めている。
「ま、手堅く少ない方から殺していこう。どうせ、南には最近、雇った奴がいるらしいし、それに北には入谷と姫宮が向かうって言っていたような気がするからな。うん」
最近雇った奴がどれくらいの実力なのか、男性は知らない。助けに行くわけでは決してないが北にいる“ヴァイスハイト”のメンバーである二人の所にいくよりも、少しは楽しめそうだ。
「ここの暮らしにもようやく慣れてきた所だ。メンバーとの殺し合いも禁止だし、退屈だ」
メンバー内での戦闘が禁止されているせいか、男性は酷く退屈をしていた。
それにここは完全なる孤島。周囲は海で囲まれているせいでろくな娯楽は無い。彼にとって唯一の娯楽と言えば一日中寝て居られることだろう。つまりは睡眠が、彼の中では一番、幸せな時間となっていた。
取りあえず、南の方向へと向かうことを決めて歩き出そうと、そちらに向かっていく。
「そんじゃあ、最後に息を殺して寝首を掻こうとしているお前達に置き土産でも、置いていってやるよ」
その気配に気づいていた。
男性は半開きの瞳で薄ぼんやりと元に戻りつつ、白煙の中に狙いを付ける。溜めこんでいたドロドロの右手を白煙の中に突っ込んで能力を発動させた。
「紅蓮火山」
それは一言で語れば、マグマであった。
炎のように気体で空中を浮遊できる訳でもなく、水のように液体で地面を這いずり回れる訳でもなく、例えるとすれば、マグマ。――そして、形質で表すならば完全なる固形物である。
一直線にさながら閃光の如く、赤い固形物は白煙の中に身を潜めていた瑠璃と小町に照準を合わせた。
隙を狙って攻撃をしようとした瑠璃はまさしく、お見通しの状況下に陥ると悔しそうな様子をさせると手早く防御に切り替えた。
「創造。――大盾」
直線で、何の変化球もない攻撃は意図も容易く封じられた。だが、瑠璃は安堵の表情をする所か、一本取られたと悔しそうに俯く。
内田瑠璃の能力は万物を意図も容易く目の前に創りだすことの出来る、さながら夢のような半ば無敵の能力である。しかし、そんな無敵な能力にだって付け入る隙はいくらでもあった。
能力を使用するたびに瑠璃は少しずつ、体力が消耗され続けていく。大きい物を創りだせば、それ相応の体力と引き換えに生み出されるのだ。
か弱い少女でもある瑠璃に、現状、こんな大きな盾を創るのは想定外以外の何物でもない。
「まちまち!」
「うん。まかされたよ」
白煙を吹き飛ばすほどの突風が、まるで鎌鼬の大行進のような鋭い風が男性の元に刺さる。煙の中へと伸ばしていた右手は無残なまでに切り刻まれて血だらけになった。
彼のお気に入りだった洋服も所々、切り刻まれていった。
「なるほど、お前ら。中々、良い能力を持ってるじゃねぇか」
相手の能力を賛美する。褒め称えた。
男性は掻き消された煙の中に現れた二人の少女を改めて確認すると血だらけになっている手で不思議と拍手としていた。
そんな様子に思わず、瑠璃と小町は興ざめしてしまう。唖然とした顔で見ていた。
「どういうこと?」
「いやいや、純粋にお前らのことを褒め称えたんだよ。久し振りに力を使ったから力加減とか忘れてたわ。あの爆発で、てっきり死んだと思っていたわ」
灰色のパーカーが薄らと血の色に染まる。
そして、拍手を終えた男性は相手に聞こえるようにこう綴る。
「俺の名前は赤城涯。“ヴァイスハイト”の十席。そして、赤城家を追放された男だ」
徐に自己紹介をする。それを聞いた途端、瑠璃の表情が若干、曇った。
「その表情。まさか、俺のことを知ってるのか? そこの、がきんちょ」
「知っているに決まってるでしょ。赤城涯、元赤城家の長男で火を中心とした多彩な種類の炎を扱える。――この時代の化け物」
瑠璃が知っていたのには理由がある。
もちろん、木通から多少のことは聞いていたが赤城涯のことはあまりにも有名すぎた。
人を殺し過ぎて、異端児と言う烙印を押され、赤城家を追放された地上最強の男。
気が付けば瑠璃の身体は微弱ながら、震えていた。小町はそれを押さえるように彼女の手を握りしめると瑠璃の方を向いて真剣な表情で首を縦に振った。
「ま、今となっては国籍も持たない、苗字もない、家もない。究極のニートだけどな」
赤髪の男性――赤城涯は自分の言った言葉で思わず笑った。もちろん、彼なりのジョークのつもりだが瑠璃と小町はそのジョークに笑う様子は無かった。
涯は二人の反応の薄さを見て、頭に手を置く。
「可笑しいな。他の奴らにこれいったら、非難、罵倒の嵐だったんだが……」
どれだけ嫌われてるんだ、と瑠璃は心の中で思わずツッコんでしまった。いや、今はそんなことを思うような場合ではなかった。
現状、瑠璃と小町の目の前にいる赤城涯に勝てる手段は万に一つもあり得ない。
平気で人を殺し、それ故に赤城家から追放された最強の男。いや、人類最強だ。いくら無敵の能力でも太刀打ちできる可能性はない。
「ま、話は変わるけど。こんな娯楽の一つもない異境の地に来てくれたことは礼を言うぜ。退屈すぎて、もう少しでこの島を消し飛ばす所だったからな」
冗談でも笑えない。
ジョークでも、苦笑い程度にしかリアクションが取れない。
それくらい、涯の風貌、風格を見ていれば一目瞭然でわかる。彼は強いと。
「二人一緒に掛かってこいよ。どうせ、俺が勝つから」
耳の穴をほじりながら、適当に告げた。
涯の耳の穴から蒸気が立ち昇るが、二人は一切気にしない。
「それじゃあ、遠慮なく」
「勝てない相手でも、逃げない。私は今の自分を変えるために、ここに来た」
手に手を取って、立ちはだかる。――いや、この場合、立ち向かうと言った方が表現的には正しいかもしれない。しかし、それにしても赤城涯と言う悪魔にも見える男に戦いを挑むには相当な勇気がいる。
瑠璃と小町は仲間の為、そして、自分の為に――――能力を開放した。
風に乗って通常よりも何倍も加速した二人の攻撃が瞬く間に涯に近づいて行く。
「これは能力を最大限に仕えるまでのリハビリだ。すぐに殺しちまったら、意味がねぇ」
風に乗って、風で舞って、小町は涯の真上へと浮上する。そして、その長い脚を生かそうと空中で回転をしながら、彼の頭部に向かって踵落しを決める。
もちろん、涯に避ける気は微塵も感じられなかった。
いくら、小町が女性で、差ほどダメージが効かないとわかっていても少しでも相手に傷を隙が出来れば、次に瑠璃がつなげてくれると信じていた。
小町のもくろみ通りにことは進む。
「創造。――巨大岩石!」
気付けば背後に移動していた瑠璃が涯の後ろで能力を発動していた。両手は瞬く間に輝いて弾丸の如く巨大な岩石が上空から飛来してくる。
まさしく、隕石。
瑠璃が新入生対抗トーナメントの時に佐藤真桜と赤城千歳に使用した創造物であった。
膝を曲げながら、瑠璃は息を整えた。
大きな物を創れば、創るだけ体力はより多く消耗される。しかし、小町というパートナーがいるお蔭で比較的、一人で闘うよりも戦闘は簡単になっていた。
小町が思わず、口を開いて驚く中で涯は静かに口角を上げる。
「いいねぇ。それでこそ、殺し合いだ」
余裕釈然と涯は呟いた。
そして、数メートル上空にいた小町の踵落しが時間差でヒットする。風を纏い、華奢な細足ながらも、涯の思考を一瞬だけ阻害した。
視線を上空ではなく地面に強制的に落とされた涯は今までになく、笑った。
「まちまち、避けて」
「わかった」
空中で上手に回転の決めると、アスリートさながらの着地。審査員がいれば満場一致の百点満点だっただろう。しかし、涯はそんな小町を狙って腕を伸ばす。
「……っ!」
着地をした瞬間を狙って涯は小町の足に腕を伸ばすと、逆さ釣りにして手元に引き寄せる。一瞬にして顔が青ざめていく小町を見下ろしながら、一目散に落下してくる隕石に向かって小町を投げ飛ばした。
「きゃっ!?」
彼女らしくもない声を出すと涯はゆっくりと隕石、そして小町に向かって照準を合わせた。
「まちまちっ!!」
瑠璃が咄嗟に異変に気が付いた。
しかし、そんな大声を聞き流すように涯は伸ばした右手を溶岩へと変形させた。
「火焔」
蛇の形をした炎の変化物が小町に向かって飛んでいく。
投げられた体勢がさかさまで、思考が働くまでに時間が掛かった小町はすぐさま、目の前の標的を排除しようと両手を炎の蛇に合わせた。
「旋風」
竜巻のような渦を巻いた風が炎の蛇を喰らった。
掻き消えるように消滅していった、炎の蛇を見て一安心する小町だったが次の瞬間、背中に尋常にならないほどの痛みが襲ってくる。
隕石が飛来した。
そのまま、隕石にくっ付くように小町は地面へと追撃すると瑠璃が慌てた様子で叫んだ。
「まちまち!!」
自分の創った物を利用されたことに驚きながら、小町の容体を心配する瑠璃。しかし、敵は彼女の切羽詰まった様子にも手を抜こうとはしない。
「他人の心配をするより、自分の心配をした方がいいぜ。がきんちょ」
気付いた時には既に瑠璃は脇腹を力の限り、蹴り飛ばされていた。痛みが体中を走り回ると転がった。涯は二人を見下して、声を出さずに笑った。
「いやー、俺さ。あんまり、機械島外の様子は知らないんだけど今の能力者って、こんなに弱いのか?」
恐らく、涯は力の全てを使ってはいない。
考えも無しに動くことはせず、しっかりと頭の中で次の動きを計算しているように見えた。
だから、特に作戦も決めていない瑠璃達が太刀打ちできないのも頷ける。
彼は――赤城涯は生まれながらの天才だった。
「た、てる」
「負けないよ……」
くじけない。
二人はボロボロになりながらも、立ち上がって抗い続ける。
「そう。なら」
徐に涯は小町と瑠璃の方向に手を伸ばした。
ヨロヨロとふら付きながら、必死の形相で二人が立つさまは何度も、何度も見たことのある光景だった。涯は悲嘆にくれ、見る気も失せ、興醒めしたように態度が一変する。
「死んでくれ」
再び、小町と瑠璃の元に蛇の形をした炎――火焔が飛び込んでくる。
二度目は無い。
二人はすぐさま、対処するように防御をする態勢に切り替えた。
「旋風」
「創造。――盾」
一度目同様、小町は自分の正面に突発的な竜巻を引き起こして蛇の炎を掻き消した。瑠璃も前方に盾を創りだすと火焔をガードする構えが整った。――――しかし、
「火焔」
涯が再び、そう呟いた。――途端、蛇の形をしていた炎が轟々とうねり始めると今度は鳳の姿に扮して瑠璃のガードを紙一重で躱していった。
「……え? 嘘」
瑠璃の防御をかいくぐった鳳はそのまま、直角に態勢を切り替えて曲がると目にも止まらぬ光速の速さで小町の左足に追撃すると、物の見事に爆破した。
「――ッ!?」
油断しきっていた小町は唐突に訪れた激痛に言葉もなく、崩れ落ちる。すぐに傷を受けた足を見下ろすと左足の部分が酷く損傷している。具体的に言えば、爆破の衝撃で焼けていた。――否、焼き焦げていた。
触ると痛みが増す。
なるべく、衝撃のかからないように小町は左足を曲げて地面に座り込んだ。
「どういうこと!」
瑠璃が焦った様子で怒り狂う。
そんな表情を見て、涯はひたすら沈黙を貫き通していた。
「こなくそ!」
友をやられ、傷つけられて、瑠璃は完全に我を忘れているようだ。フツフツ、とした心の内から憎悪が湧き上がってくる。
そして、瑠璃は涯に向かって創りだした剣を振るう。
「うぁぁぁあ!!」
女子高校生が一端の男性に向かって剣を振るう、という光景は実しやかにシュールな姿であるが瑠璃の表情は真剣そのものだった。
ただ、そんな真剣に戦おうとしている瑠璃の相手は一向に、自分の力を見せる気はない。
「火焔」
血が固まって、既に色となっている灰色のパーカーの裾から今度は鳳が大量に飛び出した。だが、鳳は目の前にいる瑠璃を相手にせず、大空へと散っていく。
瑠璃は若干、不可解な様子だと感じてはいたが気にする素振りも見せずに涯に向かって攻撃を続ける。
すると涯は瑠璃の攻撃を巧みに躱しながら、彼女にむかって不敵に笑った。
「何が可笑しいの!」
「いや、別に」
涯は一言、そう呟くと瑠璃の振り下ろした剣を左手で受け止めた。皮膚の切れ目から赤い血が垂れる。悍ましい顔を浮かべて、涯を威嚇する瑠璃に向かって、あることを忠告した。
「仲間を庇って一人で戦いに来ることは言い判断だ。だが、それは接近戦しか出来ない相手にするべきだ。――そういうなら、俺にはこの戦い方は不適切すぎるぜ。がきんちょ」
その言いぐさがあまりにも頭に残りすぎて、一瞬、考えた瑠璃は剣を奪われて先ほど同様に脇腹を蹴り飛ばされた。
再度、涯との距離が離れた瑠璃は何かにぶつかって遠くに動かずに済まされた。
「……まちまち?」
瑠璃の背中にぶつかった、何かは――――ボロボロな姿で倒れている宮村小町の姿だった。
先ほど放たれた鳳の形状をした火焔は空高く、舞い、音も立てずに小町の元へと落下すると何十匹の鳳が爆破した。
完全に、息の音がない小町を見て瑠璃は完全に我を失ってしまった。
言葉もなく、瑠璃は立ち上がる。
そして、全てに絶望をしながら、泣き、喚き、叫び続けた。
「お前のその、安直な考えでデカい姉ちゃんはやられたんだ。どんな能力なのか知らねぇがお前はその力を百パーセント生かし切れていない。それと、他人を本当の意味で信頼してねぇみたいだな」
「……アンタに、私の何がわかる!!」
叫ぶ。感情もなしに、無鉄砲に瑠璃は叫んだ。
そこには何もないのに、何かを阻むように手が空を切る。
「私だって好きでこんな生き方をしているんじゃない」
瑠璃のその叫びに、涯は声を上げながら笑った。
「何が可笑しい」
「いや、別に。――ただ」
瑠璃から奪い取った剣が消滅する。左手から腕を伝うように袖に付着した血を見下ろす。
「窮屈な人生をしてるな、お前は」
その言葉に酷く苛立ちを感じた瑠璃が怒り狂った思考回路で反論をするが涯はお構いなしに話を続けた。そして、涯は瑠璃に語るように自分の過去を振り返るように口を開いた。
「俺が何故、赤城家を破門されたのか教えてやるよ。答えは簡単だ、俺が強すぎたからだ」
元々、七色家というのは枠式に留まらない各方面での最強の名家というのが発祥だった。
公式上では最古にして最強の七家。過去に日本を救ったと超能力の起源と言われる。それはあくまでも七色家創設であって、全ての名家がその時に作られたわけではない。
その中でも赤城家、というのは古くは平安時代から続いている日本最古の家柄。数百年もの間を裏方として生き続けて悪魔と、そして悪霊と戦ってきた。
それが時を過ぎ、とあるきっかけによって表側へと進出して、今に至る。
ここまで大まかに語った涯が、つまり、結論、何が言いたいのかと言うと。
「赤城家は常に裏方に回る。それは今も昔も変わらない。だから、俺が表側よりも輝いていると困る連中がいるわけだ。だから、結果的に俺は破門されて、死んだ同然の扱いになっているわけだよ」
左手を傷つけていた傷痕から微弱の炎が吹き上がると一瞬にして治癒された。血液も蒸発、涯の手には血痕一つ付いていなかった。
「俺は破門されて初めて世界を知った。弱さを知った。だから、あいつに一生ついて行くと心に誓った。お前は赤城家の中に閉じ込められていた時の俺と同じ目をしている。表面上は明るく、けど、本心は他人と関わることを恐れて。――今のお前は、ただ逃げ回っているだけだ」
正論を言っている涯。
しかし、何処か認めたくない自分が、認めてしまったら自分の全てを否定してしまうと瑠璃は激怒した。そして、小町のことも忘れて、我を忘れて、殺しあう。
「……創造。」
虚ろな瞳で涯を見つめた。
無意識に首を曲げて、感情が段々と押さえつけられていく。
まるで自分の自我が、誰かに乗っ取られていくように。
心の弱い、瑠璃に吸い込まれていく。
「……銃」
小さく、唸る。
「――――銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃っ!!」
ゲシュタルト崩壊が発生した。
合計、百回の創造製造を終えた瑠璃は今にもぶっ倒れそうな体勢のまま仁王立ちしている。
言葉に追いついた創造が光を発しながら、次々と創られていく。
黒々と輝いた、拳銃が瑠璃の周囲を包み込むように浮かび続ける。
「ほお。流石、創造系統の力だ」
短く息をつき、素直に褒めた。
特に焦った様子もなく、涯は終始、瑠璃を見て彼女を鼻で笑っていた。
「構えて」
四方八方に銃口が向いていた拳銃たちが一斉に瑠璃の指が示す先――赤城涯へとロックオンされ始めた。流石に百個もの拳銃に銃口を向けられた経験のない涯は素直には喜べない。
対抗するように、抗うかのごとく、涯は掌をゆっくりと敵方向に伸ばした。
「――――撃てっ!!」
目にも止まらぬ速さで銃弾が次々と涯の身体を撃ち抜いて行く。マシンガンにでも撃たれたような姿で涯の身体には次々と穴が開いて行った。
全弾命中。
およそ、千発以上の銃弾が全て涯の元に降り注ぐ。
「……や、やった?」
息を漏らして、声を発する。瑠璃は小さな声で念願の勝利を掴みいれたと、誰に言うまでもなく言葉を口に出していた。
しかし、同時に瑠璃の身体にも限界が来ていた。
ただでさえ、能力を使うたびに体力が消耗されていく使い勝手の悪いこの能力。拳銃百個も創りだせば疲労は一気に限界を超える。それは重々、わかっていた。
だけど、それくらいしないと勝てない相手だったのを瑠璃は知っていた。
だから、今、勝ったと確信したことで心の底から喜んでいる。
銃弾が放たれたことで生じる硝煙。そのせいで、瑠璃自身の周囲は完全に霧と化していた。少し煙臭い状況を心悪く思いながら、一秒でも早く、相手が倒された姿を目にしたい。
そう祈っていた瑠璃の身体に突然――――、尋常ではない激痛が走って来た。
「……っ!?」
立つことすらままならない、膝から崩れ落ちるように瑠璃は仰向けに倒れ込んでしまった。彼女が地面に倒れてから、少しして目の前を歩いてくる足音が鮮明に聞こえてきた。
硝煙の霧が晴れ渡り、瑠璃は渾身の力を振り絞って前方を振り向いた。――そして、絶望というものを瑠璃は初めて経験してしまった。
「……う、嘘」
そこには瑠璃が、千発以上の弾丸で撃ち殺したはずの赤城涯の姿だった。何変わらず平然とした表情で倒れ込んでいる瑠璃を見下ろすと、変形していた左手をようやく元に戻した。
「俺はそう簡単には死なねぇよ」
瑠璃の頭に手を置き、赤々しく左手が燃え上がって行った。
確実に死んだと予感した瑠璃はぎゅっ、と目を瞑った。――――だが、涯が陽気な気持ちで瑠璃を殺す直前に彼の携帯の着信音が鳴り響いた。
「……ッ、んだよ。こんな、良い時に」
舌打ちをして、攻撃を止めると涯は携帯を取り出して連絡を取る。
この隙に乗じて、瑠璃は逃げようと考えるがそれも上手くは行かず、身体が全く動かない。石のように固まった足はどれだけ力一杯、引いても動く様子は無かった。
あの電話が終われば、死ぬ。そんな恐怖を何処かに抱えながら、その時を待っていると遂にその瞬間が訪れた。――――と、思った。
涯は通話を終えると瑠璃を殺す素振りはせずに、彼女を見下ろしているだけだった。
「はあ……、ここからが楽しいって時に」
再度、ため息をついた涯はそのまま、瑠璃達に背を向けると彼女が倒れている方向とは反対の場所へと向かって歩いて行った。
そして、しばらく距離が離れると手を挙げて、
「あいつからの急な呼び出しだ。お前らの命、今回だけは見逃してやるよ。じゃーな」
と、だけ告げると瞬きをしたら、消えた。
とにかく、命だけは取り留めた瑠璃は緊張感のあまり、大きなため息をつく。
次に小町の容体が心配になった瑠璃は這いつくばってでも、彼女の傍へと近づいて行った。既に小町は黒焦げで息もしているか、分からない状態だったが瑠璃が近づいて行くと彼女の片目がゆっくりと開く。
「まちまちっ!」
「……瑠璃ちゃん、あいつは?」
「何処かに行ったよ。私達、助かったんだよ」
「よかった……」
ボロボロになって既に瀕死状態の小町と瑠璃は泣く寸前まで感情がこみ上げると二人、手をつないだ。
そんな二人の背後に忍び寄る影が、足音もなく、現れた。
「赤城涯が放棄するなら、この二人は俺が頂くとしよう」
唐突に聞こえたその声に動揺を隠せない二人はすぐさま、背後を振り返る。
――――しかし、その瞬間。
瑠璃と小町は謎の感覚に見舞われて、
その声の正体がわからぬまま、
ブレイカーが落ちるように二人同時に意識が掻き消された。




