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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第三章:佐藤真桜奪還篇
43/70

第三話「能力支配者」

 003



 時を同じくして長門京子(ながときょうこ)間宮渚(まみやなぎさ)は機械島全域を轟かすほどの爆音に見舞われて思わず、音のする方へ視線を向けながら二人唖然と立ち尽くしていた。

 白煙が立ち昇り始めると渚はすぐに我に返って、京子の手を引っ張る。


「京子ちゃん。私達も早く、他の人と合流しないと……」

「そ、そうだな。一条との通信も使えないみたいだし、頼れるのは己の力のみになったな」

「私はあんまり、京子ちゃんを助けられないけどサポートは精一杯するから!」


 非力な渚が京子の力になると心に誓い、熱く震える。その様子に感動した京子は渚を見て、ただ只管に彼女の強い視線を感じていた。


 ここは機械島。

 相手の本拠地であり、いつ死ぬかわからない常に断崖絶壁の場所にいる。だからこそ全員で力を合わせて、手と手を取って敵を倒そうと計画していたのだが今ではそれは到底不可能になってしまう。

 京子は渚を護る思いを胸にしまい込むと、爆発音のした方に足を向ける。


「それじゃあ、どうする?」

「うん。あの爆発音がした所には確実に誰かはいると思うけど、それは敵だって同じことを考えていると思うんだ。だから、私達は他の人と合流するのが一番の手かもしれない」

「だけど、動けば味方に会える可能性もあるけど、敵に遭遇するリスクもあるんだろ?」


 的確に渚の言葉を論破する京子の表情を見て、彼女は静かに俯いた。

 確かに現状では彼女達には力はほとんどない。渚に至っては、対人専用の戦闘術を持ってはいないので複数の敵と戦う場面になった場合、京子のお荷物になることは目に見えていた。

 渚は俯いたまま、黙り込む。

 そして、ゆっくりと息を付くと顔を上げて京子に向かって真剣な目付きを浮かばせた。


「それは大丈夫。上空から見た時に大よその島の大きさは把握できたから」

「それで何がわかるんだ?」

「取りあえず、見てて」


 そして、渚はゆっくりと赤縁の眼鏡を下ろした。

 次の瞬間、まるで黒宝石のような漆黒の色をした瞳が眼鏡という枷が無くなったことを合図に煌びやかに変貌していく。

 渚の瞳は漆黒色が虚ろぎ、そして瞳の中には円を描く様に無数の輪が浮かび上がって来た。


神聖の瞳(ホーリーアイ)


 小さく呟いた。

 何が起こったのか、さっぱりわからない京子であったが渚には確かに見えていた。


 この機械島の全て(ヽヽヽヽヽヽ)が見えていた。


 3Dで機械島が瞳の中に描かれていく。

 機械島の置いてある建造物の位置、地下への入り口、人の位置など瞬く間に渚の瞳から脳内へと映像が流れ込んでいく。


 時間にして大よそ二分弱。

 唖然としていた京子の表情がいよいよ強張って来た頃に動きが静止していた渚が大きな息を吐きながら、手に握りしめられていた赤縁の眼鏡を掛け直す。

 すると喘息が起こったように無数に咳を繰り返す。


「お、おい。大丈夫か、渚?」

「だ、大丈夫……」


 心配する京子を余所に渚はしばらくの間、咳と息継ぎを繰り返し行った。

 そして、治まった所で京子は再び声を掛ける。


「本当に大丈夫かよ」

「いつもこの神聖の瞳(ちから)を使うと起こるから、大丈夫だよ。きっと……」


 見た景色を、描いた映像を、目を閉じることによって振り返ることが出来る。


「でも、大体わかったから」


 これが間宮渚の能力――――神聖の瞳(ホーリーアイ)の能力の一つである。

 全てを見通す、全方向、全方位、上空から見たような映像が見える。


「あんまり、無理はするなよ?」

「う、うん……」


 頭を押さえて渚はその場をふらつく。

 思わず、京子が手を伸ばして何とか支えるがいささか、後遺症と思えるには過度すぎる。

 前々から渚本人に聞いていた能力発動後の様子とは似ても似つかないほどの急変っぷりでかなり容態が可笑しい。いつ、倒れても不思議ではないくらい顔色が青ざめていく。


「本当に大丈夫なのか、渚?」

「うん、大丈夫。だけど、今日はちょっと頭が痛い……かな?」


 頭痛が激しいのか仕切りに頭を押さえる渚。

 敵戦地。しかも、生き残れるかわからないこの場所から少しでも安全な場所に移動しようと京子は渚を背負うと彼女の指示で出来るだけ人のいない所、一帯へ向かって移動し始めた。


「ごめんね、京子ちゃん」

「別に気にするな」

「いつもなら、こんなに酷くは無いんだけど……。うっ……」


 今にも気絶しかける渚は痛みを訴えながら、京子の背中で息を殺す。

 彼女に心配を掛けないために、彼女に無意味な不安を残さないために。

 しかし、渚のその一瞬の躊躇いのせいで判断が遅れる。


「……京子ちゃん、止まって!」


 指示されると京子は急激に速度を落として、止まる。

 そして、停止したことで周囲に目が向けられるようになった京子は自然とその異様な気配に気づいて、頭を掻きむしった。

 小さく舌打ちをする。


「……囲まれてるな」

「うん、数は十六人。一人一人の強さは低いけど、この数だと京子ちゃんだけじゃ……」

「十六人は流石につらいな。それに渚もいるから、逃げる他ない」

「でも、相手は――――」


 ここで渚の言葉が詰まると、京子は耳の片隅に何か異様な音が聞こえているのに気付いた。だが、首を傾げて耳鳴りだと決めつけた京子はそれを気にせず会話を続けようとする。

 しかし、一方で渚の頭痛は癒えることなく激しく響き渡る。


「でも、相手は大勢いるから逃げるんだったら、よほどの注意を引かないと」


 一旦、詰まった言葉をもう一度吐き出して渚は京子に伝える。


「なら、心配いらねぇ!」


 何か策が浮かんだ京子は、したり顔で渚の手をぎゅっと握りしめた。

 確かな確信があって、確実な信頼感が渚の手から伝わってくる。ゆっくりと目を閉じた渚は思い浮かべ、そして京子に敵の位置を静かに指示する。


「京子ちゃん、十二時の方向に二人固まってるよ!」

「あいよっ!!」


 上手い具合に渚のお尻に手をロックさせた京子は彼女の手を握っていた方の掌を伸ばして拳を突きだすように風を敵に送った。

 それは加算されるように広がって行き、少し離れていた敵位置から悲鳴が聞こえる。


『一体何事だ!』

『相手が攻撃して来たようです!』

『あの人から出来るだけ殺さぬようにと言われていたのだが、止むを得ん突撃だ』


 耳の良い京子が聞き取れたのはそこだけだった。

 次の瞬間、倒した二人を除いて十三名が一斉に近づいてくる。そして、その姿に京子と渚は思わず表情を曇らせる他なかった。

 彼らは――彼らの手にはアサルトライフルが握りしめられていた。

 まるで、それは軍隊で。侵入してきた彼女達を殺すように。その兵隊は周囲を囲む。


「た、隊長」

「なんだ」

「見た所、女子高校生にしかみえないのでありますが!」

「馬鹿者。こいつらは能力者だ。それに、ここに来た以上、タダでは返せない」


 そして、京子の成すすべなく機械島の軍隊はあっという間に二人を取り囲むと銃を構えると、こちらの様子を窺いながらジワジワと近づいてくる。


「……不味いな」


 想定外だった。

 いや、ここは敵陣。それも日本を裏で操っていると言っても過言ではない名家の集まった人口島である。敵が銃を持っていることは考えられたことだ。

 だけど、京子は目の前の軍隊を見て頭を抱える。


「やるしかねぇみたいだな」


 青ざめ、今にも倒れそうな渚をゆっくりと地面に降ろして身軽になると周囲を囲まれていることに気を配りながら、片っ端に兵隊の方を睨んでいく。

 そして、徐に腰を屈めると両手を引いた。


暴風衝撃砲(バイオレスインパクトキャノン)


 前方ではなく、左右に、両手を伸ばすように衝撃波を放った。――――瞬間、敵軍は圧巻に取られると身動きが取れないまま、京子の攻撃にぶつかり左右へと吹き飛んでいく。

 最低でも八人以上は吹き飛んだ中で、数秒遅れてそのことに気が付いた仲間達は一斉に京子へと長銃を構えて、撃ち出そうと引き金を引く。


「おせぇ!」


 暴風衝撃砲を使った後遺症でジンジンと腕が痛む。

 しかし、京子は鋭い目付きを光らせながら銃を構えている敵に向かって恐れることなく特攻していった。あまりの異常行動、銃を構えていた兵隊は一瞬だけ引き金を引くのを躊躇った。

 目の前にいた二人の兵隊に向かって膝蹴りを加えると地面に這いつくばった敵から無理やり長銃を奪い取ると残った一人に向かって振り返りながら、アサルトライフルを構えた。


 ――――そして、絶句する。


 京子は銃口の先に見える惨事に思わず、表情が強張った。

 残された一名の兵隊――服が他とは異なるため隊長と思える人物が拳銃を取り出して身動きの取れない渚を抱えながら、こめかみに銃口を向けていた。


「動くな。そこから一歩でも動けば、この娘を殺す」


 さながら、強盗で人質を取って脅迫をする犯人のよう。

 しかし、今回は明らかに京子側に非があるため、その例えが正しいのかは否めない。

 ただ、一つだけ同じことが言える。それは――――


「……ッ」


 ――――絶体絶命だということだ。


 表情が一瞬で凍り、敵を倒したことによって彷彿とされていた感情も既に凍り付いていた。京子の頭の中はパニック状態で、ただその光景を目の当たりにして何もできなかった。

 何故だろう。呼吸音だけが異様に大きく聞こえてくる。


「まずはその銃を置け」


 脅迫、というよりは要請。いや、この場合は命令。

 既にどちらが正義かすら危うい状況の中で京子は立ち尽くすばかり。


「いいから、早く銃を置け!!」


 隊長が声を上げて渚のこめかみに再び拳銃を突きつけると、我に返った京子はゆっくりと地面に長銃を置いた。

 そして、敵の方を見上げる。


「よーし、いいぞ」


 緊迫状態が続いていると京子の攻撃によって吹き飛ばされて、倒れていた兵隊たちが続々と立ち上がり、隊長の方へと集まって行く。

 ――――まるで京子が悪役の如く。我、正義のように。


「――――ッ!?」


 そして、京子は抵抗する間もなく兵隊に押さえつけられて地面に叩きつけられる。そして、特殊な形状をした手錠を彼女に掛けると隊長の方を見上げて、親指を立てた。


「これから、お前達はあの人の元へと連れて行く。抵抗はするな、した時点で殺す」


 なすすべなく、抵抗する余地もないままに京子と渚は兵隊によって地下に連行される。

 具合の悪い渚は表情を曇らせ、今にも倒れそうな容態だ。京子は数人の兵隊に取り囲まれて自分の力の無さに劣等感を感じながら、悔しそうに奥歯を噛みしめた。――――その瞬間、


「うわっ!」

「ぐはっ!」


 後方を歩いていた兵隊が次々と倒れていく。

 そして、渚を拘束していた隊長が倒れるとその人物は倒れる渚を優しく抱き抱える。視界が虚ろで意識が飛びかけている中、渚はゆっくりと口を開いてその少年の名前を口にした。


「い、一条くん」


 最後の力を振り絞って口にした言葉。渚はそのまま、目を閉じると気絶してしまった。

 振り返る兵隊も驚いてはいたが、その中でも一番驚いていたのは京子だった。


「い、一条……」


 彼の、今まで見たことない表情。

 普段は温厚でそれとない態度は見せるものの、仲間を救うときは全力を尽くす。

 轟々と体全身から鬼の形相が窺えるような風貌を醸しだしながら、奏は口を開く。



「爆発音のした方に向かったと思えば、まさかこんな所に遭遇出来るなんて思わなかった。――――所で兵隊さん。よくも俺の仲間を懲らしめてくれたな。今度はこっちの番だ!!」



 怒りに満ち満ちた様子で奏が残った兵隊たちに宣戦布告を言い渡す。



 004



「は? お前は何を言っている」


 呆れ顔をうかべながら、敵は呟いた。

 もちろん、当然のことながら飛鳥もその言葉を聞き、同様に呆れ顔をうかべている。


「ふん。そんな、つまらないお前達の余興に突き合う義理は無い。さっさと死んで――――」


 バンッ! と銃声が響き渡る。

 再び刀に手を触れた敵に向かって、ゆっくりと木通は拳銃を向ける。一瞬、身体が硬直した敵は木通のその鋭い赤い瞳を見て、思わず自分の雇い主のことを脳裏に思い浮かべる。

 まったく同じ。遜色のない、瞳。

 人を人とも思わず、平気で殺せるような、冷めた目付きをしながら、木通は銃口を向ける。


「まあ、待て。少しくらいオレの戯れに付き合ってくれ。それ相応の代償は用意している」

「……わかった。だが、手短に頼むぞ。それと私はお前達を殺しに来たことを忘れるな」

「わかってる」


 刀から手を下ろした敵は木通の方を見た。

 未だに存在が気付かれていない飛鳥は、この話し合いに乗じて。と思ったのだが敵越しから見える木通の視線に異変を感じて、攻撃するのを躊躇った。

 飛鳥が攻撃しないことを確認した木通は杖を突き、冗舌――司会者気取りの語りを始める。


「まず、オレの話をする前に色々と聞きたいことがある。お前、名前はなんだ?」

「それはお前の話と関係性があるのか?」

「まあ、あるって言ったらあるな」


 敵は一旦、俯きかけるとしばらく考え込む。

 ここで即座に攻撃に切り替えてもいいのだが、なにせ「刀」と「銃」。いくら、刀使いでも銃を手にしている敵に瞬間的な戦いで勝てる見込みは少ない。

 今まで数々の経験、戦いを乗り越えてきたからこそ得られる教訓でもあった。

 ゆっくりと、まるで何かを体外に放出するように口を開いた。


「……八咫烏(やたがらす)だ」

「そう。八咫烏か。偽名みたいな名前だな。いや、ここではコードネームって所か」

「今は私の名前なんて、どうでもいい」


 呑気に浸る木通を余所に今にも木通を斬ろうとする八咫烏。

 それを宥め、落ち着かせる。


「まあ、待て」

「なんだ、その余裕綽々な態度は。まさか、私から逃げられるとでも思っているのか?」

「いや、逃げるだなんてそんなことは思っていない」


 「――――ただ」そう付け加えた木通は深い霧に呑みこまれないように存在感を放つ。


「そう。単なる時間稼ぎだよ」


 その言葉を聞いた途端に、木通の視界から一瞬、八咫烏の姿が消えた。

 そして、背後から鋭く――空気を切り殺すような摩擦と共に一本の刀が振り降ろされた。


「貰った!!」


 完全に勝ちを予想した八咫烏は木通に攻撃が届く前に無様にも声を発する。

 しかし、八咫烏の攻撃は木通に届くことは無かった。――――彼の手にしていた一本の杖によって刀の斬撃は受け止められていた。

 強張った表情を見せる八咫烏を余所に、余裕綽々の態度で木通は首を曲げた。


「時間稼ぎってのは半分冗談だが、最初に言ったのは本当のことだぜ?」

「……何のことだ?」

「逃げるだなんて、そんなことはしない。――――だって、いつだって勝つのはオレだ」


 杖を振り放って八咫烏を再び元の位置へと移動させる。霧は静まり、視界が安定してくる。

 今まで遭遇したことのない、異様なまでの風貌、風格、雰囲気、覇気の持ち主の木通に何故か恐怖心が芽生えた八咫烏は自然と、気づかない内に額から汗が零れ落ちていた。


「最初の会話に話を戻そう。――オレの能力の話だ」


 嘘っぽいような笑い方をした木通は一旦、拳銃を懐にしまい込むと杖を突いて不慣れな体勢を維持したまま、目の前の八咫烏に情報を伝達(リーク)した。


「まず、オレの能力名から説明しよう。オレの能力は――――――」


 八咫烏は木通の会話を耳で聞きながら、頭の中では別のことを考えていた。

 何故、相手が自分の能力を公開したがるのか。八咫烏にとっては有利になることだが木通にとれば完全なる劣勢。対処法を考えるだけで呆気なく、倒せてしまう。

 今まで戦ってきた中で、恐らく、最も奇妙な能力なのだろうと身構えていた。


「――――おい、聞いているのか?」


 一瞬、別のことに意識を集中させていたせいで話を聞きそびれた。それらしき表情を八咫烏は醸し出すと「……はあ」とため息を付きながら、再び木通は解説をする。


「もう一度だけ言う。耳の穴、かっぽじって、よーく聞いておけ」


 したり顔で木通は告げた。



「オレの能力は「能力支配者(ドメインマスター)」。文字、名前通りに対象の能力を完全に支配できる能力だ」



 嬉しそうに、誇らしそうに、上機嫌に、陽気そうに杖を突いた。

 その能力を聞いた途端、八咫烏は思わず、ゾッと背筋が凍りつく様に震えていた。ある意味、最強の名に相応しいであろう能力。――彼はひとえにそう確信してしまった。


 ただし、それはあくまで「最強(ヽヽ)」であって、「最恐(ヽヽ)」ではない。


 八咫烏は木通の最強よりも、恐ろしい最恐の能力を知っていた。

 だから、普通。通常の能力者が聞いて驚くよりもダメージが少ない。まだ、勝てる。勝機はある。その可能性が、見込みが、今の八咫烏には十二分にあったからだ。

 あえて驚きを表情に出して、相手のペースにわざと乗る。――そして、隙を見て殺す。


「だが、これが色々と厄介なんだよ」


 八咫烏の表情を見て、勝ちをほぼ確信した木通はニヒルに微笑みながら独りでに語りだす。

 それを顔では聞いているふりをしながら、視線では相手の隙を狙おうと一秒たりとも木通を見逃さない。まるで獲物を捕らえる動物のように目を凝らし、息をひそめ、敵を殺そうと待ち望む。

 ゆっくりと上機嫌に語っている木通に気付かれないように刀に手を一本ずつ置いていくと今度は悟られないように、ゆっくりと周囲に深い霧を蔓延って行く。


 獲物を狩る準備は完了した。

 あとは相手(あけび)が隙を見せるまで、ただ耐える。耐え忍ぶ。


「――――だから、という訳なんだよ」


 木通が喋り終えたと同時に、体勢を崩して杖を地面に落としてしまう。

 頭を抱えて、ため息を付いた木通はゆっくりとしゃがみ込むと杖を拾うと手を伸ばす。


 ――――その瞬間、一瞬だけ隙を見せた木通の首が綺麗に飛んだ。


 八咫烏の背後で息を潜めていた木通は思わず、声を上げずにはいられなかった。

 深い霧の中で起こった。

 先ほど同様に瞬時に木通の背後に移動した八咫烏は何の迷いも、躊躇もなく、躊躇いもなく木通の首を斬り跳ねた。

 無残にも吹き飛んだ木通の首は地面を転がって、霧の中へと消えていく。


「あ、木通ィィィィィィィ!!」


 電源を切られたロボットのように、ぷっつりと木通の身体は生存を止めた。膝を付き、肘を付いて崩れ落ちるように木通は死んだ。

 泣き叫び、混沌する飛鳥の背後に八咫烏は立つ。


「死を目の当たりにするのは悲嘆なことだ。だが、安心しろ。時期にお前も向こうに行く」


 そう言って、刀を振る八咫烏。

 堪える力を押さえながら、刀を回避すると木通から受け取った拳銃を向けた。


「見る所によるとお前は銃の扱いには慣れていないな。止めて置け、それは人を殺せる」

「う、うるせぇ! あいつが、仲間が死んだんだ」

「仲間? そんな下らない関係性に縛られているのは馬鹿な餓鬼か、頭の弱い大人だけだ」


 カタカタ、と体が震える。鼓動が高鳴り、息遣いも荒くなる。

 飛鳥は窮地に立たされていた。本能的にこれを使って助からないといけないと思っていた。自分の能力では八咫烏に勝てないことは無論、分かりきっていた。


「さらばだ。この日本の闇に呑みこまれた少年よ」


 一瞬だけ、波状に揺れた八咫烏の刀は殺しにかかるように飛鳥に向かって振り降ろされた。

 何もできなかった無能な自分だと――――飛鳥は自分を卑下しながら、両目を瞑る。



 ――――しかし、飛鳥が死ぬことは無かった。


 本人がそれに気づいたのは、攻撃したはずの八咫烏が発した一言だった。


「……ば、ばかな!」


 そして、ゆっくりと目を開けると目の前に広がっているのは少し黒ずんだ空。地面には横になっていた。しかし、いくら体を触っても痛みは愚か、傷痕すら見当たらない。

 おそるおそる飛鳥は上を見上げる。


「私の能力が――――――消えた(ヽヽヽ)?」


 その言葉を聞いた途端、飛鳥はそこにあるはずの木通の死体に向かって振り返った。

 しかし、確かにそこにあったはずの木通の死体はそこにはない。


 そして、代わりに飛鳥が目にしたのは深い霧の中から見える靴だった。次第にそれは人影と認識できるほどにまで大きくなり、ゆっくりとその人影を見上げていくと――――


「あ、木通」


 ――――そこにいたのは死んだはず(ヽヽヽヽヽ)の無道木通の姿だった。


「さて、ここで一つ八咫烏くんには質問をしよう」


 その声を聞き、その姿を目視し、八咫烏はゆっくりとその場から後ずさりを始めた。


「何故、オレがそう易々と敵に能力の説明をすると思う?」


 飛鳥の元まで近づくと、腰が抜けて自力では立てない飛鳥にゆっくりと手を伸ばした。


「立てるか、飛鳥(ヽヽ)

「あ、ああ」


 木通が口にした言葉を聞いて、飛鳥は立ち上がった。

 そして、木通は轟々と自信満々に――――――質問に答えていない八咫烏に告げる。



「答えは簡単だ。オレの能力の発動条件が対象に自分の能力の説明をすることだからだ」



 「――――そして」と一拍、置いて。



「お前の能力は今から完全にオレの支配下に置かれるんだ。てめぇに勝ち目はもう、万に一つもありえねぇ」



 その言葉を聞いて、八咫烏はゆっくりと倒れ込むと膝を地面に叩きつけ、静かに蹲った。


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