第一話「飛べ」
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僕は人を殺したことがある。
無論、今世ではない。俺の前世の話。
遠い、遠い昔の話。もしかしたら、今の世界ではない別の世界での話かもしれない。
ある所に、その巧みな頭脳を行使して効率よく、そして世界を支配しようとする地上最悪の魔王がいた。
この世界の人は相当、危機に陥っていたらしく禁術中の禁術「異世界転生」を使用して別の異世界から、魔王を倒すための人柱となる人間を召喚した。
そして、その異世界召喚によって選ばれたのが俺。――――名前は「××××」。
それから何やかんや、色々なことがあって魔王との最終決戦まで持ち込む大戦争を引き起こすと全ての仲間が加勢してくれて、色々な犠牲もありながら、俺は魔王の部屋まで行くことが出来た。
そこで見た魔王っていうのが、あいつだった。
色素の薄い茶色の長い髪、魔界は太陽がないのか色白の肌。背は高くて、モデルのよう。顔立ちも唖然とするほど整っていて、ハッキリ言って前世の俺は彼女に――――魔王に一目惚れをした。
魔王が言うには何度も会ったことがあるらしい。街中ですれ違ったり、変装した状態で遭遇したりと。だけど本当に覚えが無かった。それはそうだろう。
宿命なのか、運命なのか、はたまた偶然なのか、必然なのか。
俺と魔王は出会ったその瞬間に殺しあわないといけない。だから、運命とは残酷だ。
どうにかして、魔王と結託をしながら平和に解決できないかと考えを働かせたのに言葉を口に出す前に魔王が最初に喋ってしまった。
――――『私達、こんな立場じゃなかったら仲良く出来ていたと思いますか?』
――――『はい。アナタと全力で殺しあって、来世でまた会えるように精一杯願います』
――――『だって、私。アナタのこと好きですから』
『私、最後に人並みの心を持てて幸せでした。ありがとうございます、大好きでした』
そんな、両想いだったとか浮かれている内に彼女は――魔王は死んでしまった。
あの時はわからなかった。
彼女がいなくなって、心に空いた謎の穴のことが。
きっと、あれは空虚だったのだろう。誰かを愛することになれていなかった俺が、初めて好きになった。その好きだった人が目の前で死んで、けどそれは実は魔王で世間的には万々歳で、でも俺自身は悲しくて。
様々な気持ちが右往左往して、何もする気になれなくなってしまった。
だから、今世で記憶を取り戻して十歳ながらの俺はあることを決心した。
――――『前世の魔王を見つけ出して、恋をしよう。そして罪滅ぼしをしたい』と。
どんな形であれ、俺が彼女を殺した事実は未来永劫変わることはない。覆る余地もない。
だから、せめていま生きている間だけでも好きになって、恋をして、愛し合って、彼女の出来なかったことを色々とさせてあげようと決心した。
そして、運命の日はあの時に訪れる。
今も覚えているゴールデンウィーク初日。バイトをしていた時に偶々、学園で知り合った女の子からの突然の告白。
最初は意味も解らず、訳も分からず、呆然とその話を聞いていた。
だけど、理解した途端、十歳の頃に考えていたことが現実になるんだと至極、喜んだ。
だから、人の多い所は嫌だったけど彼女と遊園地デートもした。
そして、彼女を傷つけた奴を懲らしめるために本気で闘った。
だけど、助けることが出来なかった。
心に酷く残ったのは後悔。
今でも心の片隅には、頭の中には前世の記憶と感情、そして自我が取り残されている。
それがいつ解放されるのか、今の俺には分からない。
だけど、この傷が治ったら、きっと言えると思う。――――きっと。
俺は勇者としてじゃなく、一条奏として佐藤真桜を助けに行く。
それが伝説の勇者としてじゃなく、一人の女性を好きになった一条奏としての決意だ。
001
首都、東京及び神代市から数百キロ離れた太平洋上空。
真下に広がるのは青々とした大海原。反射する太陽が水面を照らして、色鮮やかな魚たち。しばらく、見つめてしまうほど海は綺麗で、空は晴れ渡っていた。
そんな決戦とは似ても似つかない秘境の地に向かって一機の飛行機が飛んでいた。――――いや、正確に言えば一機の自家用ジェット機が雲をかき分けるように飛んでいた。
そして、その中にいるのはまだ青臭さの抜けない七人の戦士と二人の協力者。
キーン、と耳鳴りがする最中、豪華な椅子に背を預けながら生徒会長、蒼咲有希が重々しく口を開けた。そして、そこにいた九人の戦士は一斉に気を引き締める。
「私に出来ることはここまでだ。お前達の進路を作るための手伝いをし、ただ祈るだけ」
悔しそうに、歯痒そうに、有希は自分の無力さを痛感して自分の太ももを殴った。七色家でなければ、きっと彼女は一目散に真桜を助けに行くことだろう。
それだけ、友達に対しての情に厚く。真桜を大切にしている証拠ともなりうる。
そんな涙頂戴雰囲気の中、誰しもが彼女の言葉にうるっとしている状況で嘲笑うように白髪の青年――無道木通は失笑をしていた。
「はっ」
小さく鼻で笑った木通は有希の言葉に感銘を受けていた人達を驚かせるように言葉を綴る。
「何、ふざけたこと言ってんだ。お前達、七色家はそうやって何十世紀も頂点という地位を維持しているだけだ。今回も同じことの繰り返し。同情して貰いたいとか、舐めこと言ってんじゃねぇぞ」
「あ、あっくん!」
「所詮はお前も七色家の駒に過ぎない。どうせ、あいつらはオレ達がここに来ることは既に想定内だろう。じゃなかったら、こんな豪勢なジェット機なんて貸してくれないだろうからな」
「……何が言いたい?」
机の上に乗せていた足を組むと木通は頭の後ろに組んでいた手を前に持ってくる。
「被害者面してるのが気に喰わねぇんだよ」
木通の一言で高速で飛行するジェット機の中を有希は立ち上がる。思わず、その両席にいた渚と千歳が宥めようとさせるが有希の表情は怒りに満ち満ちていた。
「結局はお前も七色家、加害者なんだよ。関わってないから、関係ない? 連れ去られた奴が友人だから助けてくれ? 冗談は休み休み言ってくれよ」
「貴様!! 私がどんな気持ちでこの一週間を送ったと……」
「知らねぇよ。加害者の気持ちなんてのは、被害者には一生わからねぇんだよ」
元七色家、失われた一家。
無道木通だからこそ知りえる本当の七色家。裏。闇。
口々に乱暴で、傍からしてみれば彼が全て悪いのだと印象付けられてしまうけれど言ってることは全て事実で、本当で、何も嘘偽りのない本物の主張なのだ。
論破され手何も言えなくなった有希は席に着くと固く口を閉ざしてしまった。それを機に、司会進行を務める役割は自動的に有希から木通へと変わっていく。
「あっくん、そのくらいにしてあげなよ」
「元からそのつもりだ。しばらく、自分の不甲斐なさを嘆いてると良い」
思う所、色々とあると思う木通だったが第一優先順序は別にあった。すぐさま、話題を切り変えて本題へといよいよ入って行った。
「瑠璃。あれ、もってこい」
「りょうかーい」
ハイテンションMAXで飛び出していった瑠璃はジェット機には不釣り合いなホワイトボードを能力によって創りだすと自分の鞄の中から大きな模造紙を一枚、取り出した。
それをホワイトボードに貼り始める。
「準備完了だよ、あっくん」
「よし。それじゃあ、これから作戦会議を始める」
瑠璃のハイタッチを見事にスルーした木通は椅子から立ち上って、そのままホワイトボードの横に移動をする。
そして、杖の突いている方とは逆の手で模造紙に書かれた絵を説明していく。
「まず、今からオレ達が向かう場所は首都東京から数百キロ離れた所に位置している地図に載っていない、全長五キロの人工島――――通称、機械島だ」
何も書かれていない真っ白な模造紙の中央に書かれているのが今回の目的地、機械島。
「地図に載ってないって……。それじゃあ、お前らはどうやってそれを知ったんだ?」
好奇心旺盛な飛鳥が挙手をして、木通に質問をする。
「簡単な話だ。それを知っている人間が教えてくれたってだけの話だ」
理解力が欠けている飛鳥は首を傾げるが大よその人は今の木通の言葉で理解した。他に質問は無いか、木通は一通り全員に訊き、誰も反応が無いことを確認すると作戦を再開する。
ホワイトボードに文字を書いて行く。
「作戦決行は今日、六月十一日。午後零時ジャストだ」
アンダーマークを引いて木通は重要性を強調させる。
息を呑み、緊張感の走る室内で唯一、離陸時からキョロキョロとしていてあまり会話に参加しなかった奏がようやくここで口を開いた。
「それで真桜は何処にいると推測されるんだ?」
奏の問いにすぐさま、木通は口を開く。
「この機械島は全長五キロの人工島。傍から見ても普通の島にしか見えん。恐らくだが、この島はまだ謎が多く隠されている。だから、現段階で佐藤真桜がどこに居るのかはわからない」
「何の手がかりも無しに動けって言うのか」
「いや、あながちそう言うわけではない。――――瑠璃、例の物を」
「あいあいさー!!」
木通に言われて瑠璃は再び立ち上がる。
そして、遠足に行くようなほど大きなリュックの中から先ほどとは別の模造紙を手に取ると木通の方に向かって投げつけた。
「小さいのでプリントアウトしたのもあるからねー」
そう言って模造紙の内容が書かれている縮小版の用紙を瑠璃から両隣に渡していった。
徐にそれを見た奏達は思わず、首を傾ける。
「これは……、何処かの地図か?」
「そうだ。これは機械島の地図。それも、あいつらが拠点としている地下の地図だ」
『地下!?』
全員が声を上げて驚いた。
全長五キロの機械島。しかし、本当の領域は地下にあった。
「地下は非常に入り組んでいて一度迷えば、帰ってくることが難しいのが見てわかる。恐らくこの時の為、色々と準備をしたんだろう。この機械島は日本にとっても、七色家にとっても最上級機密だからな」
「こんな所で七色家は一体、何をしているんでしょうか……」
地下地図の資料を捲りながら、あまり聞きなれない機械名の名前を見て渚は小声で呟いた。恐らく渚の言ったことを知っている人はここには一人しかいない。
有希は目線を下へと下げながら、悔しそうに黙り込む。
「まあ、大方予想は付いているんだが……」
木通は目線を逸らす有希を見ながら、小さく告げる。
それから木通によって作戦の概要を口頭で説明し始めた。
最初、一番の目的としては「佐藤真桜奪還」。どういった事情があるのか、わからない状況であるが奏達の目標でもあって、これを成功させない限り終わりはないだろう。
次に木通による「七色家」の全貌を暴く調査。この研究が明るみに出れば、少なからず何かしらの動きが今後の日本政府に出ると木通を含む秘密組織である、イージスが出した結論だ。
しかし、問題点はいくらでもある。
「問題なのは相手の規模がわからないってことだな」
「規模? どういうことだ」
「七色家全てが関わっている、ってことはまず想定して間違いない。それにプラスして過去に数々の業績を残した選りすぐりの能力者が暗躍しているとなれば、たった九人のオレ達に勝ち目は絶対に無い」
「……だから、あの時」
奏は一週間前の病院にて暁が有希に言った一言を思い返していた。
――――『いずれ、あいつらと同じ組織に入る有希っちならわかるだろ』。
現在最強の蒼咲有希は七色家にとっても、能力者全体としても選りすぐりの優秀者だ。既にスカウトをされていても可笑しくは無い。
いずれ、彼女とも対峙する時が来るのだろうか。奏は有希の方を見ながら、少し考える。
「他にも幾つかある。例えば、ここにいる蒼咲と赤城が裏切る可能性とか、な」
「わ、私はそんなことはしない」
「妾もじゃ。あやつは、真桜は妾の親友じゃ。それを助けようとする奴を裏切るわけ」
「さーな。口では幾らでも言える」
一刀両断をして七色家に関連する二人を黙らせた。
「この二人が既にバラしているならば、オレ達に勝機はない。それでも、やるんだろ?」
もう何度聞いたのかわからないほど、木通は全員に問いかけていた。
死ぬ覚悟があるのか。
殺される覚悟はあるのか。
例え、ここから戻って来れても恐らく今まで通りの平穏な生活は遅れないかもしれない。
だけど、それでもここにいる人達は首を横に振ろうとはしなかった。
「はっ。潔いな、お前ら」
この一週間、全員は自分に出来ること全てを行った。
奏は木通と瑠璃によって死をも経験する地獄の特訓を行い。
京子と渚は自分達に何が出来るのか考えて、対抗トーナメントの時に果たせなかった約束を叶えるため自分の能力と対面し、進化させた。
小町は自分の能力を更に極め、めぐるは自分の能力を知り、真由は能力を更に深めた。
誰もが諦めたくない一心と、負けない意欲で満ち溢れていた。
それを肌で感じた木通は静かに微笑む。
「それじゃあ、後五分くらいで指定の場所に到着予定だ。お前ら、準備しておけよ」
木通が言い捨てるとホワイトボードを片づけて、ひと時の安らぎへと変わる。
しばらくして、隣の席に座っていた小町が奏の肩を突っつき始めた。
「どうした、宮村さん」
「さっきから、ずっと気になっていたんだけど……。めぐるはどこに居るの?」
奏は部屋を一通り見渡して、その存在が無いことにようやく気が付いた。そして、真由の姿も見当たらないことに気付く。
どうやら、ジェット機云々、木通と有希の口論のせいで他のことに気が回らず、二人の不在に気付いていなかったらしい。
「本当だ。めぐると真由がいない」
「ああ。そう言えば空間移動と全反撃の能力者なら、別件で動いて貰っている」
「別件?」
奏はそう言うと木通が、とある質問をしてきた。
「巨大な敵に立ち向かうには何が必要だ?」
「えっと……、力か?」
「違う」
「策略か?」
「少し違うがまあ、正解にしてやろう。一番、必要な物は知識だ。どうやって敵を欺くかが問題になる。所詮、力があっても能力が優れていても使い方が甘ければ、それはただの荷物に過ぎない。知識があれば、その力を有効活用できるってわけだ。――あいつらにはそれを仕入れに行って貰っている」
妙に木通の説明に納得がいった。
奏自身、自分の能力にはまだ面と向かって立ち向かう勇気が無い。それが原因で本来出せる力の半分も出せないことが事実。
立ち向かうためには、それを解決するための知識が必要。
――――木通は一週間の特訓でそう教えた。
「もしかして、あれが機械島ですか?」
「ああ、それっぽいのが見えるな。てか、間宮。お前、眼鏡掛けてるのによくわかるよな」
「え? あ、ま、まあ。偶々ですよ」
そして、ジェット機の窓から機械島らしき人口島が浮かんでいることが目視できるまで近づいて来た。スカイブルーの海が太陽を反射させて全員が思わず綺麗な海に見蕩れていると――――突然、ジェット機が激しく揺れる。
「どういうことだ!!」
木通が激しく声を荒げると有希が急いで操縦室へと向かって現在の状況を聞きに行く。皆が身を寄せ、肩身を震わせていると再び激しく機体が揺れた。
「きょ、きょ、京子ちゃん!」
「だ、だ、だ、大丈夫だ。あたしに任せとけ」
二人、抱き合って励まし合う京子と渚。
「まだ、私は死にたくない」
「……み、宮村さん。く、苦しい。死ぬ」
自分よりも背丈の高い小町に抱き突かれて、背骨がミシミシと音を立てながら、豊満な胸に押し付けられて窒息死しそうな奏。
「いったい、どうなってるの。あっくん」
「オレが知るか!!」
上手い具合にバランスを取り合いながら、口げんかを続ける木通と瑠璃。
「どうなってんだよ」
「こ、これは。まさか……」
左右に傾き続ける機内を走り回る飛鳥と何か察した千歳が窓際で機械島の方を眺める。
そして、操縦室から飛び出してきた有希が再びの大きな揺れで態勢を崩しながらも、その場にいる全員に対して驚きのことを口にした。
「どうやら、このジェット機は誰かに狙われているらしい」
次の瞬間、ジェット機の片方の羽根スレスレの所に赤色の閃光が突き抜けた。
「やはり……。あやつめ、こんな所にまで関与しておったのか」
千歳が思い当たる点を思い返し、思わず舌打ちをする。
ジェット機が損壊する危険性のある攻撃を目の当たりにして流石に命の危機を感じ取ってしまった。
「嘘だろ、あの機械島からまだ随分と離れてるのに」
「どれだけ正確なんですか!」
「やはり、先手を売って来たか」
「やっぱり、ただで済む相手じゃないみたいだね。みんな」
息を呑みこんだ。
そして、有希は再び部屋から離れていく。
「機械島までもうすぐそこなのに」
「これじゃあ、着陸することは出来なさそうだな」
「じゃあ、どうするんだよ。まさか、ここから飛び降りろって訳にも――――」
奏が切羽詰って放った一言がその場、全員の空気を凍らせた。と、同時に別の部屋から有希が人数分のある物を手に抱えて戻って来た。
再び、全員が凍りついた。
「これ以上、近づくのは危険だと判断された。降りるなら、今しかないぞ」
そう言って渡されたのは、パラシュート。
使い方も分からない代物を渡されて、機内の揺れも増していき、全員はパニックになる。
「ど、どどどどうすればいいんですか。これ!」
「こうなったら、覚悟するしかないみたいだね。あっくん」
「そうみたいだな」
木通は動揺している全員にまずは一喝。大きな声を出して、全員を落ち着かせた。
「作戦変更だ。今から、オレ達は機械島に向かってパラシュートで向かう。持ち物はさっき渡した機械島地下の地図。それと、奏妹から支給された改良された小型通信機。その二つは必ず持って行け!」
「作戦じゃあ、着陸した後に全員で行動するってなってたけど、あれはどうするんだ」
現段階では何が起こるのかわからない。敵の力量も、数も、強さだったバラつきがある。
出来れば全員で行動した方が確実に、安全に地下まで行くことが出来るのだが今の状況でそんなことを言っていられる余裕はない。
一刻を争うほど、危ない。
「下に降りたら通信機を使って近い奴と合流しろ。それから、数人で集まって地下に向かえ。下で合流をすれば、良いと考えよう」
再び激しくゆれる。
全員が不意を突かれてバランスを崩してしまった。
そして、破壊されたのは奏達のいる部屋。突風よりも激しい風が室内へと入り込んでくる。
「――――――あっ」
態勢を崩し、傾いたジェット機から渚が突風にあおられて瞬時に外へと追い出された。唖然とその光景を見ていることしか出来なかった奏は渚を助けに行こうとする。
しかし、突風で前に進むどころか息をすることすら、ままならなかった。
「なぎさぁぁぁぁぁ!!」
傾いているジェット機が体勢を立て直した。――――いや、これは京子が使った暴風振動が足元に力を加えたせいで、一瞬だけジェット機の機体が立て直しただけだ。
京子はすぐさま、その力を利用して渚の方に向かって外へと飛び出していった。
もちろん、パラシュートは付けている。
飛び出していった京子の力を失って、ジェット機は再び体勢を崩す。
「くそ、損傷がひどすぎる。これでは私達まで危険にさらされてしまうぞ!」
「仕方ない、お前ら、全員、跳び込めぇぇぇぇぇ!!」
そして、渚を救いに行った京子に続いて木通、瑠璃、飛鳥が続けて飛び降りていく。ただ、小町に抱き突かれている奏はどうしても行くことが出来ない。
必死に剥がそうとするが、小町の強力な握力と追い風による突風によって飛び降りた場所へ行くことが再び困難になってしまった。
「み、宮村さん。早く、俺達も」
「だ、駄目。私、高い所……」
しがみ付いていたのは怖いからじゃなくて、高いから恐怖心が芽生えたらしい。思えば、ジェット機に乗る時も動揺していたし、全員が外の景色を見るときも静かに座っていた。
奏はこんな状況だからこそ、溜めこんでいた恐怖心が爆発したんだろうと考える。
だけど、今は彼女を優しく助けてくれる伊波めぐるはいない。彼女自身、自分の力で恐怖を克服しないといけない状況。そして、それを改善できるのはここにいる奏しかいなかった。
「いいか、宮村」
暴風のような風で声は掻き消えるような勢いだけど、奏は必死に叫んだ。
「俺達は今、必死に戦おうとしている。これから何が起こるのかまだわからない。死ぬかもしれないんだ。高い所が苦手、わかるさ。俺だって苦手なものは沢山ある。だけどな、ここで立ち止まってたら、変わるものも絶対に変わらねぇんだよ!!」
段々と奏に掛かっていた力が緩んでいく。
そして、髪型が崩れて、服が破れそうになっているにも構わない。
「変わりたいなら、今しかねぇぞ!」
既に奏の中では自分が何に対して言っているのか、いまいち分かってはいなかった。けど、諦めれば全てがここで終ってしまう。
真桜を救いだすことも、好きだと言うことも、全てが泡となり、泡沫の果てとなる。
自分に似た、小町を見て奏は人知れず投影していたのかもしれない。
「わかった」
熱意は小町に届いた。
奏を離した小町はパラシュートを背負う。奏も準備は完了。しかし、肝心の出口には突風が吹き荒れていて、とても脱出できる気配はない。
すると奏の前に小町が立ち塞がる。
「大丈夫、任せて」
そう言って、奏を安心させると長い手を広げて鎌のように前方へと振る。途端、室内を激しく巻き込む突風は止んだ。
そして、奏の方に振り向いた小町は彼の手を握りしめて走り出した。
「とべぇぇぇぇ!!」
恐怖心を克服した小町と共に駆け出した。
そして、上空数百メートルの大空へと奏と小町は飛び降りる。すぐ目の前には落下しているメンバーの姿もちらほらと見えて、奏達七人は大空へと滑降していく。




