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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第二章:新入生対抗トーナメント篇
39/70

第十九話「予期せぬ来訪者」



 051



 朝の時間が終わって早々に表彰式が行われると第一訓練場に移動するように担任に言われて渚、京子と共に第一訓練場へと向かって行った。

 メンバー全員が表彰されるというので一度、選手登録をされた飛鳥、千春も同様に表彰する話が急きょ浮上してきた。千春に至っては公の場に出ることが恥ずかしいらしい。


「それでは蒼咲生徒会長が名前を言いますので一人ずつ、入場をしてください」

「分かりました。あ、それと鳶姫伊御が来てないみたいなので名前は言わなくていいです」

「そうですか、わかりました。生徒会長に伝えておきます」


 そう言って新入生対抗トーナメントを影ながら支えていた生徒会直轄の委員会の先輩は裏に消えていく。照明が少ない、この場所で奏を含めた五人がその場で待機をする。


「そう言えば、鳶姫の奴、朝からいなかったな」

「ああ、さっきから電話しているけど出ないんだ」

「寝坊でもしているんじゃないのかしら? ほら、緊張の糸が切れた、みたいな」

「幾らなんでも大会が終わってから一週間だよ?」

「でも、鳶姫。その大会が終わってから、休んでいるから風邪でも引いたんじゃないのか」


 最もテンションが高く、最もこう言った公の場に適合してくれそうな鳶姫伊御の存在がない今の状況は相当、彼らの緊張が高くなっている。

 戦うことは終わって、あとは公の前で表彰されるだけなのだが身体が震え始める。


「まあ、みんなは前にでるだけでいいじゃないか。俺なんて、トロフィーを贈呈されてから何か言わないといけねぇんだぞ。あー、緊張する」


 一番、肝が据わっていると思われていた奏が全員の緊張している姿を見て、そんな気持ちが伝染した。両頬を叩いて震えを止めながら、先輩が言っていた進行通りの展開を待つ。

 そして、奏達が待機を指示されてから大よそ十五分後、薄暗い廊下に響き通る観客達の声が聞こえた。そこで全員の気持ちが引き締まった。


 生徒会長である蒼咲有希が登壇をすると、マイクを手渡されて世辞を述べ始める。


「本来ならば、こんなことはあまり言いたくないのだが、今年の新入生対抗トーナメントは外部の人達もかなり注目していた、珍しく新入生に注目が当たった行事だった。その所以は入学式の生徒代表の挨拶が七色家以外だったこと。そして、E組の宣戦布告が影響している」


 長々と有希は語る。

 要約すると陽の目が当たらなかったE組が注目をされて、しかも、優勝をしたということで能力学園が始まって以来の快挙になったと少し不満そうにつぶやいていた。

 その中でもE組をまとめ上げた一条奏は「革命児」と謳われるようになった。


「――――と。私の話を長々としても面白くは無いな。それでは新入生対抗トーナメントで悲願の優勝を経たE組「超新星(スーパーノヴァ)」にご登場願おう」


 リーダーである一条奏は最後に登壇させる、と事前に言われていたが最初に登場する人物は伝えられていなかった。しかし、不思議と全員の雰囲気は落ち着いていた。

 緊張は不満ともいえる、蒼咲有希の話題で掻き消えたらしい。笑いながら、京子が上がる。


「まず始めは「超新星(スーパーノヴァ)」長門京子!!」


 握り拳を作って両手を掲げる。階段を上り終えて光が射し込む会場に踏み出した途端、観客全員からの拍手喝采。そして、歓声が湧き上がる、上がる。

 続けて山瀬千春、斑目飛鳥と登壇していった。残されたのは、渚と奏。


「き、緊張してきました」

「大丈夫。普段通りでいいんだから、差して緊張する必要はないよ」

「でも、人前に出ることなんてあまりなかったので……」

「それじゃあ、俺が緊張をほぐしてやるよ」


 いつ名前が呼ばれるかわからない状況下で入り口を向いていた渚の肩を揉み解していった。終始、肩が上がりっぱなしの渚が徐々に落ち着きを取り戻していく。

 少し恥ずかしそうに、こそばゆい感じを声に上げて彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、一条くん。お蔭で緊張、少しは解けました」


 嬉しそうに笑い、名前を呼ばれて登壇をしていく。いつのまにか渚の背中が凛々しくなっていることに気付き、この大会は無駄ではなかったと、つくづく痛感してしまった。


「そして最後は「超新星(スーパーノヴァ)」リーダー。今大会の風雲児、一条奏!!」


 今日一番の歓声が響く。まるで第一訓練場が振動しているような、反響する音が騒がしい。

 そんな歓声に笑みを零しつつ、あの日――「宣戦布告」をした日から、今日この日まで全て計画通りにシナリオが運んでくれた。


 皆の思う「落ちこぼれ」は既に「落ちこぼれ」ではない。

 努力をしても、やる気に満ちても、才能にあふれていても、零れ落ちることはある。

 それを一概に「落ちこぼれ」「劣等性」と評価する全ての存在に見せつけてやったとさえ、思っている。実感は徐々に上がっていった。――――そして、


「……ここが」


 最後の階段を昇り終えた途端、その実感は一気にピークを迎えた。

 この場にいるほとんどの人間は奏達を「落ちこぼれ」だと卑下しない。決勝戦の最後の場で敗北をしたとしても、それは揺るぎない。

 泣きそうな気持ちを抑えながら、奏は皆が待つ場所へと歩いていった。


超新星(スーパーノヴァ)、リーダー。一条奏、前へ」

「はい」


 一歩前に出ると有希が後ろにいる補助の人から、新入生対抗トーナメント優勝と記載されたトロフィーを掲げて奏に向かって贈呈をした。

 それを受け取った瞬間、全方位から沈黙して見ていた中等部、高等部の生徒数百名が一気に歓声の渦を創り上げる。今までで一番大きな拍手喝采を受けた。

 後ろを振り返ってメンバー全員の姿を端から端まで見た奏は綻ぶ全員の嬉しそうな顔を見て優勝したということを改めて、嬉しいと実感する。


「それでは代表、一条奏から一言を頂くとしよう」

「わかりました」


 トロフィーを一旦、傍にいた京子に明け渡して背後にいる有希から、マイクを受け取った。掌で二度、先端の部分を触って電源が入っていることを確認する。

 そして、緊張のせいか思ったように声が出なかった奏は何度か咳払いをして覚悟を決める。そこから、第一声をマイクに乗せて届けようとした、その瞬間――――――


「きゃっ!?」


 静寂に包まれていた中で観客席の誰かが悲鳴を上げた。

 その直後、奏達のいる場所の近くにガラスの破片が、パラパラと落下して来た。


「――――余興はそれくらいにしておいたほうがいい」


 そして、ガラスの破片が飛び散った丁度、真上から四人の男女が降り立った。

 誰もが今、起きている状況に把握できずに言葉を失う。――無論、奏もその中の一人だ。


「今、ある現状を認めることは苦しいだろうな、奏。――――でも、それが現実だ」

「な、なんで、なんでだよ、なにが起こってんだよ!」


 徐々に声が大きくなる。

 そして、片手に握られていたマイクに声が乗って現れた四人の内、一人の名前を奏は叫ぶ。



「伊御!!」



 冷めた表情で伊御は荒々しく叫んだ奏を見つめる。そして、無言のまま両手を左右に向けて上に向けた。次の瞬間、伊御の掌から無数の光の雨が天井のガラスを突き破って降り注ぐ。

 さながら、真桜が使っていた「光の雨」のように細く繊細な閃光は観客をも巻き込んだ。


「なんで……。いったい、どうしたんだよ。伊御」


 客席に影響を及ぼしていく。次々と人達が光の雨に突き刺さって被害を増大させていった。

 その被害を危険だと判断した有希は別のマイクを取って客席にいる人に逃げるよう、指示を仰ぐと他の役員の人に誘導をさせるために賽を振るう。

 その間、奏を含める「超新星(スーパーノヴァ)」メンバーは全員、その場で佇んでいた。


「どうした? 別にどうもしていないさ、奏。俺は偽りの自分から、元に戻っただけだ」

「……偽り、だと?」

「ああ、嘘だよ。全てはあの人(ヽヽヽ)が仕組んでいた巧妙な計画。入学式に教室で声を掛けたこと、対抗トーナメントで優勝するってことも。――――そして、佐藤真桜(ヽヽヽヽ)と知り合うことも」


 そうこうしている内に客席にいた人達は全員、第一訓練場から避難していった。伊御の技を受けて傷を負った者も医療班によって連れて行かれた。

 この場に残っているのは「超新星(スーパーノヴァ)」メンバーと生徒会長、副会長。そして、四人の来訪者。奏と伊御が会話をしているだけで他の人は声も出ない。一言も、口すら開かなかった。


「お前らは危険だ。早く後ろの非常出口から、第一訓練場(ここ)を出た方が良い」

「何言ってんだよ、こんな状況になって説明もなしに逃げろって? そんなこと、あたしは」

「駄目だよ、京子ちゃん。ここは一条くんの言うことを聞こう」

「そうよ、京子。見た限りだと鳶姫くんの他に、あの男もいる。皆、桁外れの実力保持者。私達がいても足手まといになるだけよ」


 両サイドに移動していた千春と渚に正論を言われて京子は素直に首を頷くと奏の後ろの方にある出口に向かって行った。

 これで残ったのは一条奏、蒼咲有希、黄瀬暁と来訪者四人だけとなる。


「お前も早く逃げた方がいい、一条奏」

「俺は逃げませんよ。あいつに、伊御に全てを聞くまではね」

「鳶姫家にS組の日向陽炎。そして、それと同格――それ以上の力を持っているであろう、男女二人か。流石に俺達だけじゃ、勝ち目はないみたいだけど。どうすんの?」

「無論、私達だけで執行する。他の六聖王はまだ生徒を非難させている途中だしな」


 現れた四人の雰囲気――というより、並外れたオーラというべきだろうか。異常であるのは奏でも肌を伝い、危険だと察知できる。

 そんな敵と今から、相対することになる。

 緊張が、全てを呑みこんで、奏は指先まで神経を集中させていった。


十二席(トゥエルブ)。先ほど逃げて行った中に目的の人物はいたか?」

「その名前で呼ばないで下さいと言っていますわ。黒崎龍一(くろさきりゅういち)さん」


 一番右端に立っている黒のコート、黒のズボンを着ている全身黒一色の青年――黒崎龍一は自分の隣に立っている日傘を差した艶美な令嬢。コードネーム「十二席(トゥエルブ)」に声を掛ける。

 すぐに見つけたと確認を取った龍一は拳をバキバキと鳴らし始めた。


「これから、どうするんだ? 今回の指揮はお前に一任されているはずだぞ。鳶姫伊御」

「大丈夫、計画に支障はない。先ほど伝えた通り、邪魔者は排除してからだ」


 そう告げた伊御は両手を開いて正面にいる三人に向かって重力負荷を掛ける。今までにない重圧からは有希も暁も逃れることは出来ない。

 ただ、伊御の能力を知っている奏にとって動きは相手に狙える隙を生む。


闇屑星(ダークマター)


 いち早く、能力を吸収して伊御に向かって駆け出した奏は強敵が四人いる、敵陣の場所へと向かった。他の敵は関係ない。ただ、伊御と対峙したかった。

 しかし、伊御が能力を解除する直前で日向陽炎が行く手を阻んだ。


「僕が殴った場所、怪我は治ったか?」

「ご生憎様。てめぇの傷なんざ、一日で完治したわ!!」


 跳び込むように陽炎に向かって闇屑星(ダークマター)を放った。しかし、彼は決勝戦同様に避ける素振りは見せない。今までにない余裕が彼にはあった。

 そして、そのまま、陽炎が避けることもなく闇の渦は彼の顔面に――――――当たらない。


「うぐっ!?」


 次の瞬間、視界が逆転する。見据えた先には粉々になっているガラス張りの天井が見えた。その前には日傘を差した艶美な令嬢が口元を隠しながら、上品に笑っていた。


「そんな程度では、わたくし達の誰にも攻撃は当たりませんわよ」


 何故か、奏は地面に倒れ込んでいた。仰向けで倒れて、黒一色のゴスロリスカートの裾から黒色をしたガーターベルトが、チラリと見える。

 何が起こったのかわからない一方で有希と暁の拘束がここでようやく解けた。


「はあ……、はあ……」

「これが鳶姫家の【重力】か。中々、キツイな」


 金色の長髪をなびかせながら、暁は苦しそうな表情で前方の伊御を睨み付けた。

 少し前にいた有希が後ろで息を切らしている暁にアイコンタクトすると十八年間幼馴染みの信頼が言葉を交わさずとも、分かり合えた。

 そして、次の瞬間――――――、黄瀬暁はその場から雷の波導と共に姿を消した。


「もらっ――――」


 ほとばしる電撃と共に黄瀬暁は伊御の背後に瞬間移動をする。――原理としては身体全身を雷の形状に変化させて雷と同じ速度で移動をしたということだ。

 そして、まだ誰も気づかない一瞬を狙って暁は伊御を全力で倒すために拳を握った。


「残念だが、そう簡単に伊御(こいつ)はやらせない」


 雷電を纏った、時速数百キロの暁の拳が伊御との距離、数センチの所で止められてしまう。伊御の隣に忽然と姿を現した龍一は硬派な口調で暁の拳を止めながら、笑った。


 ――――電撃を纏った拳が生身の素手で受け止められた!?


 瞬時に握られた手を振り払って伊御と龍一から距離を取った暁は徐に自分の拳を見て唖然としてしまう。雷を帯びていた拳を素手で受け止められて、尚且つ、傷痕が刻まれていた。


「そこの全身黒ずくめ、只者じゃないな」


 その言葉に何も言わず、黒崎龍一は静かに笑った。

 そして、奏はゴスロリ少女を足で払いのけると素早く立ち上がって周囲を見渡した。


「もういない」


 ゴスロリ少女は姿を消した。

 ただ、敵はまだ沢山いる。一人の少女に手間をかけている時間はなかった。


「他に目を向けて居れば近くの物を容易に見失う」


 傍まで近づいて来た陽炎が奏の隙を付いて殴りかかって来た。

 すぐに反応をする奏だが避けようとした直後に足から強烈な痛みが起こって動きが止まる。避けることが出来ない奏はそのまま、陽炎の攻撃を受け切ろうと両手を伸ばして防御する。

 しかし、直後に壁に拳を叩きつけた様な音が聞こえると、奏は拳を受けずに済んだ。


「事情は分からないけど私の大切な友達に手をだすなら、かげたんでも容赦しないよ」


 突如、地面から隆起してきた壁の上に内田瑠璃が降り立った。

 今まで見たことがないほど、殺伐とさせた雰囲気で陽炎を睨み付ける。そのまま、隆起した壁を粉砕させた彼は地面に降りたった瑠璃を見て憐れむような表情を浮かべる。


「瑠璃か、お前も僕の行く手を阻むなら容赦はしない」

「どんな事情があっても、複雑な理由があっても。それで仲間を傷つけていいことはない。君がこれ以上、皆を傷つけるなら私は友達として全力で日向陽炎を止める」

「お前の能力は確かに強烈だ。だけど、僕の相手じゃない」


 瞬時に二人の姿が消えて周囲には空間に亀裂が入るような衝撃が発生し始める。呆然とする奏の背後にいきなり誰かが覆い被さって来た。

 一本の輝く閃光が二人の頭上を突き抜ける。


「油断するな、一条奏」

「蒼咲、さん?」

「お前の知っている奴はもう、お前の知っている奴じゃない。あいつらは日本の裏を牛耳る存在。日本の闇に属する、怪物の巣窟だ」

「……どういう、ことですか」


 遠くから、伊御が近づいてくる。

 それに乗じて有希は奏の上から離れると立ち上がって「鳶姫伊御」という怪物を見据えた。


「これが終わったら、全てを話そう」


 瞬間、有希の周囲の気温が一気に低下していった。

 空気中の物質が凍り始めて花びらのような欠片が舞い始めていく。それを隣から見た奏には今、なにが起きているのか毛頭わからない。


「取りあえず、伊御を殴って一から説明して貰う!!」


 突然の来訪者を迎え撃つ。そして、十二分後。奇しくも奏は生まれて初めて惨敗を喫した。



 052



 雷撃がグラウンドを駆け巡る。

 雷雲が龍一の頭上に発生すると大地を切り裂く様に、細い雷の閃が無数に被雷していった。人間ならば直撃は免れないほどの雷速に対して確実に目で追いながら、龍一は避ける。

 前方に落ちた二撃。後方と左側に同時に落ちた一撃。そして、周囲を迫撃する一撃。それを全て回避。そのままの勢いで数メートル距離が離れていた暁の元に跳んでいく。


雷蛇(ライジャ)


 接近された場合でも対処法はあった。

 床に手を伸ばして暁の掌から、無数の雷を帯びた蛇が地面を這いながら龍一に向かった。


「その程度か、黄瀬家の嫡男は!!」


 地面を這う蛇は雷速で向かってくるが対処することもなく、衝突する寸前で龍一は超例外な脚力で空を舞うほど跳び上がった。

 それを見て、俯いていた暁が笑いながら上を見上げる。


「想定内、だっ!!」


 空中から地面に落下する際、人間はろくに移動することは出来ない。

 それを想定しながら、暁は跳び上がった龍一に向かって両手を伸ばした。雷の束が溜まる。


雷撃砲(らいげきほう)!!」


 凝縮された雷の砲撃が暁の掌から、放たれた。

 レーザーのような威力と雷の速度で瞬時に龍一の元へと突っ込んでいき、雷撃は当たった。黄瀬家では使いこなせる人が限られる、珍しい種類の雷を使用したことで体力が激減する。

 汗を拭った。


「流石にきついな。撃てても、あと二回くらいか……。まあ、でも――――――っ!?」


 苦しみながらも勝利を噛みしめていた暁が思わず、言葉を失った。

 雷撃砲が当たって地面に落下したはずの龍一が無傷で立ち上がって来たのだ。身体に外傷は一つもない。あるのは右手の甲が若干、焼き焦げている程度だった。

 それも、ものの数秒で綺麗な肌色の皮膚になってしまう。表情の筋肉が裂けてしまうくらい驚いていた。言葉を失う暁に対して、降り立った龍一は一言。


「黄瀬家の嫡男はこの程度なのか、淡いな」


 遮られたことに暁は動揺を隠せなかった。

 今まで片手で数えるくらいしか「敗北」を経験してこなかった。生まれて初めて「惨敗」を経験する。技の中で一番、自身のあった「雷撃砲」をこうもあっさりと防がれた。

 急に幼少期の頃のことを思いだしてしまった。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」


 放電と共に暁の周囲に鳥の形状をした雷が発生し始める。蛇よりも自由度の高くて、尚且つ高速で移動する飛行型の雷。逃げることは少々、難しい。

 だから、これで相手の退路を塞いで再び攻撃の起点を作ろうと企てた。


雷鳥(ライチョウ)


 膨大な雷を消費して百を超える雷の鳥を作り出した暁は一斉に龍一に向かって放った。

 そして、その間に暁自身は次の攻撃を作り出す、エネルギーを溜め始めた。


「俺は負けない」


 雷を帯電させて、力を溜めていく。

 普段から無意識の内に能力を発動させてしまう癖のある暁は、常に意識をして能力の制御を試みている。しかし、そうすれば常に外へと放出されない雷が体内に貯まって、次に使用した時にはとてつもない威力になる危険性があるため「静電気」。という一つの対策によって暁は常に微量ずつ雷を体外に放出している。

 それを意識的に溜めることによって、一撃の重みは先ほどとは比べ物にならない。

 相手の注意を逸らして、確実にこの一撃が入るように意識を拡散しつつ、暁はタイミングを取るように青年から一秒たりとも目を離すことは無かった。


 ――――しかし、それが逆に仇となることもある。


 気付いた時には既に暁の創っていた雷の鳥は全て撃墜されていた。最後の雷の鳥に至っては龍一の手によって握り潰されて鮮やかに飛び散って行った。


「俺にばかり気を張っていると足元をすくわれるぞ」


 雷鳥が黒髪の青年を襲ったその瞬間、数十メートル距離の離れていた場所から瞬きをした。その一瞬の内に暁の背後へと移動する。

 愕然とする暁の背中に衝撃がはしると、今度は暁が地面に膝を付けることになった。


「くっ……、速い」

「まあ、待てよ。別に俺はお前を殺すつもりはない。ただ、俺は鳶姫伊御(セカンド)が目標を確保するまで退屈凌ぎに遊んでやると言っているんだ」

「遊び、退屈凌ぎ……?」


 その発言に伊御の中にある、何かが吹っ切れた。

 耀きを失いかけていた目の光は再び点火すると近くにいた龍一に攻撃をして、距離を取る。身体の変化に伴って暁の髪の毛が徐々に逆立って行った。

 そして、全身から溢れ出すように微量な電気が体中を覆っている。


「いい度胸だな、俺達――七色家にそんな言葉を言うなんてよ」

「その、いつまでも七色家が最強だと言う古い考えが気に入らないな」

「七色家は完全無敵な一族の集まりだ。昔から陰ながら日本を支えてきた、そんな先駆者をお前みたいな奴に貶されてたまるかよ」


 雷はよりいっそう、激しく轟く。

 その様子を見た黒髪の青年がその様子を見て、激しく心を揺さぶられていた。


「じゃあ、そんな完全無敵の七色家を俺が殺してやるよ」


 そう、龍一が暁の雷を「殺す」と宣言した。――――その瞬間、

 地面を蹴り上げて、暁は瞬時に龍一の腹部を蹴り上げた。雷撃を纏っている効果もあって、体感速度は光速とほぼ同格だった。

 舞台を破壊しながら、蹴られた龍一は会場の壁に向かって激突する。しかし、光速と同格のレベルから放たれた一撃を経った一撃で終える義理はない。


「ぬかせ」


 壁に激突して、地面に落下する前に暁は正面にすぐさま移動して「雷撃砲」の構えを取る。正し、拳に乗せた帯電の雷を利用しているので威力は先ほどの倍以上。

 雷の速度も非常に加速していき、先ほどの雷撃砲を豪く超える、絶大な威力が龍一に向けて放たれた。会場の四分の一が雷撃砲によって吹き飛ぶ。


閃光雷破(センコウライハ)


 爆発的に速度、威力の上がった拳に雷を一気に集約させていった。

 そして、吹き飛んだ壁の向こう側で倒れている龍一を見つけて、その一撃を振り降ろした。――だが、しかし、そんな破壊力を持つ暁の拳は直前の所で止められた。

 またもや素手で意図も容易く龍一は受け止める。


「なっ!?」

「そこまでだ」


 立ち上がった龍一は反撃する暁の攻撃を躱して彼の腹部に向かって蹴りを入れた。少し嫌な音と一緒に暁はそのまま、地面に倒れ込んだ。

 首を左右に揺らして余裕そうにしている龍一は雷で焼き焦げた皮膚が治るまで時間を潰す。



「残念だが人間(ヽヽ)のお前には俺みたいな存在を倒すことは絶対不可能だ」



 意味深な言葉を残して龍一は会場の中へと戻って行った。

 一番、近くで戦っていた日向陽炎と内田瑠璃の勝負は終わりを迎えていた。

 残りは一条奏と蒼咲有希が、鳶姫伊御と戦っている光景。しかし、それもすぐに終わる。



 053



 その時、奏はただただ唖然とした。

 呆然とした、そして驚愕してしまっていた。

 考えがまとまらない内に訣別をして、決心がつかない内に戦いへと発展してしまう。

 本当ならば、戦いたくはない。たった四ヶ月という短い期間だったのかもしれないけど奏にとっては、友達でもあったし、互いに親友と認め合えた間柄だと思っていたからだ。


 今ではもう違う。

 今はただの「敵」と「敵」。

 そこに一切の想い入れは無い。


「ああああああああっ!!」


 わけがわからない。

 頭の中で処理が出来る範囲を超えてしまっていた奏は敵となった伊御に向かって全身全霊で立ち向かう。掌には闇屑星(ダークマター)が作られて屈んだ走りは、いつもよりも速い。


「待て、一条奏! 迂闊に跳び込むな!!」


 背後から有希の声が聞こえるが、そんなことはどうでもよかった。

 先に見えるのは伊御の姿。いつも見せていたお気楽で揚々とする彼の面影はどこにもない。今の伊御は豪く冷静沈着な賽を振るう、まるで人形のような面持ちをしていた。


重力操作(グラビティートランス)。――負荷(ロード)


 一瞬、重力負荷によって動きが止まる奏だったが即座に能力を吸収して重力負荷の場所から脱出する。止まった足は加速していき、そして、伊御との距離が数メートルまで差し迫る。

 その地点で奏は大きく、飛躍した。


「いぃぃ、おおぉぉぉぉっ!!」


 近づいてくる奏を見て完全に悪役の笑い方で伊御は、彼の攻撃を避ける素振りなんて一つも見せない。その場で軽くジャンプをすると勢いよく上段蹴りで奏の顔面を蹴った。

 蹴られた奏は勢いよく吹き飛んで地面に転がっていく。


「今のお前に俺は倒せない」


 そして、奏から目線を外した伊御は次に有希の方を見据えると挑発するように指を曲げた。まるで己が強者であると高々に宣言しているように彼女はそれを見て、本格的に鳶姫伊御を敵だと判断する。

 凍り付いた空気中の物質が一気に伊御の方に矛先を向ける。


「なら、私は倒せるか。鳶姫伊御!!」


 氷の刃を投げつける。と、同時に有希は床を凍らせて異常な速度で伊御に向かって行った。それを見てなにを思ったのか、伊御は口元に掌を当てて大きく息を吸う。

 さながら、それは榎園小咲の攻撃(ヽヽヽヽヽヽ)のようだった。



大炎息吹(だいえんいぶき)



 正面、数メートルが一瞬で火の海と化した。

 しかし、その直後に有希の能力によって火炎は沈静化される。厚い氷壁の中で炎が燃える。拳で殴って氷壁を破壊した有希は素早く次の策を実行に移した。


氷柱弾(アイスバレッド)


 少し、違和感を覚えながら、有希は氷の弾丸を無数に飛ばしていく。距離は差ほど離れてはいないので能力を使用するタイミング内には攻撃は当たる。

 それらを考慮して放った弾丸ではあったが、伊御は能力を使わずして回避する。


「この代の中で最強と謳われている蒼咲有希も所詮はこの程度か、あの二人が自らの意思で七色家を辞めるわけだ。この程度なら、俺でも倒せる」

「なに? 今、なんといった!!」


 懐にまで接近をした。

 そして、女らしからぬ掌を握りしめて有希は渾身の一撃を伊御に向かって突き放った。


「どこを殴っている?」


 しかし、経った一度、瞬きをしただけで目の前から伊御は姿を消していた。毅然としていた有希の顔がここで初めて都合が悪いと曇らせる。

 背後に移動をしていた伊御は後ろ足で攻撃されるが、それも回避して人知れず、笑った。


「まさか、貴様。重力系統以外の能力も持っているのか!?」


 憶測は憶測だが、それは既に本質を捉えているようにも思えてきた。どんどん、有希の顔が青くなる。同年代で負け知らずであった彼女の警告音が鳴り止まなかった。

 笑っていた伊御は徐々に真剣な目付きに変わっていくと、そこはかとない技量の結晶であるボロボロな掌を前に伸ばしながら、口角をゆっくりと上げる。

 その笑顔に生まれて初めて蒼咲有希は「勝てない」とまで思ってしまった。しかし、ここで引く訳にはいかなかった。必死で足を踏ん張って、その場を堪える。


「あの人からは計画に支障が出るなら、数人なら殺しても良いと言われた。これ以上、俺にちょっかいをだすなら、誰であろうと殺すぞ」


 初めて有希が後退してしまった。

 殺意のある伊御の言葉は今まで出会った、どの人間よりも恐ろしい。


「なあ、伊御」


 先ほどやられていた奏が立ち上がって伊御の元へと近づいて行った。

 そして、振り返った伊御の近くで立ち止まると胸倉を掴み取ると叫ぶように告げる。


「俺はお前のことを何も知らない。だけど、今まで楽しくやって来たから少しだけ分かる。お前は絶対に悪い奴じゃないってことくらい。なあ、脅迫されて仕方なくやってるんだろ。言ってくれよ、俺は何でも協力するからよ。俺達、友達だろ?」


 そして、伊御は言葉を返すこともなく胸倉を掴まれている右手を強引に外して、奏の腹部を蹴り上げる。お腹を抱えながら、跪いた奏は今にも泣き叫びそうな様子で嗚咽した。


「悪い、俺はお前の知っているような人の良い人間じゃないんだよ。平気で人を殺すような、残酷な奴だ。だから、お前のその訴えは俺の心には響かない」


 短く告げ、そして憐れむような表情で奏の方を見下ろした。


「そう言えば、奏。俺の能力を初めて見たとき、お前、似ているって言ってたよな?」

「……あ、ああ」


 「重力」と「引力」――――奏はそれを知った意味で「似ている」と言った。

 しかし、伊御は別の言葉で「似ている」と告げた。


「それ、あながち間違ってないぜ。能力を奪う(ヽヽヽヽヽ)お前と能力を見取る(ヽヽヽヽヽヽ)俺。似た者同士だな」


 言っている言葉の意味がいまいち理解できなかった奏だったが先ほどの蹴りで生じた嗚咽が治まった。息は切れて随分と気が遠くなってくるが、まだ負けるわけにはいかなかった。

 生まれたての小鹿のように立ち上がる。そして、現れた四人の強敵を見て言葉を失った。


「お待たせいたしましたわ」

「ああ、丁度終わった所だ。これで俺達の計画は序章を終える」


 突如、姿を現したのは瑠璃を倒した日向陽炎。暁を倒した黒崎龍一。そして、日傘を差して艶美に舞うゴスロリ少女。――――しかし、彼らの中に一人、見知った人を発見する。

 何度も瞬きをして、それが嘘でないことを確認すると遠く意識が消えて行った。


「なんで、なんでなんだよ!!」


 ゴスロリ少女が捕らえているのは、ここから逃げたはずの――――「佐藤真桜」だった。

 ここで伊御達がなにをしたかったのかが公となる。


「真桜に何をする気だ!!」

「さあな、俺達はあくまでも指示に従って遂行しているだけなんだ。詳しくは知らない」


 興味無さそうに告げる。

 そして、ゴスロリの少女が真桜の手を掴んで「それでは行きましょう」と、告げると彼女は思わず足を止めた。

 いや、正確に言えば足元に何か違和感を覚えたから、立ち止まり、振り返った。


「ま、待て……。真桜は……、やらん!!」

「まだ、やりますの? これ以上すれば、確実にアナタは死にますわ」

「それでも、いい。俺は護らないといけないんだよ……」


 その瞬間、全員がその意味を理解できずに首を傾げる。

 しかし、真桜は察したらしく、感情がコントロールできずにその場で泣き始める。


「泣いちゃったよ。なあ、龍一」

「でも、そろそろ行かないと怒られるぞ」

「そうですわ。早く帰らないと」

「それじゃ、少しだけ眠って貰おうか。奏」


 腕を引っ張って無理やりに奏を立ち上がらせた。既に立ちあがる気力もない奏は支えられてようやく、立ち上がることが出来るくらい精根尽き果ててしまっていた。

 そして、伊御は拳を握りしめる。


「な、なあ……。伊御、最後に一つ聞いても良いか?」

「ああ、元友達としてのよしみで聞いてやるよ」


 苦しそうに呼吸をする奏は最後の気力を振り絞って正面を向いた。


「お前は誰に指示されて動いているんだ?」


 すると伊御拳を包み込んでいる光のエネルギーが徐々に一定の大きさとなっていった。

 そして、最後の友達の問いに伊御は少し躊躇うも、拳を振り上げながら、呟いた。


「奏。もし、俺が俺として生きることが出来ていたら、俺はお前を親友だと思えたよ」


 見えないほど速い拳が奏の腹部を殴った。思わず、目を見開いて意識が掻き消えるくらいの衝撃を受け、奏は立っていることも疎かになると息を吐きながら、ふらつき始める。

 その間に伊御は三人の元へと足を運んで行った。



「――――全てはJOKERの名のもとに」



 うっすらと視界がぼやけていく。

 黒色の景色が段々と瞳を覆い、視界が薄れ、ぼやけていく。

 目の前の五人の姿が移ろいで気付けば、立っていることもやっとだった。

 意識を保っていられることすら、限界に達した奏は膝から崩れ落ち、地面に横たわる。


「ま……、待て……」


 必死に腕を伸ばす。

 最後の力を振り絞って、奏は連れ去られていく真桜に向かって左手を伸ばした。その様子を見ていた真桜は溢れる涙を拭うと、それに手を伸ばしながら――――



「大好きでした。奏さん」



 ポタポタと、割れたガラスの天井から小さな雫が落ちはじめてきた。

 まるで奏の感情を表現するかのように空は徐々に曇りはじめて、降雨が注いでくる。



 全てを失い、全てが終わった。



 視界に映り込んできた雨粒が頬を伝った。

 それと同時に奏の意識はゆっくりと瞳を閉じるように奪われていく。


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