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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第二章:新入生対抗トーナメント篇
37/70

第十七話「決勝戦Ⅰ」



 044



 翌日。五月二十四日金曜日。

 天気、晴天。

 ありえないほどの晴れ模様。まさに絶好の対決日和とされた本日の第一訓練場は満員御礼。決勝戦ともあってか観客は普段よりも少し多い。

 緊張している「超新星(スーパーノヴァ)」のメンバーを余所に一人、集中をしている一条奏。

 E組で作った特性のカットシャツ。紫色を基調とした服で人によって刺繍の種類が違うのがこだわりとなっているらしい。と、言っても着ているのはここに居る七人しかいない。


「緊張するね、京子ちゃん」

「あ、ああ。あたし、こんな大勢の人に見られたことないからよ。ドキがムネムネだ」

「それをいうなら、胸がドキドキじゃないの?」


 こんな大勢の人を前にする経験が無かった京子はいつになく緊張をしていた。身体の動きがロボットのように、カクカクとした動作で止まって居られずに控室をグルグルと回る。

 他にも決勝戦を前にして肩慣らし、準備運動を黙々と進めている飛鳥もいれば、相変わらずマイペースに物事をそつなく熟している伊御は控室の隅で欠伸をしていた。


「それで最後の調節を少ししたいから、みんな掌を前に出してくれないかしら?」


 補助員としてメンバーに加わった千春が別々の位置でそれぞれ集中しているメンバーに掌を前に出せと指示を仰いだ。素直に従う面々は彼女の傍まで近づいて行った。

 そして、一番早く来た飛鳥から順々に京子、伊御、奏の順番で掌を診察していった。

 最後の番となった奏が掌のツボを押す千春を見て口を開いた。


「これで調節なんて出来るのかよ」

「大丈夫よ。私の能力は治癒。それを応用すれば、人の掌を見ただけで人間の血液の流れ、今日の気分、体調などあらゆる事情を診察することが出来るのよ」

「へー、そんな便利な力だったなんだな」

「そうよ。御見それ参ったかしら?」

「ああ、参った、参った」

「なによそれ。あ、一条くん。もういいわよ」


 無事に健康だということが立証されて奏は気前よく決勝戦の場に臨めることとなった。

 そして、五分もしない内に会場全体を鳴らす、校内放送のチャイムが鳴り響いた。


『ぴんぽんぱんぽ~ん。あー、あー、マイクテス、マイクテス』


 香奈子の生声で校内放送を終えるチャイムが鳴ると一同は顔を見合わせて凛と引き締まる。これが最後、全てをだす最終試合だと臨む。

 もう、E組が「落ちこぼれ」の「劣等性」だなんて言わせないために、強さを証明する。

 人知れず、全員が判っているかのように奏の傍へと近づいていった。奏は掌を伸ばしだす。その意図が伝わったようで次々と彼の掌の上に手を乗せて行った。


「俺達は弱い。だけど、弱者は弱者らしい勝ち方がある。それを今日、証明するんだ」


 無言で頷く一同に視線を向けながら、最後は俯き、そして、声を上げる。

 今までにない最高の力で、今まで見たことのない光景をここにいる全員に見せつける。

 もう、肩書きは関係ない。――――この勝負で一条奏は全ての能力者にそう言いたかった。


「絶対、優勝するぞっ!!」

『おおっ!!』


 一斉に声を上げ、揃えた声は協和(ハーモニー)を生んだ。

 天高く、勢いづいて皆で掌を上げた。心は一つになった。なら、あとは優勝をするだけだ。――そう、意気込んで選手控室から出ようとした奏の携帯が激しく振動をする。


「一条くん、メールみたいだけれど」

「ああ、悪い」


 ロッカーから一番、近かった千春に手渡されてメールBOXを確認すると差出人は「一条響」であった。もしかしたら、応援メールかもしれないと高ぶる意識を保ちつつ、メールを開く。

 そして、奏はすぐに少しの違和感を覚えた。


「……ん? 本文にも何も書いてない」


 しかし、差出人は確かに妹の響となっている。題名にも、本文にも何も書かれてはいない。しばらく、見ていると添付欄に動画が送られていたことに気付いた。


「動画で応援コメント? また、粋なことをするよな。あいつ」


 特に疑いもせず、添付欄の動画を開いて処理を行った。

 その際、全員が奏の様子をただ黙って待っている中で伊御一人だけ妙な微笑みを浮かべた。それは正に悪魔の微笑み、全てを知っているような異常な反応だった。

 数秒して動画が流れ始める。――――しかし、ここで奏は二回目の違和感を覚えた。


「……ここは何処だ?」


 その時に不思議がって近くにいた京子と飛鳥が奏の両隣から、携帯を覗きこんできた。

 映像として録画されていたのは恐らく二年、または三年の教室。しかも、設備が豪華である所を見るとB組、もしくはC組の教室と言えるだろう。


「この動画、なんなんだ。一条?」

「い、いや、俺にも判らない」


 しばらく、誰もいない教室が映されたと思った矢先、目の前に一人の少女が椅子に縛られて気絶をしている姿が画面の中に映りこんできた。

 スマートフォンで録画しているせいか、普通の映像と比較して、解像度が悪い。モザイクのような線が雑に入っている気絶をしている少女の所に徐々に画面が近づいて行った。

 そして、その姿が鮮明に、くっきりと、はっきり映った瞬間、奏は今までに経験したことが無いくらい見る見るうちに顔が青ざめていく。


「い、一条?」

「……う、うそだろ」


 隣から覗きこんでいた飛鳥が心配そうな声で喋りかけてくる。唖然としている奏の肩を掴み揺らしては声を掛け続けるが彼からの返答はない。

 ただ、異常なくらい青ざめて、頬が引き攣っている。


「ひ、ひびき……?」


 外傷はない。

 気絶をしているから、声で確かめようはない。

 ただ、映像を見る限り、確実にそこに縛られているのは奏の妹、一条響だった。


「ひびきって誰だ?」


 小言に反応した京子が首を傾げながら、画面から目を逸らすと次に表示されたのはメール。再び、響がメールを送って来た。

 慌てて我に返った奏は大急ぎでメールBOXを開くと、そこに書かれていた言葉に絶句する。


『決勝戦には出るな。出た場合、妹の命は無いと思え』――――と。


 あまりに予想外な展開に手が震え、全身が震え、奏は指の隙間から携帯電話が床に落ちる。――――と、ここで奏は昨日、喫茶店から家に着く前に瑠璃に言われた言葉を思い出した。


 ――――「確かにE組が決勝まで進出をして喜ぶ人間もいる。ずっと日が当たらずに日陰で生きてきた落ちこぼれからすれば、かなぴょん達は「希望の光」だ」

 ――――「だけどね、これも覚えていてほしい。落ちこぼれのE組が今までにない快進撃をしていると気にくわない奴も出て来るわけだよ。具体的には上級生のA、B組とかね」


 鮮明に思い返した。

 その時には聞き流す程度だった台詞が今はこのことを予言していたんじゃないかと思うほど的中をして、ある意味、瑠璃に恐怖すら感じてしまう。

 この騒動は十中八九、そういった逆恨み連中が起こした暴走行動(クーデター)。絶対に優勝されては困ると思う人が行った非道残虐的、残忍な行動しかありえなかった。

 床に膝をついた奏は無意識の内に床を殴りつけていた。


「ちょ、ちょっと! 一条くん?」

「どうした、奏!?」


 全員が奏の傍に寄って来た。

 頭を抱え、床にこすり付ける奏はこの状況をどう打破していいのか、皆目見当もつかない。


「響が、俺の妹が誰かに誘拐された」


 その言葉に全員が絶句する。そして、それぞれが自分達の現状に不満を抱いている人が少しいることを聞き、納得をするもこんな展開は誰も想像していなかった。

 焦る奏。動揺をするメンバー達。

 そんな修羅場と化す直前の控室に突如、ロッカーに叩きつけられる音がした。


「ちょ、ちょっと鳶姫くん!?」


 千春が声を上げる。

 ロッカーに叩きつけられたのは先ほどまで崩れ落ちていた奏で、彼を殴ったのは他でもない伊御だった。呆然と殴られた頬に触れる彼を余所に真剣な表情で伊御は奏の胸倉を掴んだ。


「馬鹿やってんじゃねぇよ、奏! 今、妹ちゃんを救えるのはお前だけだろ? なら、迷わず妹を助けに行けよ。こんな簡単な選択で迷ってんじゃねぇ!」

「…………でも、それじゃあ、決勝戦が」

「決勝戦なら、俺達に任せとけ。自慢じゃないけど勝負事には強いんだぜ?」


 しばらくの沈黙後、冷静さを取り戻した奏は大きく深呼吸をする。ゆっくりと立ち上がると殴られた頬を仕切りに摩りながら、伊御の方へと歩み寄って行った。


「ありがとう、伊御。お蔭で目が覚めたわ」

「おう。それでこそ、奏だ」


 感謝の気持ちを拳に乗せる。

 そして、真剣な目付きになった奏は千春の方に向かっていって何も言わずに頭を下げた。


「え、ちょ、ちょっとなに!?」

「俺の代役。山瀬、お前に任せたぞ」


 一瞬、動揺を隠せない千春だった。

 しかし、視線を周囲に向けて少し考えると奏が自分を選んだ理由を納得する。

 新入生対抗トーナメントでは交代制度が導入されている。しかし、交代ができる規定人数は三名。一見すれば良い条件に思えるかもしれない。しかし、この規定には続きがあった。


 一度交代した(ヽヽヽヽヽ)選手は再度(ヽヽ)、交代することは出来ない。


 つまり、このタイミングで一条奏が交代をした場合、幾ら早く響を救出することが出来ても再度、交代することは出来ない。絶望的な状況下だった。

 「超新星(スーパーノヴァ)」の核である一条奏がいなくなれば、このチームは崩壊する。

 だが、周りを見渡して戦える人が「能登陽子」と「山瀬千春」しかいない。渚は前回の時に飛鳥と交代をしたこともあって再度、復活することは出来なかった。


「わ、わかったわ。不甲斐ないかも知れないけど、一条くんの気持ちは確かに受け取った」


 陽子に戦闘は出来ない。

 もちろん、千春も戦闘は出来ない。しかし、陽子よりも多少は勝てるかもしれないといった希望を込め、奏は千春にバトンを託したのだ。


「伊御、長門、斑目。後のことは任せた」

「わかった。まかされたぜ」

「C組くらい、一条がいなくても余裕で蹴散らしてやるよ。だから、心配するな」


 背中を押された奏は躊躇することなく、控室を出ていく。

 そして、左右を見渡す取りあえず人気の無さそうな場所を目指して走り出した。


「どうするんですか? 一条くん無じゃ、とても勝てる気がしないんですけど」

「勝てないなら、引き分けにでもすればいいさ」

「取りあえず、あたしは勝つぞ。一勝でも多く、優勝につなげる」

「私だって、突っ立っているだけじゃないわよ。表にでるなら、勝つ気でいくわ」

「そんじゃあ、みんな。いっちょ、やってやろうじゃねぇか」


 リーダーである一条奏が抜けて、その穴を山瀬千春が投入された新体制(リニューアル)超新星(スーパーノヴァ)」。

 目の前に広がる何千何百人の観客の歓声に背中を押されて、表舞台へと昇りあがった。



 045



 背を向けて第一訓練場から走り出した奏。

 背後から、実況の香奈子が勢いのある大きな声で決勝戦始まりのアナウンスを告げていた。壇上に登るメンバーの中にE組代表一条奏がいないことに香奈子を含め全員が思った。

 多少の動揺と、観客達のざわめきが大きくならない内に試合進行を進めていく。少し心配をするが奏に何かあったのだと極わずか、数名が思った。

 そして、奏と顔見知りの少女。その隣にいた青年が試合そっちのけで立ち上がる。


 実況では特に一条奏に触れることもなく着々と決勝戦についての説明が告げられた。

 全員が息を呑む中、午前十一時丁度に決勝戦が幕を開けた。


「取りあえず、本校舎に向かうか」


 中途半端に高い所から手すりを飛び越えて奏は一直線に本校舎へと向かって行った。動画に映っていたのは豪華な無人の教室だった。

 そして、その場所があるのは本校舎の一階から三階までの教室。

 場所は限られている。だから、奏は息を切らして胸が苦しくても必死に走り続ける。


「はあ……、はあ……」


 一階にある三年教室のAからC組の教室を手当たり次第に探していく。扉を次々と開けて、教室の中に入って何かないかと手さぐりで捜索をしていく。


「違う」


 鼓動が高鳴って、心臓が痛い。胸の辺りを抑えつけながら、廊下にでた奏は窓辺に思わず、寄り掛かる。窓の向こうの景色を見るが決勝戦が始まったせいもあり、人はいない。

 しばらくして鼓動が治まると奏は再び走り出す。次は一つ上の階にある、二学年教室だ。


「僕はそれでもいいんだけど、(はるか)はどうする?」

「かーくんが言うんですから、私はそれに賛成しますよ」


 一段飛ばしで階段を上っていくと二学年の教室のA教室に男女の生徒が椅子に座って会話をしている。扉は開いていたので足音でこちらの存在に気づき、男が立ち上がる。


「どうした? 僕達に何かようか」

「はあ……」


 長い階段を上って息が上がっている奏は必死に声を絞り出そうとしながら、上級生の問いに応えようとする。扉の前まで来た青年は壁にもたれ掛かって、不思議そうに奏を見下ろす。

 そんなことをしていると教室にいたもう一人の生徒である少女は純白の髪をなびかせながら奏の目の前で膝を曲げる。


「大丈夫ですか? こんなに汗を掻いて、なにか困ったことでもあったんですか?」

「いや、ちょっと、人を、探していまして」

「人? どんな奴だ」


 白髪の少女は自らのポケットから取り出したハンカチを折りたたんで奏の頬に当てていく。少し青年の鋭い目と目線が合うが、今は悠長なことをしている暇はなかった。


「中学生くらいの女の子なんですけど、誰かに連れて行かれる所。見ていませんか……?」


 入り口で腕を組んで奏の方を見下ろしていた青年は、その言葉を聞いて考え出した。記憶の中を探って目の前で困っている後輩のために何かをしようと働きかける。

 そんな思い悩んでいる青年を余所に少女は疲れ切って床に座っている奏の汗を拭った。


「すいません。ハンカチ、汚してしまって」

「別に構いません。ハンカチくらい、また洗えば使えますから」


 にこり、と天使のような微笑みで見ず知らずの人に優しくしてくれる上級生を目の当たりにして思わず、奏は感激してしまった。

 何度もお礼を言って立ち上がろうとする。しかし、焦りと不安。そして、第一訓練場から、本校舎までの距離を全速力で走ったせいもあって、足が縺れて奏は転んでしまう。


「……っ、いきなり現れて人を探しているって言って。その上、遥のハンカチまで汚して。極めつけには足を縺れて転ぶだと? お前、一体なにがしたいんだ」


 転びそうになった奏は傍にいた青年が咄嗟に右腕を掴んでくれたことによって転倒しない。青年は少し愚痴文句を言いながら、助けてくれた。

 素直に感謝の世辞を述べて奏は立ちあがった。


「ああ、それとお前が言っていた中学生くらいの女の子が連れて行かれたって所、見たぞ」

「え? それって、何処ですか!!」

「たしか、時間は二十分くらい前で場所は……、どこだったかな、遥?」


 下で中腰になっている少女に聞いた。

 すると彼女は立ち上がりながら、少し腕を組んで悩ましい顔を浮かべる。


「二十分くらい前でしたら、私達は玄関前に居ました。そこから、見えるのは本校舎一階。第一訓練場に向かう道。体育館。教員棟。そして、今は使われていない旧校舎ですね」

「その中で本校舎と同じ設備があるのって……」

「それなら、旧校舎だな。ほら、本校舎の後ろにある、あの建物だ」


 青年が反対の窓側に向かって指を向けた。

 そこには少し薄暗く、今は部活の控室になっている旧校舎が建っていた。

 そこだと既に断定付けた奏は念のために一番上の一学年教室を回ってから、行こうと決めてくたくたの足を何度も叩いて集中する。


「ありがとうございました」


 そして、一気に走り抜けていった奏の姿を目で追い掛けながら、青年と少女は再び教室内に入ると先は付けていなかったTVの電源をいれた。


『おーっとE組「超新星(スーパーノヴァ)」の長門京子がC組「黄巾族」遠藤文也に猛攻を続けているぞ!』


 京子が相手、遠藤文也に攻撃を与える暇を作らない。次々と殴りかかっていって相手に隙を与えない。差ながら、猛攻。全ての攻撃が相手の身体にダメージを与え続けていた。

 それを見ている青年は頬杖を突きながら、面白くなさそうにリアクションを取った。


「やっぱり、この行事はあんまりおもしろくないな」

「そうですか? 私は面白いと思いますよ、脆弱な人がもがき足掻いている姿を見るのは凄く大好きです」

「……遥。お前って偶にえぐいことを平然とした顔で言うよな」

「へ?」


 差ほど、この行事に興味のない二人は仲良く決勝戦を観戦する。


 そして、二人は知らない。


 今、助けた生徒が今回の大会を大きく変える、革命児であることを。


 そして、二人は後々知ることになるだろう。


 自分達が一条奏という落ちこぼれに、天の救いを与えたことを。



 046



 上級生から教えて貰った旧校舎まで徒歩で十分。走れば、五分もしない距離にあるが奏には「方向音痴」といった負の能力のせいで十分以上経過してしまった。

 旧校舎に入った所で第一訓練場の歓声が再び大きく広がった。どうやら、対戦が終わったと決めつけていいだろう。早く響を救わなければと言う気持ちが俄然、高くなる。


「試合には出場できなくても、あいつらを安心させることは出来る。早く、ひびきを……」


 手すりを掴んで苦しそうに階段を上って行った。

 二階に赴いた際、今は部室として使われている教室から、微かに声が聞こえてきた。それが響を連れていった奴らだと決めつけた奏は身体に鞭を打って気合を入れ直した。

 今は決勝戦。多くの観客がいる中で、あんな場所に向かわないのは興味が無い人間くらいなものだろう。それに旧校舎は部活動以外では使われていない。

 確固たる証拠を胸に気持ちを落ち着かせた、奏は勢いよく教室の扉を開けた。


「よー、来るってわかってたぜ?」

「こいつが一条か? なんだか、ひょろっちい奴だな」

「それにしても男にはみえねぇな、もしかして偽物か? ぎゃははははは」


 差ながら、不毛地帯のようだった。

 夢もって、希望をもって、超能力という一種の才能を携えて生きてきた人間の廃れた末路。

 金、赤、青、銀。見るからに染めたであろう、くすんだ髪の色をして舐めた態度を向けた。教室の中にいるのは四人。一番奥には響が椅子に縛られて、まだ気絶していた。


 怪我を負っていない響に少し安心をしつつ、徐々に怒りを超えた殺意が湧き上がって来た。奏の殺意に満ちた目を向けられて一瞬、身を引いた不良達だったがすぐに切り返す。


「誰だか知らねぇが絶対にゆるさねぇ!」

「は、誰だか知らねぇか。それはいい御身分だ」

「俺達はてめぇに優勝させるわけにはいかねぇんだよ」

「あ?」


 どう見てもC組ではない。

 先ほどの言葉からして上級生。不良達は汚い顔で笑いながら、こちらを見下している。


「落ちこぼれのE組が優勝したら、上のクラスの俺達が面目がたたねぇんだよ」

「てなわけで、てめぇは決勝戦が終わるまでここに居て貰うぜ」


 そう告げるなり、奏は突然、後頭部に与えられたことがないくらいの衝撃を受けて地面に膝を付いた。頭が破裂したと思ってしまうくらい、クラクラとしながら、手をついた。


「まあ、ただ待っているって言うのも暇だからよ」

「俺達でお前をボコるわ」

「反撃しようだなんて思うなよ?」


 今にも意識が掻き消えるくらい、ふらふらとしている視界の中で謎の衝撃の原因を知る為に振り向くと金属バットを持って高笑いしている不良の仲間がそこには立っていた。

 そして、そいつは笑いながら、教室内にいる不良達に近づいて行くと楽しそうに笑った。


「所詮、持てはやされて、期待されてる奴なんてこんなもんなんだよな」

「E組は何処まで言ってもE組なんだよ。落ちこぼれは地面でも這いつくばっていろよ」


 容赦なく不良達の攻撃が横行していく。

 蹴られたり、殴られたり、バッドで殴られたりと手加減の知らない不良共は意気揚々と奏をボコボコにする。表情が歪み、立っていられないほどに激痛が走った奏は地面に崩れた。


 目が充血し始め、怒りに我を忘れる寸前まで来ている奏は地面に倒れながら不良達の蹴りを喰らい続け、既に精神面でも体力面でも限界に達していた。


 ――――不味い。このままじゃ、俺はともかく響にも危険が及ぶ。


 既に立つのがやっとという間で追い詰められた奏はそれでも立とうとする。不良達の攻撃を受けながら逃げずに立ち続ける。

 響を護るために、自分を救うために。

 段々、倒れる素振りのない奏に危険性を感じたのか不良達の表情が悪くなっていく。


「なめんなよ!!」

「落ちこぼれが調子に乗んなっ!!」


 金属バットを持っていた不良は、立ち上がろうとする奏の脳天に向かってバットを振った。もう避ける気力のない奏は意識朦朧としながら、その攻撃を見逃した。

 しかし、脳天にバッドが当たることはなかった。ただ、最後の力を振り絞って立ち上がった奏の意識は既に限界を超え、ふらふらとした足取りで後ろ向きに倒れていく。


「な、なんだ。お前達!!」


 倒れていった奏は白髪の青年によって支えられていた。

 金属バッドは少女が創りだした巨大な腕によって握り潰された。


「オレ達が誰かって?」

「そんなの簡単だよ。私達は悪を絶対に許さない、究極の正義さ」


 睨み付け、青年は勢いよく杖を叩きつける。

 少女は薄ら笑いを浮かべながらも、すぐさま本気の目付きとなった。


「悪いけど、私の友達。その妹に危害を加えた、その代償は大きいよ」


 そう言って一歩、前に出た瑠璃を余所に気絶している奏を青年は廊下に連れ出した。丁度、旧校舎二階に到着をしたE組の間宮渚、能登陽子を見て青年は声を掛けた。

 素直に近づいてくる二人は気絶している奏を見て呆然と立ち尽くす。


「優勝したいなら、こいつを会場へ連れて行け。そして、なんとしてでも出場させるんだ」

「は、はい」

「どなたか存じませんが一条様を救って頂き、ありがとうございます」


 気絶している男一人を少女二人で担いで連れて行くのは酷く重労働ではあるが、渚と陽子は今まで皆が頑張って来たことを無駄にしたくないという気持ちが溢れて、ゆっくりだが進む。

 その様子を窺った青年は「第一の目的」を達成し、納得しながら教室の中に入った。すると目の前から奇抜な髪色をした不良が一人、重力に逆らって飛んできた。


「っ。おい、瑠璃。あんまり派手にやりすぎるなよ、まだ一条の妹だっているんだからよ」

「ああ、そうだったね。すっかり忘れてた」


 そう言いながら、自分よりも十センチ以上も高い男性の不良を素手で殴り飛ばす。首の所を持ち上げて能力で加工した右腕で容赦なく、ストレートをくらわせた。

 大きく吹き飛んでいき、殴られた不良の一人は窓ガラスを突き破って宙を舞った。


「そんじゃあ、殺さない程度にいっちょ、やってみようか」


 残り二人だけとなってしまった不良達も少し可笑しいと気が付いた。

 目の前にいる少女――内田瑠璃から溢れ出る異質なオーラに彼らは薄々、気づいてしまう。

 絶対に勝てない、と。しかし、そんな結論が至ったのは全員、彼女によって打ちのめされる直前だった。次々と瑠璃の力によって脆弱な悪が滅ぼされていく。皆、意識が飛んでいった。


「ねえ、あっくん?」

「なんだ」

「人ってさ、どういう成り立ちで成長していくと思う?」

「なんだ、その急に哲学めいた発言は」

「いいからさ。ちょっとだけ、人の成長に疑問を抱いたんだよ。特に意味は無いよ」


 足が不自由で助けることが出来ない青年は瑠璃に全てを任せて彼女から受けた質問の問いを考えていた。きつく縛られている縄を外して気絶している響を彼女は担ぎ上げる。


「大丈夫か、オレが運んでもいいんだが」

「あっくんは無理でしょ。それに今の私は屈強な男でも片手で持ち上げられるよんっ」


 嬉しそうに胸を張った。

 瑠璃の腕は能力で創り上げた右腕。男一人を軽々と持ち上げて、握り潰せるくらいの握力を持っている。中学生の少女一人を担ぐくらい分けなかった。


「それで私が聞いた質問の答え、決まった?」

「そうだな」


 不良達が床に気絶している。その上を踏みながら、二人は廊下に出ると本校舎の方にあった保健室まで響を連れて行こうと階段を下り始めた。

 その道中で青年が、ふと立ち止まり、口を開く。



「人が成長する成り立ちなのか判らねぇけど能力の進化には三つ存在すると言われている。一つ目は己が死ぬ直前まで追い詰められて、心や体に深い傷を負うこと。二つ目は己以外を本気で護りたい、助けたいと思った時。最後に三つ目は知り合いの死を間近で体験した時。人はかつてないほどに成長するだろうな」



 瑠璃から課せられていた悩みを解決して満足に浸る青年は階段を下りだす。しかし、彼女は質問の応えとは若干、論点がずれていることに関して首を傾げながら、階段を下りる。


「それって私が質問した内容と微妙に違ってない?」

「まあ、いいんだよ。所詮、人間って言うのは案外、簡単に出来ているからな」

「それも質問と答えがかみ合ってないよー」

「うるせ、さっさとそいつを保健室にでも連れて行ってオレ達も見に行こう。どちらの組が優勝をするか世紀の瞬間を、な」


 しかし、結果として一条奏はもう決勝の舞台には降りることが出来ない。

 そのことを知らない青年と瑠璃は呑気に階段を下りながら、本校舎の保健室を目指した。


 そして、二時間後。

 全ての戦いが終わって「勝者」と「敗者」が決定する。



 047



 勢いよく身体を起こして周囲を確認した。

 そこは気絶する前までいた旧校舎の空き教室ではない。E組の選手控室だった。


「……どうしてここに」


 頭部に衝撃が何度もあったせいか、記憶が少し消失していることに気がついた。と、同時に千切れる程の強烈な痛みが身体のあちこちに感じ始めた。

 痛みに耐えながら、頭を抱えると額に乗っていた冷たいタオルが膝元に落ちる。


「そう言えば、響は!」


 思い出して、すぐに響を助けに行こうと寝ていた場所から落ちて這いつくばりながらも妹を助けに行く。しかし、扉を開けようとする直前で外側からドアが開き、そこには人がいた。


「い、一条くん! 目が覚めたんですね」

「一条様、心配したんですよ」


 そこには奏の介護を自ら進んで行っていた渚と陽子だった。両手には濡らしてきたタオルを持って彼が起きてきたことに対し、凄い驚きを見せていた。


「俺のことはどうでもいい。それよりも、響は!」

「一条くんの妹さんなら大丈夫です。先ほど、瑠璃ちゃんからメールが来ました」


 そう言って渚は携帯を取り出すと、メールを見せる。喰いつくように画面を覗きこんだ奏は一安心する。ため息と同時に腰が抜けて一気に疲れがでた。

 メールには助けられた響と瑠璃の姿が映されている。場所は恐らく保健室だろう。


「良かった。……良かった」


 泣きそうになりながら、震えている両手を握りしめて妹の一命を確認する。

 そして、今、自分が前に向かおうとする最大の障害が消えて目の前に映っているのは優勝。規定上では一度、交代した選手を舞台に再度立たせることは事実上、不可能とされる。

 しかし、それでも仲間の奮闘を応援しないわけにはいかなかった。


「何処に行くんですか、一条くん!? まだ安静にしていないと」

「あいつらが頑張っているんだ。俺が応援しないで、なにが仲間だ」

「ですけれど……」


 壁に手をついて立ち上がる。そして、会場に向かって奏は一心不乱に歩いていった。そんな彼の後ろ姿を見守りながら、渚と陽子は後を追っていく。

 そして、暗い通路を歩いている最中に救護班によって搬送される飛鳥とすれ違った。


「斑目!」


 奏は急いで飛鳥の元に駆け寄る。特に目立った大きな傷はないが意識は飛びかかっていた。声を掛けられた飛鳥は片目しか開くことが出来なかった。


「あ、一条か。悪い、負けちまったぜ」

「ありがとう、斑目」

「いいってことよ。それに僕は自分の意思で戦った。初めてだよ、こんな気持ちは」


 そして救護班によって担架で担ぎ込まれていった飛鳥はそのまま選手出口から退場をする。飛鳥の奮闘振りに感謝をしつつ、奏は傷だらけの姿で会場に繋がる階段を昇り終えた。

 そこに広がるのは大いなる光。そして、千人を超える観客の熱気に満ち溢れていた。

 試合は三回戦目。モニターで試合状況を確認する。


 『決勝戦。第一回戦、Win.長門京子。第二回戦、Win.千藤真。現在、一勝一敗』


 モニターから視線を下ろして敵陣地を窺うと山田仁と黒髪で赤い瞳の青年がこちらを見る。荒々しく、テンションを上げていた山田仁に対して青年は微動だにしない。

 そして、会場全体が熱気に包まれている中、モニターに突如、登壇する奏の顔が映された。声を張っていた観客達が一瞬、静まり返ると今までにないくらい昂揚していく。


「おーっと、ここで今回の大会、超台風の目である一条奏が突如、会場に現れたぞー」


 モニターに映されたのは既にボロボロの奏の姿。不思議がる観客を余所に奏はチームの元に走っていく。上にモニターから映されないように屋根がついていて、その中に飛び込んだ。

 そこにいた、ぼろぼろの京子と伊御。そして、千春が驚いた眼をして奏の登場を見つめる。


「妹さんは大丈夫だったの?」

「ああ、瑠璃達が助けに来てくれたんだ。保健室で寝ている」

「それなら、急いで千春と交代を――――」

「いや、一度交代をしてしまったから、俺はもう舞台には立てない規定になっている」


 期待の新人。

 そして、E組のエースとなる奏が戻って来たことで一瞬、優勝出来るかもしれないと言った感情が頭の中を駆け巡るが冷静に語る彼の意見によって、すぐに冷めてしまう。

 残念がって肩を下ろした。


「次は本当なら、誰なんだ?」

「俺が山田仁って男だから……」

「そうね、第三試合は私とあそこにいる赤目の男よ」

「赤目……、あいつか」


 そう、赤目の男とは千歳が最も警戒をしていた人物だ。

 めぐる。そして、真桜を瞬殺するほどの力を持った人外、怪物、化け物。

 そんな相手を千春と戦わせてみろ。十中八九、彼女は大けがを負う。千春の性格上、負けをコールすることは絶対にしない。だから、気絶するまで戦い続ける。

 しかし、そんなことをすれば彼女の命は恐らくないだろう。だから、今、自分が出れないということに酷く後悔をした。

 手に持っていたタオルを床に叩きつける。


「山瀬、悪いことは言わない。あいつと戦うのだけは止めておけ」

「え? どうしてよ、それに私がここで負ければ一勝二敗。相手に大手が掛かるだけよ」

「それでもだ。あの男には底知れぬ力がある。お前が戦えば、もしかしたら死ぬぞ」


 悪寒がした。

 嫌な気がしてきた。

 誰かを失いそうな、そんな予感が頭の中で叫んできた。


「そ、そんな。たかが学生の試合で死ぬわけ」

「過去に生徒同士の戦いで死者が出たことは何度もある。俺達は人間じゃない、化け物だ。山瀬ちゃんはそれをまだ分かっていないようだな」

「う、うそでしょ……?」


 先ほどまで士気旺盛な千春の腰が急に引ける。「死」と言う恐怖が身体全身を舐めつくす。だから、奏はどうにかならないのかと思って賭けに出る。

 数秒前まで千春に直して貰った傷が光となって消えて行った。


「賭けてみる、俺が出場することが出来るかどうかに」


 完治した奏がテントから顔を出して一心不乱に舞台である壇上を駆け上がって行った。

 実況は嬉しそうに奏の名前を謳い、観客達も囃し立てるように歓声を送った。


「一条奏。確か、貴様は決勝戦が始まる直前に交代届をだしているはずだ。一度、交代した選手は再度、メンバーと交代をして舞台にあがることは規定で禁止されている」


 判っている、判っているけれど賭けてみたかった。

 プログラム通りに進む、規定通りの指示をした生徒会長、蒼咲有希は席へと戻って行った。会場中から不満の声も聞こえてくるが規定は規定。順守しなければいけない。

 他に策は無いのかと、周囲を見渡ながら、策を練る。――――と、その時だった。


「そう言わずに彼がこの決勝戦に出なければ、本末転倒じゃないか。僕は一向に構わない。それを認めた上で決めようじゃないか。誰が勝者で、誰が敗者なのかを」


 大きな声で全ての人間に問いかけたのは「黄巾族」の赤い瞳をした青年だった。

 謙虚な口調に似合わず、派手な服装は見ていて辛辣な気さえ起こしそうだ。


 対戦相手の彼が言った言葉によって香奈子を含めた六聖王が一度、集まって会議を始める。議題は勿論、一条奏を出場させるか、否かである。

 そして、五分以上の協議の末に香奈子がマイクを片手に荒々しい実況を行った。


「決勝戦第三試合。E組「超新星(スーパーノヴァ)」一条奏vs.C組「黄巾族」日向陽炎(ひなたかげろう)となりましたー!」


 観客が湧く。

 一安心する奏を余所に壇上に登って来た青年――日向陽炎があくどく微笑み始める。


「妹さんは無事に助けられたかい?」


 黒髪が風で揺れて、赤い瞳が奏を静かに睨み付ける。

 その発言を聞いた瞬間、奏は先ほどまでの原因の主防犯を知りえる。


「てめぇが響を連れ去るように指示をしたのか?」

「さて、どうだろうか? でも、君がいなくなればE組の戦力は激減し、大将戦を待たずして僕達C組の優勝は決定していただろうね」

「それじゃあ、てめぇのそんな考えを打ち砕いてやるよ」


 拳を握りしめて両者は舞台の上で睨み合う。

 実況が喋り出して、モニターが二人を映しだした。


「来いよ。僕はあいつに認められたお前を鑑定してやる。今後(ヽヽ)のためにもな」


 香奈子によってアナウンスが鳴り響く。

 そして、いよいよ。

 決勝戦、第三試合。副将戦。―――――世紀の一戦が幕を開ける。


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