第十四話「戦慄の鎮魂歌」
一方、会場では突然の選手交代に沈黙して聞いていた観客がザワザワと、し始める。先ほどまでは渚があの場にいたはずなのに今では映像に映るのは見知らぬ一人の青年。
そして、第一訓練場のE組控室に間宮渚が運ばれていった。
「おっと、これはどういうことなのかな?」
予想していない状況に情報委員長、香奈子も思わず驚きの声しか出なかった。少ししてから今の行動は有効策の一つ「選手交代」であると即座に察する。
そして、香奈子の元に交代をしたE組「超新星」の斑目飛鳥の情報が提示される。
『斑目飛鳥。E組の生徒で中等部の頃はサッカー部のキャプテンをしていたほどの逸材だ。天は人に二物を与えず、まさにこの人がその代表例ともいえるだろう。能力面に関しての情報は全くないが間宮さんと交代したのには重要な役割があると私は考えています!』
白熱、熱弁。
額から汗が垂れてしまうほど香奈子はモニター越しに見える戦闘風景を眺めながら白熱しているチームを応援しながら、息を呑む。
しかし、香奈子の注目の目は、やはりE組とA組の戦いに向いてしまう。
「……あの状況下で交代したってことは前もって何かを企んでいたんだよね。今年のE組が準決勝まで、生き残れたのは運だけじゃないみたいだ」
マイクを下ろして誰にも聞こえない小さな声で思惑を口にする。不敵に笑みを浮かべながら彼女は元の場所に戻って決勝に進む二組のチームを会場で待つ。
きっと、今年の新入生対抗トーナメントは未来永劫、記録に残る大事変となることだろう。
目の前に奮い立つ、一人の青年を見て基樹は彼と元にいた彼女を鼻で笑った。
「今の子は逃げたのか。やはり、E組。尻尾を巻いて逃げるとはある意味、潔い」
嘲笑い、失笑する。
余裕そうな基樹の表情が次第に飛鳥の心を濁していく。怒り、おこって、蔑まされて、
クラスメイトをそんな扱いにされた飛鳥の表情は般若へと変貌していく。
「そうだな、逃げるって言うのは一番恥ずかしいことだ。相手に背を向けている所なんかは闘っていて、凄い優越感を感じる時もある。だけどな、」
握り拳を握りしめて、眉間にしわを寄せた飛鳥は次の瞬間、基樹の視界から姿を消す。
「なっ、消えた……?」
嘲笑っていた表情は止まり、左右を見渡す。
目の前から突如、姿を消して音もなく、そして次に基樹が気付いた時には頬に尋常ではない程の激痛と見覚えのない天井の風景を眺めながら、後ろへ大きく殴り飛ばされていた。
「クラスメイトを、友達を傷つけられて黙っているほど、僕は馬鹿じゃない」
基樹は上半身を起き上がらせて現状に驚き、戸惑う。
つい数秒前まで十メートル以上は離れていた距離にいた対戦相手の飛鳥が立った一度瞬きをした瞬間に姿を消し、そう認識したのも束の間、殴られていた。
「アンタ、A組だよな?」
「あ、ああ」
「教えてやるよ。温室育ちと極寒で育った僕とお前の違いって奴を、さ」
そして再び飛鳥は基樹の視界から姿を消す。
急いで起き上った基樹は両手を握りしめて空気を凝縮させると目の前へと向かって投擲するように両手を離した。
しかし、空気衝撃は見事に空振りをした。
「こっちだ」
声のする方へと目を向けると、そこには既に飛鳥が拳を引いていた。咄嗟に両手を伸ばしてガードを取った基樹だが圧倒的な力量の差に手は弾き飛ばされて、再び顔面を殴られた。
大きく吹き飛ばされた基樹は鼻血をだして、それを見て思わず鼻を押さえた。
「生まれながらの才能の差で僕は相当、苦労したよ。中等部でもE組だった僕は試合で活躍をする度に上のクラスから蔑まれて、無視をされて、殴られる時もあった。部長の座も実力でも勝ち取った。生まれた時から勝ち組のアンタ達とは、くぐって来た修羅場の数が違うんだよ」
今までの不満が爆発したような、そんな口振りを吹かせながら飛鳥は告げる。
しかし、こんな所で負けるわけにはいかないのがA組の宿命。絶対勝利を約束している彼らからすれば本命は決勝戦。他の対戦相手は準備運動にもならない戦いだった。
絶対勝利の重圧に耐えながら、戦っている基樹の心情は負け続ける飛鳥には判らない。
立ち上がって口の中に溜まった血を吐きだすと首を軽く捻って冷静に相手を観察し始めた。この状況で追い詰められた様子を見せないのも、A組としてのプライドがあるから。
「……能力がわからない以上は反撃が出来そうにはないな」
飛鳥には渚が導き出した資料によって、対戦相手の基樹の能力は包み隠さずに知っている。ただ、基樹にとっては先ほど交代をした飛鳥の能力を知らない。非常に不利である。
幾ら頭が好くても、成績が上でも、能力値が高くても、相手の能力が判らない以上は余計な行動を取ることは出来ず、動きも必要最低限になってしまう。
「どうした? 立ってくれよ」
考えている内に飛鳥の姿は再び消え、そして、基樹は理由も判らないまま吹き飛ばされた。
首を傾けながら基樹を睨む飛鳥。
まずは相手の能力を知るために、多少の痛みを伴わなければならない。
「くっ!」
飛鳥の一瞬の隙を狙って基樹は足を掴むと自分の方へと思い切り引っ張る。
それによって飛鳥は大きく態勢を崩しながら、後方へと倒れていく。その瞬間、もう片方の掌では凝縮させて鋭い刃物にした空気を作り上げておく。
そして自分が立ち上がると同時に、飛鳥へと向かって空気衝撃を投げつけた。
「……っ!」
舌打ちをしながら態勢が斜めの飛鳥は即座に飛んでくる衝撃を躱す。が、いかんせん範囲が広い攻撃であるため躱しきれなかった空気の刃が左頬を掠めて、切れ込みが生じる。
「躱せなかった。ということは移動関連の能力じゃない」
すかさず、態勢が不安定の飛鳥に向かって容赦なく蹴りを浴びせた。
「かはっ」
基樹は動かなくなった飛鳥から距離を取って今までの推測で作戦を練り始める。
左頬に切れ込み、そしてコンクリートの地面に強く強打した飛鳥は鼻を押さえつけながら、基樹に背を向けながらゆっくりと起き上がり、立ち上がる。
「今のは、ちょっと痛かったなぁ」
押さえつけている鼻からは大量の血が滴る。
左頬からも微量だが血が首筋へと通り、服へと軽く付着する。
――――不味いな、これだと下手に能力は使えない。
原理が簡単な能力の為、今の状態では能力を無下に使うことは出来ない。タダでさえ、頭のいいA組を相手にしている状況でここまで出来ている。しかし、今、力を使えば思考回路がありえないくらい働いているA組の基樹に即座にばれてしまうだろう。
それだけは何としてでも避けたかった。
「……来ないのか? 鼻血が止まるのを待っている、移動関連でないとするならば」
相手の動かない隙を狙って基樹が思考回路を全開に働かせる。
恐らく、この状況が同じA組の佐藤真桜や赤城千歳、最上真由だった場合、少しのヒントと自分の仮説である程度、飛鳥の能力について考えをまとめられていただろう。
彼女らはA組からしても、頭一つ分抜けている。
近年、稀に見ることが出来る「本物の天才」だからだ。
彼らにはそれほどの才能はない。だから、こそ。努力でカバーをしていく。
本物の天才になるために。
「不味いな」
本来の鼻血の止め方は横になるのが一番。だが、現在の状況からそれは無理難題だと飛鳥は静かに思うとある程度まで止まりかかった鼻血を一気に吐き出して強引に止める。
鼻の中にはまだ違和感が残るが数分なら、大丈夫だろう。
「さて、と……」
完全に油断しきっている基樹目がけて、飛鳥は再び能力を使用する。
消え、消失し、姿を晦ませると、次の瞬間、再び基樹の前へと姿を現す。
「せーのっ!!」
三発目の顔面にクリーンヒットした一打撃は基樹に大きなダメージを負わせる。と、同時に彼の心の中に負けることが出来ないプライドが炎を燃やし、眼光を光らせると両手を握った。
「どんな能力かは知らないけど、それを超える量が僕にはある!!」
基樹の両手が軽くスライスされていくように血飛沫が飛び散ってきた。能力の過度な使用で自分の身体が耐えられなくなってきている。
自分の限界値を超える、その力を使って基樹は無理やりにでも勝ち取ろうとしていた。
「空気衝撃斬風撃」
無色透明のエフェクトが空気をかなりの速度で歪ませ、通り過ぎていく。
少しだけ反応が遅れた飛鳥は能力を使用し、基樹の視界から姿を消して攻撃を回避しようとするが避ける直前に両腕を軽く切り刻まれると、そこから出た血痕がコンクリートの地面に滴りながら何もない所で、ポタポタと数滴だけ垂れる。
「そうか、そうか、わかったぞ。お前の能力」
うす暗い中、それを見た基樹は確証をした満面の笑みを浮かべる。
「お前の能力は相手の視界から一時的に自分の姿を隠すことが出来る屈折の力だな」
悟られた飛鳥は若干、後ろに移動しつつ、姿を見せると両腕の出血を抑える。
表情を変えず、バレないように警戒をしながら、基樹から受けた攻撃に息切れをする。
「何も言わないってことなら、正解としてみなす」
「さあ、正解かどうかは本人のご想像に任せるよ」
――――不味いな。もう、ばれたか。なら、あの作戦に切り替えだ。
基樹に能力を知られた飛鳥は姿を晦ませると、何処かへと移動をし始める。しかし、両腕の出血は予想をはるかに超えるくらい負傷していて地面に血が垂れ続ける。
「もうお前は終わりだ。さっさとリタイアして、楽になっちまえよ!!」
血が垂れている方へと空気衝撃を投げつける。
「あぐっ……」
飛鳥の絶叫と共に片足にヒットした攻撃が彼の動きを制限させることになる。
汗を拭いながら、先へと進む。
「……確か、間宮さんの手帳に書いてあった場所は」
何かを探すように廃墟を徘徊する。
胸ポケットにしまっておいた、渚の手帳を数ページ捲ると大まかな廃墟の見取り図が彼女の筆跡として書かれている。それを頼りに右往左往しながらも、飛鳥は例の場所へと向かった。
「無駄だ、無駄だぁ! 僕にはお前の場所がわかるんだよ、もう逃げられないぞ」
抑えきれないほど出血が激しい飛鳥は痛みを抑えながら、予めこうなることをある程度予想して準備しておいたガーゼを取り出すと近場の物陰に隠れて治療する。
かなり、血が抜けているせいか頭がクラクラとして正常に思考が機能しない。それは相手も同じだろうと両者共にそれを思いながら再び動き出す。
しかし、基樹は自分が飛鳥を追いこんでいると錯覚している。それも知らず、飛鳥がわざと垂らしている血痕の後を追いかけながら、じわじわと距離を詰めて行った。
「……あ、合った。目印の間宮さんマーク」
手さぐりで探していった、その部屋の入口には渚が前もって付けて置いたマークが鮮明に、残っている。あとは実行するだけだ、と飛鳥は一旦その部屋に入ると基樹の追いかける音に気付いて、合わせるように再び部屋の中へと入った。
そして、それを見た基樹が渇いた笑いをした。
「ははっ」
まるで逃げた相手が隠れるために部屋に逃げ込んだと勘違いしている基樹は舌を舐め回しながら安堵の表情を浮かべると足音を消して静かに部屋へと這い寄って行く。
勝ちを確信した基樹、顔面に三発も殴られた後が鮮明に窓ガラスに写し出されている。
右目の感覚はあまりない、鼻から血が垂れていて、頬も生傷だらけ。原型は留めていないが最後の攻撃をするだけの体力は彼にはまだ残っている。
「さて、そろそろ鬼ごっこも終わりにして勝者を決めようか?」
部屋の中央まで立ち進んで、止まった基樹は妙な違和感が頭をかすめた。
鼻にツンと来るこの匂い。何処かで嗅いだことがあるけれど、思い出せない謎の匂い。
そして、気が付いた時には既に遅かった。
「なっ!?」
ガラガラ、と凄まじい勢いで入って来た扉が閉められる。
そして扉の微かな窓から見えたのは丁度、月明かりに照らされた飛鳥の姿だった。
能力によって一時的に部屋に入ったと錯覚させ、敵が入って来たと同時に隠れていた本人は部屋から、退出する。
そして、完全に部屋に閉じ込められた基樹の目に飛び込んできたのは――――
「こ、こいつは……!!」
――――無数の小型爆弾だった。
「これは間宮さんが配置した爆弾、部屋が少し爆風に包まれるくらいの小規模な爆発さ。死ぬことはないと思うけどさ、ひと一人を気絶させるには十分すぎだとは思わないかい? なあ、温室育ちの優等生くん?」
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」
急いで出口から逃げようとする基樹だが扉を閉めて背を向けた飛鳥が握っていたのは、この部屋の中にある全ての爆弾を強制的に爆発させる誘導式リモコン。
そして、速やかに部屋の前から移動した飛鳥は基樹が部屋を出る前にボタンを押した。
次の瞬間、飛鳥の立ち去った部屋が一瞬にして爆音に包み込まれる。同時に爆風が部屋中に吹き荒れるとコンクリートの壁には亀裂が入り、扉、窓が全て壊れた。
「うわ、一条に言われた通りにしてみたけど……。死んでないよな?」
自分の想像をはるかに凌駕する爆発に少し基樹を心配しながら、飛鳥は部屋中を引き気味で覗いてみる。そこには服が黒焦げで時折、天井から落ちてくる瓦礫にぶつかりながらも床にうつ伏せで倒れている基樹を確認すると胸を撫で下ろした。
「お、お前……。こんなことして……、反則じゃ……」
「残念だけど新入生対抗トーナメントは武器の持ち込み大丈夫なんだよね。君達のチームにいる月凪暦がいい例だね。爆弾よりも真剣の方が危ないとは思わないかい?」
「……く。だ、だが僕はこんな所で負けるわけには」
「残念だけど、それも無理。この戦いは僕の――、いや、間宮さんと僕の勝ちだ」
必死で食い下がる基樹は目の前にいる飛鳥の足首を掴んで、立ち上がろうとする。
それを冷静に蹴り飛ばした。
「これは間宮さんの受けた傷の分。そして、僕の分は……」
振り降ろそうとした拳を止める。
今まで受けた報復を返そうとする飛鳥だったが、うつ伏せの姿で白目を剥いて気絶している基樹を見て完全にやる気をなくしてしまった。
「いや、止めておこう。抵抗できない人間に攻撃をするほど僕は落ちぶれていない」
手に持っていたリモコンを気絶している基樹の上へと投げると背を向けて歩き出す。
「それに、一条も、他の奴らも僕にそんなことは望んでいないだろうからね」
頭の後ろで腕を組みながら、ダメージを負った足を庇って飛鳥は部屋を出ようとした。
だが、飛鳥は気づいていなかった。
度重なる爆発と下の階からの必要以上のダメージ。そして限界寸前まで追い詰められていたこの部屋の床は亀裂が生じ、そして――――
「……あ、やべ」
――――気付いた時には崩壊し、落盤すると飛鳥と気絶している基樹は一階に落下した。
038
「振動切断」
張りつめた音と共に伊御が横へと躱す。次の瞬間、背後に寄りかかっていた壁は一瞬にして刃の傷痕が無数に斬りつけられていた。
剣を下段に下げて、月凪暦は静かに深呼吸をする。
――――なるほど、あの剣が媒体となって物質を斬ることが出来ているのか。
真剣であるが故に切れ味は保証できる。
そして、彼女の能力も組み合わさったことで遠い位置からでも瞬間的に斬撃を飛ばしながら相手の行動を理解し、把握し、誰よりも先に次への行動へと移動できる。
故に伊御が躱して避けた先には、真剣を構えて振り降ろそうとしている暦の姿がある。
「重力操作。――負荷」
目の前で刀を振り降ろしてくる暦に向かって押し出すように負荷を掛ける。吹き飛ばされる暦は一瞬、宙を舞うがすぐさま、刀を地面に突き刺して彼の重力負荷を強制的に解除する。
コンクリートの床が意図も容易く断片されて、なおかつ、地面から引き抜いた「時雨」には傷は一つも付いておらず、健在であった。
「流石、天下の大業物。そんな程度じゃ、傷はつかねぇか」
「甘く見れば、痛い目に合うぞ」
横に高い跳躍。
一瞬にして五メートル以上、離れていた二人の距離が短くなって、暦は伊御に向かって刃を突き立てた。喉元に向かって平行に当てられる刃先を伊御は半歩、横に逸れて回避する。
しかし、避けられた暦は伊御の足元を見て移動を始めた途端、小さく笑みを零した。
「振動切断」
刃先が光耀き、次の瞬間、伊御の身体目がけて無数の刃が飛んだ。
「ぐっ……」
咄嗟に両手を伸ばして顔を防御するが負った傷は決して浅くは無い。斬りつけられたような跡と無数の出血が床に垂れる。
痛みに耐え、声を殺した伊御はすぐさま態勢を立て直して立ち上がると後方へと飛びながら浮遊能力を発動させて素早く暦から距離を取りつつ、一瞬の戦闘で消費した疲れをいやす。
既に両手はあまり使い物にはならず、小刻みに痙攣しているのがわかった。
「その様子だと両手はあまり機能しなさそうだな」
床に血が滴る。
苦痛が伊御の身体を襲い、痛みが両腕から離れない。
「このくらいなんてことねぇよ。丁度いい、ハンデじゃねぇか」
半笑いを浮かべて、少しずつ暦から距離を取るように離れて行った。
近すぎれば暦の剣技にやられて、遠すぎれば能力にやられる。両面に長けている力を持った珍しい人。ただ、伊御にとって、それは関係のないことだった。
大きく息を吸いこんで伊御は目を瞑った。
目の前に敵がいることも忘れるくらい、心頭滅却する。
「どんな作戦かは知らんが目を瞑っていられるほど、私は甘くは無いぞ」
次の瞬間、 無色透明のエフェクトが斬撃となって伊御を襲う。空気が歪んでみえるのが暦の力の唯一、弱点とされる。それを見れば、どんな斬撃でも避けることが出来た。
ただ、それを理解した所で伊御は目を瞑っている。そこから、目を開き、脳内で理解をして避けるには少々、時間が掛かりすぎた。
だから、伊御は――――――、奇策を練る。
「重力操作。――負荷」
床を踏みつけた。
次の瞬間、上の天井が重力負荷に耐えきれずに崩落してきた。無色のエフェクトは天井から落ちれ来た瓦礫に阻まれて伊御に届く前に掻き消された。
「一度、なにかに当たると斬撃は消えるのか」
瓦礫がバラバラに切断された。そして、粉々になっていく瓦礫の向こう側では新たな構えで迎え撃つ、暦の姿が彼の視界に映り込んだ。
刹那、宙を舞う瓦礫の粉が羽ばたくように舞い散った。
「月凪流、二ノ型。――――小春凪」
超高速で横振りの太刀を放った。
いつの間にか、目と鼻の先に瞬歩する暦に唖然と暮れる間もなく、伊御は頭を屈めて攻撃を何とか躱す。しかし、そこを見越して暦は思い切り膝を上げた。
「がっ」
腹を蹴られて息が出来ない伊御に追い打ちをかけるよう、刀の柄頭の部分で彼の背中を強く強打する。更に追加攻撃をくらった伊御はついに膝を付いて苦しそうに唸り始める。
そんな伊御の光景を見て、好機と思った暦は彼の首元に刀を軽く添えて、静かに笑う。
「どうやら、私の勝ちみたいだな。鳶姫伊御よ」
したり顔で崩れ落ちている伊御を鼻で嘲笑った。既にここから、勝機は変わらないだろうと暦の自信が辛そうに腹を押さえている伊御にも伝わって来た。
しかし、静寂する間の中で次第に笑い声が聞こえてくる。
それは暦でもなく、他の誰でもない伊御の笑い声だった。その声は徐々に大きくなると刀が首元に添えられているにも関わらず、彼は一向に笑うことを止めなかった。
「何が可笑しいんだ?」
そんな笑い声に奇妙な違和感を覚えた暦が刀の柄を再度、握りしめると目の前にいる伊御に向かって、この原因について問う。
しかし、伊御は笑い声を止めるだけで質問に対する問いは答えない。
「答えないか。なら、貴様には悪いがここで退出願おうか」
人を斬る刀は使用できない。よって、暦が使うのは気絶させるための「振動切断」だ。
「くらえ、振動切断」
刀の刃先を伊御に向け、超至近距離で無数の斬撃を繰り出そうとした。――――しかし、
「うっ……」
突然、暦が唸り声を上げる。そして、握りしめていた刀が指の間から零れ落ちる。膝から、崩れ落ちる。そして、立ち上がった伊御と入れ替わりに月凪暦は冷たいコンクリートの床にうつ伏せで倒れて行った。
入れ替わりに立ち上がった伊御は無表情で倒れている暦を見おろし、嗤う。
「はあ、流石に今の蹴りと背中はきつかった」
腕をぐるぐると回しながら、伊御は平然とした様子でその場に立ち尽くす。
何が起こったのか、原因が判らない暦は謎の重圧に悩まされながら、首を横に向けて真上にいる伊御を睨み付けた。
「おー、怖い、怖い」
「き、貴様……。一体、何をした」
一向に動けない暦に反して伊御はリズミカルにジャンプをするほど意気揚々と動けていた。そして、床に倒れている暦の視線に合わせるよう、その場に屈むと彼は不敵に笑う。
簡単なことだよ、と伊御は声を上げた。
「あんたが油断している間に、この辺に重力負荷を掛けた。徐々に重くして慣れない重力に身体が限界を生じ、あんたは崩れ落ちたってことだ」
「貴様は普段から、この重圧に慣れているというのか……」
無言で立ち上がった伊御は暦に向かって掌を翳し、更に重力負荷を掛け続ける。次第に床がキシキシと歪み始めて亀裂が生じると耐えきれなくなった暦は白目を剥いて気絶した。
勝負がついて、暦は元の会場に転送されていく。そんな光の粒子を見上げながら、極小さい声で伊御は先ほどの問いに対し、答えを述べた。
「……それくらいしないと。俺はあいつを救えない」
消えていく残像を眺め終えると伊御は静かに一階エントランスホールを後にした。
039
轟音、そして目まぐるしい灼熱の火炎が下の階から響き渡って、轟き、二人は思わず唖然としながら、何度も鳴り響く腕時計に目を向けると互いに真剣な眼差しで相手を睨み付ける。
勝敗は現在、E組の二勝一敗でやや優勢。
リーダーの渚が斑目飛鳥と交代したことによってリーダーは次点の奏へと引き継がれた。
実質、この準決勝がE組「超新星」とA組「栖鳳姫君」のどちらかが決勝戦に進出する。
運命の一戦。負けられない戦いが、ここにある。
「どうやら、わたくし達の勝敗でどちらが勝つ可能性もあるらしいですわね」
真由が真剣な表情を浮かべて奏に告げる。小声で囁いた彼は起き上がると一時停止していた戦闘を再び始めるために大きく深呼吸をする。
昨日の戦闘とは違って、傷は非常に生々しい。
奏の自前の服は意味もなく切り刻まれ、膝や肘には擦りむいた後が残る。顔も砂が付着し、傷ついた痕も少し残っていた。
「まさか、こんなに互角の戦いをするとは思いませんでしたわ」
「俺もだよ。まさか、渚と斑目の作戦が成功するなんて思わなかった」
「え? 何か言いまして?」
「いや、何でもない。こっちの話だ」
改めて、自分の考えた作戦を思い返すと相当、無茶苦茶なことをしてしまったと悔やんだ。対戦相手が死んでないことを祈りつつ、目の前の戦闘に集中する。
気を張りながら、一瞬一瞬を見逃さないように全身に力を込めて行った。
「ですけれど、この戦いもそろそろ終わりにしましてよ」
既に勝機は見えているような、自慢顔を浮かべながら、手を腰に付けて豊満な胸を強調し、金色の髪がしなやかに揺れる。
そんな彼女と相見える奏は相手を油断する、一言で真由の表情が少しだけ曇り出した。
しかし、真由はすぐに表情を戻すと動揺しているのが、バレないように髪をなびかせた。
「お前の能力、読めたぜ」
掌に黒色の渦を発生させながら、余裕そうに奏は告げる。
ダメージを受けたぶん、奏は必死に能力を解明し続けていた。そして、その結果がようやく実り始め、最後の攻撃を受けた時、閃くように全ての謎が解けた。
「いいですわ、わたくしの能力は解明できた所で回避は不可能」
そう告げると長いスカートを折り曲げて、空色に光る瞳を輝かせた。
彼女なりの決め台詞が放たれる。
「とくとご覧あれ、わたくしの強かに舞い踊る戦慄の鎮魂歌を」
にやり、と真由は静かに微笑んだ。




