第十二話「新たな可能性」
031
一人の女子高生をこう例えるのも何では或るが、彼女――内田瑠璃は「怪物」である。
初等部――ではないが幼少期から、超能力者の子供を育成させる「英傑塾」に通っていた。そこには、将来を有望視された「七色家の末裔」「貴族の児」「上流階級の児」など地位の高い人間が能力者の子供を育成させる、言わば化物の巣窟であった。
一応、上流階級出身。七色家を内側から守護する「内田家」の末っ子として生まれた瑠璃も英傑塾から神代学園高等部現在まで約十年以上、超能力の学校に通っている。
しかし、同じ年代の生徒の中でも内田瑠璃という人間は一際、目立つ存在だった。
彼女が怪物と言われる所以。
それは瑠璃自身が生まれながらにして、手に入れた最強の能力――――「創造」であった。
無機質から有機質、物から生物まで自分が知る知識の物を自由自在に創りだすことが出来る神の力にも勝る、地上類を見ない最強の力。
対価入らない、等価交換をする余地もなく、無制限に瑠璃は創りだすことが出来る。
そして、内田瑠璃はその力を百パーセント使いこなせる技術を持っている。だから、彼女は他の誰より「最強」で他の誰よりも「異質」なのだ。
神にも匹敵してしまう「創造」。
それを携えた内田瑠璃が今――――――、戦いの中で珍しく笑った。
面白味のない、真っ白な世界に現れたのは一人の黒い少年。闇を抱える、残酷な人。
「にゃははははは、その程度の攻撃なら、私じゃなくても躱せるよんっ!」
猫のように笑い、瑠璃は器用に攻撃を避け続けた。
まるで鞭のように攻撃をし続ける奏の表情を窺いながら、意図も簡単に躱した。
「うっせ!」
両腕を腰のあたりで押さえつけながら、奏の攻撃を避け続ける瑠璃の発言に苛立ちを覚えて彼は再び拳を彼女の元に突きだした。しかし、軽々と瑠璃はそれを避ける。
「甘いねぇ、まだ攻撃に無駄がある。普段こういったことに慣れてないから? それとも私が女だから、遠慮しているかな?」
軽々と躱す。舌を噛まずに相手を挑発する、その様子は圧倒的な強者の姿が彼には見えた。
憎たらしいほど余裕そうな表情で時折、挑発をしながら、空を切る奏の拳が無情にも響く。にんまりと笑った瑠璃が、がむしゃらに攻撃を続ける奏の隙をつく。
「えいっ!」
「しまっ――!?」
可愛げのある声でえげつないことをする。瑠璃は体勢を少し屈めながら、奏の両足を払うと岩の遺跡に顔面をぶつけて地面に倒れる奏から、スキップで距離を取った。
ギリギリの場面で地面に手を付いたことが功を奏して大きなダメージにはならなかったが、鼻を強打し女顔と呼ばれる綺麗な彼の顔から、血が垂れた。
擦り傷が少し、そして、鼻からは微量の血が口の中に入り込んだ。
「ごめんね、かなぴょん。少しやりすぎたよ」
「ぺっ、そんな生半可な同情なら、いらないぜ。瑠璃」
口の中に入り込んでしまった鼻血を吐き出すと鼻筋に残った血を拭い取った。
勇ましく、逞しい奏の表情は依然として健在している。その凛々しい顔つきを見て、瑠璃は少し口角を上げると、まだ戦う気のある奏に向かって何かを感じ取る。
「流石は馬鹿みたいな下剋上を図る、かなぴょんだ。その意気じゃないと、ねっ!!」
手を叩き、着火したような音が響いた。
そして、瑠璃が手同士を離すと掌には赤々しい焔がほとばしる。――――そして、ここから瑠璃の逆襲が始まろうとしていた。
強く、地面を蹴り上げて、離れていた間合いが瞬時に狭まれる。
「くっ……」
「にゃはははははっ!!」
炎の鉄拳が奏を襲った。
当たれば、ただでは済まない攻撃が奏の頬を掠めていく。ただ、無情に瑠璃は笑った。
「まだまだ足りないね、かなぴょん」
行動がさながら、猫の如く。
自由奔放に行動をする瑠璃の攻撃パターンを推測するには非常に困難な問題である。鉄拳を繰り出したと思ったら、次の瞬間には逆方向から脚が繰り出される。
二つのことを同時にできる、優秀な人間だ。――――そして、奏の手を払い、瑠璃が笑った後に強烈な蹴りが彼の腹部にクリーンヒットした。
焦がす勢いは止まらない。
「……くっそ」
普段慣れない攻撃を受けて、奏はその場に蹲った。そして、彼が崩れ落ちたことを確認して瑠璃は掌にほとばしる焔を振り払い、掻き消した。
睨み付けるように瑠璃を見上げる奏を見下してツインテールの悪魔は、ニコリと笑った。
「撃たれ強さは改善されたみたいだけど、それでもまだまだだよね。こんな小さい女の子を相手に屈する程度じゃ、優勝は狙えないよ」
「わ、っかてる」
「じゃあ、もっと頑張ってみようよ。がむしゃらに」
英才教育を受けた瑠璃にとって、高校生になるまで超能力に関わることを自ら拒絶した奏は赤子を捻るも同然すぎるほど実力差があった。
今の戦いは「人vs.人」ではない。「人vs.小動物」を連想するほど実力に格差がある。
瑠璃が本気を出せば、恐らく素人同然の奏など一分も経たない間にリタイアをさせることが可能である。実際問題、瑠璃は一回戦にて真桜達が見ている前で敵チームを瞬殺していた。
ただ、瑠璃はそう言ったことをしなかった。
そこに理由がある。――――奏に関する、何かに内田瑠璃は目を付けていた。
だからこそ、瞬殺することはせずに敢えて相手に猶予を与えて勝利の方程式を考えさせる。
人は過酷な状況下に置かれると今までにないほどの力を発揮する。
そんな自分の体験談を思い出しながら、瑠璃は好機を待ち続ける。――――奏が彼女同様に無敵の力を携えていることに気付かせるように瑠璃は鬼となる。
息をつき、奏は地面に手をついて苦しそうな身体に鞭を打ちながら、立ち上がった。
「やってやるよ、この程度で負けるようなら、下剋上なんて夢のまた夢だ」
「まあ、最強である私を倒した時点で下剋上って、ある意味、達成だと思うんだけどね」
「そこは気にするな、あくまで俺達の下剋上はこの大会で優勝なんだからな」
「それじゃあ、頑張ってみようよ。――――私を、怪物を、内田瑠璃を屈服させようぜ」
目の前に立ちはだかるのは、一人の少女ではない。
目の前にいるのは絶対的な力を持つ、一体の化け物だ。
同情はするな、女だからと言って手加減をするな。奏の頭に思考が張り巡らされていった。ゆっくりと大きめな息をついて深呼吸をすると――――、奏の目付きが変わった。
「闇屑星」
口を開くと同時に掌には闇の渦が発生し、小さな球体が創り出される。それと同時に瑠璃に向かって、奏は距離を縮めて行った。
ただ、これでは真正面から直球に突っ込んで行った哀れな青年、としか思われていない。
しかし、ここで機転を利かせ、発想を変えて、この状況を打破するために彼は走り出した。
「それじゃあ、ただの無鉄砲だよ」
「いいや、そいつはどうかな」
原則として奏の能力は「引力」である。
その力は未知数で本人ですら、全体の何パーセントを熟知しているのか、全く分からない。ただ、この引力と言う引き寄せられる力には、或る発動条件があった。
それは奏の手元から離れた瞬間から、その球体に「引力」という力が発生すると言うこと。すなわち、現段階ではただの浮いている黒色の球体でしかない。
応用に応用を重ねた「能力吸収」と「能力解放」は奏の掌でしか、引力を発生しない。
だから、奏は引力も何も発生していない、ただの黒色の球体を瑠璃に向かって投げつけた。
よって「闇屑星」が発動する条件が整うと黒の球体は自然と周囲の空気を引き寄せ始める。地に両足を付けて仁王立ちする瑠璃が吸い込まれるように地から足が離れた。
身動きの取れない空中に瑠璃を浮かし、奏はそのまま走った勢いで回し蹴りを放った。
「え、うそっ!」
見るのは幾度かあったが自身で体験するのは初めてだった奏の能力に驚きの声を発しつつ、瑠璃は奏の放たれた回し蹴りを素早く防御した。
右側に放たれた蹴りを両腕で庇い、蹴られた時の衝撃で瑠璃は地面に転がり落ちる。すぐに立ち上がる体勢を取った瑠璃であったが、しかし、身体は伏せた状態から動かない。
いや、動けなかった。
「なに、これ……」
地面に引き寄せられるように、重力の負荷が掛かったような衝撃が体全身に伝わっている。手を付いて立ち上がろうとするも、身体はビクともしない。
無駄に体力が浪費されていくだけで、形勢は一気に逆転した。
「悪いけどしばらく身動きが取れないようにさせて貰った」
あくまでこの戦いの勝利条件は「オブジェクトの破壊」を優先して、奏は瑠璃を引き付ける役目を担う。よって、この足止め方法が一番、効率的だと導かれた。
闇屑星によって強力な引力で地面に這いつくばる瑠璃を見下ろしながら、小型通信機を手に近くに潜伏をしている渚に向けて連絡を取った。
全力で相手のオブジェクト破壊に向かっている京子よりも話が通じやすいためである。
「俺だ、間宮。長門の方はどうなってる?」
『さっき確認したんですけど、あと三分くらいの場所にいました』
「それじゃあ、長門にオブジェクトを発見次第、破壊するようにって伝えておいてくれ」
『わかりました。一条くんも頑張ってください』
通信を切って瑠璃を見下ろした。
最早、勝利は確定的となった現状ではあるが何故か地面に這いつくばっている瑠璃が今まで見たことがないほどの高笑いで、奏の疑心を揺らいでいく。
徐々に大きくなる笑い声は次第に奏の心を揺さぶって行った。
「なにが可笑しいんだ」
「ははは、甘いね、甘すぎるよ、かなぴょん。もし、君がこんな程度の攻撃で私の身動きを拘束していると思ったら大間違いだ」
「それがどうし――――」
「見せてあげるよ。――――私が怪物を言われる所以を」
言葉を遮って高笑いをピタッ、と止めた瑠璃が微かに動く掌を地面に強く擦りつけた。
そして、次の瞬間、奏は突然起きた大きな揺れに困惑する。
「君の能力に応用できる技法があるように、私の能力にも変化する術を持っている」
愕然とするほど、巨大な地震が奏の動揺を大きく揺さぶる。そして、何か途轍もない危険を察知すると彼は即座に岩の遺跡から、後ろを見ずに飛び降りた。
着地する直前で多少、ふら付きを見せるが降りる際の怪我はない。
そして、目の前で起きている光景に奏を含め、近くの木陰で隠れていた渚も絶句した。
「創造。――岩傀儡」
瑠璃が地べたに這いつくばっていた地点から、大よそ三十メートル範囲内の地面が気付けば大きく隆起していた。そして、隆起した大地はやがて大きな操り人形を作る。
まさしく、ゴーレム。
大地を駆使して創り出した、瑠璃の能力を使った応用技である。
「あいつは本当に化物かよ……」
大きさはビル十階程度、首を傾げて腰を曲げないと頂上は見えないほど巨大な傀儡だ。
その頂上には奏の能力が解けた瑠璃が意気揚々と仁王立ちしている姿が微かに見えている。
「持続時間は四十秒って所かな。それか、かなぴょんから離れすぎると自動で能力の効果が解除されるか、どっちかだね」
瑠璃の独り言の直後、大会の実行委員が配慮をしてか、大空に大きく瑠璃と奏の顔を映したモニターが現れる。どうやら、互いの声を拾う為の配慮らしい。
このステージにいるのは二組しかいないので別の敵の配慮と言うのが無いのだろう。
「さあ、そろそろ最終決戦だよ。私が今から、かなぴょんを潰して、その足で君達チームのオブジェクトを軽々と踏み潰しに行ってあげる。これでこのゲームは終わりだ」
映像越しに奏に向かって挑発をする瑠璃は一心同体となっている岩傀儡の動作を動かす為に腕を豪快に振って上手に、パンチを繰り出せるかどうか腕慣らしを進めた。
「考えろ、考えるんだ。この状況を打破できるのは俺しかいない」
頭の中で想像する。
今まで全てに置いて引き目を感じていた奏にとって今回の状況は今までの中で最高難易度の問題である。自分が立ち向かわなければ負ける。
叶えたい未来が、少しずつ閉ざされていった。
しばらくして、奏は二回戦直前に対戦相手の内田瑠璃と遭遇したことを思いだした。会話をした数分の中で言われた、ある一言が唐突に頭の中をよぎった。
その瞬間、とある一つの突破口を閃く。――――しかし、奏が打開策を考えることに夢中になりすぎていて、自分自身の頭上に影が出来ていることに全く気づいていなかった。
「一条くんっ!!」
後方で身を乗り出して、渚が奏の危機に声を荒げて叫んだ。
その声に気付いて、我に返ると頭上を見上げる奏だったが反応は圧倒的に遅かった。巨大な岩の鉄拳が奏の元に接近し、大きな影を作り出していた。
逃げようにも、攻撃で受け流そうにも、奏の能力では太刀打ちが出来ない。
「しまっ――――!!」
それでも少しでも直撃は避けようと中心部から離れるように、今いる所からつま先を翻して駆け抜けた。しかし、全長三十メートルの岩傀儡の拳は明らかに奏の身体を潰しにかかる。
絶体絶命。誰だって――、モニター越しで見ている観客全員が奏の負けを確信してしまう。
ただ、一人。彼が負けることを諦めない、仲間がいる。
「重力操作。――負荷」
颯爽と木の陰に隠れている渚の横を通り過ぎた伊御は近くにある岩場を起点とし、勢いよく跳躍する。そして、目の前に差し迫った岩の鉄拳に向かって手を伸ばした。
次の瞬間、岩傀儡の体勢が大きく後方へとのけ反り返った。重力の方向を真横へと転換し、重心が安定出来ないほどの負荷を相手に掛ける。
誰もが思いがけない光景に声が竦む。
まさか、やって来るとは思わなかった仲間の存在を見て奏は逃げるのを止めた。
「おい、奏。強敵に立ち向かうなら、手を貸すぜ?」
岩場に立つ、伊御は奏の方に振り返って嬉しそうに笑った。
それを受けて、伊御の隣に素早く移動した奏は体勢がふら付いている岩傀儡を確認しながら先ほど得た「進化の糧」を試そうと思い立つ。
「なら、その力。貸してくれ」
「おお、もちろんだ」
「三十秒でいい」
それを受け、伊御は嬉しそうな狂瀾とした顔つきで岩傀儡に向かって駆け抜けていった。
大きく深呼吸をした奏は中腰に屈むと、左の掌を表に返し、闇屑星を作り出す。
「ここから、更に」
本来、引力を主とする奏の能力は闇屑星という黒色の球体を作れる術は存在しない。ただ、奏が作れる所以としては「純粋な好奇心」と「勝ちたいと言う意欲」があったからこそ。
だから、奏は闇屑星という「応用技」を更に「応用」させる。
「重力操作。――負荷」
立ち上がろうとする岩傀儡に対して再び重力負荷を掛ける。全長三十メートルほどの巨人は掛けられた負荷に耐えきれず、幾度となくよろけてしまった。
頂上にいる瑠璃も計算外の相手の行動にモニター越しから、戸惑った姿が捉えられる。
「これでいいか?」
「上々の出来だ」
時間ピッタリに伊御が奏の一歩、後ろに着地した。
そして、奏の掌には闇屑星を超えた力の応用技が発生していることに気付いた。
「名付けて闇屑星Ver.円盤モード」
その姿はまるで円盤。黒く塗りつぶされた円盤。
しかし、いつもの闇屑星とは違い、周りの部分は殺傷性のある刃物のように見立てていた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
そして、身に着けた新しい力である、闇屑星Ver.円盤モードを渾身の一撃で岩傀儡に向かって投げた。円盤は高速回転をしながら、岩傀儡本体に向かって綺麗に飛んでいく。
体勢が丁度、立て直し終わった瑠璃だったが本体に向かってくる、その攻撃を見て本質的に危機を察知、崩れる前に素早く岩傀儡から飛び降りた。
そして、胴体の部分を通過していった闇屑星Ver.円盤モードは遠くの方で儚く散る。
「さっすが、かなぴょん」
上空を滑空しながら、崩落する岩傀儡と奏を交互に見た瑠璃が、嬉しそうに微笑んだ。
騒音を上げながら、岩傀儡は半分に割断されて崩落していった。
そして、それとほぼ同時刻――――会場全体に甲高いホイッスルのような音が響き渡った。
それすなわち、勝利のホイッスル。
S組オブジェクトを京子が破壊した瞬間だった。
『これはまさかまさかの展開。天才達が集うS組代表にまさかのE組が勝利だ――――!』
モニターから聞こえる香奈子の声と背景から響いてくる観客達の歓声の声が心地よくて。
隣同士に居合わせていた、奏と伊御は勝利の余韻に浸りながら、二人、拳を合わせる。
032
一時間後、特別棟E組控室。
第二回戦にて勝利を収めた、その余韻に浸りながらE組「超新星」一同は集っていた。
全員が中央に控えている千春と飛鳥に目を向けて、補助員の三人が買ってきた缶ジュースを片手に持ち、天高く上げていた。
「それじゃあ、第二回戦の祝杯を上げましょう!」
「かんぱーい!」
一斉に声を上げて、乾杯の合図を唸らせた。
次々と缶のふたを開けていき、喉を鳴らしながら飲んでいく。
予想に反して「怪物」内田瑠璃に勝利したことが何よりも喜ばしい結果であった。
「いやー、それにしてもまさか負けるとは思わなかったよー」
意気揚々と余韻に浸る一同の中で、平然とした顔をしながら回って来た缶ジュースを飲んでいるのは、つい一時間ほど前に奏達が撃破したS組の瑠璃だった。
ツインテールをぴょこぴょこと揺らしながら、缶ジュースに口を付ける。
「な、な、な! なんでアナタがここにいるのよ!!」
大きな声を上げたのは中央にいた千春だった。驚きの余り、缶ジュースが握り潰されそうになるが寸での所で力を抑える。
何食わぬ顔でジュースを飲みながら、彼女は隣に座っている渚に和気藹々と話し掛ける。
「な、なんで分かったんですか!?」
「やっぱり? なぎちゃんって、そんな感じがしたんだよ」
千春のそんな荒げた声を無視して、瑠璃と千春を交互に見ながら互いの表情を窺う渚は少し困り果てていた。しかし、驚いているのは千春だけで残りの人は差ほど気にしていない。
他の人が驚いていない様子を見て、千春は唖然としてしまう。
「ああ、瑠璃なら俺が呼んだ」
「ついさっきまで戦っていた癖に、なんで呼んじゃっているのよ」
「いや、別に。もう、倒し終わったし、それに」
「昨日の強敵は今日の好敵手っていうじゃない。えーっと、誰だっけ、君?」
カッコいいことを言おうとするが瑠璃に遮られて、しかも言葉を奪われた奏は嫌そうな顔を向けると、緊張感の走る控室に落ち着きを取り戻すために手を叩き、リセットした。
「次は二時間後に準決勝がある。そのために色々とアドバイスをして貰いたいから、瑠璃を呼んだんだ。S組だからって緊張しなくていい、こいつはただの煩い奴と思っていい」
「かなぴょん、それはないよー」
「だから、こいつがいることに文句があるなら、俺に言ってくれ」
そういうことなら、と先ほどまで声を大にしながら講義をしていた千春がしゅん、と静かになっていく。隣に座っていた陽子が優しく宥めようと手を伸ばした。
そんな千春と入れ替わりに立ち上がった奏は二時間後に迫る準決勝について語り始めた。
「準決勝まで、残ったのは俺達「超新星」と、真桜の「天衣無縫」。そして「栖鳳姫君」。残りの一組だが俺達と同様に初めてベスト4に残ったC組の「黄巾族」の四組になった」
基本、新入生対抗トーナメントというのは入学して間もないため、ベスト4に残るチームはA、B組が多く、稀にS組が入る程度だった。
しかし、今回は前代未聞の初戦突破E組と肩を並べて稀なC組が生き残っているという。
「二回戦の戦いの様子を能登達に撮っておいてもらったんだが……」
「あ、はい。今、繋げます」
少し不機嫌な千春を宥めていた陽子は、名前を呼ばれて顔を上げると、カメラをモニターに接続をして二回戦に撮った映像を全員で分析をする。
戦闘に特化し、超能力に詳しい瑠璃からもアドバイスを貰うことにした。
「えっと全く機能していない千春さんの代わりに私、能登陽子が第一回戦、二回戦を通して準決勝を有利に出来るような情報をみなさんに教えたいと思います」
おほん、と軽く咳をして陽子は千春の胸ポケットに入っていたメモ帳を取ると撮影していた映像を逐一、確認しながら、説明を進めていった。
まず、最初に表示されたのは佐藤真桜率いる、圧倒的な力を保有する「天衣無縫」。
「ここのチームは文字通り、最強です。A組の超精鋭が四人揃っているので抜けている所がありません。一対一で戦うことになってしまえば、まず勝つことは難しいと思います」
冷静な補助員、陽子と千春の分析は言われるまでもない。映像越しでも、ハッキリと判る。圧倒的な力の差というのが今の「天衣無縫」と「超新星」にはある。
しかし、それを乗り越えない限り、勝利はありえないし、優勝なんてもってのほかだ。
「次の映像は……、はい。このチームはですね」
「確か、栖鳳姫君って奴らだったな」
「ご明察です、京子さん」
薄暗い部屋のモニターに表示されたのは奏と京子が第一回戦で戦った榎園小咲、篠塚基樹の二人だった。どうやら、この二人は常に一緒に行動をしているらしく、二回戦も同じ戦術で対戦相手を蹴散らしていた。
ちなみに残りの二人はというと、
「鳶姫さんと戦った月凪暦さんは鳶姫さんが一回戦の際に模擬刀を破壊したので代用の刀を使っています。刀が代わった所で彼女の強さに変化はありません」
「月凪って、どこかで聞いたことあるな」
「ああ、月凪流って昔から続いている流派があるんだよ。そいつは月凪流も使ってくるし、能力もある。能力の方は判らなかったけど、剣技は中々のものだった」
「剣技って……、対剣と戦ったことないからな、もし遭遇したら、逃げるのが先決だな」
栖鳳姫君。
その強さはA組の中で三番目に成績の良い生徒がリーダーとなっている。
主席は佐藤真桜、自席は赤城千歳。その三番目に位置する彼女は第一回戦、第二回戦ともに映像の中に一度も映ることなく、鮮やかな攻撃で敵を倒していった。
渚が一回戦の時に見た瞬間的にフィールドを駆け回る存在、と認知していいだろう。
「その栖鳳姫君のリーダーは高速に移動できる能力ってことになるのか」
「多分、そうだと思います」
「いずれにしても、こいつらもA組ってことだな。注意にするに越したことはない」
精密でズレの無い攻撃から、身を護るのは非常に困難であると四人全員、一回戦のような偶然、勝ってしまった、ということはもう二度とない。
より一層、気を引き締める。
「そして、最後のC組「黄巾族」なんですけれど……」
映像を撮影していた千春の声と共に画面が少し揺れるとC組、黄巾族とB組の戦いを映していた画面にズームをしていった。
そこに映っているのは何故か、フィールドの中央で黄色い服を着てフードをかぶっている、奇妙な青年。そして、その青年に背を向けて立っている異様な雰囲気を醸し出す人がいた。
「戦いの最中なのに堂々と椅子に座ってくつろいでいるのか?」
「いいえ、違います。問題なのは、ここからです」
「……あの後ろに立っている人。まさかねぇー」
半信半疑で映像を見る瑠璃の言葉も虚しく、次の瞬間、椅子に座っている青年とその背後に立っている人物の周囲を囲むように敵チームのB組が颯爽と現れた。
黄巾族の残りのメンバーはおらず、二対四という圧倒的不利な状況下に陥っていた。
「ここからです」
恐ろしい物でも見たかのような低い声で呟いた陽子に耳を傾けていると、椅子に座っている青年の背後に立っていた白の服を着ている青年が突如、姿を消した。
あっけらかんとしている内に周囲を囲んでいたB組の四人は次々と崩れ落ちていく。
「……な、なんだこれは」
黄色と白色の服を着たC組のメンバーが青色の服を着たB組の四人に囲まれてから、わずか数秒の間で状況は一変していた。
敵は全員、妙な打撃を食らうと膝を曲げて次々と地面に伏せて行った。
そして、全員が倒されてC組の勝利が確定となると白色のフードを被った青年がモニターに向かって、睨み付けるように目を向けた。
その瞳は赤く、人を殺すことに躊躇いの無い目付きだった。
「映像はここまでです」
黄色と白色のフード付きの洋服を着て、顔を隠していたC組の黄巾族。
どうみても、B組を瞬殺できる力はないはずなのにたった数ヶ月で、何かが変わったのか。それとも、得体の知れない怪物がC組にも潜んでいたのか。
どちらにせよ、準決勝にC組と当たってラッキーというわけにはいかなそうだ。
「それじゃあ、準決勝に向けて準備運動でも始めるか」
「早くないですか、京子ちゃん」
「いや、下手に何もしないより、動きは格段と違うと思うぜ」
「それじゃあ、俺達は一足先に出るとするよ
「私達はあとで合流するわ」
「みなさん、頑張ってください」
仲間と言う存在に救われて、支えられて「超新星」は前人未到の優勝を目指しに向かう。
そして、数時間後――――――、決勝に進む二組が決定する。




