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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第二章:新入生対抗トーナメント篇
31/70

第十一話「vs.S組」



 026



 新入生大会トーナメント、三日目。

 一昨日、A組である栖鳳姫君の選手と一進一退の攻防を繰り広げた結果、みごとに能力高校創設以来の快挙である。E組、初戦突破を果たした。

 その凄さは奏達が会場に戻って来た際に物語っていた。――今まで陽の目を浴びることない落ちこぼれと言われていたE組に湧き上がるほどの歓声が轟き、起こっていた。


 そして、翌二日目は一回戦の英気を養う休息日。

 全員が自宅で疲れを癒す中、奏はサポート役である山瀬千春と能登陽子から授かったビデオを貰い受け、Bブロックの情勢を夜遅くまで考案するのであった。


 そして、五月二十二日、水曜日。

 今日は午前中に「第二回戦」。そして、午後から「準決勝」が行われる。

 今日が終わる頃には八組いたチームは二組まで絞られる、ここが恐らく鬼門だ。

 気合を入れながら、第一訓練場の会場に次々と入場していく選手達。――――その中で奏は実行委員の受付場所で何やら手続きを熟していた。


「これで大丈夫ですか?」

「はい、これで受理されました。使用方法については依然、配布してある資料に詳しく掲載してあります。くれぐれも間違いのないように」

「分かりました。失礼します」


 何が起こるか、判らない。

 だから、念には念を込める形で奏は受付を済ませると足早にE組「超新星(スーパーノヴァ)」のメンバー達が待っている待機所に駆け足で向かって行った。

 その場にメンバーは渚、京子、伊御。そして、サポートの千春、陽子、飛鳥である。接近をしてくる奏を発見して待機所の一番外側にいた千春が大きく掌を振って来た。


「ちょっと、そろそろ二回戦の対戦カードが掲示するって言うのに何処に行っていたのよ」

「少しな。今後の戦いを変える手札を揃えておいた。それでなんだが悪いけど間宮と斑目。少し話をしておきたいことがあるから、こっちに来てくれないか?」


 待機所の奥で京子と談笑をしていた渚と、諜報活動を続けていた飛鳥が奏の元に呼ばれた。

 そして、今後の戦いについてどう展開していくのか、詳しいことを語る。


「分かりました。一条くんがそう言うなら、私はその作戦で行きたいと思います」

「大丈夫だ。内容は理解した」

「よし、この件はこれくらいにして。それじゃあ、皆には渡しておきたい物がある」


 そう言って前もって待機所に置いておいたリュックサックの中から、秘密兵器を取り出す。

 小型通信機(インカム)と同様に奏の妹が、兄の優勝のために作ってくれた超名作だ。


「一回戦には間に合わなかったが俺達なりに勝てる方法を考えた結果、こう辿り着いた」

「うわ、えげつねぇな。これ」


 その秘密兵器を見て困惑する一同を余所に、士気旺盛と雰囲気が徐々に上がっていく奏には第二回戦もこのまま、突っ走って行きたいと意気込みを新たにする。

 そして、いよいよ、その時はやって来た。


「紳士淑女のみんなー! おっ、はよー!!」


 馬鹿でかいモニターに情報委員長、天使香奈子の天真爛漫な笑顔と朝の挨拶が彩った。

 歓声と共に下の会場にいる面々は次第に表情に緊張が走る、走る。


「それじゃあ、さっそくだけど第二回戦「4vs.4のチーム戦」の対戦カードの発表だー!!」


 香奈子の張り切った声と共に会場にある大きなモニターは一度、暗転すると白色の太文字で対戦をするチーム同士の名前が横一列に映しだされた。

 そして、全てが書き終わった途端、静まり返っていた会場が多少、ざわつき始める。


「……まずいな」


 E組の待機所に居た中で唯一、奏が口を開いた。

 一同が目を向けているモニターに表示されているのは上位八組の中で無造作に選択された、二組同士のチーム戦。二回戦は過酷になると豪語していた奏もこれは予想できなかった。

 大きなモニターに表示されている、E組「超新星(スーパーノヴァ)」の対戦相手は―――――――、セロ。


 一学年最強の精鋭クラス、S組との対戦だった。



「悪いみんな。最悪、ここで負けるかもしれない」



 一人落胆に暮れる奏の後ろ姿を伊御は静かな眼差しで見つめていた。

 第二回戦「4vs.4チーム戦」開始まで残り、十五分。



 027



「と、取りあえず、頑張りましょう!!」


 やや気分が下がり気味になる奏を励ますように渚が声を上げて拳を強く握りしめた。

 しかし、奏がここまで落胆するには理由がある。

 一昨日に行われた一回戦、その内容を千春達からビデオで受け取った奏は昨日、Bブロックの映像から内田瑠璃という怪物は想像以上だということを知る。

 あの時、新入生対抗トーナメントの前日に出逢った彼女とは雰囲気の違った立ち振る舞いが画面越しの奏を思わず、ビビらせるほどの秘めた力を隠し持っている。


「S組かー、確か小さい女の子だったよな。でも、S組だから油断は出来ないか」

「私達が一昨日、映像で見た時は物質を創り出していたわね」

「げ、なんだよ、それ。強すぎだろ」

「確かに強烈だな。でも、能力は強くても、拳なら勝てる可能性はあるかもしれない」

「京子ちゃんはまた。なんでも、拳で解決しようとする」


 確かに内田瑠璃と言う人間がどれだけ最強の能力を持っていたとしても、身体能力が高く、他者を圧倒させる力を持っていたとしても、身体にダメージが入れば勝敗は分からない。

 もしかしたら、打たれ弱く、一発殴っただけで気絶するかもしれない。

 希望はまだ、限りなく零に近いが、望みは微かにあった。


「取りあえず、残り十三分。おのおの、戦いの支度をしておいてくれ」

「一条は何処かに行くのか?」

「いいや、緊張しすぎてトイレに行きたくなった」

「あ、分かる。俺も一緒について行くわ」


 緊張し過ぎて、緊張感のないことを言いながら、奏は舞台そでに降りて伊御と共にトイレを目指して、照明のない薄暗い通路を歩き始めた。

 二人の間に会話は無く、ただコンクリートで出来た地面と壁に足音が反響する。しばらく、静まり返る奏と伊御の足音が徐々に同じタイミングになりかけた頃、目の前に影が浮かぶ。


「お?」

「ん、どうした。伊御」


 思わず、足を止めた伊御を見て、すぐ足を止めた奏は反響の無い世界に立つ。

 そして、伊御が視線を向ける前方に向かって、奏が身体を捻じ曲げると一人の少女がそこに佇んでいた。奏と目が合い、掌を上げて、元気よく横に振る。


一昨昨日(さきおととい)振りだね、かなぴょん」


 上に向かって伸びた掌が気付けば、パーからチョキへと変わっていた。

 完全に初対面な伊御からしてみれば、この遭遇は予想外である。しかし、奏からしてみれば可能性は零ではなかった。

 不思議そうに奏の横顔を見る伊御に奏は声を掛けた。

 その表情はいつにない、真剣な眼差しをしている。


「悪い、伊御。先に行ってくれ」

「分かった。喋り込み過ぎて漏らすなよ」

「誰が漏らすか」


 何かを察し、感じ取った伊御は特に追及することもせずに狭い通路を歩いて行った。反響をする足音が次第に小さくなって、伊御の後ろ姿は影と共に消えた。

 他には誰もいない通路。

 コンクリートの冷たさが奏のお腹を緩くさせるが、今はそんな痛みなんて気にならない。


「私が君を止めた理由、分かる?」


 少し首を上げて黒色のツインテールが揺らぐ瑠璃は、ニコリと笑顔を向けながら奏に言う。その問いを聞き、奏は微かに表情を崩すと再び真剣な目付きと代わる。

 入り口が遠く、E組象徴の紫色とS組象徴の白色が混合して光り輝いた。

 そして、静かに奏は口を開いた。


「さあ、天才の考えは俺達、凡人には理解できないから、さっぱりだよ」


 朗らかに笑う。

 その笑顔に嘘偽りはない。

 色々な考えが頭の中を駆け巡ってはいるが、どれも納得のいく回答は得られていない。


「そう? なら、いいんだけどさ」


 何故か、彼女は安心をする。

 ほっ、とため息を付いた瑠璃は続けて彼に告げた。


「それじゃあ、教えてあげるよ。なんで私が、かなぴょんを足止めした理由」


 にんまり、笑顔を浮かべた瑠璃の表情に濁りはない。

 純粋無垢に、天真爛漫なS組の怪物は――――――、対戦相手にとある提案を持ちこんだ。



 028



 掌でコンクリートの冷たい壁に触れて、音を立てないように静かになぞる。反響している、伊御の足音が相変わらず、自分の耳に纏わりついて離れない。

 鼻歌を聞き、時折、暗い影に顔を覆われながら、伊御は証明のあるトイレの前に着いた。


「まさか二回戦にS組が当たるとはね。想定外だ」


 何を予想していたのか。伊御は独り言を呟きながら、扉を開けて用を足す。

 誰もいない新調されたトイレの空間で伊御のため息が、ただ虚しそうに響き渡った。


「そろそろ、髪色が濁ってきたな。また、ブリーチかけないと」


 自分の鳶色の髪が嫌いで、鳶姫と思いたくなくて伊御は自らの意思で髪の毛の色を変える。暗い過去を背負い、立ち向かっていくためにも、家とは決別したかった。

 だから、伊御は自分で学費も稼いでいるし、鳶姫本家から遠い神代学園に入学した。

 そんなことを思いながら、水道で手を洗い、鏡で髪を弄っていると後ろから、人が現れた。


「E組の鳶姫伊御がこんな所にいてもいいのか?」


 鏡越しに真横を窺った伊御は、少しだけ微笑んでいた顔が一気に落ち着いた様子に戻った。

 声を掛けて隣の水道で手を洗っているのは黒髪でどこにでもいるような普通の青年。ただ、そんな普通に見える青年もまた――――――、少し外れた道を進む。


「計画実行まで直接的な接触は控えろと言っただろ」

「先に来ていたのは僕の方だから、僕に非は無い。それにこの場には他に誰もいない」

「……まあ、いい」


 幾分かトーンの低い声で伊御が、さも偶然出くわしたように振る舞いながら、話を続ける。青年は何もないように自らのポケットに手を入れて、ハンカチで手を拭っている。


「それで準備の方はどうだ?」

「こちらはいつでも大丈夫だ。それよりも、そっちの方はどうなんだ?」

「ああ、念のために一席と十二席には声を掛けておいた。来るかは別として、だけどな」


 黒髪の青年はそれを聞いて返答をすることなく、会場に戻るために入り口に向かった。


「作戦実行は追って連絡する」


 最後まで独り言のように呟き終わった伊御は立ち去った黒髪の青年を見送ると静かに溜息をついていた。その表情は淋しそうに、名残惜しそうな顔をしている。

 彼が少し時間を空けて、トイレから出ようとドアノブに手を掛けると反対から、扉を開けて奏が入口に顔を出した。正面でぶつかりそうになり、二人は一瞬、びっくりする。


「随分と遅かったじゃないか、奏」

「ああ、色々とあったからな」


 伊御の横を通り過ぎ、用を足した奏は入口で待っていた伊御と共に会場へと戻って行った。



 029



『それじゃあ、移動を終えた戦士たちに第二回戦のルールを説明するよー!!』


 気前よく、マイクを片手に大空のモニターに映っている香奈子が意気揚々と告げた。

 トイレから戻ったあと、少し作戦を立てて奏達はS組との第二回戦へと足を運ぶ。メンツは変更なしで奏、伊御、京子、渚である。

 瞬間移動のように一回戦同様、会場ではない場に転送された四人は固唾を呑む。


『第二回戦のルールは至って簡単。チームvs.チームの戦いだから、敵を倒せばいいだけだよ』


 至ってシンプルすぎるルールに奏は少しばかり、納得がいかなかった。

 ただ、スタートした地点から少しだけ周囲を散策していた京子が不思議そうな顔をしながら三人の元に戻ってくる。そして、香奈子の説明が少し途切れた。


「なあ、一条。さっきから気になっていたんだが、あれって一体なんだ?」


 そう言って京子は三人のいる地点から少し離れた場所にある、オブジェクトを指さした。

 そのオブジェクトはこの風景とは不釣り合いな、まるで今回の勝負の為だけに用意されたと豪語しても良いほど、真新しい綺麗なフォルムをしていた。

 さあ、わからん。と短く京子の問いに対し、返答をした奏の発言の直後に香奈子が少しだけ慌てた姿でモニターの中に映り込んでくる。


『補足なんだけどE組「超新星(スーパーノヴァ)」とS組「セロ」の対戦だけは特別ルールになっているって急な変更事項が私の手元に経った今、届いたのでご説明します』


 急な変更事項に戸惑う奏達。

 モニター越しからは手渡された用紙をめくって軽く頷いた香奈子がマイクに手を伸ばした。


『なんとE組とS組という天と地ほどの実力差があるために、特別ルールを設けることに。二組のチームが現在いる、遺跡と草原ステージの現在位置――つまり最初に転送された場にオブジェクトを設置した』


 眉毛がピクリ、と動いて全員が京子の発見した謎のオブジェクトに目を向けた。

 四人全員が息を呑んで、モニターに目を向ける。


『勝利条件は敵チーム全員の撃破、もしくは左腕に点滅したマークを持つリーダーの気絶。ですがなんとE組とS組だけは条件が上記二つに追加して設置されたオブジェクトの破壊も勝利条件に追加されることになりました!! いえーい』


 モニター越しの香奈子が両手を挙げて万々歳。楽しそうに、はっちゃけている。

 しかし、数秒もすると、はしゃぎ過ぎたせいで情報委員の後輩数名共に排除されていった。モニターが歪んで消えると、奏達の呼吸音だけが静かに耳に通る。


「と、取りあえず、あたし達が勝てるかもしれない確率が少し上がったってことだな」

「そ、そうだね。向こうは一人。対して、こっちは四人いるんだもん。少しくらいは……」

「まあ、真正面から戦ういつもと同じルールなら、確実に負けていただろうよ」

「なんにしても、運営様々だな。――それじゃあ、作戦を変更しよう」


 考えていた作戦を変更せざるを得ない状況下に陥ってしまったわけではあるが、これは奏にとって凄く有利な方向に動きつつある。勝てる確率が1%から5%くらいに上がる。

 それがなくとも、奏には秘策があったが彼女との約束を守らなくても勝てるかもしれない。


「取りあえず、俺達に有利なのは相手が一人ってことだ。二人が相手を引きつけている間に一人が相手のオブジェクトを破壊しに行くことが出来る」

「あとの一人は?」

「瑠璃は遠距離からでも攻撃が出来る。だから、近くでオブジェクトを護る役目が欲しい」

「となれば自然的に遠距離からの攻撃を阻止することが出来る、俺か奏が護る役目になる。そうすれば、長門ちゃんがオブジェクトを破壊する役目を担うってことだな」

「そうだな。必然的にそうなってくる」


 もし仮に遠方から、瑠璃が眩い閃光を放ってきたとしよう。――もちろん、例えばの話ではあるが一概に無いとは言えない、もしもの話である。

 この場合、京子の能力では防ぎきることは不可能。攻撃系統の能力ではない渚も同様。

 必然的に奏か、伊御がオブジェクトを守護する役目を担うことになるが、奏にはどうしても瑠璃と対峙しなければならない理由がある。

 だから、小さく息を吸いこんで真面目なトーンで奏は告げる。


「俺が瑠璃を引きつける。だから、その間に長門、お前がオブジェクトを壊してくれ」

「あ、あたしか!?」

「ああ、瑠璃相手だとお前の能力は届く前に負ける可能性がある。ここは一番、勝率がある俺が行こう。伊御でも良い気がするが、こう言った役目くらいは俺が背負うさ」

「わ、私も!! 私も一条くんと一緒に内田瑠璃さんの目を引きつけますっ!!」

「大丈夫か、渚!?」

「だ、大丈夫だよ。私だって、やる時はやるんだから」


 各々、気合が入る。

 襲撃の件も伊御は賛成をしてくれた。オブジェクトの守護は彼に任せることにした。

 中腰になっていた一同は一斉に立ち上がると、それぞれが目指す場所に目線を向けると奏が思い出したように振り返った。


「そう言えば、前回は言い忘れて散々な目に合ったから言っておくけど小型通信機(インカム)。絶対に付けておけよ、今回は全員の位置と役割が重要になって来るから」

「もちろん」

「分かりました」

「今回は忘れないぜ」


 耳に小型通信機(インカム)を装着すると一同は凛々しい目付きに変わる。

 そして、伊御を除く三人は奏の静かな指示を受けて比較的小規模な林の中に飛び込んだ。


「まずは瑠璃の位置を把握する。間宮、宜しく頼んだ」

「分かりました」


 小さく頷いた渚は眼鏡を外して、フィールド上を一望する。大きなフィールドの中に奏達を除くとS組である、内田瑠璃一人になるため、位置を把握するのは容易い。

 数秒もしない内にその瞳の力で視野を広げた渚は眼鏡を装着し直した。


「内田さんは今、ここから八百メートル向こうにあるオブジェクトの傍にいます。今の所は動く様子など感じ取れませんでした」

「なるほど。それじゃあ、長門。お前はこの林の中を遠回りして、裏側から回り込むように奇襲するんだ。その間、俺と間宮で瑠璃をできるだけ引きつける」

「分かった」

「場所は逐一、俺に連絡するように。攻撃するタイミングは俺が指示をする」


 そう説明をすると京子は二度、首を頷けて奏と渚が進む方向とは違った方角に走っていく。出来るだけ、足音を殺し、相手に気付かれないように這い寄る。

 どれだけ、S組相手に戦えるかどうか、彼女自身もとても楽しみにしていた。


「それじゃあ、俺と間宮は真正面からだな」

「は、はい!」

「大丈夫だ。間宮は俺が護る」


 さり気なく、無意識的に、奏は女子が一生の内に言われたい言葉の上位に入りそうな台詞をしなやかに口にすると手を挙げて進むように指示を仰ぐ。

 そんな言葉に一瞬、胸がドキッ、とする渚を余所に進軍は止まらない。


「間宮、ストップ」

「は、はい」


 足音を立てないように慎重に歩いていた渚は奏の一言でその場に足を止める。素早く木陰に隠れる様に言われると素直に彼女は従った。

 少し光が射し込んだ、二人の視界の目の前には――――、幻想的な建物が広がる。

 数千年前まで栄えていたであろう、街並みの遺跡。岩などで作られた建物は所々、破損しているが全壊している所は少なく、建物の隙間には苔などが生えていた。


「ここで一気に視野が広がる。間宮、悪いけれどもう一度、頼む」

「了解しました。少し待っていてください」


 渚の持つ能力、聖なる瞳(ホーリーアイ)にはまだまだ不明な部分は多く、それを所持している渚であっても力は未知数だと語る。体力は非常に消費され、長時間は使用できない聖の力。

 その力が今、奏達の進軍を覆いに助けてくれている。

 瞳の奥は全てを見透かした。


「内田さん。恐らく、この付近に潜んでいます」

「なら、ここで引き付けてみるか……」

「京子ちゃんはまだ着きそうにありません」

「それじゃあ、ここらで怪物の足止めでもしてやるか」

「私も戦いますよ!」


 ぐっ、と拳を握って立ちあがった渚を見て奏は彼女の肩を軽く叩いた。


「間宮、お前はここにいろ」

「……え?」

「瑠璃は俺一人でやる。間宮は出来れば京子の動向を逐一、探ってチャンスがあれば攻撃をさせるようにして貰いたい」

「で、でもそれじゃあ……」

「判っている。けど、相手は怪物だ。そんな所に間宮を連れてはいけない」


 わかっていた、渚自身もわかっていた。

 だけど、自分もE組のチームで「超新星(スーパーノヴァ)」の仲間だから、敵と立ち向かいたかった。

 言葉で幾ら言っても、奏の反応は変わらない。変えようと思うなら、自分を変えないと彼は納得しない。それくらい判りきっていることだった。

 でも、悔しくて歯を食いしばって、拳を握りしめた。


「でも、勘違いするなよ。俺は間宮が女の子で、能力が実践に向いてないから、瑠璃の所に連れていかないじゃない。あいつが強いから、間宮のことを心配して言っているんだ」


 小さな渚の肩を叩き、斑目飛鳥から試合直前に借りてきたハットを渚の頭に被せると答えは聞かずに、奏は瑠璃がいるだろう古びた遺跡へと向かって行った。

 悔し涙で頬を濡らす、渚の顔がモニターに映らないように配慮を促して。


「そんじゃあ、まあ」


 一歩、古びた遺跡に足を踏み込んだ奏は飄々とした足取りで遺跡の一番上まで昇り終える。そこには、一足先に駆けつけていた内田瑠璃がツインテールを揺らして、佇んでいた。



「いっちょ、やってやろうじゃねぇか。――――今世紀最大の下剋上をなぁ!」



 最初から、勢いを殺さず、全力で駆け抜ける。

 ただ一つ希望があるとするならば、それは奏の掌の中に小さく握られていた。


 そして、「怪物」と「雛鳥」の熾烈な戦いが始まる。



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