第五話「エンカウント」
010
「それでこの後はどうするつもりなんだ?」
昼食を食べ終わって、シートの上で寝転がっている奏は何をすれば、千春のもくろみ通りになるのかが判らない奏は迂闊な行動はとれず、何かしらの指示を得ていそうな渚に尋ねた。
「そうですね……」
尋ねられた渚はお弁当を丁寧にしまいながら、無意識に声を漏らす。
そこから、しばらくの間は渚の無意識な言葉の答えを待っている奏の沈黙と今、自分が声を上げたことに気付いていない渚のよく判らない、殺伐とした空気が続いた。
「……あ」
寝転がっている奏が渚の方を見ている様子を見て、彼女は初めて自分が彼の発言に対して返答をしたと気付いた。だが、特に思い当たった行き先はない。
「お弁当を作って、見返してやりなさい」――としか、千春に言われていないからだ。
「そー、ですね。次は……」
全く考えても居なかった渚は額に汗を滲ませる。じーっと、見つめている奏は無言のままで理由のない圧迫感が彼女を精神的に追い詰めていた。
そんな時だった。
渚の右隣――――、奏が見えている場所からは見えない死角の場所に一枚の紙切れが静かに投げられた。それを見た渚はすぐに背後を振り向くと木陰の傍で千春が何やら、指示を渚に向けて出している姿だった。
瞬時にそれが次の指示だと判断出来た渚は小さく頷いた。
「ん、向こうに誰かいるのか?」
「い、いいえ。なにも居ませんよ、ただ、あの木の葉が風で揺れていただけです!」
「そんな喰い気味に木の葉が揺れている情景を言ったのは間宮が初めてだ」
少し喰い気味の渚に若干、引き目を向けつつ、奏は素直に納得をした。
千春を含めた数人がバレずに済んだと、ため息をついた渚はシートの上に転がっている紙を奏の死角で広げると、そこに書いてある指示を受け入れた。
そこに書いてある指示は「大型ショッピングモール」とだけ、記されていた。
「そういえば、一条くん」
紙切れに書かれた指示を奏に納得させるのかは、彼女の話術に掛かっている。そんな乙女の奮闘姿など知る由もなく、名前を呼ばれた奏は身体を起こし、渚の方を向いて話を聞く。
「トーナメントの試合に出る人達はチームカラーを一色、身に纏わないといけないと言ったルールがあるので近くの大型ショッピングモールに買いに行きませんか?」
「へー、そんな規則があったのか。全然、知らなかった」
「はい。前にも一度、京子ちゃんと話したんですけど全然、買いに行く時間がなくて」
「そうか。それなら、なにか洋服でも装飾品でも買いに行かないといけないな」
立ち上がって背筋を伸ばした奏はシートの端から、靴を履いて芝の上に降り立った。
「でも、そう何着も買えるお金がないんだけど」
「それなら、大丈夫です。――――こんなこともあろうかと昨日、千春ちゃん達が先生から大会用に使用出来る専用のマネーカード、借りておきましたから」
「それで山瀬達は昨日、職員室に行ったのか」
「はい。私が行くって言ったんですけど、千春ちゃん達も何かしたかったらしいので」
新入生大会トーナメント専用で使用できる、クラスのマネーカード。
これを使用すれば、一円もお金を出すことなく品物を買うことが出来る。ただし、限度額があるお蔭でそんなに多くは購入できない。
そして、あくまでも購入できるのは大会で使用する備品だけである。そして、買った品物は大会終了後に使用した本人が持ちかえることも許可されている。
お金持ちの学校だから出来る、気前のいいシステムであった。
「それじゃあ、駅前に戻って二つ先のショッピングモールにでも足を運んでみるか」
「京子ちゃんと鳶姫くんの装飾品もまとめて買っておきましょう」
「そうだな。あいつらが連絡して自分で買うとは到底思えないからな」
「ふふ、そうですね」
和気藹々と濁り掛かった空気を一触即発するような、周囲から見ても羨ましく思える様子を繰り広げて奏と渚の二人は二駅先の大型ショッピングモールへと向かって行った。
その背後を気付かれないように隠密活動を続ける、千春、飛鳥、陽子は追跡を続けた。
神代市から二駅も離れた比較的、大きなショッピングモール。
「能力者の街」として知られている神代市の人気のなさとは対照的に近隣でも大きな都心にあるお蔭で人は大いににぎわっている。
人気の多い場所にはあまり近寄らない奏と渚でも、ここはよく利用する。――奏の場合では無理矢理、妹に連れられて、渚は京子や千春達にそそ抜かされて、ではあるが。
「それで何を買えばいいんだ?」
駅を降りて徒歩数分のショッピングモールに向かって歩き始める。いつもなら、そそくさと歩いている奏も、今日は渚のペースに合わせて歩幅を狭く、ゆっくりと歩いていた。
そんな、紳士な配慮も知らず、隣で呑気に歩いている渚は少し顔を上げて腕を組みながら、唸り始めた。何を具体的に買えばいいのか、二人共、検討もつかない。
「んー、そうですね。取りあえず、身に付ければ何でもいいらしいので洋服、装飾品などがオススメです。下手に派手な物を買ってしまえば、戦闘にも影響を及ぼすかもしれません」
「そうなると一番手っ取り早いのは服だな」
「服、ですね」
考えに考えながら、ショッピングモールに向かう。
そんな二人の背後を電信柱に隠れながら、静かに尾行する三人。まだ気づかれてはいない。
「トーナメントの日数は確か、五日だったよな」
「はい。初日が開会式、一回戦。二日目が休校。三日目が二回戦、準決勝。四日目が休校。そして、五日目の最終日に決勝戦が行われる予定です」
「戦いのあとに一日丸々休みって言うのは何ともいい話だな」
「あと、表彰式が一週間後の五月三十一日にあります」
「うーん。それだと最低でも三着は欲しいな。E組のチームカラーって紫色だったよな」
「そうですよ」
紫色の洋服を奏は持ってはいない。
もちろん、渚は派手な色彩の洋服は持ち合わせてはいないし、伊御と京子に至っては紫には興味が無いと縦から一刀両断する勢いでチームカラーを拒否していた。
あまり、目立たず。
しかし、チームカラーとしてよく目立った洋服、または装飾品がいい。
そうこうしている内に駅から徒歩数分の大型ショッピングモールに二人は辿り着いた。
土曜日というだけあって人気は多く、流石の量に二人は少しだけ顔を青ざめていた。
「相変わらず、ここの人の多さには慣れないな……」
「そ、そうですね。人の動きとか、見ているだけで酔ってきます」
ただ、こんな所で止まってはいられない。ということで二人は勇気を振り絞って自動ドアを踏み越えてショッピングモール内に入店した。
広々とし、視野に入る人の数でも優に百人は超えていることであろう。
「取りあえず、服から見に行ってみるか」
「そうですね。それじゃあ、四階の洋服店がたくさんある場所に行きましょうか」
彼女の提案に素直に乗った奏は入り口に程なく近い場所にあったエレベーターに乗って渚が言っていた四階の洋服店に向かおうとスイッチを押した。
そして、エレベーターが一階に降りてくる間、今朝から今現在までを振り返って奏と一緒にさながら、デートのようなプランをしていることに渚の興奮は高まっていた。
自分がしたかったことを今日一日で一度に出来たことに嬉しさを覚えながら、入学式で奏と同じクラスになって、委員長になって、色々とあって早一ヶ月半が過ぎた。
――――神代に入学してから、昔の自分とは違う色々な体験が出来て、親しい男子と二人で買い物するなんて、中学の私だったら予想もしてなかっただろうな。最近、幸せすぎて何か不幸なことがありそうな気もするけれど、今日はそんなことに気にせずに一条くんと楽しくお買い物しようかな。
普通の中学校に通っていた数ヶ月前の自分に問いかけるように、渚は今の自分を報告した。大変なこともある。だけど、それ以上に楽しいことの方が多かった。
今も、その幸せの一つ。
そんな、二人だけでの買い物がいつまでも続くと思っていた。
エレベーターに乗って四階のボタンを押した奏と一緒に密室空間で移動する。見つめていることが奏にバレないように少し下がって顔を上げ、彼の横顔を見つめていた。
そんな、純粋乙女ちっくな渚の淡い期待が――――――、四階に着いた途端に砕け散る。
「誰かと思ったら、渚と一条じゃないか。こんな所で二人、どうしたんだ?」
エレベーターが四階を指し示し、扉が開いた直後に聞き覚えのある声が聞こえると渚は目を疑いながら、スクロールをして扉の向こう側に目線を向けた。
そして、表情では淡く微笑み、心の中では酷く彼女に苛立ちを覚えてしまう。
本来ならば、ここにいないはずの渚の親友である、長門京子が四階で待ち構えていた。首を傾げながら、不思議そうに渚と奏の顔を交互に窺う。
「なぎ――――、あっ……」
非常に不愉快そうな表情をする渚を見て、京子がようやく、昨日の放課後に起こったことを思いだした。それと同時に心の中で酷く後悔すると共に、これから先をどう切り返そうか、学の無い頭脳を振り絞ってこの場を切り抜けようと企て始める。
「いやー、そうだった。店長から買いだしを頼まれていた最中だったんだ。さっさとお店に帰らないと」
「あれ? 今日って店、休みじゃなかったか。この前、行った時に二葉さんが言ってたけど」
毒がなく。また、悪気もない、こんな状況下に置いても空気の読めない奏は次第に汗ばんでいく京子の姿を見て、ますます不可解に思う。
取りあえず、エレベーターの中と外では色々と迷惑になることを考慮し、奏と渚は降りると近くにある椅子に二人を誘導させた。
「それにしても、休みの日に偶々、デパート出逢うなんて奇遇だよな」
意気揚々と歩く奏の背後で妙に縮こまった京子と、機嫌の悪い渚が小声で言い争いをする。やり取りは普段とは様子が反対で、縮こまった京子が素直に渚に謝っていた。
むすっ、と頬を膨らませる渚は奏が振り向こうとした直前に素早く表情を戻して機嫌の悪い素振りなど一つも見せないまま、彼と会話をする。
「でも、長門がいてくれて丁度良かった」
「え、それはどういう意味ですか?」
言葉のままだよ、と奏は椅子に腰を降ろしながら、目の前で佇んでいる二人を見上げた。
この時、大よそ――というより、奏の性格からしてこう言って来るんだろうな、と渚の頭に次に言って来るだろう台詞が浮かんでしまっていた。
それは不覚にも、渚が考えてしまった「不幸」な出来事。
「いやさ、服を買うなら女同士の方が色々といいかなって」
彼が言うことも一理ある。
男女同士で洋服店に行くよりも女性同士の方が気楽だし、周囲の視線も気にしなくていい。
依然、半ば強制的に響にランジェリーショップに連れていかれて大恥じをかいた経験のある奏は女性と一緒に洋服店に入ることは極力、避けたい問題であった。
しかし、今回は妹のような馬鹿ではない渚だったので。と安心していたのだが、彼女も男とお店に入るより同性、それも仲のいい友達と一緒の方が気楽だろうと言った奏なりの配慮。
「い、いやー、あたしはちょっと寄っただけだから、もう帰ろうと思っていた所だったし」
それとなく、やんわりと先ほどの雰囲気にしようと発案をする京子だったが奏には届かず、致し方なく走り去ろうと決め込んだ京子は腕を掴まれて思わず、元の場所に引き戻された。
握られた腕を見て、握った手を目で追っていくと、そこにはいつもとは髪型も雰囲気も違う親友の姿。彼女の、渚の表情は先ほどのような怒りに満ちた様子ではない。
既に意気消沈とした、諦めのついている面持ちに変わっていた。
「そうですね、一条くんも私と一緒に女物の洋服店に行けば、周囲の目も気になりますし、ここは素直に提案に乗っかって、私は京子ちゃんと洋服を見に行ってきます」
「悪いな、間宮。俺よりも長門の方が、きっといいセンスしているはずだからさ」
「別に大丈夫です。それじゃあ、私達は洋服を見に行ってきますので一条くんは自分の服を選んで下さい。お会計は私達が戻って来てから、済ませればいいので」
「わかった。それじゃあ、これからは別行動だな」
大きい四階フロアの一番奥にある、婦人服売り場に渚と京子は向かって行った。少々、悪い気もした奏ではあったが渚が素直に従ってくれて助かったと、ほっと胸を撫で下ろす。
「さーて、間宮達と合流するまでどうするかな」
順当に考えれば、奏自身も学園指定の紫色のカラーが入った洋服を購入するために洋服店に行くことであるが迷いのない奏にとって洋服選びはすぐに終えることができる。
「取りあえず、一階にあったお店でカフェオレでも飲みながら考えるか」
偶に飲みたくなるコーヒーの味を思い出しながら、椅子から立ち上った奏はエレベーターの方に向けて距離を縮めていった。
そして、ボタンを押して降りてくるのを待つと意外と早く、エレベーターは降りてきた。
開いた扉から、何気なくエレベーターの中を窺うとその中に一人だけいた女性に奏は言葉を失う。――そして、同様にエレベーター内にいた女性も奏を見て言葉を失った。
「どうして、ここに奏さんが……?」
「それはこっちの台詞なんだけど」
数日振りにA組リーダー、佐藤真桜とE組リーダー、一条奏はデパートの中で再開した。
二人は他に誰もいない密室の空間でエレベーターが移動する音だけが耳元を揺らぐ。何故であろうか、緊張しきっている二人の間に会話は無く、一階に降りるまで無言が続いた。
011
エレベーターの中で奏と真桜が二人きり、静かに四階から一階に降りている頃、渚と京子は同階にある女性専用の洋服店に向かって会話もなく、歩いていた。
少し早歩きをする渚の後ろを、申し訳なさそうな表情で京子が追いかけている。
「なあ、渚。悪かったよ、まさかデパートに来るなんて、あたしも思ってなかったから」
「別に気にしてないよ、京子ちゃん。それよりも、私は一緒に洋服を見てくれるって約束をした一条くんが許せない。これはもう、あれだね。極刑ものだよ」
「そ、そうだな……」
薄ら笑いを続ける京子は渚のいつにない覇気に押されて思うように自分の言葉が出ない。
そう言えば、千春達は何処にいるのか? と問いかけてみると、
「知らない」
と、一掃されてしまった。
しばらくして洋服店の前に着くと取りあえず、手前にある洋服に手を伸ばした。
「どう、京子ちゃん?」
「いいんじゃないのか? あたしは服のセンスとかはよく判らないけど」
曖昧な答えに洋服を戻した渚の隣で別の洋服を手に取った京子が自分の胸元あたりに洋服を当てながら「ふむふむ」と鏡を見て自分に似合っているか、確かめていた。
そのあと、適当に数着を手に取った京子は早々としながら、試着室に向かって行った。
「ちょっと試しに着てみる」
「うん、わかった。私はこの辺りでうろうろしているから」
何気なく入って見たお店だったが取り分け種類が豊富で色のバリエーションも多い。紫色といった稀にしか着ない程度の色彩もここには沢山、揃えられていた。
その色を手に取りながら、良い感じの洋服を吟味していく。そして、店内を大よそ一周して試着室から覗きこんでいる京子の姿に気付いた渚は、リズミカルに近づいて行った。
「なあ、渚。これ、似合ってるか?」
京子の声が近くの試着室から聞こえてくると勢いよくカーテンが開いた。そこには174cmという女性にしては高身長の京子がカジュアルでベーシックな服装を身に纏い、現れる。
あまりに似合いすぎていたのか、渚は思わず口ごもって、手に持っていた洋服を落とす。
「おい、なぎさー? 大丈夫か?」
「ずるいよ、京子ちゃん。何でも似合っちゃうんだから」
「そうか。背が高いのは高いなりに苦労するんだぞ?」
「私もそのくらいあれば、まだ希望は持てるんだけど……」
「ん? 何の話だ」
「ううん、なんでもない。こっちの話だよ」
「そう? ならいいんだけどよ」
そんな会話をしつつ、京子は幾度となく渚の前に試着姿を披露し始めた。
差ながら、ファッションショーの如く、普段はクラスの人と接点を持たない京子だが今日はいつもとは違い、満面の笑みで楽しそうにショッピングを満喫していた。
そんな、はしゃいでいる京子とは裏腹に、彼女のスタイル抜群の試着を次々と見ていた渚が徐々に機嫌が悪くなっていった。
むすっ、とした表情で待つ渚は最後に京子が出て来た所で膝から崩れ落ちた。
「うぅ……、やっぱり、背丈ですか。背が足りないんですか。それともバストですか!」
試着した服装を鏡で見た渚は半狂乱になりながら、思わず叫ぶ。
そもそも、何を悩んでいるのかわからない京子はそんな渚に呆れつつ、渚のいる試着室から少し遠くの服を見に行こう振り返った。
その時、視界の片隅に移った男女に一瞬、目を向けるが気にもせず、洋服漁りを続ける。
「女専門店の店内に男を連れて来るだなんて、彼女かなり鬼畜だな」
災難な彼氏を同情しながら、静かに笑う。
確かに店内にいる人は全員女性。彼氏がここにいるのは相当な苦痛にもなるし、周囲からの視線が鋭い。ジロジロと全員が全員、そこに佇んでいる一人の青年を蔑んでいた。
差ほど興味のない京子は女性専門店にいる青年に見られていることも知らず、服を見る。
しばらく、思い思いに洋服を選んでは見たが、最初に手に取った洋服がお気に召したようで選び終えた京子は店内でまだ、うろうろとしている渚に近づいて行った。
「どうしたの、京子ちゃん?」
「いや、あたしは服を選び終わったから、渚はどうかなーって」
「私はまだ一着しか決まってないよ。あ、お会計は私が借りてきたカードでするから、外で待っててよ。すぐに選んで買っちゃうから」
「別にすぐじゃなくていいから、渚が気に入る物があるまでじっくり吟味すればいいよ」
男よりも男らしい、京子は自分の選んだ洋服を渚が持っていた籠の中に入れて入り口の前にある椅子に座り込んでひと段落を終えた様子でため息をついた。
洋服を選び終わる渚を待ちながら、お店の前にいた京子は日頃の疲れのせいか、気づいたら眠っていた。次に彼女が目を覚ましたのは渚に肩を揺らされた、十五分後。
「遅れてごめんね、京子ちゃん」
すぐに転寝をしたせいか、時間経過が差ほど感じられず、怒るほどの長さではなかった。
それでも渚は何度も謝って来るので、京子は平気とだけ声を上げる。そして、彼女が持っていたお店のロゴの入った袋を見て買い物が終わったのだと改めて理解する。
「いいよ、気にしてないから」
空いている京子の隣を軽く叩いて、渚に座って貰うように合図を出すと彼女は素直に横へとしゃがんで洋服の入った袋を膝上に置くと、京子の方を向いた。
これからどうしようかと色々と話し合う。
「取りあえず、最初に一条くんと合流してから考えようよ。まだ、服選びが終わっているか判らないし。あ、でも一条くん何処にいるのか判らないな……」
「携帯で連絡すればいいんじゃないのか?」
「朝、バタバタしていたから家に携帯置いてきちゃったの」
「あー、それは残念だな。あたしは一条の携帯番号は知らないし」
そうでしたね、と渚は少し思考を凝らしながら、どうしようか考え始める。デパート内には絶対にいるので探し回れば見つかる。しかし、休日の人気が多いデパート内を探しても奏を見つけるのは骨が折れる。ならば、どうするべきかと腕を組みながら、思い更けている。
そんな、頭をフル回転している渚の横で一人、京子は精気が抜けたように静かにしていた。
そして、そんな二人の目の前に照明で丁度よく光が射し込み、彼女達の前に人影が出来る。顔を上げた渚と京子の前には先ほどまで女性専門店にいた若い青年が佇んでいる。
警戒をする京子を余所にその青年は、ニコリと爽やか笑顔を見せると口を開いた。
「一条奏くんのこと、僕らにも詳しく教えてくれないかな?」
毅然と現れた青年の姿を視野に捉えた途端、京子は渚の前に立ち、青年から護るように己を盾とした。そんな行動に臆することもないままに青年は爽やかな笑顔を振りまいた。
彼の前に立って顔を正面から見た京子は先ほど、女性専門店の洋服店にいた男だと気付く。それが何の引き金になったのかは不明だが、渚と喋っていた時とは打って変わった目付きで青年を見下ろすと低い声であからさまに不機嫌そうな様子で返答をする。
「あ? 誰だ、アンタ」
「そう言えば自己紹介がまだだったね。間宮渚さんに長門京子さん」
見知らぬ青年に名前を呼ばれて二人は小さく眉を上げた。
警戒を怠らず、張りつめた空気が青年と京子との間に発生している最中、笑顔を絶やさない彼の背後に一人の女性が駆け寄って来た。
徐々に大きくなっていく風貌に女性としては背の高い京子も思わず、圧倒されてしまう。
「めぐる、勝手に先にいかないで。真桜達に怒られる」
そこには京子を遥かに凌駕するほど背の高い女性が青年の背後で不機嫌な表情をしながら、やって来た。それを見て軽く誤った青年は近づいて来た少女に説明を始める。
呆然と立ち尽くすだけの京子達はしばらく、思考は停止していた。
「なるほど。この人達が真桜のお気に入りである一条奏とチームを組んでいる人」
「そうなんだよ。だから、少しでも情報が知りたくてね。ほら、真桜の奴、僕達に彼のこと一切、教えてくれないだろ? 僕は僕なりに調べてみようかなって」
完全に忘れられている京子と渚は二人の会話を聞いて大体の事情を把握する。
彼と彼女はA組筆頭の佐藤真桜と同じクラスにしてチームを組んでいる人である。そして、少なからず自分達の情報を握っていて一条奏のことを知りたがっているという所まで渚には思い浮かんでいた。ただ、京子には皆目見当すら付いていない。
「話が見えないんだが、アンタ達は佐藤真桜と同じチームの奴らって認識でいいのか?」
「まあ、そんな所。アナタ、名前は?」
「あたしは長門京子だ。そっちこそ、名前くらい教えてもいいんじゃねぇのか?」
「小町の名前は、宮村小町」
「はっ。図体がデカいのに、こま――――」
安請け合いの文句を言った途中で京子の隣にあったゴミ箱が縦から真っ二つに切断された。あまりにも何が起こっているのかわからない京子は途中で口を閉ざし、小町の方を向く。
目が完全に臨戦モードになっている小町を宥めながら、青年が口を開いた。
「ごめんね、小町は自分の背のことと名前を関連付けられると怒っちゃうんだよ。今回は僕がいたから良かったけど本気で怒った小町は誰に止められないからね」
冗談めいた笑い声を付け加えて青年は京子と小町の間に割りこんだ。
そして、同時に京子はゴミ箱が真っ二つに切断されたことが小町の能力だと知る。
「えーっと、じゃあ、あとは僕の名前か。僕の名前は伊波めぐる。女っぽい名前だけど一応、男だから。ああ、付け加えて言うと僕は別に女っぽい名前とか言われても怒らないから」
「それだとまるで小町が怒りっぽい人みたいに思われるから止めて」
青年――伊波めぐるは爽やかに告げると暴走気味の小町の背中を押し始める。
「じゃあ、僕らはまだ用があるから。ここで失礼するよ」
「長門京子。小町、覚えた」
まるで嵐のように登場した宮村小町と伊波めぐるは、嵐のように去って行った。
あまりにも急展開過ぎて、息をはいた渚は静かに椅子に座りこんだ。
「なんなんだろうね、あの二人」
「宮村小町か。あたしだって覚えたぞ、この借りは二百倍返しにしてやるからな」
「……京子ちゃんの発言が不良の発言にしか聞こえないんだけど」
一息ついてから奏達に会いに行こう。
二人は言葉を交わさずとも同じような意思を持ちながら、天井に向かってため息をついた。
012
渚、京子ペアが伊波めぐる、宮村小町とエンカウントをし、敵対意識を持ち始めた頃。
エレベーター内で偶然、エンカウントした奏と真桜にひと悶着があった丁度、その頃。
偶々、暇を持て余していた鳶姫伊御と真桜に同行し、デパートに来ていた「七色家」同士が偶然すぎる、エンカウントを果たしていた。
ただ、他愛もない談笑と敵意ある戦意とは違い、この二人は至極、静かな闘いである。
アイスクリームを片手に、何処からどう見ても小学生高学年程度にしか見えない赤城千歳が携帯片手に電話をしながら、偶々、そこを通り過ぎた鳶姫伊御に喰ってかかろうとする。
「おーおー、誰かと思ったら鳶姫の異端ではないか」
甲高い声で婆口調の千歳は最初から、牙を剥きだして喰ってかかった。
しかし、電話をしている最中だった伊御は一瞬、横目で千歳を捉えると一旦は通り過ぎる。そんな彼の後ろ姿を見ながら、アイスクリームを軽く舐めた千歳が高々と笑った。
何故、この場面で笑ったのかは本人以外に知る由は無い。
そして、立ち去ろうとする伊御の後ろ姿を見つつ、皮肉を口にした。
「上位家の妾に言葉一つ掛けず、無視をするなど鳶姫の異端も豪くなったものじゃな」
それを聞き、伊御の身体が止まる。踵を翻し、電話を閉じると普段とは違う、冷めた表情で赤城千歳を見下ろした。
アイスを舐めながら、自信満々に伊御を睨み付ける千歳に一言、彼は言葉を返す。
「大昔のしがらみにいつまでも憑り付かれている、婆くさいお前よりはマシだろ?」
「……ふん。別にこれは妾が好きで行っていることじゃ、赤城は関係ない」
「そんなことを言っても、俺には何の意味もないけれどな」
初っ端から全開の戦闘意識で互いの瞳の間には雷が揺らぐ。
七式家の「赤」と「鳶」。
最古にして最強の遺伝子とも解釈できる七式家の人間は仲が良いとは限らない。
例え、古く昔に共同し、共闘したとしても歴史が進むごとにその関係性は薄れていく。年に一度の七式全家の会議ですら、参加しない家があるくらいだ。
特に「蒼咲」「鳶姫」「紫原」の御三家は互いを嫌い合って、関わることを拒絶している。だが、しかしあくまでそれは一家の当主がそうであって、子どもの仲はいいこともある。
しかし、それを踏まえたとしてもA組の七式家とE組の七式家。
区別され、差別されるのは一目瞭然だった。
それが例え、どちらが上だろうとも。
「それで一体、何の用だ?」
「何のようもあるまい。偶々、主が見えたから挨拶しに来ただけじゃ。特に他意はない」
「そうか。なら、俺はもう行く。待たせている奴がいるからな」
「ほー、それは一条奏のことか?」
言葉を返さない伊御に的中させたと、千歳は小さく笑った。
ただ、そんな千歳の満足げな笑みを裏切るかのように伊御は鼻で笑い、否定をする。
「それじゃあ、はぐれ者のお前さんが一体、誰と会うというのじゃ?」
「お前に言ってもきっと知らない。同じ七色家でありながら、あの人の存在は俺以上に隠蔽されている。どんなに頑張っても、お前達は足元にも及ばない」
「……何を訳の分からんことを言っている? 結局、お前さんが今から会うのは妾達と同じ七色家の人、と言う解釈でいいのじゃな?」
見おろし、見上げる二人に突如、沈黙が訪れた。
肯定も、否定も、同意も、賛成も、返答すらしない伊御の目付きは今までに見たことない、冷めた色を浮かばせていた。
まるでこの世の終わりを案じているかのように。全てを見透かしているかのように。
最後まで千歳の言葉にリアクションを取らなかった伊御はそのまま、千歳の横を通り過ぎて人混みの中へと紛れ込んで行った。
数十秒もしない内に千歳の視界から、金髪を濁した鳶色の髪をした伊御は消えていた。
「……妾達が知らぬ人物、と言うことは嘗て七色家によって滅ぼされたあの一族のことか? それとも、お前さん同様に存在自体を隠蔽されている未知なる色をその身に宿した怪物か。いずれにしても、用心に越したことはないのう。――――今回の新入生対抗トーナメント、恐らくタダでは終わらんじゃろうな」
瞳の奥に蔓延る、千歳の中にある赤城と言う血筋が騒ぎ出していた。
それがどういった経緯なのかは千歳自身、皆目見当もつかない。
ただ、言えることは鳶姫伊御が最後に見せていた表情。
それは赤城千歳の唯一の兄妹が別れ際に見せた、少し淋しげな表情によく似ていた。




