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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第二章:新入生対抗トーナメント篇
24/70

第四話「山瀬千春の策略」




 006



 いよいよ待ちに待った、待望の「新入生対抗トーナメント」を明々後日に控えた、金曜日。本日は運営、生徒会、その他の人達が作業を行うということで関係者ではない人は午前中で帰宅することとなった。


 一昨日、水曜日に白目を剥いて完全に皆から笑われてしまった奏は次の日の木曜日に両頬がパンパンに腫れてしまい、マスクをして登校をする羽目になってしまった。

 京子の申し訳程度の謝罪と、教室に入った時の伊御と千春の大爆笑は今でも瞼に蘇る。

 そんな余韻を残しつつも金曜日で明日は休日ということもあって、更に午前で学校が終了ということで特に学校が好きではないE組のメンバーは大いにはしゃいでいた。

 テンションが高ぶって、あっという間に人気はなくなってしまう。教室に残っている人達は月曜日から行われる大会に出場、もしくはサポートをする面々だけである。


「さて、いよいよ明後日に差し迫って来たわけなんだが……」

「そう言えば、私達って結局、何もしていませんよね? 特訓とか」

「まあ、選ばれた人達の個人能力が高いからいいんじゃないのかな、そのあたりは」

「あたしも一昨日、一条と思い切りやって昨日は筋肉痛だったからな。まだ、肩が痛い」


 主要メンバーが奏と伊御の机の近くに座り込んで四人で雑談めいたものを始めた。

 少ししたあとに、そんな四人の輪の中に別件で職員室に行っていた三人が不満そうな表情で帰って来た。むすっ、としている千春と飛鳥を余所に最後に入って来た陽子が扉を閉める。

 話し掛けようとするも、ピリピリとした空気が千春の周囲を散らしているので不用意に声を掛けようものなら、理不尽な睨み付けに合ってしまう。

 渚がまず始めにこの餌食となった。


「どうしたんだ、山瀬の奴? 機嫌、悪いな」

「千春ちゃんが睨んで来たよ、京子ちゃん」

「さっきまで、お休みだーって、はしゃいでいたんだけどな。機嫌の駄々下がりが凄いな」


 呆れる京子を余所に不機嫌なまま、近づいて来た千春がため息をついて、渚の背後の机へと腰を降ろす。陽子はその隣に座って、飛鳥は伊御の横に無言のまま、座った。

 わいわい、としていた教室は三人の登場で一気に静まりかえると無言で頷きながら、目線で会話をする。奏と伊御が首を傾げ、京子と渚が聞いてみようか。と彼女に指を向ける。


「千春ちゃん、どうしたの? さっきまであれだけ、はしゃいでいたのに」

「どうもこうも無いわよ。全く、腹に立つ言い方をしてくるわね。あいつ達は!」

「誰だ、あいつ達って?」

「さー?」


 既に怒りが態度に現れてしまっている千春にとって奏達の疑問など、どうでもいいくらいに暴れている。むしろ、隣にいる陽子がそんな彼女を見て、そわそわとし始める始末だった。

 怒りで狂い果てている千春に聞いても無駄だと早々に判断したので次に飛鳥に聞いてみる。丁度、隣に座っていた伊御が相手の気分などお構いなしにハイテンションで肩を叩く。


「どうしたんだよ、斑目」

「ああ、流石に予想はしていたけどここまで予想通りだと普通以上に腹が立つんだ……」

「だから、何に対して怒っているんだよ。お前達は!」


 結局、怒りが治まらない飛鳥に問いかけても無駄であった。

 怒りの矛先も分からぬまま、全員が首を傾げていると唯一、正常運転をしている陽子が前に座っている京子の肩を優しく触った。


「なんだ。まだ、陽子がいたじゃねぇか」

「陽子ちゃん。あの二人、一体どうして怒っているの?」

「それは、ですね……」


 取りあえず、簡単に陽子が説明をしてくれた。

 その話を聞いた四人は、聞き終わったあと呆れた顔つきを浮かべながら、机に頬杖をつく。


「まあ、それは仕方ないんじゃないだろ」

「俺達って結局はE組だからね」

「だからって教員が言う台詞じゃないでしょ。それも聞こえるように言いやがるんだから、あんのハゲめ。今度、見かけたらヅラ外してやる」

「駄目ですよ、千春さん。それじゃあ、本末転倒です」

「じゃあ、この行き場の無い怒りをどうすればいいのよ! むきー」


 髪をぐしゃぐしゃ、とさせて今さらな感情を爆発させる千春。そんな彼女を余所に奏は首を横に振って渚と京子は面倒な彼女に呆れつつ、慰めを掛けだした。

 教員がE組を貶すことは、別に可笑しくはない。――むしろ、普通の範囲内である。


「そんな誹謗中傷をいちいち真に受けているようなら、気がもたないぞ。山瀬」

「でも、これからこんなことがあるなんて思うと色々と持たない気がするわ」

「別に言わせたい奴には言わせておけばいいんだよ」

「え? それってどういう意味かしら」

「俺達はもうすぐ馬鹿にされなくなる。――――この新入生対抗トーナメントで優勝すれば誰しも優秀な人間がA組にいるわけじゃないってことを知らしめることが出来るからな」


 演説をするように奏は机を叩いて、今まで行ってきた様々なことを思い返した。

 メンバーを集めるためにメイド服を着用して、あらぬ誤解をされたこともあった。理不尽な戦いで惨敗をして顔が腫れるほど強く殴られた。

 今、思えば、散々でしかない。

 だが、これは全て新入生対抗トーナメントで「優勝」するために必要不可欠の布石であると考えれば、そんな苦悩も今ではいい思い出、なのかもしれない。


 そんな、奏の正論を聞いて先ほどまで殺気立っていた千春の行動が次第に小さくなった。

 うんうん、と彼の言葉を賛同するように数回頷いた千春は、怒っていたことが馬鹿らしいと思うと髪を整え直して心を落ち着かせた。


「そうね、一条くんの言う通りだわ」

「だろ? だから、そのためにも俺達に必要なことを今から考えようとしていたんだ」

「そうだったのね。悪かったわ、些細なことで怒り狂ってしまって」


 素直に謝る千春を優しく許して上げた奏は早速、作戦会議を開始する。聞かれても恐らくは影響のないことを中心的に語って、あとは頭の中にあることを纏めて教えると告げた。


 そこから、大よそ三十分から一時間くらいの作戦会議を終えた。


「あー、まだ若干イライラするね」

「まだ、言っているんですか? 千春さん」

「もう怒ってはいないわ。だけど、イライラは治まってないのよ。このままだとストレスで手当たり次第、物を壊したくなるわ」

「それは何とも能力とは正反対なストレス解消法ですね」


 額に指を押し付けながら、どうにかストレスを解消出来ないか、と必死に纏めている千春。鞄を持って今にも帰ろうとする奏は伊御と昼食をどこに食べに行くか相談をしていた。


「このままだと埒が明かないわね」


 机に何度も指を当てて、トントンとさせながら考えを絞り出す。

 千春の能力は、とても精密性と集中力を要する力であるが故にこう言った少しのストレスが反映して、上手に能力が発動しないことが過去の事例として多々あった。

 だから出来れば、月曜日までには解消をしたいと考えに考え抜いて、立ち上がる。


「やっぱり、ストレス解消になるのはショッピングね。陽子、明日は暇?」

「暇ですよ」

「渚と京子は?」

「私も暇ですよ。明日は一日、家に居ようかなって思っていました」

「あたしは午後から、バイトがあるけど午前なら」

「なら、午前だけでいいわ。それじゃあ、女四人でショッピングに行きましょう」


 両手を掲げて、何やらテンションの高い千春を教室の入り口付近で見つめる奏達。そして、二人の傍にいた飛鳥に奏は伊御と今、喋っていた案件を伝えた。


「斑目、これから暇?」

「いや、悪い。午後は部活があるから、僕は残らないといけないんだ」

「へー、こんな時でも部活はあるんだな」

「こんな時だからこそだね。ほら、他の部活がいないから、グラウンド使い放題だし」

「なるほどな」


 部活の鞄を背負って颯爽とE組の教室をあとにした飛鳥。その背中が見えなくなるまで奏は廊下から、顔を出して見ていると少し疑問を感じてしまった。

 偶々、近くにいた伊御に取りあえず、聞いてみる。


「なあ、伊御」

「どうした、奏?」

「斑目ってサッカー部だったよな?」

「ああ、サッカー部。それも中等部では部長でエースだったらしいぞ」

「E組なのによくやっていけるよな、普通だったら俺達みたいなのは卑下されるだろ?」


 それを聞き、伊御は少し表情を変える。いち早くそれに気づいた奏は何かを察しると廊下の窓から映るグラウンド、その奥に広がる広大な土地を境界線まで見つめた。


「あいつ、中等部に色々と合ったからな」

「そう、なのか……」

「でも、あいつを卑下していた奴らは高等部には進学しなかったみたいだし、それにさ」


 窓から見える景色を見ていた奏が、言葉の止まる伊御の台詞を聞いて首を教室に向けた。


「スポーツに優劣(クラス)なんて関係ないんじゃねーの?」


 まさしくその通りである。

 そんな、珍しく格好いい言葉を言った伊御に、自分が馬鹿らしいことを考えていたと思い、すぐさま、「そうだな」と返答をした。

 クラスメイトの飛鳥のことでしばらく、時間をロスしてしまい、時刻は既に下校から二時間経過をしていた。幸いにもE組は校舎の一番奥なので見回りに来る先生は少ない。

 早々に立ち去ろうと奏と伊御が昼食の話をしていると背後から、声を掛けられる。


「い、一条くん!」


 振り返るとそこには何故か、顔を真っ赤にしている渚と。

 にやにや、としている千春、京子。そして、無表情で見つめてくる陽子の姿だった。


「どうした、間宮?」


 もじもじ、としていて動揺が隠れていない。

 鼓動が激しく高鳴って渚は今にも気絶しそうなくらい、緊張をしていた。

 そして、掻き消えそうなほど小さな声で渚が精一杯の意気込みで告げる。


「……ん? 悪い、声が小さくて聞こえなかった。もう一度、言って欲しい」

「で、ですから!」


 一度では終わらず、二度目のお誘いに先ほどよりも緊張感は増している。そして、少しだけ顔を上げた渚が、まるで恋する乙女のような仕草と表情で再度、奏に向けて告げた。


「あ、明日。わ、わたしとお買い物に行きません、か?」


 羞恥と、疑問と、欲望と、微量の面白さが渦を巻き、残す日数はあと二日。



 007



 翌日の土曜日。

 午前十一時三十二分。

 神代駅前。


「それにしても……、なんでこんなことしなくちゃならんのだよ」


 学校に行く際には身に付けない腕時計を見ながら、秒単位で動いている短針を見つめた奏は前日に指示が合った駅前の有名な待ち合わせ場所で待機をしていた。

 待ち合わせ時刻はまだ訪れてはいないが既に三十分以上、奏はここで待ち人を待っていた。


 思い返せば、あれはクラスメイト「山瀬千春」の策略だった。

 それに気づけなかった――――、と言うよりも気付いたとしても断ることは出来なかった。顔を赤くし、恥ずかしそうに誘ってくれた彼女の意思を蔑ろにするわけにはいかない。

 例えそれが、千春の計画通りのプランだとしても。


 ――――「あ、明日。わ、わたしとお買い物に行きません、か?」。


 今にも失神しそうなくらい、感情が高ぶりすぎている渚の顔を思い出して頭を抱える。

 彼女もまた、山瀬千春の策略に溺れた一人の被害者であることは間違いないだろう。


「月曜日、会ったら憶えていろよ。山瀬」


 拳を握りしめながら、憎たらしく千春のことを思いだしていると荒々しく息を切らしながら周囲を見て誰かを探している一人の女性が駅前の人混みの中にやって来た。

 千春の適当な言い分に丸め包まれてしまった奏は再三、怒りを催すがそれは治まらない。

 そんなイライラとしていて、周囲からの目が危なくなってきた奏の前に女性が足を止めた。下を俯いて小さな声で文句を呟いていた彼は一瞬、口を閉じるとそのまま、顔を見上げた。


「お、お待たせしました。すいません、遅れてしまって」

「…………もしかして、間宮か?」

「え? はい、間宮渚ですけど」


 普段から、姉や妹達を見て来て女性の代わりようには慣れているつもりだった。

 しかし、目の前にいる渚を見て奏は言葉が出ないほど驚いていた。

 学校に来ている、後ろ髪を両側で縛って眼鏡をかけていて制服も規則通りに着用をしている誰が見ても委員長と言わざるを得ない、そんな間宮渚は今ここにはいない。

 何度も目を擦って、何度も渚の顔を窺った。


「どうしたんですか、一条くん?」


 あからさまに驚く渚は可愛らしく小首を傾げた。

 今の間宮渚は普通の間宮渚ではない。

 いつもは縛っている髪型を開放し、長い艶やかな髪にウェーブをかけた今時の女子高校生。服装も前に見た時とは違い、薄いピンク色のスカートに春を意識した爽やかなスタイル。

 そして、一番、最初に奏が驚いたのはいつもつけている眼鏡をかけていない所。

 彼女が眼鏡をしている理由は能力の力を抑えるものだと、前に行っていた気がする。


 こう言っては悪い気もするが地味目の渚の姿は何処にもなかった。

 今の彼女は何処を歩いていても注目を集める、可憐な美少女に変貌を遂げていた。


「いや、間宮が眼鏡をかけてないから、一瞬わからなかっただけだよ」

「そうですか?」

「それに眼鏡って自分の能力を抑えるために掛けてたんじゃないのかよ、大丈夫なのか?」

「その辺は大丈夫です。千春ちゃんの能力で一時的に視界の良好を抑えているので今の私は能力の影響を受けずして、裸眼で一条くんを見ることが出来ているんです」

「……あいつの能力にそんな効力があるなんて。全く、末恐ろしい奴だ」


 千春のどうでもいい能力の効果を聞きながら、改めて奏は渚の全身を下から上へと窺った。絶対に渚が持っていないような、ふわふわとした洋服なので恐らく能登に借りたのだろう、と勝手な予想をしながら奏は周囲を見渡した。


「それで俺達はこれから、何をすればいいんだ?」

「えっ……、とですね」


 小さめの鞄を握りしめながら、恥ずかしそうに俯きだす渚を見て奏はどうしていいものか、判断を迷う。なんせ、奏はどうして渚に誘われた理由を知らないからだ。

 原因が千春だということは見て取れるが、目的は何なのか皆目見当はつかない。


「まあ、いいか。取りあえず、駅前から離れよう。人が多くて嫌になる」

「それは同感です。それじゃあ、人の少ない場所ですか。公園とかはどうでしょう?」

「そう言えば、この近くにあったな」

「はい。そこに行って次はどうするのか、考えることにしましょうか」

「そうだな」


 可憐で高潔そうな渚は目の前に佇む、奏を見て優しく微笑んだ。

 いつもとは違う、渚のギャップと言うものにどう反応していいのか曖昧な奏は少し赤くなる頬を触ると人混みの多い駅前から、近場にある公園に足を延ばした。



 008



 同刻。

 駅前周辺。


「……ていうか、わざわざ僕まで来る必要は無かったんじゃないのか?」

「いいから! 今日は部活も休みで暇を持てあまりしていたのでしょう? 別にいいじゃない」

「別に部活が休みだからって一日中引き籠っているわけじゃないんだけど」

「飛鳥さん。これ以上は無駄ですよ、アナタも知っているでしょう。千春さんの性格」

「……ああ、中等部から今日までに至る四年間。同じクラスだったからね」

「それにしても……」


 駅前の目立つ場所に一条奏が立っていた。

 いつもの制服にパーカーとは違って、今日は爽やかなスタイルで渚を待っていた。

 学校では掛けていない眼鏡をしている所を見ると黒縁のあれは伊達眼鏡だろうと推測する。木陰に潜み、渚がやってくるのを隠れながら待っていた。


「一体、何をするために一条様と渚さんを?」

「もちろん、私のストレス解消。もとい、二人のたどたどしい所を遠くから眺めるだけよ」

「千春さん。もしかして、渚さんに嘘つきましたか?」

「私は嘘をついてないわ。私の能力はちょっとした精神の歪みによって変化してしまうの、だからそれらを解消するためには発散しないといけない。私のストレス解消は初心な二人を見て、にやにやと笑うこと」

「今、顔が見えてないけど千春。今、お前は相当げすい顔をしている」


 呆れる飛鳥に、ため息をついた陽子。

 そんな二人を余所に、キラキラとした目をする千春は駅前に渚がやって来たことを告げる。


「あ、ようやく渚が来たわよ!」


 千春が指を指した方向に飛鳥が目を向けた。

 しかし、そこには飛鳥の知っている「地味眼鏡委員長」の姿は無い。


「どこにいるんだ?」

「あそこにいるじゃない。ほら、あのピンクのスカート履いてる女の子よ」

「ん……、ん?」


 目を疑った。――疑うしか、自分を納得することが出来なかったからだ。


 千春が指を向け、指定の洋服を着ている人物は一人しかいなかった。

 そこにいたのは眼鏡を掛けてはおらず、後ろ髪で結んでいる髪は綺麗なウェーブをしていて地味な眼鏡とは縁も所縁もない、可憐で妖艶な美少女だったからだ。

 思わず、飛鳥は開いた口が塞がらず、千春にビンタされるまで固まっていた。


「あれが間宮さんか。いや、変わりように驚いたよ。もちろん、お前らがやったんだよな」

「当たり前でしょ? 私と京子で洋服と眼鏡を外させて、少し度の合っていないコンタクトを付けさせて」

「洋服は私の服をお貸ししてあげました」


 まさしく、間宮渚改造計画に加担した人の内、二人がこの場にいる。


「まあ、渚は元の素材がいいから、委員長みたいな髪型を直して眼鏡を外しただけよ」

「渚さんは小さくてかわいいですからね」

「いや、陽子。お前も対して変わらないと思うけど」

「ん? 何か言いましたか、飛鳥さん」

「……なんでもないです、すいません」


 陽子の惜しまない屈託の笑顔が妙に邪気を放っていた影響で飛鳥は言った言葉を撤回する。中等部から同じクラスの彼は奏達の知らない、陽子の内面を知っていた。

 だから、その笑顔を見ると妙にお腹が痛くなるのは過去の出来事が影響になっている。

 そんな下らない論争を繰り広げていると奏と渚は駅前の待ち合わせから、どこかに向かう。


「ほら、二人共。一条くん達が動いたわよ」

「それじゃあ、行きましょうか。飛鳥さん」

「……女って怖い」


 周囲の目も気にせずに中腰のまま、二人にはバレないように千春、陽子、飛鳥は後を追う。

 それが結果的にどうなるのか、今、それを知っている人は誰もいない。



 009



 駅前から少し歩いた所にある、比較的大きめの公園に奏と渚はやって来た。

 草木が押し茂って、木々が上手い具合に燦々と振りまく太陽の陽射しを掻き消してくれる。

 休日の公園にはあまり人はおらず、ほとんど貸切りのような状態だった。


「ここに座りましょう」


 そう言って少し先を歩いていた渚が広々とした芝生の真ん中で立ち止まった。そして、渚は持ってきた鞄の中からカラフルなシートを取り出すと芝生の上に広げ、そこに座り込む。

 いつも、眼鏡を掛けている癖からなのか、眉間の間に指を伸ばすと眼鏡が無いことに気づき赤面する。恥ずかしくて顔を逸らした渚のすぐ横に遅れた奏は靴を脱いで座った。


「それで俺は一体、お前と何をすればいいんだ?」

「そ、それはですね……」


 奏は千春が計画を立てたことは大よそわかっていても、意味は分かっていない。知っているのは計画を告げられた渚しかいない。

 恥ずかしがる渚を余所に奏の表情は疑心暗鬼になる。


 ――――取りあえず、私達は遠くから見ているから、イチャイチャすればいいのよ!


 今朝、化粧をして、髪型を変えてくれた千春から、耳にタコができるくらい言われた言葉を思い返す。そして、また顔を赤くした。

 イチャイチャする。というのは何故か大前提で、しかもそれを今も何処かで見ているんだと思うだけで胸の鼓動が鳴り止まなかった。


 千春の能力は感情の上下によって酷く影響をしてくることは前々から効かされていたこと。

 自分には数少ない、誰かの役に立つことだと昨日、自ら名乗りを上げた渚であったが流石に知り合ったばかりの男性と一日一緒にいることなんて彼女のメンタルでは出来なかった。

 これなら、元気よく高々と立候補をした陽子に任せれば良かったと。今さら後悔をする。


 そんなことを思いながら、頭をぐわんぐわんと、させていると黙っていた奏が口を開いた。


「大丈夫か、間宮。顔も赤いし、熱でもあるんじゃないのか?」

「だ、だ、だ、大丈夫です。全然、平気ですから!」

「なら、いいんだけど」


 ボサボサになってしまった髪を整えながら、どうにか頭を整理させる。

 つまり、どこかで千春達が見ていてそれを踏まえた上でイチャイチャするようなことを渚はしなければならないというわけになる。彼女には不可能だった。

 色々な重荷を背負いながら、取りあえず、渚は持ってきた鞄の中から弁当箱を広げた。


「待ち合わせが昼だったので作って来たんですけど、一条くん。お昼食べましたか?」

「いや、丁度お腹が減っていた所だったから嬉しいよ」

「それなら良かったです。作って来た甲斐がありますよ」


 そう言いながら、渚は弁当箱をシートの上に置いて、ふたを開けた。

 渚が作って来たのは所謂、オーソドックスなお弁当の食べ物ばかりだった。蛸の形を彩ったウィンナー、卵焼き、そして、おにぎりなど目に余るほど非常に嬉しい物だらけであった。


「食べてもいいか?」

「はい。どうぞ、どうぞ」


 差ながら、殿様に献上品を送る町娘のような様子で、渚は最初の一口を奏に食べて貰おうと箸を渡した。そして、箸を受け取った奏は最初に卵焼きに向かって箸を向けた。

 味はどうかと、緊張をする渚を尻目に奏は上手な箸使いで卵焼きを掴むと口の中に含んだ。背後にある噴水の音が渚の耳には非常に長く聞こえる。

 緊張し、口が渇いた渚は無反応で噛みしめている奏のリアクションを待っていた。


「ん、美味しい」

「そうですか、美味しかったですか。それなら、良かったです」


 卵焼きを食べて、奏は驚いた様子で渚の方を向いた。

 入学当初は一人暮らしに慣れず、料理は出来ないと豪語していた渚の話からは想像つかないほど非常に美味しい卵焼きだった。

 そして、奏はそのままの勢いで次々と弁当にある物を口に運んで行くと、ほっと一安心した渚は遅れて箸を手に取ると奏と一緒に昼食を始めた。

 楽しく談笑を続けながら、奏と渚の昼食会は進んでいった。


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