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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第二章:新入生対抗トーナメント篇
23/70

第三話「vs.長門京子」



 004



 五月十五日、水曜日。

 放課後。

 第一訓練場。


「本当にいいんだな、長門?」


 真正面で柔軟体操をしている長門京子に向かって奏は徐に口を開いた。ストレッチを終えた京子はその場で垂直跳びをしながら、身体をほぐしていく。

 広々としたステージの両端に若い男女が立っていた。

 そして不敵な笑みを浮かべながら、


「ああ、あたしはお前の実力を知りたい。だから、全力で来いっ!!」


 女性らしからぬ、拳からバキバキと音を鳴らしながら戦闘準備が整ったようだ。

 依然、大した乗り気ではない奏は静かに深呼吸をすると客席で傍観しているクラスメイトを横目に見てゆっくりと肩を降ろした。

 今にもぶつかりそうな二人の覇気に客席の全員が静かに開始を待っていた。


「それにしても、俺がいない所で随分と面白いことになってるじゃん」

「鳶姫くんが昨日、一昨日と休んでいる間に来週に向けて、段取りを組んでいたんですよ」

「それにしても二日も休むなんて、まさかずる休みじゃないでしょうね?」

「確かに風邪とかではなかったけど、個人的に必要だった野望用だよ。ずるはしてない」


 クラスメイトの伊御、渚、千春、陽子の四人が千人規模の観客席の一点に集まって座った。

 息をのみ、始まりを今かと待ってはいるが始まる気配は微塵も感じられなかった。仕切りに観客席側を見ている京子に奏は疑問を感じた。


「どうしたんだ、長門?」

「いや、立会人の先生がまだ来ないんだ……」

「立会人?」

「ああ、生徒同士の「能力対決」には必ず先生の立ちあいが必要なんだよ」


 奏の知らない知識を自信満々に京子は胸を張りながら誇らしげに告げた。しばらくすると、第一訓練場の観客席――伊御と渚達のいる、ギャラリーから人影が姿を見せた。


「なんで、私がこんなことをしなきゃいけないんだ……」


 面倒そうに欠伸をしながら、彼らの担任――山下志寿子は渚の隣に座りこむ。

 そして中央にいる奏と京子に向かって手を振りながら声を張る。


「よーし、お前ら。やるからには全力でやれよ」


 あまりにも適当な回答で思わず、ひな壇から転がり落ちる芸人のようになった四人は調子のつかめない担任に呆れながらも、来てくれたことに御礼を告げた。

 女性らしからぬ座り方で客席に着いた志寿子は大きな声を上げて説明を促した。


「ルールは片方が気絶するか、負けたと宣言するまでだ。勝利報酬は後でもいいだろう」


 志寿子の声を聞き、言葉には出さずとも二人は首を頷けて了承をした。

 互いに真正面へと移動を終えると、何故か二人は嗤い始めた。そして、会場が静まり返る。息を吐いた京子がゆっくりと腰を下げて、拳を握りしめると構えを取った。いつでも全力で踏み切れるような特徴のあるポージングで迎え撃とうとする。

 対する奏は「剛」と身体が表現をなす、京子と対照的に「静」と言わんばかりの構え。――と言うより、会話していた時と何ら変わりない、普通に佇んでいるだけである。


 会場にいる六人全員が息をのみ、静かに二人が動き始めるのを待った。そして、最初に大地を蹴り上げ敵に向かって振り切ったのは――――、



暴風振動(バイオレンスインパクト)っ!!!」



 京子の一撃は空気中に舞っている粒子を破壊する勢いで奏に向かって直線で撃ち放たれた。彼女の力を一度、見たことがある奏は一瞬にして間合いを詰められたことに驚きを見せた。

 そして、自らの足を二歩引いて、伸ばされた長い腕に沿い、空気の振動を含めて彼女の拳をギリギリの紙一重で回避した。

 避けたのち、空気振動で軽く態勢が縺れる。


「……っ!」


 京子の能力、暴風振動(バイオレンスインパクト)は力を加えた物に対して“+α”の力を衝撃として倍加させてくる。

 今の突発的な行動で京子の踏み切ったコンクリートのステージは少し窪みが発生していた。これは彼女の力によって地面に掛かる負荷が倍加し、代わりに地面から足へと伝わる衝撃が倍加し、いつもより数倍速く駆け抜けることが可能となっている。


 例えるとするなら、それは台風レベルの向かい風に吹かれて飛び出したような感覚。


「悪いが次の一撃で決めさせて貰う」


 態勢が少し縺れて整えるまでの数秒。後ろ足の指先が地面について、反り返っていた身体を持ち上げる直後に見たこともない速度で京子は奏の避けた次の方向に照準を合わせる。

 これもまた、彼女の能力の力。――その応用、である。


 コンクリートの地面が亀裂を生むと分散し始めた。

 ここまでわずか十数秒。反応が遅れた奏は瞬時に自分の体を護るために攻撃されるであろう左わき腹を中心的に両腕でガードの態勢を取る。

 瞬間、まるで軽自動車に追撃されたような勢いが奏の左腕を襲った。


「ぐっ……!?」


 アッパーカットのように狙い通りの左わき腹を撃たれた奏は数秒、宙を舞うと直後に地面を何度も横転しながら、ステージを覆う壁に向かってぶつかって行った。

 殴った方の手を軽く振りながら、京子は奏の飛ばされていった方を見るなり勝ち誇った表情を浮かべる。明らかに宣言通り、一撃で終わっても過言ではないくらいの衝撃だった。


「今のがざっと暴風振動(バイオレンスインパクト)の二倍だ。あと、一段階までだったら何の躊躇いもなく撃てるが流石に四倍は回数限度があるんだよな」


 誰に言うでもなく京子は自分の力について、大よそ説明をすると真正面で目を点にしている渚、千春、陽子の方に向かって勝利のポーズを決めて既に勝ち誇った様子になっていた。

 二日振りに登校した伊御は案外、呆気なく吹き飛ばされた奏に腹を抱えながら、笑う。

 誰も奏の安否を気にしない中、京子が徐に彼が吹き飛ばされた方向を見据えると煙の中から人影らしきものが浮かび上がると、煙は一瞬にして彼によって吸い込まれていく。


「あぶねぇ、今のは死ぬかと思った……」


 命からがらに生き残った奏は大量の冷や汗を浮かべながら、掌に纏っていた黒色のオーラを払うと再度、京子の実力と暴風振動(バイオレンスインパクト)の強さを知ることになった。

 身を以て体験したことによって、奏の脳内では幾つもの考えが生み出される。

 長門京子を「特攻隊長」にして、少しでも多くの敵を倒せるという核心が湧いた。


「なるほど、長門。お前の実力は身を以て体感した」

「あたしの暴風振動(バイオレンスインパクト)の威力見ただろ? あたしはまだ一度ほど進化できる」

「よし、わかった」


 瓦礫の上をまたぐと首を左右に曲げてバキバキと鳴らす。

 そして、先ほどは取らなかった攻撃型を京子の目の前でポージングすると挑発をするように指先を曲げながら不敵な笑みを浮かべる。

 その挑発に易々と乗った京子は先ほどと同様に暴風振動(バイオレンスインパクト)の構えを取った。


「何度同じことをやっても攻撃してこなけりゃ、勝てねぇぜ。一条」


 一度目の攻撃よりも、かなり距離が開いている。ただ、京子が倍増させているのは何も別に拳だけではないということを奏は即座に察すると飛び掛かってくる京子を観察した。

 爆発的な足取りは差ながら、瞬間移動の如く、一瞬にして移動を終えると京子は奏の前方で長く鋭い腕を利用して、大きく振りかぶるモーションへと移行し始めた。

  そして同じように拳を振り被ると手元が歪み、


暴風振動(バイオレンスインパクト)っ!!」


 空を切り裂くほど強靭な音が奏の耳を掠める。と、同時に柔軟な体を利用して差し掛かった京子の拳を身体を捻りながら、躱し、そして大きなタイムラグが起きた京子の真横に立つ。


「……ッ!」

「全力で殴るのが攻撃の全てじゃないんだぜ?」


 えらく足取り豊かなステップで回避した奏は京子に、更なる挑発を促すように口ずさんだ。それを聞き、眉間にシワの寄った京子が素早く次の行動に体勢を切り替えだした。

 ここまでは「一方的な京子の攻撃、躱すだけの奏の劣勢」と周囲には見えることだろう。


「ああああああっ!」


 京子の異常なまでの身体能力が躱した奏をすぐさま、追った。

 強く足を踏み出したことによって、以前よりも数倍行動が早くなることに気付いた。

 彼女の全身全霊の一撃が再び、奏に襲い掛かろうとしていた。――――しかし、それを奏は嘲笑うかのような表情で見据えている。

 まるで彼女がそう行動を起こすことを、知っていたかのように。


「お前の能力(ちから)、いただくぜ」


 差ながら、悪役の如く。

 背徳感に襲われるような、彼の片鱗が少し顔を出す。ただ、そんなことを気にしたとしても現状を打開する術がないと憎たらしい表情を見ながら、京子は拳を向けた。

 そして、彼女は目の当りにする。


 一条奏といった、いわゆる、自分とは格の違った人間と言うものの本質を。


 まだ掌の半分も覆えない黒い渦が京子の拳を受け止めるように奏の身体との間に入り込む。ただ、幾ら掌一つ防御に入ったとしても京子自身は攻撃が決まったと勝機を確信している。

 会場にいるメンバーもそうだった。

 なぜなら、その場にいる誰しもが一条奏の能力を知らない。


「――能力吸収(アブソープション)


 ただ、一人。

 奏だけが会場の中で余裕の笑みを浮かべていた。


「なっ!?」


 困惑する京子の声が漏れた。

 本人以外にはどういった状況なのか、理解には乏しい。

 確かに決まった京子の暴風振動(バイオレンスインパクト)が、意図も容易く片手で受け止められていることに他の人が気付いた時、既に状況は逸していた。


 思わず、動きが止まった京子のわき腹に目を付ける。そして、勢いよく拳を握り、振った。


「――能力解放(リベレーション)


 骨を砕くような鈍い音がガードの間に合わなかった京子の右わき腹から響き渡る。思わず、声を唸らせ吹き飛ばされるのをどうにか留まった京子だがダメージは非常に大きい。

 身を挺して自分の能力を体感した京子は苦虫を噛むような表情で攻撃を何とか耐えながら、奏の能力を改めて痛感することとなった。


「……これが、あたしの能力ってことか」


 わき腹を軽く摩るが折れている様子は感じられない。まあ、あくまで練習試合という名目で戦っているのでそこまで本気はださなかったのだろう、と彼女は勝手に解釈をする。

 ただ、少しだけ嗚咽を感じ、それを抑えると少々、咳き込んだ。


「昔、読んだ、とある書籍にこう書かれていた」


 戦いではない、あくまでも身内の実力を知るための決闘。

 だから、幾ら京子に隙が出来ようとも奏は追い打ちをかけるように攻撃はしてこない。


「自分の能力を知るためには自分の「力の強さ」と「能力の底」を知ることにあるって」

「どういうことだ?」


 まだ、余韻が残る中で奏に京子は聞き返した。


「幾ら強い能力者でも、能力の底を見なければ限界が判らない。幾ら自分の力の最大を知る人がいても、それを克服する為に強くならなければならない」

「つまり、あたしには「力の強さ」があっても「能力の底」は判らないと」

「そういうことだ」


 態勢を少し屈めた奏は次の瞬間、京子の視界から姿を消した。

 唖然とする京子は一瞬、気が動転して思考を停止させるが再び考え出したと同時に再び体に激痛が走る。今度は踏ん張るタイミングが取れずに無残にも、ステージに転がった。


「お前の能力は意外と使える。拳だけじゃなくて、身体能力も上げることができるからな」

「……つくづく、自分の能力が嫌いになったぜ」

「さて、俺がこの能力を貰い受けて思ったことが幾つかある」


 奏が京子の力を使い、用いて、彼女自身は知ることが出来なかった欠点(ヽヽ)を教える。


「この能力は使い方によって矛にも盾にもなる。だけど、今の長門の使い方からしれみると矛の機能しか具わっていない。これじゃあ、ただの砲台だ」


 問いかけても返事は聞こえてこない。

 無理もない。京子が最初に奏に喰らわせた攻撃は軽自動車が真正面から追撃して来た時の衝撃と非常に酷似している。

 その場に蹲って立ち上がろうとはしない京子を見て、奏は渋った。


「お前は俺達、超新星(スーパーノヴァ)の特攻隊長。つまりは戦いの最初を担う存在だ。そんな奴が攻撃しか出来ないなら、全体の士気は大きく低下する。二つ、兼ね備えて初めて本当の強さだ」


 中学の頃、普通科の中学に通っていた奏はそこで多くのことを学んだ。能力が無くても生活している人のありさま。姿を。

 簡単に言えば才能の使い方で能力同士の戦いなんて簡単に決まる。

 もっと言えば、近距離能力は遠距離能力には絶対に勝てない。

 奏はそんな常識を打ち砕きたい。“落ちこぼれ”だの“劣等生”だの言われ続けた最低層のE組を優勝するために全力を注いでいる。

 そのためにはまず、一番初めに全ての士気を司る特攻隊長――――長門京子を覚醒させない限り、E組が勝てる見込みは一気に半分以下になる。


 その旨を全て箇条書きのように大まかに喋ると嗚咽に耐えた京子がゆっくり、立ち上がる。


「さっきから、ごちゃごちゃとうっせぇな!」


 足取りは不安定だが目付きを見れば一目瞭然でわかることがあった。

 京子は至って真剣に勝負をしていることが。


「あたしは自分の能力を初めて必要とされた。今まではいらないと思っていたこの能力が誰かのために役に立てるなら、あたしは幾らでも強くなる。強くなってやるっ!!」


 自分の殻を外すように空中に握り拳を叩きつけた京子は奏との距離数メートルで止まる。

 それを象徴するかのように空中には亀裂が入っている。京子は新しく自分の限界を超えたという証明が目の前に、現実として映し出された。


「ハンデ……、いや最初の状態に戦いを戻そう。長門、俺を一発殴ってくれ」

「いいのか?」

「ああ、勝負はまだ始まったばかりだからな」

「よーし、わかった」


 ブンブン、と勢いをつけて奏の右わき腹めがけて、すらっとしている長い脚を蹴り上げた。少し体制を崩した奏だったが呼吸を整え直すと、自分の頬を思いきり叩いて気合をいれる。

 再スタートするように最初の状態へと戻った。


「一条も長門も相当ダメージがあるようだな。精々、残りは五分って所か。それにしても一条があんなに考えていたとは……、私も教師をしてきたがE組(ここ)であんなこと言った奴は初めてだ」

「当たり前です。一条様は私達E組の希望の光ですから」

「まあ、一条くんはここにいても諦めてないわよね。常に上を目指し続けることを」

「貪欲ですね、一条くん」

「与えられた力がどれだけ強いのか、強くなるのか。正直、俺も恐ろしいわ」


 観客席で見守る中、息を呑んでメンバーは佇んでいる二人の行動を逐一、目で追った。

 瞬く間に奏へと接近、そして容赦のない連続攻撃を浴びせる京子。

 その全てを最小限のダメージに軽減させながら自分の能力を使用して反撃する奏。

 まさに一進一退。

 これがE組同士の戦いだとは誰も思わないだろう。それくらい壮絶だった。


「はぁぁぁぁっ!!」

「うぉぉぉぉっ!!」


 京子の暴風振動(バイオレンスインパクト)と奏の奪った暴風振動(バイオレンスインパクト)が激突し合う。衝撃と衝撃がぶつかり合って爆ぜる。周囲の空気は奏と京子を避けるように竜巻のような暴風が会場中に行き通る。

 あまりの激しさ故にギャラリーにいた渚は椅子の淵を掴みながら、飛ばされぬように必死に耐えている。他のメンバーも同様に座って居られない状況が起こり始めていた。

 一撃、一撃が敵をノックアウトさせるほどの威力を纏い、それ同士がぶつかり合って激しい衝突を生む。どちらが先に折れるのか、全てが根気強さに掛かっていた。


暴風振動(バイオレンスインパクト)っ!!」



 奏の腹部を蹴り飛ばして距離を取った京子は素早く接近すると、態勢を崩した彼の懐の中に入り込む。毅然としていた奏もこの時ばかりは少し、動揺を隠せずにいた。

 後ろ向きに倒れそうになる奏がスローモーションのように視えている京子は奏が言っていた言葉を脳裏に思い出していた。


 イメージは自分の底。――――すなわち、己の限界。


 発想を変換させた。

 今までは「剛」とただ乱雑に力を込めていた、その拳に少しの「柔軟」を混ぜ込んだ。


「くらえぇぇぇ!!」

「……っ、考えている時間は無い」


 今までで一番の京子の攻撃がほんの数センチ目の前に迫る所で自らの身体を護るように彼は左足を肘の辺りを蹴り上げて、ほんの少し拳の軌道を逸らした。

 下からの攻撃に気付けず、京子は流れに乗って拳は軌道を大きく逸らした。


「――――なっ!?」


 唖然とする京子。そして、仰向けのまま地面に落ちた奏はすぐに態勢を切り返すと掌の上に見慣れない黒々とさせた球体を浮かび上がらせた。


「ゴールデンウィーク中、ただバイトしていただけじゃないんだぜ!」


 明らかにゴールデンウィークの時に使用した二センチより成長している。この数日、たった数日がより奏を大きくさせていた。それほどの才能を持っていた。

 A組にいる生徒に負けず劣らずの才を持ちながら、落ちこぼれた奏は下剋上と旗を上げた。


「――闇屑星(ダークマター)っ!」


 錬成された黒色の球体は奏と少し距離を取った京子に向かって力強く投げられる。周囲から引き寄せた空気が彼女の行動を少し拘束させる。

 空気の壁に行く手を阻まれて、京子は舌打ちをすると再び拳を振るう。


「はぁぁぁぁ!」


 脅えている様子はない。

 攻撃を躊躇う素振りは考えられない。

 銀色のポニーテールが上下に揺れながら、奏へと近づいて行く。

 素手には素手。考えれば一般的な正当で真っ向から勝負をする相手に対しての敬意でもあるだろう。奏も同じ理論と思考を持っていたのか自分の能力を発動することなく拳を握った。



「長門、お前のその真っ向から勝負をする敬意を表して素手でたたか――――」



 言い終わる前に殴られた。

 暴風振動(バイオレンスインパクト)を使わずに素手で攻撃を仕掛けてきた京子によって遥か遠くへと飛ばされた。まるで棒人間が小突かれて吹き飛ばされたような風に奏は放物線を描いて地面に落ちた。

 あまりにも耐久性のない奏に目を点にする京子。

 それは他の、ギャラリーにいた皆も同じ状況だった。


「あれ、一条くんがあそこに倒れていますけど……」


 棒人間のように飛ばされた奏を指差して青ざめていく渚。大急ぎで観客席にいた人達は下に降りると、ステージの中央で呆然としている京子と共に気絶している奏の元に向かった。


「あそこまでノーガードで来られると逆に、あたしが悪いみたいになるんだが……」

「いや、京子は悪くないわ。戦っている最中に、べらべらと喋っている彼が悪いのよ」

「なんか、面白かったな、今の」

「一条様、大丈夫でしょうか?」

「一条くん、凄い吹き飛び方していたけれど」


 担任の志寿子以外、全員が倒れている奏の元に向かって駆け足で向かって行った。

 そして、倒れて伏せになっている奏を伊御が反転させると身体に覇気が無く、気絶している奏だった。白目を剥いて、口を半開きにしたまま、見事なまでに気絶している。

 京子に殴られた右頬は真っ赤に腫れて、少し膨れ上がっていた。


「駄目だ。奏の奴、気絶してやがるぞ」


 無様な負け方をした奏に、伊御は笑いを堪えようとしているが、全く堪えていない。他にも千春が口を押えながら、小刻みに震えている。陽子に至っては悟っていた。


「ふっ、だ、駄目だ。笑っちゃ駄目だ……」


 最終的に腹を抱えて打ち回るほど笑ってしまう伊御だったが必死に耐えて踏ん張っていた。

 千春に至っては完全に笑っていた。

 見事すぎるほどの爆笑だ。


「それにしても、京子ちゃんは大丈夫? 怪我とかない?」

「ああ、大丈夫だ。一応、一条の奴は手加減してたみたいだから……。まあ、流石に暴風振動(バイオレンスインパクト)を二回連続でくらった時は死ぬかと思ったけどな」

「ならいいんだけど。あと、一条くんと何を喋っていたの?」

「あたしの能力についてのことだよ」


 奏の言っていたことを思い出す。

 矛と盾。

 今までの京子の能力――暴風振動(バイオレンスインパクト)には矛しか備わっていなかったのは自分から見ても歴然と判断できる。それを奏に気付かされて、対抗トーナメントが始まる一週間以内に自ら考え出せということなのだろう。と解釈をし直した京子は改めて自分が必要とされていることに嬉しさを感じる。

 自分はまだ強くなれると核心できた。


「そうなんだ、京子ちゃんは凄いね。いつも前を向いていて」

「あたしは前方しか見ることが出来ない。だから、一条や渚が声をかけて、助けてくれる。そのお蔭で、あたしはもっともっと強くなれる可能性を導き出せた」


 自らの拳を強く握りしめた京子は静かな本能を剥き出して、嬉しそうに微笑みを浮かべた。そんな彼女を隣から見上げる渚は京子につられて笑みをこぼす。

 そんな二人を余所にようやく笑いが治まった伊御と千春が、気絶している奏の頬を両側から突っついて玩具のように彼を扱っていた。


「それにしても、京子とはいえね。女子の拳を一発くらっただけで伸びてしまう一条くんも色々と改良の余地はあると思うのだけれど……。彼、本当に大丈夫かしら?」

「あー、むりむり。前に奏の奴が言ってたけど異常なまでに撃たれ弱いって豪語していた」

「それって豪語することじゃ無いような気がするけれど……。まあ、いいわ」


 立ち上がった千春は伊御に奏を医務室に運ぶようにと指示を促すと呆然と立ち尽くしていた陽子の元に近づいて目の前で大きく手を振った。しかし、彼女の反応は無い。


「あー、駄目ね、これは」


 あっちゃー、とため息を零しながら、千春は京子に頼み込んで陽子も搬送して貰うことに。

 そして、「一条奏と長門京子」の対決は「長門京子」の勝利で幕を閉じる。


 きっと、この場にいる誰もが思わず、愕然としてしまったことだろう。


 奏の初黒星はなんともまあ、無様な姿で女子に負けた。ある意味、黒歴史となってしまう。

 E組しか入ることのできない会場を立ち去って行く、メンバー達を別の入り口から見ていた一人の男は伊御が気付いた時には既に立ち去った後であった。



 005



 カツ、カツ、カツ。

 音が鳴る。

 第一訓練場の入場ゲートから徒歩数分、暗い通り道を一人の生徒が歩いていた。

 意味ありげに杖を突きながら、三足歩行でゆっくりと歩いていた。


『だからさー、あたしは勝ったと思ってねぇんだから』

『それでも一応は長門の勝ちなんだろ。もし、一条が起きたら同じことを言うと思うぞ』


 出口から光が差し込み、その先から映し出された光景。

 見三人の生徒と背負われている一人の生徒、そして一人の教師を見下ろす。

 光にさらされていっそ、光を増した白髪。それに似合わない赤色の瞳が下を歩いている生徒達を見ると呆気なさそうな、期待外れの結果を思い返して呆れた顔を浮かべた。



「あーあ、この程度か。うちのクラス(ヽヽヽヽヽヽ)の大将は」



 誰に言うでもなく独り言を囁いた生徒は彼らの向かった場所とは正反対の道を進む。

 不自由そうに杖を突きながら、一歩ずつ着実に。

 彼は道を歩いていく。


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