第二話「超新星」
003
神代学園を後にした奏と千春はその後、一言の会話もなく黙々と繁華街を歩いて行った。
別に怒っているわけではなかったが少し後ろを歩く、千春は奏の異様なまでに高ぶっている闘争心から声を掛ける勇気が湧かず、そのまま、後を追う形となってしまった。
そして、繁華街を無言で歩くこと約五分。
徐に奏が立ち止まるとそれに気づいて真横で立ち止まった千春はゆっくりと看板を見上げてそこまでは一切なかった会話を、驚きのあまり口を開いてしまった。
「……え、ここ?」
目にしたのは外装がこの立地的に全くあっていない少し派手目の喫茶店だった。メイド服を着ている、二十代そこそこの女性が看板に載っている様を見て、何処となく察する。
ただ、千春は知らない。
この看板に写っているメイド服を着た女性がこの喫茶店の店長だということを。
「あれ、山瀬って長門のバイト先、知らなかったのか?」
「え、ええ。京子がバイトをしているのは知っていたけれど、まさかメイド喫茶とは……」
「俺も初めは驚いたけどな。今では常連客みたく扱われるようになっちまったよ」
「じょ、常連!? 君、そんなにこのお店に来ているの?」
「いや、多分、十回も来てないと思う。――――ただ、ここの店長と少し色々あってさ」
突然、その話をしてテンションが愕然と低下する彼を見て千春はよほど怖い店長なんだ、と勝手な予想を描きながら、再度、看板を見上げて漠然としない何かに襲われる。
しばらく、お店の入り口で立ち止まっていると突然、入り口の扉が開いたと思ったら、奏に飛び掛かる勢いで一人の女性が宙を舞ってきた。
「かっ、なで、くーん!!」
ヘッドダイビングとは物の良いようで避けられることを考慮しない飛び方でメイド服を着た女性は奏にすがり寄るように抱き付いて来た。
隣にいる千春は唖然としながら、奏とその女性の方を向いた。
「久し振りだねぇ、奏くん。ゴールデンウィーク中のアルバイト以来かな?」
「そうですね、二葉さん。てか、さっさと離れてくださいよ、重いんですけど」
「あー、女の子に重いとか言っちゃいけないんだぞ!」
「女の子って……。いい歳しているんですから、しっかりとしてくださいよ」
二葉が地面に足を付けた所で奏は彼女を支えていた手を離した。そして、徐に千春の方向に目を向けた二葉はまるで構想を描くような画家のような格好で彼女を凝視する。
「な、なに!?」
戸惑いながら、少し慌てる千春を余所に頭の中でインスピレーションが整ったのか、二葉は途轍もない速さで千春の手を掴むと目をキラキラと光らせた。
「君、メイド服に興味はない?」
二葉が千春を見極めた結果、どうやら彼女の御眼鏡に適ったらしい。逸材を発見できた、とメイド服を着たコスプレ紛いの二葉は目を光らせ、千春は表現できない顔をしていた。
そんな二人の最中に千春から、助けて欲しいと目線で合図された奏は致し方なく肩を叩く。
「二葉さん、その辺にしてあげてください」
「この子は逸材だよ。「ツンデレ界のカリスマ」京子ちゃんに次ぐ、新しい存在になるよ。不良みたいな、京子ちゃんとは違って、幼馴染み系のツンデレ少女にきっとなれる!」
「いや、山瀬は別にツンデレってわけじゃ……」
「違うわよ、一条くん。ツッコむ所はそこじゃないわ!!」
何時まで経っても千春から手を離さない、二葉を半ば強引的に引っぺがすと名残惜しそうに離れていく。ようやく本題に入れそうだ。
「二階席、予約取っておいたんですけど。大丈夫ですか?」
「あーあ、そう言えば、京子ちゃんが言ってたね。うん、大丈夫だよ」
「それじゃあ、他に三人ほど来る奴がいるのでよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
二葉の積極性に敏感になった千春は二葉が動くたびに少しずつ距離を取るようになる。少し脅えている千春を見て、ニヤニヤしている二葉は何かを思い出した顔を浮かべた。
「そう言えば、奏くん。また、別の女の子を連れて来ているよねぇー」
「人を女たらしみたく言わないでください」
「えー、君には十分すぎるセンスがあるんだけどな」
「怒りますよ」
「冗談だってば、冗談。怒らないでよ、奏くん」
いざこざを終わらせてようやく奏と千春は喫茶店の中に入店した。
一見すれば、男性層しかなさそうな外装をしているが実を言えば女性の方が立ち寄る割合は多いらしい。こじゃれたBGMと可愛い店員さん。どちらにも人気があるようだ。
そんな中、店中をじろじろと見渡す千春を余所に奏と二葉はそそくさと二階に上っていく。
「それじゃあ、私は京子ちゃんを呼んでくるから。二人共、くつろいで行ってね」
「ありがとうございます、二葉さん」
何処までも天真爛漫な二葉は階段を勢いよく駆け下りていった。
二階席にはテーブルが幾つかあって、その中でも大きいテーブルに奏は腰を降ろした。少し遅れて千春も椅子を引き、席についた。
「へー、ここが京子の働いている場所ねぇ……」
「きょろきょろすんな、田舎者かよ」
止まって居られることが出来ない小学生のような感じで千春は店内を見ていた。あまりにも目障り、と言うか見ていて面倒な気しかしなかった奏はテーブルに置いてあった二枚の内、片方のメニューを千春の前にスライドさせる。
それを手に取った千春はメニュー表を開いた。
「喫茶店と言うだけあって色々なメニューがあるのね」
「確か、二葉さんが自分で考えて作っているって言ってた気がするぞ」
「へー、あの人って結構凄い人なのね」
パラパラ―、と流し読み程度にメニューを見た千春は適当なトーンで二葉のことを褒める。正面にいる奏はメニューを見ながら、どれを頼もうか吟味していた。
二人共、メニュー表に目を向けて物静かに吟味している時間が非常に長く感じ取れた。
少しして、なにか頼む物を決めた奏はメニュー表を閉じると値段と戦って食べたい物を探す千春に対し、メイドさんを呼ぶボタンを押しながら、呟いた。
「今日は俺が誘ったんだから、好きな物頼んでいいぞ。山瀬」
「……へ?」
きょとーん、と顔が呆ける千春に奏は訳が分からずに首を傾げた。
何故か、直後にメニュー表を掲げて自分の顔を隠した千春は少し震えた声で呟いた。
「……そ、そんなんじゃ、渚や陽子みたいに私を落せないわよ?」
メニュー表の奥では顔を真っ赤にして照れている千春が奏の男らしさに心を惹かれる。
千春の言葉を聞いて、今度は奏が呆け始めるが何のことか理解できないまま、メイドさんが階段を上る足音が聞こえてきたので顔を隠しているメニュー表を軽く小突いた。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさとどれを頼むか選んでおけよ」
「……むぅ」
しばらく硬直していた千春の背後から、階段を上って来たのはメイド服姿の京子だった。
二階席が奏達の貸切りなので二葉から行くように指示をされたのだろう。ついでに注文して他の三人が来るのをしばし待つことにした。
奏は満天海老オムレツを、千春はアイスコーヒーを注文した。
注文を取られた際に「もっと高い物でもいいのに」と千春に言った奏に対して、彼女は目をグルグルとさせながら、意味の分からない言語で彼に何かを伝えようとしていた。
そして、二人が喫茶店に入ってから十五分ほどが経過した頃に渚を含めた三人が到着した。
何処となく三人はげっそりと疲れ切った表情を浮かべているのは恐らく気のせいではない。
隣のテーブルに飛鳥が座り、奏の右隣に渚、左隣に陽子が席についた。
「三人共、疲れたような顔してるな」
「ああ、疲れたよ。流石に人の波が凄すぎてな……」
「そうですね。茶道部に辿り着く前に死んでしまうかと思いました」
「人混みはもうこりごりです」
玄関前の攻防が如何に凄まじかったのか、三人の疲れ切った表情を見れば一目瞭然だった。つくづく、あの場に居なくていいと思った奏と千春はそんな三人に無言の同情をする。
三人が到着してから間もなく、京子がトレイの上に注文の品を乗せて二階に上がって来た。
「お、渚達もようやく来たか……、って、三人共。やけに疲れてるな」
首を傾げながら、不思議そうに問いかける京子に返答する気力もないまま、渚は静かに首を頷くと椅子の背もたれに勢いよく寄り掛かった。
料理を運んできた京子は奏の前に満天海老オムレツを千春の前にアイスコーヒーを置いた。本来なら、すぐに一階に戻って業務をするはずの京子だが全員が揃ったので作戦会議と言う名目で休憩時間になる。
「ああ、お前らも好きなもの頼んでいいからな。ここは俺の奢りだから」
「一条の奢りなら、なにか頼んでおこうかな」
「一条くん、ありがとうございます」
「流石です、一条様。感銘しました」
後から遅れてきた三人にも平等な台詞で奢りと促した。
全員がテーブルに置いてあったメニューに手を伸ばして、わいわいと楽しそうにメニューを見ながら、何を頼もうか吟味し合っていた。
一足先に注文をしていた奏はその間に料理を口に運び、正面でアイスコーヒーを啜る千春は彼がご飯を食べる様子を見ながら、口からストローを放した。
そして、後に来た三人はメニューを頼むと改めて一息ついた。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうかしら。一条くん」
最後の一滴まで絞りつくした千春はアイスコーヒーの容器をテーブルに置いた。頷きながらオムライスを食べ終えた奏は近くのテーブルナプキンで口を拭った。
スプーンをお皿の上に置き、ほっと溜息をつく間もなく、物事は本題へと移行される。
「今日、お前達に集まって貰ったのは他でもない。一週間後にある新入生対抗トーナメント、その大会で俺達E組は史上初の優勝を目指す。今日はそのための作戦会議だ」
「E組が優勝するのは史上初なのか?」
「京子ちゃん。入学して間もない私達の序列がそう易々と代わるはずないんだから、優勝をするのは毎回A組くらいなもんなんだよ」
「あー、そうだな。入学したての奴らがA組なんかに勝てるはずないよな」
「間宮の言う通りだ。まあ、B組がまぐれ勝ちって言う可能性はあるかもしれないけどな」
ただ、そんな稀少で貴重な例はどの学園の文献を読んでも記載はされていない。
基本はA組が絶対勝利。ごく稀にS組という人智を超えた化け物が出場することもある。
「それじゃあ、前置きはここまでにして。決めておかないとことがあるらしいんだけど」
何をすればいいのか、具体的には曖昧な奏が最後の方の言葉を濁すと立ち替わるように渚が鞄の中から数枚の資料を取り出して、目の前のテーブルに置いた。
基本的には例年と何ら変わることのないことを期限以内に決めないといけない、と言う話。数ある資料の内、一枚を奏が拾い上げて題目を読み上げる。
「それじゃあ、最初は大会のルールについて軽く触れておこうか」
題目は「新入生クラス対抗トーナメント大会のルール、及び、規定について」である。
用紙を持っている奏が読み上げようとすると、運ばれてきた料理を食べていた人達が自然と静かとなる。そして、暫定リーダーである彼の言葉に耳を澄ませ始めた。
「まず、大会の開催日は五月二十日から、二十四日の五日間。二十日に一回戦、二十一日に二回戦を行い、二十二日に準決勝、二十三日は休日。そして、二十四日に決勝を行う」
「決勝戦の前日は一日お休みになるのか……」
「最高の戦いを繰り広げるには、最高の体調で行わせるため、ということね」
「み、みなさん。いきなり決勝の話をしていますけど、まずは一回戦突破が目標じゃ……」
「細かいことは気にするなよ、渚! どうせ、あたし達は優勝を狙っているんだからさ」
「そうだね、京子ちゃん。よ、よーし。私、頑張るよ!」
小さな拳を力強く握りしめ、京子と共に優勝する気迫を前のめりに湧きあげた。二人の姿を見て感化をされたのかは判らないが、奏も少しやる気を表情に出してくる。
微笑ましい、それらの光景に目移りしていると作戦会議を思い出して視線を下に向ける。
「実質、三日間の激闘の中で注意しておかないといけない点は主に三つだな」
「三つですか……」
「ああ、一つ目は「メンバーの交代」。これは規定で決められている人数、規定では三人を交代した時点でメンバーの入れ替えは不可能になる」
「三人ねぇ……。でも、やむを得ない場合、怪我の時はどうするのかしら?」
「いや、人が交代をした時点で数に含まれるらしい。それと一度、交代をしてしまった人は再度、交代をすることは出来ないと記述されている」
簡単に言えば、怪我で負傷した生徒が一度、交代をして療養後に復帰することは規定違反となっている。どんな事情であれ、一度は退いた人間に二度目のチャンスは無い。
「二つ目は「武器の有無について」だな」
「ぶ、武器ですか!?」
「まあ、珍しい話じゃない。超能力の系列上、必要不可欠な人間もいる。それに長門や伊御みたいに敵を
直接攻撃できる奴ならいいけど、俺や間宮みたいに出来ない人には武器は凄く有利に働くと思う。戦術を組み立てれば、どんな強敵だって倒せるはずだからな」
「そうだな、渚には護身用の武器とか持たせた方が良いかも知れないよな」
「それは一理あるわね。渚にもしものことがあったら、私は攻撃した人間を許さないわ」
「二人共、私を擁護してくれるのは有り難いんだけど……、私だって頑張る時は頑張るよ」
既に小動物認定に登録されている間宮渚について、その意見を本心だと気付く者はいても、その発言を受け入れてくれる人は誰もいなかった。
うんうん、と優しい眼差しで見つめる千春と京子に宥められながら、渚は頬を膨らませる。
「武器と、その他もろもろの件に関しては俺に一任をしてくれ」
「誰か思い当たる人でもいるのか、一条?」
「ああ、その類に妙に詳しい奴を一人だけ知っているんだ」
「なら、この話は一条に任せるか。――あと、渚はそろそろ機嫌を治してくれよ」
「むーっ」
先ほどの発言で機嫌を損ねている渚を宥めようとする京子だったが、返って逆効果となると呆れた姿で千春と首を横に振っていた。
それらを黙認した上で奏は三つ目の重大規定について目を向けた。
「最後、三つ目は「戦闘での役割」だな」
「役割……、ねぇ」
顔を上げた奏から向かって右側は渚を宥めている京子と千春が彼女の機嫌を治そうと必死に動いている。左側は優雅に紅茶を飲み、お嬢様を連想させる上品な姿を見せる陽子と唯一、奏のしている話を聞く斑目。
流石の奏も一旦、口を閉ざすと徐に用紙をテーブルに置いて両手を上げた。
そして、ざわざわとしている二階――いや、店全体に響き渡るほど大きな拍手を噛ました。
さながら、相手の正面ではないが、ねこだましと言った所だろう。静かに手を降ろした奏はきょとんとしている渚達を余所に、いつもとは違った低音の声で囁いた。
彼の本質的な何かを予見する、本当に恐怖を抱いてしまうほどの狂気だった。
「――――わかったか、お前ら?」
説教を一通り終えた奏は冷めた顔つきで口元だけ、ゆっくりと笑った。
その表現しようのない恐怖に全員の身体は竦み、やがて全員が口を開いて、
『わ、わかりました』
背筋を伸ばして、きっちりとした態度で椅子に座っていた。
初めて、同級生を、クラスメイトを、一条奏と言う人間を恐ろしいと思った瞬間だった。
「判ったなら、よろしい。それじゃあ、さっきの続きから話を再開しようか」
テーブルに置いてあった用紙に手を伸ばして恐怖で震え上がる全員に聞かせるよう、改めて奏は三つの重要規定の内、戦いに置いて最も重要なことを述べた。
「これが一番、戦いに置いて重要になって来る。それが「戦闘での役割」だ」
そして、一通り全員に分かるように説明をする奏だったが説明し終えた奏が見た光景は目を丸くさせた、呆然としている京子達の姿だった。
そこで奏はこのクラスが勉強も出来ない、能力も出来ない、E組だということを思い出す。頭を抱えて背もたれに思いっきり、寄りかかると額を抑えて唖然としてしまった。
結論から言えば、この話を上手に理解できていたのは奏を含めると渚と陽子だけだという。
京子はもちろん、斑目と千春は頭のてっぺんから、煙が立ち昇っていそうなくらい、脳内で処理をすることが出来ないほど難しいことだったらしい。
「マジか……、改めて、このクラスが馬鹿の集まりだってことを再認したよ」
「仕方がありませんよ。私と千春さん、そして斑目さんは初等部から今まで一度もクラスが変更したことはありませんから。言わずとも、このお二方は馬鹿です」
「な、なによ! 陽子だって、それなりに馬鹿じゃないの!」
「それよりも俺は能登がE組にいる理由がわからない。お前みたいな奴がこんな掃き溜めのようや場所にいることが本当に理解できない」
「……一条くん、自分で言っていてその発言、虚しくないですか?」
「ああ、正直。今、自分で言って後悔しているよ」
ジト目で見つめられた奏はあえなく白状する。
ただ、奏に言われた言葉を聞き、陽子はその言葉の意味が理解出来てはいないようだった。ただ、一度だけ首を傾げた陽子は閉ざされた口を開く。
「一条様の言っていることはよく判りませんが、私はクラスの優劣で人を評価する人間ではありません。私はここがいいんです。みなさんと出逢えて毎日が楽しいんです。それだけでいいんです。私は」
清々しいほどカッコいいことを平然と口にした陽子に、自分の汚れきった心がいかに醜いか改めて認知してしまった人達が彼女の悪のない笑顔に屈服されていった。
キラキラとしている、眼差しに思わず奏も目を覆いたくなるほど清純すぎた。
「そ、そうか。能登はいい奴だな、俺もお前を見習いたいくらいだよ」
「私は一条様のような、沈着とした立ち振る舞い。ぜひとも、見習いたいです」
なんだか、清純な聖女を見ているような感覚の奏は対等に喋っていることが烏滸がましいと思える程に自分を卑下してしまい、羞恥のあまり、彼女から視線を逸らした。
屈服されたメンバーを見て、この話の話を思い出して首を振って、我に返る。
「まあ、戦術的な作戦会議は伊御が揃ってから、改めてやるとするか……」
「そう言えば、結局、鳶姫の奴は来なかったよな?」
「休み明けだから、サボりたかったんじゃないのかしら」
少しでた伊御の話題もあっという間に過ぎ去って話はようやく全体の半分が終わった。
それから、奏は残された資料を元にメンバー達に新入生対抗トーナメントについて具体的な作戦内容、戦術、サポート云々を決めていった。
なお、戦いのステージ、対戦相手について当日、その場所で公開すると記述されていた。
喫茶店に来てから、大よそ二時間ほどが経過して、夕暮れが何時の間にか暗闇に覆われる。テーブルに乗っていた資料がようやく最後の一枚になると全員がため息をついた。
「それじゃあ、最後に」
奏がテーブルの上にある最後の資料をすくい上げて目を通すと、とてつもなく嫌そうな顔を浮かべた。その表情を見て全員、息を殺す。
「これは最初に決めておくべきだったかもしれないな」
そう言って奏はテーブルに表面状態にした資料を置いた。
全員が目を向けて、すぐさま後ろにのけ反り返った。
「……チーム名決めか」
新入生対抗トーナメントにおいて最早、必須ともいえる「チーム名」。
戦う時もそうだが、紹介をされる時にも用いられて、大きなスクリーンにも表示されれば、電光掲示板にも掲載される。
もちろん、優勝をすれば今年度をまとめた資料に掲載される。
そのクラスを象徴させる、ネーミングセンスの悪いチーム名は笑いものにされる。
まさに表裏一体。
全員が納得する名前でない限り、この議題は終わりを迎えない。
のけ反り返った全員が疲れ切った表情をしつつ、頭に手を置いた。
そんな中、奏は資料に書いてある箇条書きに目を通して、それを全員に伝える。
「チーム名は十五文字以内、横文字は大丈夫で可能であれば、そのクラスを象徴するような名前にするとなおのことよし。だそうだ」
「E組を象徴するようなことってなんだよ……、劣等とかか?」
「それは自虐過ぎるよ、京子ちゃん」
「そう言えば、クラスごとにチームカラーってあるんじゃなかったのかしら? 一条くん」
「ああ、書いてある。A組は赤色。B組は青色。C組は黄色。D組は緑色。E組は紫色だ」
「紫……。絶望的ね」
諦めた千春。そのまま、テーブルに雪崩れ込んだ。
「あ、そう言えば」
何かを考えていた渚が、奏の方を向いて、ふと思い出した。
「一条くんって瞳の色、紫色ですよね?」
まったく本題とは関係がない渚の言葉に、一瞬だけ期待に満ちていた全員が一斉にため息を付き始める。唯一、質問された奏だけが渚の方を向いて携帯の鏡機能を取り出した。
「そうだな。両親姉妹と家族全員の瞳が黒色なのにも関わらず、俺だけ物心がついた頃から紫色なんだよ」
「小さい頃から、そうだったんですか?」
「いや、わからない。俺の両親、俺よりも姉妹が好き過ぎて、俺の小さい頃の写真はろくにないんだよ。まあ、撮る機会も少なかったっていうのもあるんだけどさ」
若干、険悪な雰囲気が流れ始めたことを鈍感な渚でも少し察してしまった。
家族間の踏み入ってはいけない領域に片足を突っ込んだ罪悪感に、引きつった笑いをする。そんな不穏な空気がざわめく中で立ち直った千春が口を指した。
「成長して能力が芽生えたのなら、その影響で身体の異変が起きることは少なくないわよ」
口をだし、フォローを促す千春に渚が呆然とする。
何でそんなことを知っているんだ、と全員が不思議そうに見つめる中、恥ずかしそうに顔を赤く染めた千春は、やや斜め下を向きながら、
「……わ、私、こう言ったことに興味があるから」
何故だろうか。
よくわからないが、陽子がそんな千春を見ていきなり抱き付いた。
「千春さん、すっごく可愛いです!」
「ちょ、や、止めなさいよ、陽子!」
ゆりゆりしい彼女達を見て思わず、視線を逸らした飛鳥は席を立って戦線離脱をした。彼が逃げた方を見てみると床に赤い血のあとが残されていることから、大よそ予想がつく。
そんな中で、ざわざわとした空気を一新するために渚が挙手をした。
その小さな掌が高々と伸びあがる。
「わ、わたし、チーム名を考えました!」
はっ、と思いついたらしく自分でも驚いたような表情で自信満々にアピールをしてきた。
その潔さと、他に考えるのが面倒だと直感的に察した奏は暴れている千春と陽子を無視して渚の意見を素直に聞いてあげることにした。
「それでどんなチーム名を考えたんだ?」
「もったいぶらずに早く教えてくれ、渚!」
「えっとですね……、口で言うよりも何かに書いて説明した方が」
そう言ってテーブルの上にある既に使い終えた資料の裏にシャーペンで文字を書いていく。隣で京子が見ていたが、彼女は渚の案を見て凄く驚いていた。
書き終えた渚が、一仕事終えた様な表情を取ると用紙を捲り、奏に考えた名前を見せた。
「超新星……?」
一瞬、考えてしまった奏は小さく首を傾げた。
そして、奏の言葉を聞いて何か違うと感じた渚は慌てるように超新星の上に異なる読み方を振った。
「超新星……?」
段々と言葉の意味をそれなりに察して来た奏は悪そうな笑顔を浮かべて、手を叩いた。
「間宮」
「は、はい」
「お前、天才だな」
超新星。
すなわち、大規模な爆発現象を引き起こす、成り上がり、下剋上のE組にピッタリだった。
テーブルの下で暴れている陽子と、それを抑えつけている千春の耳にもその言葉を聞いて、なにか感じ取れる物があった。
静止し、全員が何故か意味のない不敵な笑みに走る。
そこで丁度帰って来た飛鳥が卑屈な笑いを浮かべる五人を見て、唖然としてしまった。
「なんだ、あいつら……」
ご満悦に即決で決まった「チーム名」に全員が満場一致で賛成をした。
そして、今日ここに集合した作戦会議の全項目を終えることが出来たので全員の疲れ切った表情が出て、笑われるくらい一気に老け込んだことであろう。
004
外は暗く、既に全員が自宅に連絡も終えているということで今日は喫茶店で夕食となった。
もちろん、お代は全て一条奏持ちである。
「……二葉さん、二葉さん。ちょっといいですか」
「うん、別に構わないけど、どうしたの。奏くん?」
わいわいと楽しい夕食をしている中、一人奏だけが料理を運んできた二葉の後を追いかけて二葉に相談を内緒でした。
珍しい奏の様子に二葉は、きょとんとしながら、階段の途中で歩みを止める。
「実は五千円しか持って来てないんですけど。足りない分、次に来た時でもいいですか?」
奏を含めて、六人いるメンバー。奏が奢りと言っていたからなのか、腹が空いているのか。今日は全員、よく食べている。馬鹿にならない量を見て流石に心配になってきた。
そして、先ほど伝票を見た所、軽く五千円を凌駕していたことに彼は絶句した。
そんな、思いつめた表情をする奏を見て何を思ったのか、二葉は突然、笑い始めた。
「何が可笑しいんですか、二葉さん」
「いや、奏くん。誰かに借りようとは思わないの?」
「一応、俺が奢るって言った以上、誰かに借りるのは申し訳ない……、と思いまして」
困り果てた奏の表情を見て、好きな子をからかいたくなる心理が二葉に働きかけた。脳内にかつてないほどのアドレナリンが湧き出ると「別に構わないけど」と口を開いた。
「ほんとですか!?」
「でも、その代わりに奏くんには今度、一日女装をした姿でバイトして貰おうかなー」
「……………わっ、かりました。それでいいんだったら」
物凄い溜めのあとに嫌そうな表情全開で奏が二葉の条件を了承した。
苦痛に満ちるその表情を見て、二葉は何処か、そそられる物を感じてしまった。背筋が酷く震えると、ゾクゾクとした感覚に思わず両手をわきわきとさせる。
ただ、再度、奏の顔を覗きこんだ際に彼に関連する一人の人物が重なって見えてしまった。
そして、なにか好からぬ気配を感じ取るとすぐさま背後に振り返るがそこには何もない。
「どうしたんですか?」
「な、なんでもないよ! うん、なんでもないからね」
一人の人物がフラッシュバックのように蘇ると急に奏に対して、苛めようとしていた心情が掻き消えた。それはのちに報復されてしまう可能性を考慮した、逃げの手立てでもある。
メイド服を着て女装アルバイトをすることを了承した、奏は自分の招いたことにため息を漏らしながら他のメンバーのいるテーブルに向かって戻ろうと踵を返した。
「ちょ、ちょっと待ってくれない。奏くん?」
「まだ何かあるんですか」
「い、いやね。奏くんが嫌がることを私が強制しても、奏くんはいい気分にならないかなと思ったんだ。だから、今回の料理代は次回に支払うってことで条件はなしでもいいよ」
「いいんですか……?」
「うん。それにあんまり、奏くんを苛めすぎると後で怒られちゃうから、止めておくよ」
妙に引っかかる発言をする二葉だったがその後、すぐにメイドさんに呼ばれて下に降りた。
何故か、条件付きではなくなったことに奏は心の中でもの凄く嬉しがると、拳を握った。
「これで一先ず、安心だな」
改めて二葉に感謝すると共に奏は階段の途中から、上へと昇って行った。
そして、皆がわいわいとしているテーブルに近づくと中でも一番、背の高い京子が奏を見て立ち上がる。彼女の方が大きく、奏は少し見下ろされた。
「どうした、長門? まだ、食べたりないのか」
「あたしはどれだけ食いしん坊だと思われてんだよ」
「いや、身体が大きいし、それなりに食べるのかと……」
相手の嫌なことを言ってしまい、奏は素直に謝った。
そして、再度、京子に話を振り返すと何やら改まった様子で顔を真っ赤にしながら、まるで奏に告白をするような風貌で口を開いた。
「あたしと能力対決で勝負をしてくれ。一条」
想像とは少し違った言葉に戸惑う奏だが、すぐに切り替えると京子の顔を見上げた。
その表情は決して嘘を言っていない。正真正銘、本気の目付きだった。




