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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第二章:新入生対抗トーナメント篇
21/70

第一話「二組のチーム」



 001



 五月十三日、月曜日。

 いつもとなんら遜色のない、平凡な一日が幕を開けた。

 珍しく今朝は妹、一条響に起こされることなく起床することが出来た主人公、一条奏は家を出た途端、或ることわざをふと脳裏に思い出していた。


「……早起きは三文の徳、か」


 今日は珍しく、清々しい。

 綺麗にスタイリングされている髪型を保ちつつ、家の前にある施錠された門を潜り抜けると清々しい朝に感謝しつつ、通学路に足を踏み出した。

 妹の響はというと、今朝は生徒会の用事があるというので奏の二十分前ほどに家を出た。

 のびのびと両手を伸ばして、涼しい風に打たれながら、目と鼻の先にある学園に向かった。


「そう言えば、いよいよ来週なんだよな」


 ふと、今日が五月十三日であることを思いだした奏が独り言を呟いた。

 来週――――、五月二十日から、二十四日の約五日間に行われる一大行事。新入生達の力を試すための能力学園特有の新入生歓迎会の延長のような戦いが繰り広げられる。

 名を「新入生対抗トーナメント」。

 絶望的な最下層の組、E組に所属をしている奏にとって一矢報いるための大切な戦い。

 絶対に負けることの出来ない戦場が一週間後に差し迫っていた。


「あ、一条くん」


 親しみ慣れた通学路も、ようやく迷わず学園に迎えるようになった奏は二手に分かれる道の片側で声を掛けられると後ろを向いて、少女に挨拶を返した。


「おはよう、間宮」

「はい。おはようございます」


 にこり、と天使のような微笑みで挨拶を返したのは奏と同じクラスの間宮渚だった。


「いつも、こんなに朝早いのか?」


 少し歩く速度を落として、渚の隣に近寄ると歩幅を合わせて真横を歩き始めた。それを見た渚は紳士的な奏に心を惹かれて、彼の質問に対する応えを出さずに黙り込んでしまった。

 ふと、我に返ると歩く視界の中に奏の顔が映り込んで驚き、少しだけ声を上げた。


「ど、どうかしましたか?」

「いや、話し掛けても返事してくれなかったから、上の空かと思った」

「す、すいません。昨日、遅くまで起きていたから、寝不足かもしれないです」

「そうか? なら、いいんだけど。あんまり無理しない方が良いぞ」

「お気遣いありがとうございます」


 落ちかける眼鏡を上げ直して「それで何の話をしていたんですか?」と渚が聞き返す。奏が先ほど同様の質問を投げかけると渚は小さく頷いた。


「そうですね。今日はいつもより十分くらい遅く家を出ましたので、今日は遅い方ですよ」

「そっか。やっぱり、一人暮らしってのは大変なんだな」

「まあ、身の回りのこと全部を一人でやらないといけないのは凄く大変です……」


 ぺこぺことしながら、渚は苦労が滲み出た表情を浮かばせた。

 間宮渚は親元を離れて現在、絶賛一人暮らしの真っ最中らしい。入学式の日に奏は初対面の渚の住まいに上がりこんだこともあるので一人暮らしのことは知っていた。


「あ、でも金曜日とか翌日がお休みの日は京子ちゃんとか、千春ちゃんとか、陽子ちゃんがお泊りをしてくれるので淋しくはないです」

「へぇ、パジャマパーティーだっけ? 楽しそうだな」

「今度、一条くんも参加してみますか?」


 悪意のない、純粋な口振りで渚がとんでもないことを剛速球で投げつけてきた。

 流石に女四人の男一人で狭い部屋で一夜を共にするほど出来た人間ではない奏はせっかくの誘いを断る。当たり前なのだが、そこは相手が傷つかないようにオブラートに包んだ。


「そうですか……。一条くんが来てくれれば、面白いと思ったんですけど」

「まあ、泊まりに行くことは出来ないが遊びに行くことは出来るから。また、誘ってくれ」


 少しガッカリとした様子で肩を落とした渚を隣で見つめる奏は、ほっと溜息をついた。

 ド天然の渚から吐き出される発言には常日頃から注意しておかなければならない。千春から念を押されるほど言われたことを純粋に順守した。

 そして、徒歩十分程度の通学路を通って、奏と渚は神代学園の校門を潜り抜けた。――と、そこで彼は第二の「早起きは三文の徳」を再認識する。

 気付かぬうちに背後を取られ、一瞬にして目の前が暗転した。


「だーれだ」


 可愛らしく、また何処か大人びたような声色を放つ、少女の冷たい掌が両目を覆っていた。少し笑みをこぼした奏はあえてその問いに応えることはせずに、掌を握りしめる。


「真桜だろ。相変わらず、子ども染みたことをしているよな」

「ぴんぽん大正解です。奏さん、よく私だと判りましたね」

「俺の知り合いではこんなことをする奴は、お前ともう一人しかいない」

「そうですか、それでは仕方ありません」


 地面に降ろしていた鞄を手に取って向かって右側の奏の隣に移動をする。そして、疑問一つない様子で二人は既に落ち切った桜並木を進んで行った。

 そんな二人の後ろ姿を見て、渚が唖然とする。


「あれ、二人共。今、名前で……」


 その後、唖然とする渚の背後から、駆けつける京子と彼女は挨拶を交わして奏とは別部隊で歩いて行く。ちなみに京子は奏達に気付いている様子はなかった。

 そんな、二人よりも少し先を歩く奏と真桜は開口一番に一週間後の話題を持ち出した。


「いよいよ来週ですね、奏さん」

「ああ、来週だな」

「約束、憶えていますよね?」

「もちろん、勝った方が負けた方に何でも一つだけ言うことを聞く権利、だろ?」

「そうです。憶えているなら、問題はありません」


 静かに高ぶる二人の闘争心は周囲を歩いている生徒達にも、眼力で見えるくらい熱く燃え滾っていた。赤の闘士を燃え滾らせる「佐藤真桜」。紫の闘士を燃え滾らせる「一条奏」。

 静かに、だが、確実に二人の脅威は周囲を威嚇させていた。


「……なんだ、あの二人」

「……お前、知らないのかよ。今、噂の新入生だぞ? このあったオリエンテーションの時に学年全体の前で今度のトーナメントで優勝すると宣戦布告を吹っかけたE組の一条奏だよ。その隣にいるのが新入生代表を務めたA組のリーダー、佐藤真桜だ」

「……そんな二人がなんで横並びになって歩いているんだよ?」

「……さー? 常人の俺達に超人の思考なんて理解できねぇからな」


 通り過ぎる上級生の声も、二人には届いてはいない。

 それ以上に楽しみな二人は口角を上げながら、同じペースで校内に入って行った。下駄箱の位置は普通とは異なって、右から一年A、二年A、三年Aとクラスごとに区切られている。

 よって真桜と奏は両極端の位置に下駄箱があるので同じ扉を潜り、別れた。


「それじゃあな」

「はい、また」


 基本、学校内で出会うことはまずない。次に会えるとするならば、どちらかが連絡を取って計画を立てないと遭遇(エンカウント)することは一桁以下だ。

 朝に出逢う確率が異常に高いのは真桜が待ち伏せをしているから、と言うことは知らない。

 靴を脱ぎ捨てて、下駄箱にしまい込むと入れ替わりに履物を履いた。そして、奏が下駄箱の前から立ち去ろうとしたところで遅れて渚と京子が校舎内に入って来た。


「おはよう、一条」

「おはよう、長門。今日は豪く早いな。いつもなら、遅刻ギリギリなのに」

「ああ、今日はなんだか早く目が醒めちまったから、学校に来てもう一眠りしようかと」

「結局、寝るのかよ」

「京子ちゃん、駄目だよ。授業はしっかりと聞かないと」


 隣にいる渚が顔を上げて京子を注意する。

 傍から見れば、眼鏡の委員長が、滅多に学校に来ない不良に説教をしている光景に見える。その観点はあながち間違いではないが彼女達はクラスメイトではなく友達である。

 一人暮らしをしている委員長の家に遊びに行って週末はパジャマパーティーまでする間柄。そんな風に見えなくもないが、事情を知らない人間には全く認識はされないだろう。


「わかってる、わかってるから。大丈夫だって、なぎさ」


 渚の注意も有耶無耶にさせた状態で能天気な京子は靴を履き替えると一人早々と下駄箱から立ち去った。残された渚は、むすっ、としながら靴を履き替えると凄い勢いで振り返る。


「行きますよ、一条くん」

「は、はい……」


 珍しく怒っている渚に恐れをなし、若干敬語になった奏はズカズカと廊下を歩いていく渚を追いかけてE組の教室に向かって行った。

 三分もかからない場所にあるE組に辿り着くと朝から殺伐とした空気に押されて、妙に体が重く感じる。机に突っ伏した奏は深く長いため息をついた。


「おはよう。早速で悪いけれどちょっといいかしら?」


 突っ伏していた奏の前の机――すなわち、鳶姫伊御の机の椅子にクラスメイトの山瀬千春が断りもなしに座り込むと壁に若干、寄りかかりながら、話し掛けてきた。

 取りあえず、顔を上げた奏は隣にいる能登陽子と共に難しそうな顔をする千春の方を見た。


「どうしたんだ、山瀬?」

「取りあえず、これを見て頂戴」


 彼女が持っていたプリントを受け取った奏はその内容を流すように見終わると顔を少しだけ上げて前に座っている千春の表情を窺った。

 内容としては一週間後に迫る、新入生対抗トーナメントについて。

 だが、この用紙の内容について奏は全く考えていなかった。


「……補助員(サポート)か」

「そうよ」


 新入生対抗トーナメント、と言うのはクラスの中で代表者を選出し、その人がクラスの要として看板を背負って全校生との前で戦いを披露する。

 すなわち、表舞台にでる「選出されたメンバー」と、それをサポートする人間が必要だ。


 諜報員(スパイ)、治療、情報収集、参謀。


 他にも色々と役職はあるが原則、付いていた方が駒は有利に進む。ただ、奏はそんなことを一切も考えておらず、そして、今の今までその存在すら忘れてしまっていた。


「補助員の人数制限はないらしいの。だから、一条くんがどうしても手を貸して欲しいって地面に頭を、こすり付けてお願いするんだったら、考えてあげても良いわ」

「ち、千春さん?」

「冗談よ、冗談。でも、アナタがお願いするんだったら、私達は全力でサポートするわ」


 山瀬千春の能力は一言で言えば、治癒能力である。

 荒っぽい性格から、中等部の頃に「雑な治療屋(アバウト・トリート)」とまで言われていたが、その実力は折り紙つきである。ただし、弱点があるとするならば超能力を使用するたびに避けられようのない疲労に見舞われること。

 頭痛、吐き気とは違って時間が経っても回復するふり幅が違う。


 千春の妙な上から目線発言に奏はノーリアクションで頷くと用紙を机の上に置いた。


「そうだな。もし仮に怪我をした場合には山瀬の能力は役に立つ。諜報、情報収集は斑目に任せるとして。山瀬、それから能登にはぜひとも協力して貰いたい」

「もちろん」

「私も精一杯、頑張らせて頂きます」


 腕を組んで「やったるわよ!」と言いたそうな表情で意気込みを見せる千春と、あくまでも礼儀正しく立ち振る舞う陽子は強い意気込みを見せた。

 この二枚の手札を手に入れるのは恐らく、優勝へと大幅に近づいた。

 勝つために必要なのは絶対的な力。だが、それを裏で支える人こそあっての絶対的な力だと奏は思う。だから、一人で戦うのではなく、E組全員で戦うとまで誇らしげに言ったのだ。


「今日、メンバー全員で作戦会議を行うから出来れば来て欲しいんだけど、大丈夫か?」

「わかったわ」

「わかりました」


 予鈴のチャイムが鳴ったことを皮切りに、進んでいた話に終止符が打たれると千春と陽子は奏の前から立ち上がって自分の席に向かって離れていった。

 そして、千春が持ってきた用紙を眺めながら、窓の外の景色をぼんやりと眺める。


「そう言えば、色々と提示されていた物があったよな……」


 ふと、思い出した。

 しかし、何を解決させればいいのか。肝心なことは思い出せない。


「まあ、後で間宮にでも聞いてみよう」


 困った時の委員長さん。

 自分が時折、副委員長になってしまったことを忘れる奏にとって間宮渚という裏で直向きに頑張る人を見るのは自分にとっても良い経験となる。

 流れる雲を見ながら、呆けているとE組の担任である山下志寿子が扉を開けた。


「うぃー、朝のホームルーム始めるぞ」


 今日も今日とて、何ら変わりのない志寿子は怠そうな表情を浮かべながら、意味の解らない服装で本日も教室に赴いて来た。

 これでも一応、教師なのだから実力は普通以上なのだろう。

 超能力専門学園の学校の担任は在学時に優秀な成績を収めた人間が選択できる道らしい。

 だから、教員免許もいらず、卒業後すぐに教師として同じ学園に赴任することも珍しくはないようだ。志寿子も、ああ見えて二十歳前半である。


 クラスメイト達は志寿子の登場で次々と席に着いて行った。

 静かになった所で担任である志寿子が朝のホームルームを開始する。



 002



 放課後。

 一足先に喫茶店に行った京子を見送って奏達は校門の前で陣取るように立ち止まっていた。

 理由は渚、飛鳥。そして、陽子が部活動の入部届を出しに行くようだ。神代学園の一斉入部期間というのはかなり長く四月の終わりから五月の終わりまでの約一ヶ月間ある。よって、ゴールデンウィーク明けの本日は非常に人が混雑していた。

 まるで朝の通勤ラッシュのように広々としている校門は多くの人で埋まっていた。


「少し待っていてください。私、部活の入部届け出してきますので」

「僕もサッカー部に顔を出してくるよ」

「私も茶道部に入部届を出しに行ってきます」

「わかった。終わったらここに来てくれ、それまで暇潰しているから」

「わかりま――――」


 そう言った途端、人混みに紛れながら渚の姿は視界から消えてしまった。それに次ぐように陽子と飛鳥が荒波に飲まれていって校門の前から消失する。

 残されたのは帰宅部志望の奏と、同じく帰宅部志望の千春のみとなった。


「一条くんは何も部活に入らないのかしら?」

「別にやりたい部活なんてないからな。それに運動は苦手だ」

「あら以外ね。一条くんなら、助走なしでバク宙とか出来そうな風貌をしているのに」

「どんな風貌だよ……。まあ、なんだか知らないけど運動能力には自信がない」

「つまり、運動音痴という訳ね」

「二つも音痴を持っているなんて、人間として恥ずかしい限りだな」


 それを聞いて隣で爆笑する千春を尻目に意味もなく、奏はため息をついた。


「そう言えば、結局、鳶姫くん。学校に来なかったわね」

「ああ、寮からは出たって報告があったらしいんだけど。まあ、別に俺は伊御の保護者ではないからな。あいつが何をしていようと俺には関係ない」

「一週間後に共闘しようって言う友達に随分と冷たいのね」

「親しき仲にも礼儀あり、だ。プライベートは詮索しないのが俺の良い所なんだよ」


 携帯を取り出して時刻を確認する。

 今日はこの後、京子がアルバイトをしている喫茶店に伊御を除く新入生対抗トーナメントの関係者達で集まって色々とした議題を会議で模索しようとしていた。

 参加者の伊御がいないのは少々、痛いが締切り期限のある物もあるので致し方ない。


 奏、渚、京子、千春、陽子、飛鳥の六名で既に二階席を貸切りにして貰っている。

 つまり、作戦会議をするのにはうってつけの場所という訳だ。


 その後もしばらく、千春と他愛もない会話をしていると突然、縦横無尽、並みのように進む人の荒波の中で華奢な脚と黒色のオーバーニーソックスが目に入った。

 横を振り向くと千春が顔を上げて嫌な表情を浮かべながら、上を見上げている。奏は視線を反対方向に向けると、そこにはニコニコとしている真桜が立っていた。


「なんだ、お前か」

「お前かって、私じゃいけませんでしたか? 奏さん」


 何故かその笑みは、いつもと違って狂気を感じる。恐らく千春が睨み付けていた理由は放つ狂気が自分に対してだと判っていたからだ。

 会話が一旦、途切れると真桜は一瞬、目線を降ろした奏に追撃する。


「別にお前じゃいけないってわけじゃないけど、今はその……いらない」

「女子生徒の足元を性的な目で盗み見ている、奏さんに言われたくないんですけど……」

「誰が人の足元を見せ興奮する脚フェチだごら。俺は至ってノーマルです」

「普通の人は自分のことをノーマルと何て言いません。そう言う人に限ってアブノーマルな性癖を隠しているんです。それくらい常識です」

「それは何処の常識だよ」


 面倒ごとのように彼女を見ると奏は静かにため息を付く。その様子に気付いた真桜は奏の前にしゃがみこむと目線を合わせて逃さないようにロックオンする。


「それで今日はどうしてこんな所にいるんですか? もしかして奏さんも何処か部活に?」

「ばーか、E組なんて何処の部活に入っても邪魔者扱いだよ。入るだけ無駄、無駄」

「そうですか。せっかく奏さんと同じ部活に入ろうと思ったんですけど」

「ちなみにお前は何処に入るつもりなんだ?」

「さー? でも、A組って言うのは各方面から助っ人を頼まれますので色々と大変ですよ」

「さぞかし、いい青春をお過ごしで」

「言われなくてもそのつもりです」


 真桜は顔を奏に近づけるとキーッと腹立たしく怒りながら立ち上がった。さながら女騎士のような風貌。凛とした表情が何処となく、様になっているように思えた。

 そんな奏と真桜の小突くような言い争いが一旦、終わると次に真桜は彼の後ろに座っている千春に照準を合わせる。


「それでそちらの方は誰なんですか?」

「こいつは――――」


 見下ろす真桜に奏が紹介をしようとした直後、千春が立ち上がって奏の言葉を抑えつけた。それが何を意味して、意図しているのか彼に分かるはずもなく、止められて首を傾げた。

 ただ、挑戦的な目付きをする千春を見て、真桜は何かを感じ取ると口を開いた。


「私は一年A組、佐藤真桜です」

「一年E組、山瀬千春よ。言っておくけどE組だからって舐めて貰っちゃ、困るわ」


 いきなり全力で睨み付けた。

 後ろにいた二人の男女が思わず、身を乗り出しそうになるが真桜はそれを止めた。


「別に舐めてなんていませんよ。奏さんはとても優秀な人です」

「ふん、それならいいけれど。今度の大会では一泡吹かせて上げるんだから」

「それは楽しみです。ぜひ、お待ちしていますよ。山瀬千春さん」


 最強、絶対王者のA組のリーダーともいえる佐藤真桜と、

 最弱、落ちこぼれのE組で実質のリーダーともいえる一条奏が親密に会話をしている。

 そんな光景に出くわしたら千春でなくても驚くだろう。


 胸に咲く五輪の花と、一輪の花。


 それがこの学校の序列を表していて、優劣をあからさまに表示させている。

 通り過ぎている人もようやく、それが優等生と劣等生の会話だと知って不思議に思いながら三人の方に注目が集められていた。


「真桜よ。今日はミーティングをするから教室で待っとれと言っておいたじゃろ」

「そう言えばそうでした。千歳さんの姿が見えないので探しに来ていたんですよ」

「嘘じゃろ。現にほら、こやつと呑気に話しておる」

「知り合いに会ったら談笑をするでしょ、普通」

「人を探していなければ、な」


 赤髪を靡かせながら小さな背丈で座り込んでいる奏を見下ろした。その背後に体つきが細い青年と背の高い少女が控えていた。

 その時、感覚的に何かを察した奏は立ち上がると砂を払って喧嘩を売る千春に声を掛けた。


「行くぞ、山瀬」

「え、ちょ。でも、まだ他にも人が……」

「間宮が俺達の行く場所を知っているから、あとで来てもらえばいい。それに」


 身長差数センチの二人が面と向かって立ちはだかった。

 傍からしてみれば、異様に注意の引く光景になっているであろう。ただ、その周囲には誰も近づこうとしなかった。

 A組とE組、最高と最低、優等と劣等。――――既に勝敗は見るまでもないからだ。



「今、無性に優等生のプライドを砕きたくなった。こんな所で時間を潰している暇はない」



 宣戦布告に次いで今度はA組のリーダーに向けて挑発を取った。

 流石にその発言を聞いて、後ろに立っていた赤城千歳(あかぎちとせ)が取っ組み合いを始めようと奏の方に腕を伸ばす。しかし、その短い手が奏に届く寸前で真桜によって阻止された。

 止められた千歳は思わず、顔を上げ、真桜の様子を窺う。


「真桜……?」

「こんな所で相手の挑発に乗ってもいいことはありません。私達はA組の看板を背負って、いるんです。無闇、闇雲に挑発に乗れば相手の良い方向に動いてしまします」


 不満そうに舌打ちをした千歳は掴まれた腕を静かに降ろした。そして、真桜は地面に置いていた自分の鞄を手に取ると再び奏と目線を合わせた。


「いい試合をしましょう。ただし、私達と対戦するまでに奏さんが負けなければ、ですが」


 格下の奏に対して平然と挑発を促した。

 それを聞き、真桜の発言を鼻で笑った奏は何も言わず、校門から流れていく人の波に乗って神代学園を後にした。奏を追いかけて千春もその場を去って行った。


 二人、目指す場所は同じ。

 二人、約束をしたことは忘れず、今はただ良き好敵手(ライバル)として立ちはだかる。


「それにしても小生意気な奴じゃの、妾が一撃でぶっ潰してやるわい」

「奏さんは悪くありません。あれが彼の性格ですから」

「真桜、あの人の肩持ち過ぎ。それに安っぽい挑発」

「あれが一条奏くんか。真桜の言う通り、彼には他の人にはない特別な何かがあるようだ」


 通り過ぎる生徒、全員が目を疑った。

 そこに立っているのは一学年筆頭の最強A組チームのメンバー四人。


 いつまでも奏達がいなくなった場所を見て、ただ静かにとどまっている。

 二組のチームが再び遭遇するのは、そう遠くない未来。――――かもしれない。


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