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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第一章:入学式篇
20/70

第二十話「そして、種は蕾となる」



 033



 約一週間に渡る長期休暇「ゴールデンウィーク」を終えて再び登校日がやって来た。

 じめじめと梅雨到来を一ヶ月と控えた日付――――五月六日月曜日。

 一週間も学校に行ってないと感覚が鈍るのか、今日の奏は目を覚ますのに時間が掛かった。休日よりも数時間も早い時間帯に、いつものように響に叩き起こされたこともあって遅刻は絶対にありえない。

 少し機嫌の悪い、適当な響に操られるように朝食を食べ、学校に行く準備を終えた奏は外で何故か待つ響と一緒に敷地内を出て通学路に飛び出した。


「どうしたんだよ、いつもなら生徒会で朝は先に行くのに」

「今日はなにもないんだよ。ならば、お兄ちゃんと一緒に登校するのは当たり前でしょ?」

「なに、その俺と登校するのは義務みたいな言い方」

「義務だよ。ううん、これは妹としての責務だね」

「どっちでもいいわ」


 幸い、学校に続く一本道と道が一つ外れているお蔭もあって奏と響の周囲には誰もいない。妹と二人で登校しているだなんて見られた日にはクラス中のネタにされること間違いない。

 ただ、そんな人気が無いことを良いことに欠伸をしながら、道を歩いている奏の隣でどこか好からぬことを考えている様子の響は小さな声で「ぐふふふ」と唸った。

 そして、すがりつく様に奏の腕に自らの腕をからみつけた。


「なにしてんだよ」

「いいじゃん、これくらい」

「別に嫌じゃないけどさ。重くてうまく歩けないだけど」

「うわー、お兄ちゃん。女の子に重いとか一番、言っちゃいけない言葉だからね。妹だから良かった物のもし、クラスの女子とかだったら訴えられても勝てないからね」

「大丈夫だ。区別くらいできる」


 憎たらしい様子で視線を逸らした響とは違って、いつも通りの様子でまだ眠い目を擦る奏。ここから、しばらく二人の間に会話は踵が地面に擦れる音だけが異様に響いた。

 毎日のように家の中で、好きなように会話をしている奏達兄妹にとって外に出たから、話の内容が変更するわけではないし、中身のない話しかこの場では続かなかった。

 そして、通学路も中盤に差し掛かって分岐していた道路が繋がる寸前で響は腕を離した。


「そう言えば、お兄ちゃんさ」

「なんだ?」

「ゴールデンウィーク中、バイトとか外に遊びに行っている以外は、ずっと部屋の中で何をしていたの?」


 思い返してみると基本、家にいる奏は部屋に引き籠ってばかりだったことを思いだして響はもっと兄とスキンシップを取りたかったと終わってから悔やみ始めた。

 そんな、妹の言ったどうでもいい質問に奏は愛想よく答える。


「いやさ、まだ実験段階なんだけど俺の超能力で必殺技とか出来ないかな、って考えてた」

「必殺技!?」

「うん。響には色々な使い方があるだろ、だけど俺の力はパターンが少ない。簡単に相手に予測されると思って思考を凝らして考えていたんだよ」

「それで必殺技は出来た?」


 少年が日曜朝の戦隊ヒーローを見るかのように、

 少女が日曜朝の魔法少女アニメを眺めるかのように、

 響の目はいつになく、キラキラと光らせていた。


「まだ実験段階だから、上手にできるかどうかはわかんないけど……」


 分岐する道路に差し掛かったが、運よく人はいない。

 もし、これが誰かの目に止まって、それが全校に知れ渡れば二週間後の大会に置いて不利になることはまず言って間違いないだろう。

 だから、出来るだけ注意をしながら、本邦初公開の技を道路の真ん中で披露する。


「はっ……」


 空気中を漂う風が少しずつ、何かに吸い込まれるように掌に引き込まれ始めていった。驚く響を余所に奏の掌の上には徐々に形状が浮かび上がってくる。


 引力によって全てを吸い込むブラックホール。


 バイトで見せた時よりも幾分か強弱のコントロールが可能になったのが成果として現れた。

 まだ完全ではない。集中力を使うので奏の額からは自然を汗が浮き出していた。


「これが必殺技……?」

「ああ、名付けて闇屑星(ダークマター)。全てを吸い込む引力の球体だ」

「……お兄ちゃん、流石にそれは中二的センスだよ。自分で言ってて恥ずかしくない?」

「う、うるせ。お前の技に比べれば圧倒的に格好いいわ!」


 流石に朝っぱらから、響に見せるためだけに創りだしたことに阿呆らしさを感じた奏は掌を払って球体を掻き消した。

 それを見て、響が「えーっ」と批難の声を上げる。


「もっと見せてよ、お兄ちゃん」

「駄目だ。流石にもう学園が目の前なんだし、そろそろ人も多くなるから」

「ぷー」


 気付けば背後に大勢の神代学生が歩いている。目と鼻の先に学園が見えているので当然ではあるのだがそれでも響は不機嫌なままだった。

 そして、校門の前でいったん、立ち止まると響は不機嫌なまま、奏の元を離れていく。


「じゃあな、響」


 中等部の校門は高等部の校門と距離があるのでここで響とはお別れである。軽く手を振って響の背中をしばらく見た後、奏は校門を潜り抜ける。

 校門から、玄関まで続く長い一本道の両脇に咲いていた大きな桜の木々は既に花びらを落し夏に向けて様子を変え始めていた。


 そんな、桜並木を歩いていた奏は見上げていた目線を下に落して前方に目を向けた。

 そこには十人、二十人は優に超えるほどの人だかりが一本道の真ん中で固まっている。横を通り過ぎる人達は邪魔者のように睨み付けて通り過ぎていく。

 人気者か、はたまた、集団で暴行をしているのかは定かではないが特に気にする素振りなど見せないで人だかりを通り過ぎようとした瞬間、その中から掌が伸びて来て奏の袖元を強く握りしめてきた。


「な、なんだ?」


 驚いた奏が足を止めると人だかりを掻き分けて、A組首席の佐藤真桜が中から現れた。髪は荒波を通り、くしゃくしゃになって表情は心なしか安心したような様子だった。

 突然、袖元を掴まれて、なおかつ出てきたのが真桜だったことに奏は言葉を失った。

 息を切らして袖元に近づいた真桜は手を離して、後ろの人だかりに向けて会釈をする。


「わ、私はこの人と行きますので。失礼します」


 一度は離した袖を今度はもっと強く握りしめて、真桜は一気に走り出した。

 引っ張られた奏は人だかりの方に目を向けながら、一本道を走って行く。後ろから睨まれて集団の人は呆れた様子で陣形を崩した。

 流石に突然、いなくなったものだから人だかりは唖然としながら、小声で口論を始めた。

 きっと自分の悪口を言われているんだろうな。と少し思いつめながら、奏は真桜が歩き出すまで、同じ速度でついて行った。


「はあ……、はあ……。あ、ありがとうございました。奏さん」

「別にいいけどよ。あいつらは放っておいてもいいのか?」

「いいんですよ。必要以上に付いてくる取り巻きですから。気にしないでください」

「……あいつ等はお前と仲良くなりたいんだろうな」

「嫌ですよ。友達くらい、私に選ばせてください」


 本当に嫌だというのが顔から滲み出ている、邪悪な真桜を見ると薄ら笑いを浮かべて余計なことはもう言わないで置こうと奏は心に誓いをたてた。

 ようやく普通のペースで一本道を歩き始める。


「いつもこの時間帯なんですか?」

「まあ、家も近いからもう少しゆっくり出来るんだけど今日は色々とあって」

「色々ですか?」

「そう、色々」


 主に、というより確実に妹関係ではある。

 玄関に着いて、靴を履きかえている二人はその場にいる全員から非常に注目を集めていた。

 片方は「優等生」として扱われている新入生代表、佐藤真桜。

 片方は【劣等生】として蔑まれている全クラスに宣戦布告をした、一条奏。

 学校新聞では素性は隠されていたものの、一年生徒全員に宣言した出来事はすぐに全校中に広まると、同時に密やかに【一条奏】という危険人物の名前も学校中に広まってしまっていた。

 よって、この二人は現在一学年の中で最も注目視されている二人である。

 その二人が横一列になって楽しく談笑しながら歩いているとなれば、全校生徒の注目の的になることは間違いないだろう。


 ただ、そのことを二人は知る由もない。


「それにしても月曜日の朝からというのに他の人の目が凄いですね」

「まあな。お前は新入生代表だから、目立つんだろ」

「奏さんも十分、目立っていますけどね」

「仕方ないな。それに新入生対抗トーナメントが終われば嫌でも目立つことになった。それがただ一ヶ月、前倒しになっただけだし別に何も気にする必要はないからな」

「E組が優勝するって言うのは前代未聞ですからね」

「今までA組しか優勝したことないんだっけ? 表向きは」

「ええ、表向きはA組しか優勝していませんよ」


 敵情視察のような会話を続けながら、廊下を歩いていってA組の教室の前で止まる。


「それでは頑張ってくださいね。奏さん」

「そいつはこっちの台詞だぜ? 真桜」


 互いに嬉しそうで好戦的な雰囲気を伝えると真桜はA組の教室へと消えていった。ここから離れた所にあるE組の教室まで行くのが面倒な気持ちにもなるが足を踏み出す。

 しばらく歩いていると目の前から、見慣れた髪色をした少年がこちらに気付いて大きく手を振って来た。二人は丁度、真ん中で立ち止まると朝の挨拶を交わす。


「おはよう、奏」

「おはよう。何処か行くのか?」

「ちょっと用事が出来ちまってさ。まあ、朝のHRまでには帰れるから、気にすんな」

「別に気にはしてないけど」

「そんじゃ、またあとで」


 相変わらず、朝一番から元気のいい伊御と廊下で通り過ぎて、彼の背中が見えなくなるまで背後を向き、そして奏は自分の教室であるE組に向かって再び足を踏み出した。


 たとえ、この先、どんな苦渋の決断が待っていようが彼は足を止めはしない。

 たとえ、きっとそれが二人の友情を切り裂いてしまう、最悪の結末だろうとも。



 034



 五月六日、月曜日、早朝。

 神代学園、敷地内。第一校舎、生徒会室。


 春になれば桜並木が綺麗に一望できる、この部屋の窓際で登校する生徒を眺めていた一人の三年生は、大勢の人だかりを通り過ぎる二人の男女を見て静かに何かを悟る。

 この部屋にいる他四名に聞こえない、小さな声で男女の名前を呟いた。


「……あれが【一条奏】と「佐藤真桜」か」


 彼達が窓から見えなくなると三年生はカーテンを閉めて、座席に腰を降ろして足を組んだ。部屋全体に緊張感が走り、異彩を放つ五人の生徒が一人を抜いて、ここに集結する。

 机の上にある資料を手に取って、一枚目を捲ると三年生の代表格――生徒会長は声を上げて臨時議会が始まった。


「五月二十日から、四日間行われる。新入生対抗トーナメントが残り二週間と迫って来た。四月の初めにE組の生徒が宣戦布告を言ったことといい、七色家、そして二年振りのS組が参加ということもあって、本校は他校の理事長からも注目を集めている」


 資料を何枚も捲った生徒会長、蒼咲有希(あおざきゆき)は四人にある提案を申し立てた。


「よって、今年の新入生対抗トーナメントは例年と内容を少し変更することにした」


 そんな予想もしない有希の発言に慌てるように机を叩いて、立ち上がったのは風紀委員長の二年生だ。鳶色の髪が小さくなびいた。


「それはどういうことですか、会長」

「どういうことだと言われても、これは理事長からのご要望だ。既に決定している」

「私は反対です」

「お前がいくら反対しようが覆ることはない。それともなんだ、お前は自分の弟(ヽヽヽヽ)が陽の目を浴びることが嫌なのか?」

「くっ……」

「そう、むきになるな。内容を変更することは他の高校にもよくある。今年は偶々だ」


 鳶色の髪をした風紀委員長は歯を食いしばると、何も言えない自分が嫌で拳を握りしめた。その真横で淋しそうに見つめる金髪の青年と入れ替わりに有希は腰を降ろす。

 資料を片手に金髪の青年は説明をし始めた。


「そんじゃま、みんなも経験したことのあると思うけど新入生がクラスごとにチームを結成させて競わせ、今年入学して来た生徒はこんな強さなんだ、って確かめる学園行事だね」


 今までの殺伐とした空気に素足で乗り込むような勢いで軽快な様子のまま資料を片手に話を進めていく。――――と言っても内容は例年となんら変わりない。

 変更点は競技種目くらいだろう、と資料に目を通しながら、この場の全員が思った。


「取りあえず、黄瀬先輩。いいですか?」

「ん? なに、綾乃ちゃん」

「その礼儀の重んじない口調は止めてください。仮にも生徒会のメンバーなのでそう言った軽い口振りのような物は上に立つ人間として成っていないと思います」

「んー。綾乃ちゃんがいうのも御もっともだけど、これが俺だから仕方ないよ」


 ピキッ、と無言で資料をくしゃくしゃにした綾乃の表情が強張った。驚いた素振りを見せた黄瀬だが、その態度に変化はない。むしろ、悪化しているとも言えよう。

 そんな、今にも黄瀬に殴りかかろうとする綾乃を止めたのは隣にいる少女だった。


「まーまー、落ち着いてよ綾ちゃん。あれでも一応は先輩なんだから、敬意と尊敬を少しは持たないとね。いけないと、おも――――」

「愚問だわ、香菜ちゃん。こんな奴に敬意と尊敬を使うなんて、それこそ無駄」

「――――ってたけど、綾ちゃんに賛成だね」

「え、嘘!? 数秒前まで俺のことを擁護してたよね」

「ああ、面倒くさいのでやめました」


 この、いかにも問題児だらけしか集まっていない場に、一度も口を開いていない男がいるがそれこそ、誰も気に留める様子は無かった。

 そんな論点から外れた会話を続ける三人に有希は静かにため息を零す。


「何とか言ってよ、有希。お前の後輩二人、超怖いんだけど」

「……取りあえず、(あきら)。黙るか、死ね」

「この人が一番、怖いこと忘れてたわ……」


 下らない口論も、有希が放つ一方的な罵倒で終わりを迎えると改まった様子で資料を持って有希は黄瀬に指示を仰ぎだした。

 それを受け、資料を広げて黄瀬は再び進行を務める。


「取りあえず、一通りの説明は終えたから。次はこの映像を見て欲しい」


 黄瀬は自分の傍にあった照明ボタンをOFFにすると五人が座る席の中央にある3Dホログラムを付けた。暗転し始めた部屋に半透明な色で一人の少女が浮かび上がろうとしていた。

 その前に黄瀬は資料に目を通して、軽く補足説明を促す。


「新入生対抗トーナメントは主にA組の優勝がほとんど。だけど、俺達の世代、今の三年の大会の時には【S組】が優勝。去年は不参加、他にも何年かに一度S組が優勝をしている」

「それで今年はS組の人間は出場するのか?」

「さあ。でも、資料によれば今年のS組は戦闘意欲の高い人間が集まっているから、出場はすると思うよ。――――まあ、しない可能性も十二分にあるけどね」

「全く、使えませんね。黄瀬先輩は」


 綾乃の容赦ない一言が黄瀬の心に突き刺さる。

 だが、進行を遅らせる訳にもいかず、必死に持ちこたえるとホログラムに手を伸ばした。


「…………」

「それで今年、最も優勝が期待されている――、というか優勝筆頭なのが佐藤真桜を主力としたチーム。次点は学年第八位の生徒がリーダーのチームだね」

「確か、七色家以外で初めて新入生代表を務めた一年生だったっけ?」

「私達の顔に泥を塗ってくれたな」

「まあ、まあ。今年はS組に一人、A組に一人、それとE組に一人いる。今年は豊作だ」


 苦虫を噛むように綾乃が表情を変える。その様子に気付いた情報委員長は宥めるように手を伸ばした。歯を食いしばって、綾乃は静かに耐えた。


「…………」

「それで今年一番のダークホースは、もちろんE組の一条奏率いるチームってことだな」

「入学早々に一学年全員に宣戦布告をした人だね」

「そうなんだよ。まったく、こんな楽しいことをしてくれる新入生は大歓迎だな」

「……どうでもいい」

「強い人にしか興味のない有希には一生掛かっても分からない感情だと思うよ」

「ふん。そんな感情など知りたくもない」


 静かに語り合う二人を余所に、ホログラムからは一条奏の等身大が表示された。


「…………」

「これがダークホースのリーダーか」

「何でも能力は「相手の能力を奪う」と【奪った能力を使用する】能力らしいんだ。実際に目で見た子が教えてくれたから、これは間違いない証言だと思うよ」

「その能力が本当ならば、最強だよね。相当な強さだと思うよ」

「それにE組には鳶姫伊御もいる」

「七色家と最強のダークホースか。残りのメンバー次第で優勝する可能性も充分あるな」

「あいつに、そんなことが出来るわけ!!」


 声を上げた綾乃は隣にいる情報委員長のお蔭で気持ちを落ち着かせると席に着き直した。



「絶対王者のA組。最低評価のE組。姿なきS組。今年の新入生対抗トーナメントは簡単に勝つことも、出来なさそうだ。それでこそ、楽しみがいがある」



 有希の言った、そんな一言が他のメンバーにどのように伝わったかは判らない。

 ただ一つわかることは、落ちこぼれと蔑まされていたE組の評価が一条奏の力によって少し上昇傾向にあるということだろう。


 主に二、三年生で構成されている生徒会とはまた違った組織。

 各学年に一人はいる天才の力を宿した本物の天才達は会合の場を終えて席を立った。



 035



 廊下で奏とすれ違い、人気のない場所を歩いていた伊御の携帯が鳴り響いた。

 いつもE組にいる時とは違う、全くの無表情で伊御は携帯を取り出すと通話にでる。


「はい、はい。わかりました」


 誰かに何かを告げ終ると指示を受ける。

 静かな廊下に彼の頷く声だけが聞こえていた。

 そして、最後に再度要件をおさらいすると伊御は息を大きくはいた。



「それでは引き続き監視(ヽヽ)を続けます。JOKER」



 携帯を切った伊御は校舎の壁に寄りかかって、静かに地面に腰を下ろす。

 そして雲一つない青空を見上げると先ほど吸った息をわざとらしくはいた。

 頭の中を目まぐるしい勢いで駆け抜けていく。

 思いと気持ちが困惑して、混合して、何もかもが嫌になって来た。

 だけど。

 あの人の気持ちに応えないといけないのが、彼――伊御の使命なのだから。

 戦わないといけない。


「入学から一ヶ月、信頼は得た。種は蒔き終り、蕾となる。二週間後の大舞台に向けて俺は向かわないといけないんだ。もう少しで、あいつを救う機会に――――手が届くんだ」



 ――――そのためには培った信頼を犠牲にしても構わない。



 淋しく告げる伊御の声は震えて

 虚しく風が彼の前の葉っぱを舞い上げると、

 朝のHR開始五分前のチャイムが静かに鳴り響いた。


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