第二話「出逢い」
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それが転生だということに気付いたのは十歳を過ぎた頃からだと思う。
前世では勇者であり、現在はごく普通の高校生となった一条奏はそう語る。
気付いた時にはそれは思い出ではなく、前世の記憶として頭の中に浮かんでいてそれでも何ら変わらず十六年間の生活を送って来た。
前世の記憶が完全に思い出している――――というわけではない、忘却の彼方に消えている記憶は僅かだが、ぼんやりしか思い出せてはいない。
だけれど今度は勇者でもなければ、転生者でも、冒険者でもない。
普通のごく有り触れた超能力を持つ生活を送っている。
そんな普通の高校生が今朝から始まろうとしている奏は、今日を持って普通と自称していた生活を前世に所縁ある人間と出会ったことによって大きく乱されるのであった。
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朝。
ごくありふれた毎日の繰り返し。
三百六十五日、毎日訪れるその朝はもはや恒例行事となって奏の体に染みついている。
目覚ましが鳴り響く自室に唸り声を上げながら枕元に置いてある目覚まし時計を止めようと手を伸ばす。 しかし、寝ぼけているせいかボタンを押すことが難しく気付けば、アラームは鳴り止んでいた。
奏の意欲は再び睡眠欲へと向けられる。大きく布団を被り直すと再び夢の中へと誘われた。
「……ん」
寝言をむにゃむにゃ、と呟きながら布団の中を転がり始めた奏はカーテンの隙間から、零れ落ちている眩い朝日に目を打たれると再び大きく布団を被り直した。
五分おきになるように設定されているアラームは再び奏の耳元に煩く鳴り響き始める。次はと再び手を伸ばすが動作の鈍い朝に一分間の制限時間は短く、再びアラームは鳴り止んだ。
「……んぁ」
再び、部屋には静寂が訪れる。
それからしばらくして、階段をリズミカルに駆け上がって来る足音が淡々と聞こえてくる。それは徐々に大きくなると、奏の部屋でピタリッ、と止まった。
相変わらず寝ぼけ気味の奏は寝返りを打った。
それと、同時に奏の部屋に備え付けられている大きな扉は勢いよく―――ぶち抜かれた。
「お兄ちゃん。朝だぞー!」
ピキピキ、と部屋の扉は爆風によって前方へと押し倒されて黒色の煙を帯びている。だが、奏は一切と動くことはせずに布団にくるまって深い眠りについていた。
ぶち抜いた扉の上をズカズカと通り過ぎると、その少女は奏の布団を勢いよく剥ぐと毎日の流れ作業のように黒色のカーテンを全て開いた。
眩しい朝日が奏の部屋へと入って来る。
「ん……」
「お兄ちゃん。朝だぞー!」
「ん。うん、わかっとる」
「わかってないよ、全然。早く起きてよ、今日から高校生でしょっ!!」
剥ぎ取り返した布団を再び被った奏の手首を思い切り掴むと布団を力一杯剥がそうとする。だが、まだ半分寝ぼけ気味の奏も負けずと力を込めて布団を奪取するのを阻止した。
毎日の恒例作業を行っているのだが少女は流石に疲れた表情を浮かべて布団から手を離すとおもむろに右手を奏の額へと当てる。
その右手は段々と赤々しく光始めると少女は「よしっ!」と呟いて口を開く。
「お兄ちゃん。後、三秒以内に起きないとお兄ちゃんの脳、爆破させちゃうぞっ☆」
「うわぁ!? 起きます、起きます。てか、既に起きてました!」
脅迫まがいなことを満面の笑みでした少女はにこやかに右手を額から引く。朝一から脅迫を受けた奏はヘッドスプリングをしながら、ベッドの上に立ち上がると満面の笑みで微笑む妹を見て思わずほっと息を付いた。
「毎朝、酷い起こし方をするな。響」
「てへっ☆」
「てへっ。で済むから良いけど俺が起きなかったらどうするんだよ」
「もちろん予告通りに爆破させるけど?」
「相変わらずぶっとんだ妹だな」
「いやー、照れるよ。お兄ちゃん」
「褒めてねーよ!」
照れている表情を浮かべながら、一条響は「あ、そうだ」と続けざまに会話をつなげる。話題を逸らそうとしているのが目に見えているので奏はすぐさま、声を上げるがそれも虚しく掻き消された。
「お兄ちゃんと遊んでるのもいいけど、今日は入学式だから急がないと」
「そう言えばお前、在校生代表だっけ? 大変だな、生徒会長って言うのは」
「そうでしょ、もっと褒め称えよ!」と胸を張る響に向かって頭にチョップをすると奏は長年使用している寝間着ようのパーカーを脱いで黒色のTシャツを露わにする。
うるうる、と目に涙を浮かべながら、後ろで文句を言っている響を無視して欠伸をしながら奏は買ってから一度も袖を通したことのない、真新しい制服に身を包んでいった。
奏が今日から通う学校――神代学園は超能力を専門に育成するための高等学校。中高一貫で有名な進学校で響は中学の頃から通っているのだが、中学は能力専門の中学ではない普通学校に通っていた奏だったが、とある事件によって中学を止めざる得ない状況に陥って、止むを得ず妹も通っている神代高校試験を受けた。
補欠合格と言い訳も出来ない散々な結果だが、奏はこの高校に通うのを楽しみにしていた。
「うー、お兄ちゃん痛いよ」
「馬鹿が。爆破の能力を持つお前のビンタより数億倍痛くないわ。流石にあのビンタを連続で喰らったら、生きてる気がしねぇよ」
「えー、そんなに私の能力強いかな?」
「強い、めっちゃ強い、マジぱねぇ」
「いやー、そんなに褒めなくても」
煽てると、とことんそれに乗る。響の扱いに慣れている奏は適当にあしらいながら一昨日に届いた制服を見事に着こなして寝間着のパーカーをベッドに投げた。
「あ、お兄ちゃん。この服、洗っておくね」
「ああ、よろしく」
時計をチラッと窺うと八時前だった。
入学式開始は九時なので、ゆっくり歩いても十分間に合う時間帯だろう。ちなみにここから学校までの距離は徒歩で十分もかからない場所にある。実に通学としては楽である。
ちなみに中学の頃は片道一時間の学校を選んでいた。
「私はこれを洗濯機に入れてくるから、お兄ちゃんは先にご飯、食べてていいよ」
「わかった」
一足先に部屋を出て豪快に階段を下って行った響の背中を見下ろしながら、奏は階段を下り始める。階段を降りる直前に自分の両隣の部屋を数秒見つめるとすぐさま足を踏み出した。
欠伸をしながら階段を下って目の前には四人掛けのテーブルが設置してある。少し離れた所には黒色の数人掛けのソファーが三つ並んでいて、その正面には65インチのTVが置いてある。
「ふあぁぁ」
定位置の椅子に腰を下ろすと美味しそうな匂いと共に目の前にある味噌汁から湯気が立っているのを確認すると箸を手に取って小さく「いただきます」と呟いた。
朝ご飯はシンプルでご飯、味噌汁、目玉焼きの三点である。それを均等に食べ進めていると洗面所から帰って来た響が定位置である奏の前の椅子に腰を下ろした。
「いただきます」
可愛らしく呟くとピンク色の箸を手に取って味噌汁に手を付ける。
一条家は基本的に朝ご飯の時はTVを見ない。朝のニュースなどはご飯を食べる前、食べた後に情報を得るのが自然と流れになっているので、箸と食器がこすれる音が鮮明に聞こえる。
ふと、味噌汁をテーブルに置いた奏は隣の席に朝食がないことを気にする。
「あれ、姉さんは?」
「お姉ちゃんなら三十分くらい前に言っちゃったよ」
「姉さんがそんなに早起きするなんて珍しい。今日、霰でも振るんじゃないのか?」
「お兄ちゃんも今日のお姉ちゃんを見習って、もう少し早く起きてよ。私だって一応、会長なんだからさ。準備だってあるし、他の役員になんて言われるか……」
「別に朝飯は作っておいて先に行けば良かったじゃないか」
「それじゃ駄目なの! お兄ちゃんと一緒に登校をする私の夢はどうするのさ!!」
「……いや、知らんし。そんな夢」
味噌汁を啜った奏は淡々と興奮気味に答える響の言葉を華麗にスルーする。
むぅ、と唸った響は頬を膨らませて少し不機嫌な表情を浮かべながら目玉焼きを食べる。
「お兄ちゃん、中学は普通の学校だったから、入学式くらいは一緒に行きたいよ」
「別に超能力を持ってるから、超能力の専門学校に行くって義務はないからな」
「ぶー。まあ、いいですぅ。今日は一緒に登校出来ますから、私は超ハッピー。今日、全身が骨折しても良いくらいの気分です」
「なんていうかお前、生徒会長ってキャラじゃないよな」
「なんですとー!」と箸を突き立てながら立ち上がる響に「行儀が悪い」と、一括した奏は響よりも、一足先に朝食を食べ終える。そして、食器を重ねてキッチンに置きに行った。
時計を見ると八時二十分を過ぎていた。そろそろ準備に取り掛かろうとする奏は身支度を整えるために洗面台へと歩いて行く。
顔を洗って、寝癖を直すと少量のワックスを手に馴染ませて頭に付けるとセットしていく。髪は決して長くは無いが短くもない程度でワックスを付ける必要もないのだが、中学からの癖で行っている一連の行動なので既に気にしてはいない。
ある程度、納得がいった髪形になると入学式くらいは真面目にしてみるかと少し緩んでいるネクタイを引き締める。
きつくもなく、かといってだらしなくもない程度に。
「ま、どうせネクタイなんて付けなくなると思うけどな」
奏が通う高校はネクタイを付けることは校則にない。だが、普通ブレザーにネクタイ着用は必需であるが故に校則にはなくともネクタイを付けている人間は多い。
クラスが上になればなるほど制服を正している人は多くなり、クラスが下になればなるほど制服を乱している人は多い。
頬を軽く掻くと居間の方で聞こえてくる朝のニュース番組の声に誘われて奏は居間へ赴いた。そこでは朝の超能力に関する事件から、普通のニュース、政治・経済、科学に関する論文など目白押し内容だ。
ソファーに腰を下ろすとキッチンの方で響が荒立てながら、誰かと電話しているのが判る。奏がTVに意識を向けていると電話は終わり、響は急ぎ足で階段を駆け上がっていった。
その様子を不思議に思った奏は首を傾げながら、ニュースを見た。
『今朝のニュースです。昨日、××町で通り魔事件が発生しました。これで今月に入ってから二件。先月は七件と合計で九件もの通り魔事件が起きています』
「通り魔ねぇ……」
『警察はこの一連の事件を同一人物の犯行とみて捜査を進めると共に犯人は能力を持っている人間なのか調べていく方針を発表しています』
この世界で超能力と言われる科学的に証明された才能を持っている人間は全人類四十六憶人の中でも極々わずかである。恐らく三億人にも満たないであろう。日本ですら、現在の統計で言うと三千万人と前年の結果が出ている。
この才能を悪用する人が後を絶たないが警察の中にも超能力を持っている人が多く存在する。超能力に関わる事件は解決率が他の事件と比べて低いが、確実に確かな解決をしているのは確かだ。
『――――以上、朝一番ニュースでした』
アナウンサーの一人がお辞儀をすると奏はソファーに横になって欠伸をした。
すると階段をドタドタと駆け下りてくる響は息を切らしながら、玄関へと向かっていく。
「お兄ちゃん。私、先に行くね」
「あれ、一緒に行くんじゃなかったのか?」
「何でも急ぎで私に見せないといけない書類があるらしいんだって。だから、お兄ちゃんとのラブラブな登下校は明日からにするね」
「お前とラブラブはねぇけどな」
「えーって、あ、もう時間ない。い、行ってきまーす!」
物凄い速度で靴を履きかえると風のような速さで響は家を出て行った。
「いってらっしゃーい」
欠伸をしながら奏は響を見送るとTVの左上に表示されている時間を見る。時刻は八時四十分を過ぎ、
リモコンを手に取って電源を落とす。
「さて、俺もそろそろ行きますか」
入学式なので手荷物は必要なし。家の鍵と財布を机から手に取ると階段の手前で立ち止まると手を口元に当てて声を上げた。
「行ってきます」
もちろん返答は無い。
奏は軽く失笑しながら、この日のために新調した靴を履くと鍵を掛けて家を出た。家の敷地内を抜けるとまず目の前に通りかかったのは自分と同じ制服を着ている人間だった。
この地域には超能力を所持している人間が比較的多く密集している。いや、この地域というよりこの街と言った方が正しいのかもしれない。
通り過ぎていく様子を目で追いながら、奏は学校へと歩いて行く。
ポケットからイヤホンと音楽プレイヤーを取り出すと耳に付けて音楽を奏でる。
「ふんふふん、ふふんふんふん~♪」
ノリノリで指を宙に浮かせて指揮者さながらのポーズをしながら、歩いて行く。
学校に近づいていくほど同じ制服を着ている人は通学路に増えていく。最初は一人、二人だった通学路にも三人、四人と恐らく新入生であろう人達が段々と増えて行った。
そんなことに気付きもしない奏はお気に入りのアーティストの曲を聞いている。
しかし、奏は音楽に集中しすぎて気づいていなかった。
いつのまにか学校に続いている、通学路から人知れず外れていることに。
しばらく歩いていた奏は曲と曲の間の無音の時にふと何処からか誰かの怒鳴り声が聞こえた。それを不思議に思った奏はイヤホンを耳から外すと、自分の現状にようやく気付く。
先ほどまで居た同じ制服の生徒は誰一人として姿が無く、真正面に続く道の先には見たこともない景色が広がっていた。
思わず首を傾げる。
「ここ、何処だ?」
唖然と口を開きながら、その場に立ち止まる。
そして再び何処からか誰かの怒鳴り声が奏の耳に入って来た。周囲を見渡すが人らしい影は見えない。「聞き間違えか?」と言葉を零しながら周囲を散策していくと比較的見にくい場所に狭い路地を発見する。
「ここかな?」
声を頼りに歩いて行くと奥の方には自分と制服の違う学ランの高校生二人が自分と同じ制服を着ている女子高校生を追い詰めている光景だった。
「なあ、今から俺達とデートしようぜ?」
「入学式とか、かったるいし俺達と一緒に遊んだ方が何百倍も楽しいと思うぜ」
ハッキリ言って典型的なナンパだった。
アニメでも見ているのかと一瞬錯覚するほど、その高校生は典型的な恰好と典型的なナンパ台詞を自慢げに女子高生へと述べている。
流石に、一度見てしまったからには助けに行かないといけない。奏は裏路地を歩いて行くと一人の不良が背を向けた所で奏に気付いて近づいてくる。
「おうおう、何かようか?」
「いや、お前らにはねぇよ。俺が用あるのはそこの女の子」
もう一人の不良が前にいるせいか、誰なのか、どんな容姿をしているのかわからなかったが取りあえず奏は知り合いの振りをする作戦を決行して声を掛けた。
だが、不良が文句を告げる前に女子高生は声を上げる。
「私、その人知りませんよ?」
首を掴もうとした不良はその言葉を聞いて呆然と口を開く。流石の不良も奏が少女を助けようと善義で言っていることはわかっていた。
しかし、その一連の流れで本来なら助けてもらう立場の少女は呆気なく打ち砕いた。
これでは助けようとした奏の面目が持たない。
「だ、だってよ。どうするんだ、お前?」
「俺だってあの子は知らないよ。けど、困っている子を見て助けない訳にはいかないだろ」
「別に私、困っていませんよ? 全然、平気です。この程度なら日常茶飯事レベルです」
ヒラヒラと茶色の髪が左右に揺れながら少女は淡々と奏と不良に告げていく。
「なんなんだ、こいつ?」
「いや、俺に訊かれてもわからないんだが」
「と、とにかくだ。まずはカッコよく助けようとしたお前をボコボコにしてやる」
不良の一人が片手を握りしめると、その手は瞬く間に赤々と輝き始めた。
「俺の能力は拳変化。拳の強さを最大限まで引き上げることが出来る」
するともう一人も便乗してか、片足を前に上げると著しく青々と光始める。
「俺の能力は脚変化。脚の強さを最大限まで引き上げることが出来る能力だぜ」
二人の不良は得意げな表情を浮かべると、奏に向かって勝ち誇ったポーズを見せる。
この街は能力者に有り触れていることを知らないのか、それともただ単に自慢したいのか。呆れて物も言えない奏は、二人を気にする素振りも見せず勝ち誇った顔をを見て笑った。
しかし、それは呆れている表情だということは知らない。
「ははっ、驚いて言葉もでねぇか」
「俺達、巷でなんて言われてるか知ってるか? 拳脚兄弟って言われてんだぜ」
果たしてそれは恐れられているのか、馬鹿にされているのか。奏は心の中で少し笑う。
それと同時に二人の不良の奥にいる女子高生の肩がピクピク、と上下に動いていた。それは彼女も奏と同様に必死で笑いを堪えている様子である。
それと同時に女子高生も笑いに耐えて口を開いた。
「ダサい名前だな、二人共」
「ダサい名前ですね。お二人共」
その発言を聞いて拳脚兄弟は額から妙な音を鳴らすと奏と女子高生の元へと向かう。
拳変化は奏の方へ殴りかかるように走り込み。
脚変化は女子高生を蹴り上げた。
奏は赤々と光る拳を避けると通り過ぎて行った不良の掌に軽く触れてある言葉ワードを呟く。
「んなっ!?」
不良が足取りを不安定にさせながら、拳を撃ち出して反対側へと移動し終えると勝ち誇った表情で己の拳に目を落す。
そして、自分の拳に起こった惨劇に目を疑うと妙に高い声を上げた。
「お、お前。俺の能力に何をしやがった!」
「何おって言っても……、アンタの能力を吸収させて貰った」
「きゅ、吸収!?」
「さて、今度は俺の番だ」
ブンブンと腕を振り回すと奏は先ほどとは別の言葉ワードを呟く。すると回した左腕からは拳変化アッパーチェンジの不良と遜色ないほどの力の変化が窺える。赤々と拳が光始めた。
その光景に不良は驚く。
「まさかお前も拳変化アッパーチェンジだったとはな」
「拳変化アッパーチェンジ? まさか、俺がこの世で三番目にダサい能力な訳ないだろ」
「ダ、ダサイだって。てめぇ、どうやら俺を怒らせたようだな」
不良は再度拳に光をともすと、先ほどとは比にならないほど力強い赤々とした輝きを纏う。奏が纏う量とは明確に違いが分かるほど不良の拳からはオーラが湧き出ていた。
「俺を怒らせたことを後悔しろォォォォ!!」
交差するように奏と不良は拳をぶつけ合った。確かに両者共、相手の体には命中しているが目を白くしてその場に崩れ落ちたのは拳変化アッパーチェンジを持つ不良だけだった。
明らかに力の差が合った中、攻撃を受けて微動だにしない奏は赤々とした拳を消すと気絶している不良に向かって告げた。
「必要なのは無理やりの力じゃなく、自分に見合った力の変化。アンタにはそれが出来てないから俺に負けるんだよ」
満面の笑みで誇らしげに告げた奏はすぐさま後ろから轟音がしたのに気付いて背を向けた。
そこには煙を吹き出しながら、目を回して気絶していた脚変化レッグチェンジの不良だった。
「あらあら、この程度で気絶してしまうとは弱いですね。アナタも」
頭上から何か振り降ろしたと思ってしまうほど、脚変化レッグチェンジが倒れている地面はへこんでいた。目の前の女子高生の顔は地面から立ち昇る煙で見えないが安否が確認できたので一安心だ。
「えっと、誰だかわかりませんが助けて頂いてありがとうございました」
「いや、一人は君が倒したから別に助けなくても如何にか出来ただろうし、俺の出番はなかったかな」
「そんなことないです。一応、助けて頂いたので感謝は受け取ってください」
「じゃあ、そうすることにするよ」
「ありがとうございます」
頭を下げた影が見える。
そんなことを話していると奏は自分が迷っていたことを思い出して、身元不明、どこの誰かわからない女子高生に声を掛ける。
「この辺に神代学園って学校があるんだけど、何処にあるかわかる?」
「それならここを出た道を五分程歩いて行けば着きますよ。お礼にご案内しましょうか?」
彼女の言葉に奏が迷いかけていると、近くの学園から綺麗な音色で予冷の鐘が鳴り響いた。
その音に驚いた奏は、あっちの方に行けば学園に行けると自力で行けることが確定したので女子高生に改めて声を掛け直す。
「いいや、案内はして貰わなくてもいいよ。見た所、君も学生みたいだし、早く行かないと学校に遅れると思うから」
「いえ、それじゃあ、私も――――」
全てを言い終わる前に煙の消えた場所から、奏の姿は消えていた。
既に奏は元の路地に戻って学校へと急いで向かっていった。
気絶している二人の不良を踏みつぶして路地へと戻った女子高生は遠目に見える同じ制服の男子高生を発見するとその場で腕を組んで、その影が消えるまでジッと目で追っていた。
「あの人、何処かでみたことあるような……。あ、私も早く行かないと」
既に時刻は八時五十分を過ぎていた。
入学式は九時中五分。それ以前にクラス発表を終えて一旦、教室に向かわないといけない。
急ぎ足で鞄を抱えると少女――――佐藤真桜は通学路を少し外れた路地を走っていく。