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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第一章:入学式篇
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第十八話「前世、そして今」


 数分後。

 ゆらり、ゆらりと揺れる観覧車の中で奏は小さくため息をこぼした。

 真正面で、うきうきと鼻歌なんて陽気に歌いながら段々と高くなっていく景色を眺めている真桜の横顔を気にしながら、再度大きなため息を付いて静かな空間を誤魔化した。

 朝から絶叫系しか乗ってこなかった奏にとって今は唯一、安らげる場となっていた。身体を背もたれに預けると外の景色から見える、街の一望を静かに見下ろす。


 観覧車に乗る際、何故か腕を組まれて観覧車の手前でサポートをしてくれる男性の従業員に睨まれた気もしたが、今はゆったりと出来るだけで周囲の目はどうでもよかった。

 観覧車が周り初めて少し、二人の間に沈黙があったが、ここで初めて真桜が口を開く。


「知っていましたか、一条さん」


 奏がその発言で外の景色から、真桜の方に目を向けると正面に座っていた彼女と目が合うと微笑ましく真桜は笑った。

 そして、息をつこうとした奏の口に掌を伸ばして塞いだ。


「ため息一回につき、幸せが一つ逃げていくらしいですよ?」

「何の主張だよ。てか、既に千回単位で幸せを逃がしていそうな気がする」

「一条さんがいくら幸せを逃がしても、私にとっては何の興味もありませんけれど今、最も幸せな気分の私の前でため息なんてつかないでください」

「はいはい。初めて来た遊園地で浮かれていらっしゃるのですね、佐藤さんは」

「……そ、それもありますけど」


 脈絡のない話の内容から沈黙だった空間に音がつながった。ごにょごにょと、奏には決して聞こえないボリュームで口元を小さく動かすと恥ずかしくなったのか顔を手で覆った。

 何をしたいのか、まったく理解できない奏にしてみればいい迷惑。狭い空間の中で無意味な動作は宙に浮かんでいる巨大な鉄を揺さぶる原因に直結する。

 現に真桜が恥ずかしそうに、足をバタバタとしている間も小刻みに観覧車は揺れている。


 観覧車が大よそ全体の四分の一に差し掛かった時、奏は徐に外の景色を眺める。


 頬杖を付きながら欠伸をする。景色とは全く正反対のロマンティックの欠片もない奏が外の景色を見ていることに気付いた真桜は即座に外に目線を向けて、同じ景色を堪能した。


「綺麗ですね」

「……ああ、そうだな」


 恐らく、観覧車を乗るタイミングとしては夕暮れ、太陽が沈みかける直前に見る街の景色が興味のない奏の心にも強く刻み込まれるだろう景色の例題だろう。

 だが、現在は昼時。燦々と輝く太陽が照らし、それに伴ってビルなどの外壁が反射をする。この景色を真桜が見れば、ロマンチィックに見えたのかもしれない。

 いや、真桜の場合、ただそこに奏がいるだけでどんな景色も情景も綺麗に見えると思う。


「一条さん」


 景色を楽しんでいた奏の耳に真桜の声が響き通る。

 そして、続ける。


「私が。私が魔王だって思ってどう思いましたか?」


 場とは似ても似つかない。

 まったく、このデート(仮)とは関係の話題に奏は頬杖を止めて彼女の方に身体を向けた。


 思えば、奏はあの時に真桜から宣言をされて以来、寝ても覚めても気にしていた。

 真桜の言った言葉の強さ、何故そこまでして前世にこだわっているのか今の奏にその真意は判らない。足早に高鳴る鼓動を押さえながら、奏は言葉を絞り出す。


「あれから、色々と考えたんだけど、どうしてお前はそこまでして前世にこだわるんだ?」


 直球的に質問をした。

 質問を質問で返した。


「俺達は今年で十七歳。十歳の時にこの世界が二度目の世界で前世の記憶があるって知った。だけどさ、曖昧で所々、うろ覚えな癖に前世とか勇者とか、そんな重苦しいこと今までは深く考えたことも無かった。けれど、今年に入ってから佐藤、お前に出逢って前世の記憶が色々と蘇ってきた」


 思っていたことが、すらすらと口から溢れ出していった。

 真桜は黙り込んで奏の意見を聞く。それが間違いだと気付いていても、奏を責めない。

 何故なら、彼女もまた同じ経験をしていたからだ。


「だけど、よく考えてみろ。前世の記憶があって、それが因果とか運命だとかって言うのは一向構わない。でも、そんなのは傍から見ればただの妄想なんだ。前世はしょせん、俺達の妄想。絶対にありえ――――」

「違いますっ!」


 ヒートアップしていった弁論を遮られて奏は真桜が立って居ることにすら気づかなかった。かっかする真桜は荒い呼吸を繰り返すと、奏の言葉を強制的に黙らせた。

 そして、首を横に振る。


「少なくとも私はそうは思いません。幼少期から、自分じゃない自分じゃない自分の記憶を持っていて、苦しい時もありました。だけど、絶望した私の最後の支えになってくれたのは他でもない前世の一条さんなんです! だから、そんなこと言わないでください……」

「でも、それは前世の記憶だ。今とは何の関係もない偽りの記憶なんだよ」

「それでも。それでも、私はこの世界に生まれて、この記憶を知って、一条さんと出逢って生まれて来た意味があったと心の底から思っています。この気持ちは絶対に覆りません」


 断固として譲らない真桜の表情は何かを決心した時のように勇ましい。

 前世と今は何の繋がりなどない、ただの偽りの記憶だと思う奏。

 前世と今は繋がっていて、真実しかないと主張する真桜。

 互いに互いの意見を食い違い、否定し合う中で決意したように真桜は口を開く。


「私が、前世の魔王が最後の戦いの時に何を言ったのか覚えていませんか?」

「悪い。俺はお前みたいに全部を思い出したわけじゃない」

「私だって全部は思い出していません。でも、これだけは一番初めに思い出しました」


 罪悪感で彼女の顔を見ることが出来ない奏は床へ俯きつつ、言葉を待った。

 すーはーと息をはいて決心した真桜はあの時、魔王城で最後の戦いを前に奏、前世の勇者に送った言葉を綴った。

 その口で、確かな言葉で。



 ――――――私、アナタのことが好きですから。



 思わず目を点にして唖然とする奏が真桜の表情を見ようとするが、咄嗟に彼女は奏の顔面を自らの掌で覆い、その真っ赤な顔を悟られないように護りきった。



「この気持ち、胸のときめきは今世(いま)前世(むかし)も変わりません」



 約五世紀と十七年。

 募りに募った言葉を言い切った真桜は清々しい表情を浮かべながら、ゆっくりと奏の顔から掌を離すと、ニコリと笑って嬉しそうに微笑んだ。

 その瞬間、奏の脳裏に真桜の背後に前世の魔王の姿がフラッシュバックで蘇った。あの時と同じ顔をして、同じ笑い方をして。そして笑顔で死んでいった彼女を全て思い出した。

 静かに自分の掌を見つめると奏は顔を覆った。


「どうかしたんですか、一条さん」

「……いやさ。なんか、今ので思い出したみたい。お前は確かに言っていた。そうやって、自分が死ぬのに平気そうな笑顔で笑いながら」

「だって、私。夢描いていましたから。同じ世界に生まれた私と一条さんが何の因果も脈絡もない世界である日、曲がり角でぶつかって運命の再会を果たすって。想っていましたから」

「なんだよそれ、恋愛漫画かよ……」


 再度、顔を上げて正面にいる真桜に顔を向ける。

 今までに無いくらい現在の真桜は清々しいほど、笑顔で笑っていた。それがこの告白の効果なのか。奏と再び今世で出会った為なのか、それはまだわからない。

 だけど、今はそんなことなんてどうでもいいとさえ思っていた。

 奏は静かに昇って行った観覧車の中で、ゆっくりと揺られながらそう考えていた。


「…………」

「…………」


 なんだか、二人共恥ずかしいばかりの言い合いをしていたせいなのか一旦静かになると誰も口を開かずにただ静かな時間が観覧車の揺れる音と共に過ぎて行った。

 既に頂上に差し掛かり、ガラスの向こう側の景色は夕焼け色の空と雲が静寂に包まれながら静かに夜を迎えるために黒色に変化しつつあった。


 さらに五分は経過した頃だろう。沈黙に耐えきれなくなって真桜は先ほどの話をぶり返すように興奮気味に立ちあがるなり、奏の前に立った。



「それで私の告白の返事はどうなるんでしょうか?」


 的確な質問を受けて奏は体を少し震わせる。出来れば、そのままにしておきたかった話題に気付かれた奏は頭を掻きながら真桜の顔を窺う。

 男らしい発言とは裏腹に、今の彼女の表情はとても女らしく赤くなっている顔なんて思わずドキっ! としてしまうくらい少しだけ、ときめいてしまった奏は即座に顔を逸らす。


「お前の告白だが……」


 緊張しすぎて顔が引きつり気味の奏は自分でもわかるくらい体中が暖かかった。密閉空間に何十分間もいたためなのか、女性と近くにいすぎているのか、それとも生まれて初めての告白を受けて自然と体温が上昇しているのか、無知な奏には到底わからなかったがとにかく何か言わないと思ったのは確かである。


「お前が好きだと想っているのは、あくまで前世の元勇者の俺だ。だから、その告白は前世の俺に対しての告白と解釈していいんだよな?」

「……は?」


 あまりのチキンっぷりに思わず真桜は呆れた表情を見せるがそんな表情も段々と崩れていくといきなり真桜は耐えきれずに笑い出した。


「ふふふ、あははは」

「何が可笑しいんだよ」


 自分でも可笑しなことを言った自覚のある奏は、笑い転げている真桜を見て機嫌を損ねた。そんな奏を見て色々と吹っ切れたのか、荒立っていた姿も静まって真桜は静かに席に着く。


「いえ、ただ一条さんがあまりにも小心者(チキン)なので」


 そんな言動を聞いて奏は反論をする。


「別に俺は小心者(チキン)じゃない。俺は正しいことを言った」

「なにが正しいんですか。女の子が純粋に男性に告白していると言うのにそれがスルーされて小心者(チキン)以外の例えがあったら聞きたいくらいですよ」

「お前は現在の俺に対して告白はしてないだろ。前世の俺と勇者は姿形も違えば性格だって違う。あんなに優秀で有能じゃない。俺はダメダメの人間だからな」


 奏が言う反論にも一応の筋は立っている気がする。

 佐藤真桜――元魔王が行為を抱いていたのはあくまで一条奏ではなく元勇者である。幾ら前世の自分に告白されたからといって「はい、そうですか」と言う以外に答えは残っていない。

 今世の奏と前世の勇者は違う。

 同様に今の真桜と前世の魔王は違う。

 考え方としては正しいし、正論でもある。だが、曲論だってある。


「あああ、何で言えばいいんですかね。この頭のお堅い一条さんにどうやったら私の気持ちが純粋に届くんでしょうか。考えただけで気が遠くなる話です」

「言っておくが俺の頭は固くないぞ。何せE組だからな」

「……この人には何を言っても無駄な気がしてきました。考えるだけ無駄です」


 純粋すぎるが故になにもわからない奏と、頭がよすぎるが故に上手く気持ちを表現できない真桜。似ているようで似ていない二人が小さな観覧車の中で言い合いをしばらく続ける。

 そして、息も乱れて呼吸音だけが聞こえる最中。

 思い切って真桜は、とある提案を打ち出した。


「それならこうしましょう。一条さん」


 ピシっ! と人差し指を二人の前に立てる。女性らしい細くて綺麗な指が伸びる。


「賭けをしましょう」

「……はい!?」

「五月中旬にある新入生クラス対抗トーナメント対決で優勝をした方が負けた方になんでも言うことを、一つだけ聞く権利を貰えるって言うのはどうですか?」


 突然の提案に首を傾げた奏。


「それと今の話に何の脈絡もない気がするんだが」

「大丈夫です。本題はここからですから」


 そこから真桜の新入生クラス対抗トーナメントについて。先ほどの提案の本題が語られる。

 つまり、この戦いに制した方が負けた方になんでも一つだけ言うことを聞く権利を貰える。ということは奏にこのことを納得して貰いたいという真桜の巧妙な作戦である。


 そう、何でも一つ(ヽヽヽヽヽヽ)


 例え、なにを言われても拒否権の無い権利。

 簡単に言えば、「能力対決」の時に提示される勝利条件と非常に疑似している部分だろう。ただ違うことがあるとするならば「本人の拒否権がない」ことと「勝負が終わるまでどんな命令を告げられるかわからない」ということだ。


 その旨をありのまま、全てを奏に告げた真桜は続けざまに熱弁を続ける。


「まさか、ここまで来て止めるとかいわないですよね? 全クラスに注目、警戒視されている一条奏がこんな安っぽい賭けで身を引くわけありませんよね。どっちにしても優勝を目指すならば私達A組のチームと当たることは確実ですから」


 全てを告げ終えて唖然とする奏の顔を見ながら、恐ろしいほど優しい笑みで微笑んだ真桜はゆっくりと降下していく観覧車の座席へと座った。

 あからさまに本当に安っぽい挑発を受けて逃げるわけがない。奏は対抗心をむき出しにしながら真桜に笑いながら宣言する。


「その賭け、乗った。俺はA組に勝って結果だけが全てじゃないって証明してやるんだ。佐藤の賭け一つ背負った所で何の代わりもない」

「いいですね、その表情。やはり、一条さんはそうでないと」


 そう言った真桜は既に降下中の観覧車の中を歩くとそのまま奏の隣に徐に座りこむ。

 あまりにも脈絡のない行動に思わず危機感を感じて席の隅の方へと移動をしようと席に手を付けた瞬間、強引に真桜の両手で奏の頬を掴むと横顔の奏に向かって柔らかい口を近づけた。


「んなっ!?」


 一瞬、頭の中が真っ白になった奏は即座に現在の状況を理解すると急激に体温が上昇した。

 真桜の両手を弾き飛ばすと頬を何度も触りながら、顔を真っ赤にして彼女の方を向く。すると真桜は奏と同じくらいに顔を真っ赤にさせながら、


「ふふ、優勝した暁には唇にキスをしますのでご注意くださいね」


 人差し指を自分の唇に当てながらそう告げた。

 小悪魔風なその笑顔。奏は反論することなんて出来なかった。


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