表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第一章:入学式篇
11/70

第十一話「宣戦布告」

 ゴリラ教師が言い終わる寸前の所で二人は能力(ちから)を発動させていた。

 教師から見て右側からは青髪の生徒、代々木が掌から野球ボール程度の水球衝撃(ウォーターボール)を錬成し、構築するとボールを前方で笑っている伊御に向けて投げ飛ばした。

 誰もが目を疑うほど代々木の作られた水球衝撃(ウォーターボール)は早く、まるで弾丸のような速度で気付いた時には伊御の額に命中すると大きく後ろへと飛ばされた。


「おっしゃぁ、命中っ!」


 思わず声を上げた代々木が当たり前の結果にガッツポーズを決める。

 この間、わずか十数秒。

 会場にいた誰しもが一瞬の出来事に目を疑いながら当然の結果だと納得する。

 C組とE組の格差なんて端からわかりきっている結果。あまりに愚問すぎる故に誰も咎めることはせず、ただ面白みに欠ける一方的な戦いだと――――誰しもが思っていた。

 会場にいる数十人を覗いて、次の光景を見て思わず小言を呟き始める。


「いったー、なんじゃこれは? 水か。うわ、セットした髪がずぶ濡れになっちまった!」


 舞台の下からのし上がるように上へと上がって来た伊御は水球衝撃(ウォーターボール)で受けたダメージを気にする前に、自前の金髪の髪が滴ってセットした髪型が崩れていることの悲嘆を吐く。

 あまりに呆気ない登場の仕方をしてきた伊御に思わず目を点にして見つめる代々木。


「お、お前。俺の水球衝撃(ウォーターボール)を喰らって何で気絶しねぇんだよ!」


 自分の能力を意図も簡単に打ち破られて動揺する代々木は思わず声を荒げて叫んだ。

 滴っている水分を抜こうと長い髪の毛を掴んで絞っている伊御はある程度湿り気がありながらも水分の抜けきった髪をぐしゃぐしゃを掻き乱すと代々木の質問に答える。


「それは簡単な話、俺がお前より強いからだよ」

「んだとぉ!?」


 挑発とも言えるその言葉で代々木は心底怒ったのか能力を捨てて捨て身で攻撃をしてくる。

 「能力対決」では素手での攻撃は認められている。能力だけの対決とは意外と呆気ないもので本人へのダメージもあまりないことから肉弾戦で戦いながら、その間に能力でサポートを入れる人も少なくは無い。主に男子生徒限定だが。

 十メートルにも満たないその距離から力一杯踏み切って来た代々木に向かって伊御は冷静に対処すると数歩後ろに下がりながら、片方の手を上から下に降ろした。


重力操作(グラビティートランス)。――――負荷(ロード)


 ――瞬間、伊御の前方から拳を握った代々木が一瞬で地面に這いつくばった。うつ伏せのまま胸を地面に押し当てるかのようにその場に倒れ込んだ。

 代々木は胸を強く打ちつけた痛みと昨日、起こった現象と同じパターンに遭遇して少しだけ考えることが出来なくなった。

 理解不明、状況がつかめない代々木はしばらく地面に押しつぶされていく。


「大丈夫、安心しなよ。これはまだ一番軽いほうだから」


 余裕そうな表情を浮かべながら、必死で抜け出そうとしている代々木を静かに見下す。伊御はしばらくそんなことをしている。

 C組の残った二人は昨日の惨事が改めて現実だったことを再確認していた。

 そして、伊御側の二人も勝ち誇る彼の背中を見つめながら小声で会話を続けていた。


「重力ですか、あの人の能力は」

「何でも鳶姫一族の能力者は大体があの能力なんだそうだ」

「というより重力ってある意味、規格外(チート)過ぎませんか?」

「まあ、基本的な攻撃が出来る。応用も効く。相手の移動を制限出来る。の三点チートだな」


 この地球上に生きている限り必ず掛かっている重みを自由自在に「強く」したり「弱く」したり出来ることから重力は最強であることが言える。

 チートすぎるが故に七色家に選ばれた。鳶姫はそう言った過去も持っている。


「鳶姫、蒼咲、紫原って力を欲するあまり七色家から孤立しているらしいんです。さっき千歳さんから聞いた話なんですけど」

「確かその三家って七色家の中でも群を抜いてレベルが違うって所だったような気がする」

「そうですか。やっぱり、あの人はE組にいるべき人間じゃないんですね」


 伊御の背中を見て興味津々の顔つきを見せながら小さく呟いた真桜を見た奏は足を組み替えしながら、両手を頭の後ろへと置く。

 すぐさま真桜から「え? 何か言いました」と言われるが首を横に振った奏は見るべき光景へと視線を戻した。――頑張っている友達の後姿を。


「うぐぐぐ……かぁ」


 這いつくばっている代々木は必死に起き上ろうとするが重力が掛かっている以上、簡単に立ち上がること依然に体全体が動かそうとしても動く気配がなかった。

 すると今まで考えつめていた表情をしていた伊御が「!」を頭の上に浮かべると何かいいことを考えた凛々しい顔つきをし始める。

傍から見れば馬鹿丸出しの姿なのは言わなくてもわかる。

 何を思い立ったのか手を叩いたと思うと伊御は代々木に掛けていた重力の負荷を解除した。重力の負荷で苦しんでいた代々木は圧迫感のある圧力が自分の体から抜けていることに気付くと瞬時に立ち上がって伊御から距離を保つ。

 傍から見れば精一杯頑張った代々木が何とか伊御の重力から逃れたように描写出来る。C組の威信が掛かっているこの試合、思わず観客達は「おー!」と声を上げていた。


「あぶねぇ、何でか知らないがその能力から抜け出せたぜ……」

「抜け出せたっていうか、俺が解除させただけなんだけどな」


 余裕そうな笑みを浮かべる伊御に対して苦しそうな顔つきをしている代々木は静かに息を吸い、吐くと再び掌の上に水球衝撃(ウォーターボール)を作り出した。


「また、同じのか? 芸が無いな」

「同じの? 馬鹿なこと言うんじゃねぇよ。今度の水球衝撃(ウォーターボール)は量が違ぇぜ!!」


 掌から浮かび上がってくるボールの形をした水はみるみる内に大きくなっていく。最初は掌だったのが段々と大きくなり、ついに伊御が思わず首を上に向けて見上げるくらい成長した。

 まるで太陽のような水が会場の真上に留まった。


「はあ……、はあ……、今の俺にはこれくらいしかできねぇけど、お前にはこれで十分だ!」


 自分の力を限界まで使用した代々木は息切れを起こしながら水球衝撃(ウォーターボール)を浮遊させる。そんな巨大な水の球を見た伊御は思わず先ほど考えていた案を思い出す。

 何を思ったのか両手を前に広げると代々木の方に向かって「沈め」と言い放った。


「ぐぅ……」


 再び重力の負荷に支配された代々木は肩を大きく下ろすと同じように水球衝撃(ウォーターボール)の高さも少しだけ下がる。しかし、先ほどのような数十㎝の近さではないので重力負荷の力が遠く、地面に這いつくばらずに代々木は何とかその場で耐えきる。

 粘りながら足で踏ん張りながら代々木は最後の力を振り絞って掲げていた右手を下げた。


「く、くらぇぇぇ。吃水衝撃(ディープインパクト)!!」


 最後の抵抗として投げられた巨大な水のボールは代々木の手元から放たれると瞬く間に伊御の方に接近していく。速度自体は遅い物の避けられないくらい巨大なため、思わず伊御も一瞬その場に踏みとどまる。

 しかし、何を思ったか静かに勝利を確信したような笑みを取ると動き始める。


「ひっさーつ☆!!」


 左目を閉じて恰好よくピースを決めると次の瞬間、目付きが変わる。阿呆らしさのあった瞳から一切の感情が途切れ、目の色は鳶色に反射する。

 ゆっくりと見上げるのと同時に右腕を静かにあげて精一杯伸ばす。

 そして、まるで宙に浮かんでいる何かを握りつぶすような感覚で拳を力強く握った。


重力操作(グラビティートランス)。――――圧縮(プレス)


 続けて左腕を前に伸ばすと水球衝撃(ウォーターボール)を握りつぶすように両手を組み合わせた。

 ――瞬間。巨大化していた吃水衝撃と叫ばれた水のボールは瞬く間に小さくなっていく。まるで空中で原型を保てなくなって削れていくように水のボールは段々と縮小されていく。

 そして、最後に残った一粒の水滴が代々木の頭の上に落ちた。


「さーてと」


 両手を下ろした伊御は正面の代々木を静かに見る。

 不敵にも捉えることのできる笑みを浮かべた伊御は代々木を見下ろすように告げた。


「続き、しようぜ。代々木くん」


 伊御が放ったその台詞を聞いた途端、静まり返っていた会場に代々木の悲鳴にも聞こえる声が響いた。驚きのあまり、腰を抜かした代々木は舞台に尻餅を付きながら、


「こ、降参だ。こんな奴に勝てるはずねぇ!!」


 尻尾を巻くように即座に逃げて行った代々木はすぐさま二人の元を通り過ぎると恐怖のあまり舞台の影にいる教師を吹き飛ばして逃げて行った。

 そんな光景を見て会場にいた生徒は笑い始めた。


「C組の奴がE組に負けてるぞ。だっせーな」

「あいつら、本当にC組かよ」

「てか、あの人。本当にE組なの? C組の攻撃を止めるって相当だよ」

「何言ってんの。私達の相手じゃないよ。きゃはははは」


 三者三様に飛び交う話し声を振り払ってゴリラ教師は「勝者、鳶姫伊御」と告げた。

 特に何もしていない伊御は自信満々の誇らしげな顔つきをしながら奏と真桜の元へと帰っていく。手を伸ばしてハイタッチを要求するが上半身がずぶ濡れのためか奏は即座に拒否する。


「酷いな、奏」

「滴っているお前には触りたくない」

「……あれか、今はやりのツンデレか?」


 そのまま奏のグーパンチが伊御の腹部へと突き刺さった。唐突な攻撃と痛かったダメージのせいで伊御はそのまま奏と入れ替わるように椅子へと前のめりに座った。

 続いての戦いが始まろうとしていたので奏が軽く準備運動をしていると隣で不思議そうな眼で見ていた真桜が首を傾げる。


「何してるんですか、一条さん?」

「何って次の「能力対決」に出るから準備運動してるんだけど」

「冗談は休み休み言ってください。次は私だって既に決まっています」

「そんなのは決まっていない」

「いいえ、私が戦います」


 再び火花を散らしあう二人だったが仲裁役の伊御が疲れた様子で椅子に座っているので諦めて再びこの競技で戦う人を決める。

 じゃんけんだ。


「じゃーんけん」

「ぽん」


 前に伸ばした手は両者の争いに決着をもたらした。

 奏がグー。

 それに対して真桜の手付きはパーであった。

 瞬間、真桜はもう片方の手で小さくガッツポーズを取ると不満そうにへこたれる奏の肩を掴んで自分が座っていた席へと移動させる。


「それじゃあ、行ってきますね」


 勝ち誇った顔を向けると見下すように放った台詞が奏をさらに落ち込ませる。

 元々、奏と伊御が戦う予定だったのが何の因果かA組の佐藤真桜も入ることになって結局美味しい所を取られるのかと思うと正直がっかりしてくる。

 前のめりに座っている伊御を見て意味もなくため息を付くと最強と物語っている真桜の背中を見ながら奏はフラッシュバックのように前世の記憶が脳裏に浮かんだ。


「……今のは」


 何処かの城の中。

 二人の男女が剣を持ち、戦闘の準備をしながら会話をしているビジョンが映り込んだ。


「これも前世の記憶なのか、まったく覚えてないな。このシーンは」


 久し振りにみた前世の記憶を整理し直す奏だったが今回浮かんできたシーンは一向に思い出せなかった。色素の薄い茶色の髪が自分の頬に触れた所で映像は途切れる。

 首を傾げている所を伊御に発見されて椅子の隙間から奏を見上げる。


「ん? 何かあったのか、奏」

「……いや、昔のことを思い出してた」

「昔のこと? ああ、子どもの頃の話か」


 適当に伊御をあしらいながら再び真桜の方に向きなおす。

 思う所も色々あった奏だが、今は第二回目の「能力対決」の方に集中をする。


「それじゃあ、第二回目の「能力対決」を始める」

「まさか、アンタと戦うことになるとはな……」

「気安く話しかけないでください」

「……ッ、くえねぇやつ」


 プイッ! と真桜が顔を逸らしたのを見てC組の黒髪の生徒、佐々木は聞こえないように舌打ちをすると痛い目を見せてやろうと意識を真桜に向ける。


「それでは第二回目――――」


 振り上げられた右手が中央を横切った瞬間、自信満々な笑みを浮かべて佐々木は自分の指先数㎝を空間へと移動させる。

 真桜は手を振り上げようとしていた。


「――――始めっ!!」


 振り下ろされた瞬間、佐々木は勝機を確信したかのように馬鹿でかい声を上げる。


「先手必勝!!」


 真桜の目の前に移動してきた指先が貫くように攻撃を仕掛ける。だが、それを見切っていたかのように真桜は静かに攻撃を避けると空中に残る指先を思いっきり掴んだ。

 少し離れた所で身動きの取れなくなった佐々木は思わず力一杯、手を引っ張るがそれも通用せず真桜はただ慌てふためく佐々木を見て静かに微笑んだ。


「この指、こっちに曲げたらどうなりますか?」

「ば、や、止めろ。そっちは曲がらな、イタタタタタタタ」


 指の関節とは逆の方向に曲げた佐々木の指はいい感じに曲がっていく。それを愉快痛快な表情をしては絶叫する佐々木の顔を見てドSの片鱗を見せる時もあった。

 少しして指を曲げるのに飽きた真桜は指先を手放してため息を付く。


「いってぇな、折れたかと思ったぜ」

「そんな茶番はもういいです。さっさと始めましょう」

「てめぇが俺の指を弄んだからじゃねぇかよ!!」

「さて、何のことでしょう。私にはまったくわかりません」

「ぜってー、ゆるさねぇ」


 次の瞬間、佐々木の両手の近くから空間切断(スペースカット)の切れ目が浮かび上がる。


「俺の能力は空間を切断して好きな所に好きな物を移動させる力っ!!」

「さっき見ましたけど、何か違うんですか」

「そんなのは序の口に過ぎねぇ。ここで登場するのが俺の相棒でもある小刀」


 そして次の瞬間、空間切断によって切られた隙間に何の躊躇もなく小刀が突き刺さった。そして数秒後、真桜の真正面から小刀の先が勢いを付けて突き刺さってくる。

 何とか交わした真桜だったが初めて見た能力に驚きを隠せなかった。


「どうだ? 流石のA組でもこれは太刀打ちできないだろ?」

「……そうですね。これは随分と攻略するのに時間が掛かりました」


 同じように何度も空間の切れ目から真桜に向かって突き刺さってくる小刀。しかし、真桜はそれを意図も簡単に当たり前のように華麗に避け続ける。

 蝶のように舞い。

 ――そして、蜂のように光線(ヽヽ)を頭上から刺した。


「ぐがっ!?」


 一瞬の出来事だった。

 それを見た物は数少なく、突然対戦相手の佐々木が倒れたことによって一時的に会場は騒然とざわざわと声を上げて立ち上がる人もいた。

 気付いていたのは極数名。その中に奏の姿もあった。


「……聖なる光線(ハイリヒ・シュトラール)


 佐々木が倒れたことを確認した真桜は誰にも気づかれない程度の小さな声でそう呟いた。目くらましのように輝いた光は一瞬にして佐々木の頭上から振り落ちてそのまま脳天に落ちた。

 雷が当たったように一瞬で機能停止した佐々木は白眼を向けながら舞台で気絶をしている。その様子を見て教師数名が会場に出てくると佐々木を担いで出て行った。


 光。それが今年の新入生の中で六番目に強い佐藤真桜の能力だった。


 ゴリラ教師が一瞬の出来事に思わず驚いているが他の教師に声を掛けられて我に戻る。「勝者、佐藤真桜」と告げられると凄い歓声が響き渡ると同時に真桜は奏の元へと帰って行った。


「どうですか二人共。これが私の実力です」

「あれって一体、何の能力なんだ?」

「簡単に言えば光だよな。いや、正しく表現するんだったら光線か」

「いえ、光で合っていますよ。光線はその技の一つに過ぎませんから」


 勝ったことが当然かのように特に誇らしげな姿も見せなかった真桜は奏が立ち上がると先ほどまで座っていた席に座り込むと徐に上目使いで立っている奏の方を見上げた。

 勝敗はこれで二勝。奏達側のチームが勝ったことは既に確定しているのでこれ以上戦う理由は無い。

 あるとするならば奏が自分だけ戦っていないことに不満を感じている程度だった。


「それで三回やって二回勝ったから俺達の勝ちで終わりになるのか?」

「恐らくそうです。個人で戦っていますが一応は団体戦になっていますので勝利数の多い私達のチームが三戦目を迎える前に勝利と言うことでまず間違いないでしょう」

「色々複雑だな、この学校のシステムは」

「複雑ですね、色々と」


 ほのぼのと日常コメディー的な背景を浮かべながら奏と真桜は喋っていると向こう側にいたC組の三人の内、唯一誰とも「能力対決」を行っていない金髪の山田が近づいてくる教師を怒鳴り散らしていた。

 どうやら、まだ自分が戦い終えていないのにも関わらず勝負を打ち切ろうとしたことに激怒している。教師が数人掛かりで押さえつけようとするが山田の能力、身体強化(メンタルアップ)が発動すると一瞬で教師五人は後方へと吹き飛んだ。


「何やってんだ?」


 そんな光景を見ながら伊御は椅子から立ち上がると前方を窺う。


「向こうの金髪が怒って能力を使ってるらしいな」

「確か、身体強化(メンタルアップ)だっけ? 全身の細胞を一時的に活発化させて攻撃する能力」

「暴れていますね、教師が五人も吹き飛んでいきましたよ」

「教師ってのは意外と弱いんだな」


 そんなことを言っている三人の元へ全身を身体強化(メンタルアップ)で纏っている山田が近づいてくる。中央にいた教師からマイクを強引に奪い取ると正面で余裕面を浮かべている奏に指を指す。

 興奮しているのか一度叫んだ時には何を言っているのか聞き取れなかったか、再度言い直した時山田の声は奏にしっかりと届いていた。


「一条ォォォォォ! 俺と勝負だぁぁぁぁ!!」


 キィィィィンッ! と音割れが激しかった。その言葉を聞きつけて舞台へと登ろうとした奏の前に教師が立ち塞がる。


「何を考えている」

「何って挑戦を受けたから相手してやろうと思っただけですけど」

「馬鹿なことを言うな! 二勝したお前達の勝ちでいいだろう」

「別に俺もあいつらも勝ち負けになんて興味ないですよ。興味があるのは相手を潰すこと」


 奏の前に立ち塞がった教師は彼からもの凄い威圧を感じ取るとゆっくりと体を逸らして奏を前方で待つ山田の方へと行くように差し向けた。

 ギャラリーはてっきり終わったものだと思っていた戦いがまだ残っていることで再び大興奮の歓声を今、戦おうとしている二人に向けてささげた。

 中央で足を止めると山田がヘラヘラとしながら奏を睨み付ける。

 山田を見て奏は静かに頬を緩ませて歓喜の表情を自然とうかばせた。


「逃げなかったのは褒めてやるよ」

「はっ、それはこっちの台詞だぜ。二連敗中のC組さん」

「一人はA組だったんだ、負けて当然。この戦いが本当の決着を決める。俺が勝てば一勝一敗の引き分け。お前が勝てば二勝で俺達の負けってわけだ」

「屁理屈だけは得意だな、まあいいや」


 会話を強引に打ち切った奏は今までの何も考えていなさそうな表情から戦いの時の堂々とした勇ましい表情へと瞬時に切り替えると指先を軽く曲げる。

 山田もすぐにその行為が挑発だとわかった。瞬時に理解した山田は身体強化(メンタルアップ)を解除させて奏と同様に集中の意味も込めて体制を変える。

 ざわざわとしていたギャラリーも段々と静かになっていくと教師達が隅で舞台上の奏と山田を心配そうに見つめる中、二人はほぼ同時に動き出した。


「だぁっ!」


 身体強化(メンタルアップ)によって強化された山田の身体は著しくその力を倍増させる。そのため、奏の行動よりも数歩先で既に拳を踏み切っていた。

 カウンタークロスのように頬を掠める距離で交わした山田はそのまま奏の顔面に拳を振りかぶろうと、最大限の力を使って殴り飛ばした。

 奏の顔面を殴った鈍い音が響き渡ると会場中は騒然とその光景を目の当たりにする。


 まるで放物線を描くような綺麗な具合に奏は宙を舞った。あまりに豪語していたわりの威勢のいい態度とは裏腹に呆気なく吹き飛ばされた彼の姿を見て思わずギャラリーの多くの人が目を見開いて驚くさまを見せる。


『えぇぇぇぇぇぇ!?』


 そんな驚くギャラリーを余所に吹き飛ばされる奏を見て真桜と伊御は威勢のいい彼の言葉と行動がミスマッチしていることについて酷く笑う。

 数秒もすれば「いたっ」と声を上げて地面に落下した奏が立ち上がる。

相手の山田も唖然として姿で拳を前に出したまま、硬直していた。


「いきなり鼻を殴るなんて……あ、鼻血だ」


 あまりに弱すぎる彼の姿を見て拍子抜けた山田は勝利を確信して態度を変える。目の前で鼻を必死に抑えている奏を見て勝ったと思い込んだ山田は続けて攻撃をしに走り出した。

 しかし、この時に誰も気づいていなかった。

 つい数秒前まで山田の全身を覆っていた身体強化(メンタルアップ)のオーラが薄れていることに。


「どどめだぁぁぁぁ!!」


 拳を再び握りしめて殴り掛かろうとする山田を見て鼻を啜った奏は山田動揺に拳を構えた。そして何をしたのか山田が思わず驚く光景が彼の左手より発生する。

 奏の左手が身体強化(メンタルアップ)さながらのオーラを帯びている。その光景を見て目を見開いた。


「――能力解放(リベレーション)


 直線から向かってくる山田の拳を紙一重で交わすと、先ほどと同じように相手の右側へと移動する奏はそのまま力一杯カウンタークロスを放った。


「ぐがぁ!?」


 凝縮された能力の矛先は一瞬にして山田の顔面へとクリーンヒットするなり、足元から地面への支えが効かなくなるほどの衝撃が彼の上半身を襲う。

 そして次の瞬間、足元から摩擦で起きた煙が立ち上りながら山田は会場の壁へと吹き飛ばされると白目を浮かばせて気絶をしていた。

 あまりに衝撃的な展開と瞬間的な物事の結果にギャラリーは唖然としながら口を閉じる。

 C組の生徒がE組の生徒に負けるはずがない。固定概念はそこで一気に崩された。鳶姫だからとか偶々だとかそんなことを口々に言われていた人々が思わず静まり返っていた。

 その光景は教師達も同じく、まさか無名家の人間が上位クラスの生徒を倒せるとは誰も思っていない。相当な番狂わせがここに誕生したと改めて教師達は再認識する。


『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』


 静かだった会場中は奏が身体強化(メンタルアップ)を纏っている左手を上げた途端、歓声の渦に包まれた。手首を捻ると腕に纏わりついていた能力は掻き消されて大歓声のまま奏は真桜達の元へと歩いて行く。


「ゼハハハハ、なんつって」

「やったじゃん、奏」

「当たり前だろ? この程度なら朝飯前だ」


 通り過ぎる傍らカッコよくハイタッチを決める奏と伊御。

 静かにならず、歓声の鳴り止まない会場を歩いて行って真桜の正面に立ち止まった。


「どうだ、これがE組の力だ」

「別に私はクラス云々を特に気にしていません。試験当日に実力を発揮できなかった人もいるわけです。ですが、ここは素直におめでとうとだけ言っておきましょう」

「嬉しくねえ、おめでとうだな」

「表面上だけですから、特に他意はありません」


 嫌味な風に告げた真桜は静かにその席から立ち上がると後ろでギャラリーに交じっている千歳を呼んで下の選手専用通路の方へと体を向ける。

 少し遅れて下に降りた千歳は真桜の隣に並ぶと終始こちらを見ていた奏と伊御を見た。


「鳶姫伊御と一条奏じゃな、覚えたぞ。お前さん達の名前」

「……名前?」

「妾は興味の持った人間の名前しか憶えんからの、次に会うとすれば一ヶ月後じゃな」

「一ヶ月後?」

「精々、その時まで首を洗って待っておれ。妾と真桜で返り討ちにしてやるからの」


 「かっかー」と高笑いをしながら千歳と真桜は熱狂の冷めない第一訓練場を後にした。


「あの赤髪の奴、誰だ?」

「あれは七色家の「赤城家」の姓を持っている赤城千歳。異名は焔魔(えんま)

「焔魔? なんだ、容姿があんなわりには恐ろしい異名だな」

「何でも悪魔を焼き殺したことがあるとか、ないとかって噂があるらしいぜ?」

「なんだそれ、この世界に悪魔とかいるのかよ」


 可笑しな異名を告げられて軽く笑った奏は段々と静けさを取り戻してきた会場を確認すると少し離れた所にいるゴリラ教師の元へ行く。

 伊御が振り返って動向を窺う中、奏はゴリラ教師からマイクを借りると咳き込みをする。


「あーあ、聞こえてるか。お前ら」


 マイクを取られたゴリラ教師も思わずその場で立ち止まる。奏は静かになった会場を一周回って確認をすると静かにマイクに口を近づけた。


「俺はE組だ」


 E組以外のクラスがいる所に視点を合わせて話を続ける。


「そして今日、戦ったあいつらはC組だ」


 地に伏せている山田を指差して奏は話を続けた。

 くだらない、この学園の制度に嫌気がさしたのか、それとも学園生活をスリリングある物に変えようとしているのか。どちらにしても、奏は自らの意思で平凡な高校生活を捨てた。



「俺達はE組の看板を背負っているだけで、やれ“落ちこぼれ”だの“劣等生”なんて言われる。だけどよ、今日の戦いを見て実力とクラスは関係ないことが分かったと思う。そりゃ、実力が無いからE組にいて才能が無いからE組にいる奴もいる。けどな、その簡易的な固定概念が俺は気に喰わねぇ」



 奏は一直線にある人物へと指を向けた。会場にいる全員が彼の左指の先にいる人物を見て騒然とする。先ほどまで一緒に戦っていたA組代表の佐藤真桜。上から見下ろせる場所で千歳と共に壁に寄りかかって奏を見ていた。



「そんなお前らは嫌いだ。肩書きだけで判断する奴、見た目だけで区別する奴。だから、俺はそんな概念を持っている奴らを全員ぶっ潰してやる。これがE組から他組の全員に向けての「宣戦布告」だ!!」



 静まり返っていた会場は奏の挑戦とも解釈できる宣戦布告によって多くの人達の反感を買うようになる。それを見た奏は続けざまに相手の反応を見て表情を変えた。



「じゃあ、まずは宣戦布告の意を表す成果を示そうか。それじゃあ、一ヶ月後に控えている『新入生対抗トーナメント』で俺達E組が全クラスを打ち負かして優勝してやるよ」



 マイクをゴリラ教師に投げつけると出口で笑いながら、待ってくれていた伊御の元へと奏はカッコよく歩いて行った。全てのクラスが怒りを表に出して立ち上がって文句を続ける中、二人は会場を後にした。

 選手専用出口を通りながら伊御は先ほどの発言を思い返して、声を出して笑う。


「いや、それにしても大胆なことを言ったねぇ」

「これくらいしないと面白くないだろ? E組からの成り上がり」

「面白そうだから俺にも協力させてくれよ」

「当たり前だろ? それと間宮にも協力して貰わないと」

「間宮? 誰だそれ」


 自分のクラスの委員長も知らない伊御の言葉を聞いて思わず少しよろける奏。すぐに体制を立て直して間宮渚について少しだけ説明を入れる。


「あーあ、思い出した。眼鏡の子だ」

「そうそう、あいつにも協力して貰わないと」

「何で? あの子ってもしかして俺達レベルなのか?」

「もしかしたら……、だけどな。可能性としては0じゃない」

「ふーん」


 携帯を開いて時刻を確認するとまだ誰も出て来てない第一訓練場の出口から二人は顔を出す。そして、さんさんと照りつける太陽に手をかざすと教室に向かっていった。


「そう言えば今日って午前授業だったよね?」

実技実習(これ)が終わったら、それぞれで解散だったな」

「そんじゃあ、今日は昼飯何処に食べ行く?」

「この前は喫茶店は嫌だから、別の所に行こう」

「じゃあさ、昨日行けなかった超人気のラーメン屋。味噌が超美味しいらしいんだよ」

「味噌か。俺は醤油派なんだけどな」

「大丈夫、そこのお店は何でもあるらしいから。早く行こうぜ」


「はいはい」と半ば適当に返事をした奏の腕を引っ張って二人は学校を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ