第十話「能力対決」
誰にも見つからずに静かに舞台へと降り立った彼女は静かに奏に対して微笑んだ。騒然としていた会場も彼女の登場で一瞬にして沈黙となり、誰も喋ろうと思わなくなった。
そんな光景を見て降り立ったA組最強の佐藤真桜は色素の薄い茶髪を揺らしながら静かに首を傾げる。
「みなさん。急に黙り込んだりして、どうしたんですか?」
不思議そうに純粋な目で奏を見つめる。
さも当たり前のような展開になっている所を一時中断させてしまっていた真桜は自分の駆けつけたお蔭で戦いが出来ると思っていた。
しかし、実際は突然E組ではない人間が堂々と降り立ってきたことをこの舞台にいる全員を含めて上の座席で見ていた一学年全員は「何故A組が?」と疑問を浮かべているに違いない。流石の奏だって接点のない新入生代表がいきなり目の前に降り立ってきて微笑みながら協力を促す所を見たら純粋に「?」を浮かべる他ない。
そんなことも露知らず真桜はその言葉を告げていた。
「どうしたって言われても、まず始めにこれは俺と伊御の戦いだ」
「ですが、それだと人数は足りないんですよね? だから、私は参戦すれば三対三になるじゃないですか」
「根本からずれてるんだよ、これは俺と伊御――すなわちE組とこの三人――C組の戦いと言っても過言じゃない。だからA組のお前には関係ないってことを言ってるんだ」
なるほど、と納得したような表情をした真桜はすぐさまそれを否定する。
「別に戦い云々は私にとって差ほど興味はありません」
「じゃあ、なんだ? ここで全校生徒に自分が優秀な生徒だって思わせたいのか?」
「それもありますけど本当の目的は私がただ借りを返したいだけです」
「借り?」
その言葉に一同は首を傾げた。
A組の中でも最強で、学年の中で一番有名な生徒と言っても過言ではないほどの生徒である佐藤真桜が、学年の底辺を集めたクラスの副委員長に何の借りがあるんだと誰もが思っている。
もちろん、それは奏や伊御、ゴリラ教師や三人組も例外ではない。
「はい。でも誰に対しての借りなのかはまだ本人がわかっていないようなので控えることにして、そこの三人さん。どうしますか? 私とこの二人で「能力対決」しますか?」
冷静な口振りで真桜は奏から反対側で威勢を放っていた三人の方へと体を向ける。すると先ほどまで、煩そうにしていた三人も鋭い目つきをしている真桜に思わず驚愕して口を閉じる。
誰に対してもこんな風なのかと驚いている三人と真桜を交互に見ながら奏はふと考えていた。しばらくすると三人の内の身体強化を使う金髪の生徒が我に返るとすぐさま反対をした。
「待てよ、俺達はこの二人と戦いてぇんだ。あの女顔の奴が最初に言った通りこれはC組とE組の生徒が「能力対決」をする。A組の奴は関係ねぇんだよ!」
「女顔」という言葉が出てくると奏は自動的に自分だと脳内で解釈されてC組の金髪に向かって舌打ちをする。隣では表情は変わってないものの、全体的に体がピクピクと震えている伊御は静かに緩んでいる表情を元に戻す。これが奏に知られるとこの空気をぶち壊しにすると判断したからだ。
集団というのは一人が正論っぽいことを言うと続けて後ろにいる奴も口々に文句を言ってくるのが非常に無難であって今回の金髪生徒が真桜に告げると同じように黒髪生徒と青髪生徒も文句を言ってくる。
ちなみに黒髪生徒が空間切断。青髪生徒が水球衝撃である。
「そうだそうだ、A組は関係ねぇんだよ!」
「出てきて悪いがさっさと自分のクラスの場所に戻れよ、新入生代表さん」
嫌味な口々を放った三人は正論っぽいことに優越感を覚える。
ゴリラ教師も面倒くさそうに頭を掻くと「能力対決」と「挑戦権」のことについて説明不十分のことを感じてマイクを手に取って喋ろうとする。
だが、ゴリラ教師が喋ろうとする直前で再び真桜はC組の三人に告げる。
「ああ、何か勘違いしているみたいですけど「能力対決」にクラスは関係ないですよ?」
「挑戦権」が一人にしか指名出来ないように原則として「能力対決」は一対一が基本であることは昨日の入学式後のLHRでも説明がされていた。
ちなみにC組の三人はあの後に学校をさぼったため「挑戦権」のことは今朝知る。
奏達も遅れて教室に入ったため、面倒がった志寿子によってカットされていた。
しかし、A組の生徒である真桜は「挑戦権」「能力対決」の説明を最初から最後まで隈なく余す所なんて無いように説明されたので嫌でも頭の中に刻み込まれていた。
つまり、真桜がこの場で何を言いたいのかと言うと。
「どういうことだ?」
奏が説明されてないようを聞き、思わず混乱する。
そんな奏の声を聞きつけて体を向きなおした真桜は指を上げた。
「簡単に言えばこう言うことです。あそこにいる金髪が一条さんに「挑戦権」を送る。その隣にいる青髪が鳶姫さんに「挑戦権」を送る。残った黒髪が私に挑戦権を送るという解釈をして貰えれば簡単にわかると思います」
三人連続に各個人に「挑戦権」を送ったということである。だから、三人は奏と伊御の二人で戦おうとすることを拒んだのだ。それだと二対二をした後に一対一で戦わないといけない。
納得したような奏と未だ納得してない様子のC組三人と伊御。
「どういうことだ? 個人で「挑戦権」を受けるからクラスは関係ないってことか?」
「そういうことだな。あくまであの三人が団体戦に持ち込みたかったのは俺達と戦う奴を好きに決めたいからってのが無難だな。伊御はともかく俺の能力はまだ誰にも知られてないから対策の取りようがない。だから……って、これだと二つに分けた方が有利だな」
再び疑問のスパイラルに入った奏は難しい規則に苦戦する。そんな奏を見て口元を隠しながら静かに微笑んだ真桜は再び解説を加える。
二本立てた内の一本の指を折り曲げると「それは……」と口を開く。
「それは恐らく「能力対決」による勝利報酬じゃないだと思います」
「勝利報酬?」
「確か、勝った人と負けた人が教室を入れ替えるってあれか?」
「はい。ですが、それはあくまで一番王道な報酬に過ぎません。一回の「能力対決」に一つの勝利報酬が付くのであの三人は一度に「能力対決」を行うことでそのリスクを減らそうとしていると思います」
「けど俺達はあいつらよりも下のクラスだ。あいつらがそんな最初から逃げ腰か?」
奏のそんな言葉を聞いてC組の三人は「んだと!?」と声を上げて二人の方へと向かおうとするがそこはゴリラ教師に止められて、あえなく失敗する。
恐らく上位のクラスの生徒は最初の時点でこのことを思っただろう。C組の生徒とE組の生徒の戦いはあまりにも明確過ぎて授業の妨げにしかならない。入学して経った二日で入試の順位を変えるほど成長をしているとは誰も思わないからだ。
しかし、それはあくまで上位クラスの中の九割九分の人間の考え方。残りの一割の人間は彼らの本質的な才能に気付いた様子で楽しそうな表情を浮かべてギャラリーから見ている。
その一割に含まれている真桜は二人の実力を知りたくてある策を取った。
「私、実は知っているんですよ。昨日の出来事のこと」
その瞬間、奏を含めて伊御も納得した。
原因不明という伊御の謎の能力を目の前にして怖気づいてしまったという点。あの時、伊御といた奏の実力も恐らくE組レベルでないと判断しての策なのだろう。
そうなるといきなり態度の大きくなる伊御を押さえながら奏は真桜に喋りかけた。
「そうか、別に俺達は気にしてないがあの三人はどう反応するかわからないぞ?」
C組の自分達がE組の実質一人の生徒に瞬殺されたことに不満が行かないのと納得しないがために今回の行動を起こしたと考えた奏はそこはかとなく怒りの矛先を真桜へと向けさせようと考えた。
すると真桜はそんなことを言われるのは想定済みとばかりな表情を浮かべ直す。
「だから、今回の「能力対決」に私も参加すると言っているんですよ」
何を思ったか「全ては自分の掌の中で踊っていた」とでも言いたそうな表情をさせながら真桜は不敵に全体を見渡した。
そして体を曲げて見渡した視線の最後の先に止まったのはC組の三人の男達。睨み付けられている真桜だったが、そんなことも気にせずに話を再び戻す。
「私は奏達側に借りがあります。そしてC組の人達には脅す材料があります。つまり、C組の三人は私も戦う人間として視野に入れないといけないってことです」
相手を揺るがすように脅迫まがいな発言をした真桜は悪魔の方な微笑みを浮かべる。思わず身震いしたのは奏だけじゃないはず、隣にいる伊御はボケッとしているがC組の三人はどうやらようやくこの現状がわかったらしい。段々と険しい表情を浮かべ始めた。
既に時刻は十分以上過ぎ、生徒達は不満げな顔を浮かべる人四割、授業をしなくてもいいと思う人達が四割、楽しそうにギャラリーから見下ろす人が二割。そして教師達は全てを新入生代表の佐藤真桜に託す形で部隊の隅で待機していた。
もちろん、ゴリラ教師はC組の三人の傍で嫌味な顔をしているのが目に止まった。
こそこそと喋る三人を見かねて真桜は声を掛ける。
「考える必要はありません。ただ、アナタ達は私が奏達側に入って「能力対決」をすることを認めてくれればいいだけです。たった二文字じゃないですか」
極限の中で選択を迫られた三人は額に汗を浮かべて表情を濁す。
金髪が徐に口を開いた。
「どうするよ、A組なんて俺達にとっちゃ空を掴むくらいのレベルだぞ」
「だがよ。あの鳶姫って奴の能力もよくわからねぇからな、俺達本当に勝てるのか?」
「あの女顔と無理やり連れてきたE組の奴をボコボコにして恨みを晴らそうとしたんだが、どうする? 確か無しにするのって言うのは出来なかったはず……」
「いや、俺達が下級クラスに「挑戦権」を使って、それを取り消すってのは学年全体に俺達があいつらを恐れているって認識されちまうから、絶対にしない」
「なら、やるしかないな」
「勝ってあいつらに痛い目をさせるか、負けて俺達が痛い目に合うか」
審議しているさなか、舞台に立っている真桜の元へ千歳が面白そうな匂いを嗅ぎつけて高い塀を軽々と飛び越えると隣に飛び降りた。
「なんじゃ、なんじゃ。妾がトイレに行っている間に随分と面白いことになっとるじゃないか。これは妾も参加は出来るのか? 真桜よ」
「無理ですよ。これは元々、あの二人の戦いに私が勝手に入ったものですから。今回は千歳さんの出番はありません」
「なんじゃ、つまらんの。……ってあの金髪の奴は何処かで見たことあるな」
低い身長から背伸びをして少し離れた伊御を見る。赤色の瞳が伊御の姿を完全にロックオンするとその言葉を見かねて欠かさず真桜は説明を入れる。
「あの人は七色家の鳶姫家の長男の鳶姫伊御さんです。知りませんか?」
「あーあ、規則、規則と煩い女の弟か……どうりで見たことあると思ったわい」
「確か“鳶姫の恥さらし”でしたか、そんな風に呼ばれてたような気がします」
「“鳶姫の恥さらし”な。いや、あれは色々な事情があるからの。素質や才能的な問題なら七色家全体の中でも蒼咲有希や鳶姫綾乃と似たレベルじゃろ、妾の眼力がそう言っておる」
「それじゃあ何で恥さらしなんでしょうか?」
「さての。蒼咲、鳶姫、紫原は力を欲しているあまり他の家とは交流が薄くてそう言った情報はあまり流れんのじゃ」
笑顔を浮かべながら楽しそうに喋っている伊御の姿を見て千歳は告げた。
「妾もあいつのことはつい数年前に知ったからの」
「それってどういう意味なんですか?」
「さて、それは妾もわからんな」
何処か他の人とは違った目つきで伊御を見つめている千歳を真桜は不思議そうに隣から見つめていた。少し経つとようやく決議の言った三人が徐に振り返ると高々に宣言する。
「いいだろう、お前の参加を認めてやる」
「それでは「能力対決」を始めましょうか」
全ての条件が整うとしかめっ面をしていたゴリラ教師がようやく動き始めた。
教師が動き始めた頃を見計らって真桜は奏の近くに歩み寄ると耳元で何かを呟いた。
「本来ならA組同士の簡易的な模擬戦を行うつもりだったんだが、これはこれでクラスの奴のいい勉強になるから特別だ、特別に許可しよう」
マイクを手に取ったゴリラ教師は今までのグダグダが嘘のように素早く進行を進めていく。
左右へと寄って改めて紹介された奏達は四角形のタイルで出来ている部隊の場へと壇上すると同級生である百五十人以上の生徒を見上げるとC組の三人の方を向いた。
三人とも余裕そうな表情を浮かべながら、この戦いを楽しんでいるようだ。
「この戦い――つまり「能力対決」では勝利報酬が課せられている。条件は勝ったクラスが負けたクラスよりも低いクラスだった場合はクラス交換が行われて、その逆だった場合は相手が呑んだ条件の時だけは有効とされる。もちろん、性的なことや現金の有無は禁止されている。さて、まずはC組の三人の報酬を聞こうじゃないか」
ゴリラ教師がマイクをC組の一人、金髪へと向ける。
するとニヤニヤと表情をあからさまに悪そうな風に浮かべると奏と伊御を指差して、
「俺達が勝ったら、三人は完全服従だ。一生、俺達の奴隷になってもらう」
マイクからとおされた発言に思わず会場にいた全員が驚きの顔を見せた。元々の目的が奏と伊御を多くの人の前でボコボコにして辱めを受けさせることが目的だった。それを報酬にするのもいいかと思ったが、ここはあえて新しく入った佐藤真桜もプラスしようじゃないかと三人は企てた。
教師達も動揺し始める中で「それでいいのか?」と表情を浮かべている奏、伊御、真桜は要求を簡単に受け入れる。
そして次に奏の元にマイクは握られた。
「俺達が勝ったらクラス交換しなくていい。もし、俺達が勝ったら三人は学校を辞めて貰う。三人とも退学だな、退学」
てっきりクラス交換だと思っていたギャラリーはざわざわと喋り声が少しずつ多くなっていく。教師達も変化球の要求を投げられて思わず驚きを隠せなかった。
しかし、一番驚いていたのは恐らくこの三人であろう。三人とも目玉を飛ばせる勢いで驚きながら奏の言葉を受け入れることは出来なかった。
「ば、馬鹿野郎。何で俺達が一度負けたくらいで学校を止めないといけねぇんだよ!」
「そうだ、そうだ!!」
「馬鹿なこといってんじゃねぇぞ。E組の分際で!!」
そんな言葉にも動じることは無くあえて堂々とした恰好で奏は再びマイクを握る。
「今、お前ら言ったよな? 一度負けたくらいでとか、E組の分際でとか。じゃあさ、お前達に逆に聞くけど一度E組に負けてその後に平然と学校に入れると思うか? 俺はお前達のことを思って言ってるんだぜ?」
つまり奏はこう言っている。
一度E組に負けたC組の生徒は、それはC組と言えるのか。E組に負けたという屈辱を引きずりながら今後の三年間を過ごせるだけの精神はあるのか。と三人に言っている。
黙り込んだ三人に対して続ける。
「それにお前らが勝ったら俺達の一生が掛かってるんだ。お前らも戦って負けた時のリスクは俺達と同じくらいが普通だろ、俺達だけが一生でお前らがクラスを交換するだけ? ふざけんな。お前達は俺達に負けて高校を辞めて働いて国の役に立ってればいいんだよ」
急に口数の減った三人を見て嘲笑うかのように奏は一方的な攻撃を続ける。
「俺達の勝利報酬を許可しないってことはお前達、俺らに負けるのが怖いんだろ? E組の俺達に負けて無様な醜態を百五十人に見せることが怖いんだろ」
「そ、そんなことねぇ!」
「俺達はC組だぞ? お前らみたいな底辺の“落ちこぼれ”何かに負けるはずねぇんだよ!」
その言葉を聞いた途端、“策士”真桜は静かに微笑んだ。そんな隣では奏の口調が急変したことに唖然として思わず目を点にしている伊御がブルブルと横に首を振った。
想定内の展開になった奏は静かにマイクを下ろすとゴリラ教師に手渡す。
威勢のいい言葉は解釈とみなされたようで審議の結果「能力対決」を行うことになった。
「両方の勝利報酬が確定されたことで「能力対決」を改めて始める」
ゴリラ教師はC組の方に手を伸ばす。
「C組の山田、佐々木、代々木の三人で勝利報酬は「三人を一生服従」させること」
続いて奏達の方へ手を伸ばした。
「E組の一条、鳶姫。A組の佐藤の三人で勝利報酬は「三人の退学」でいいな」
C組の三人とE組の二人、A組の一人はそれぞれ了承をした。
それらを確認したのち、ゴリラ教師は真正面を向いて仕切り直す。
「それじゃあ、一対一の「能力対決」。勝利条件は相手が気絶するか参ったと告げるまで制限時間は一試合二十分だ。それじゃあ、五分後に一回目をやるから対戦する人を決めておけ」
そう言い捨てるとゴリラ教師は一旦舞台を降りて行った。C組の三人も奏達も一旦降りると隅まで移動をして作戦会議を始めた。
まず、声を上げたのは真桜。
「取りあえず、作戦は成功したみたいですね」
「作戦? 何のことだ」
「お前には言ってなかったな。さっきの相手を苛立たせる台詞、全部こいつが考えたんだよ」
「こいつって……、失礼ですね。私のことは真桜ちゃんと呼んで下さい」
「嫌だ」
ジリジリと火花を散らしあって睨み合う二人。さっきの異常なまでな喧嘩腰の奏が演技だと知った伊御は納得すると次の話へと進める。
睨み合っている二人の真ん中を横切って仲裁に入る。
「まあ、まあ。呼び方の話は後にして最初に出る人を決めないと」
「もちろん、ここはA組のわた――――」
「俺が行く」
真桜の言葉を掻き消して奏が声を上げた。
不満そうな顔つきをしながら真桜は奏へ反論をする。
「A組の私が出れば勝利は確実ですから、アナタは黙って見てればいいんですよ」
「残念ながら俺は黙って見ることは出来ない。お前が黙って見てればいいんだよ」
「ふふふ、いい度胸ですね。まずはアナタから潰して上げましょうか?」
「そっちこそ威勢のいいこと言いやがる。流石は新入生代表、俺に引きずり込まれるなよ」
「まてまてまて」
火花の音がより一層、濃くなってきて横にいる伊御にまで被害が及ぶんじゃないかと言うくらいに電気は増大していく。バチバチと散らしあっている火花は一向に収まらない。
ここでの伊御はかなり優秀な人だと錯覚されるくらい真面だった。
「なら、どうしよ。じゃあこうしよう」
あるアイディアを思いついた伊御が睨み合う二人の仲裁をしながら提案をする。
「出場する奴をじゃんけんで決めようぜ」
「……は?」
「……何言ってるんですか、このおちゃらけ野郎は」
「おちゃらけ野郎ってもしかして俺のこと?」
「もしかしなくてもアナタのことです」
馬鹿な伊御の言葉で二人の怒りの矛先は何処かへと消えてしまうと互いに目を合わせて静かにため息を付いた。そして何事も無かった二人は突然笑い始める。
意味の分からない伊御はどうしていいのかわからずにいた。
「確かにそれが一番無難だな」
「そうしましょうか、じゃんけん。それならA組もE組も関係ありませんし」
「よし、二人が納得した所でじゃんけん、ターイム」
「最初はグー」と伊御の掛け声で三人は前に手を伸ばす。
「じゃんけん、ぽん!!!」の掛け声の後に三人は一斉に出した手を見て思わず驚く。
奏がグー。
真桜がグー。
伊御だけパー。という結果になった。
自分が戦えないとわかると即座にやる気を失った奏と真桜は二人揃って近くに置かれていた控用の椅子に腰を下ろして長い息をはいた。
そして徐に伊御へと目を向ける。
「じゃあ、行ってくるわ」
元気溌剌に勝利を宣言した伊御の自信満々な背中を見つめて真桜が一言小さく告げる。
「あの人、大丈夫なんですか?」
「大丈夫も何も、あいつは鳶姫家の長男なんだから雑魚には負けないだろ」
「……だといいんですけど」
静かに何かを呟いた真桜は険しい表情を浮かべながら、始まりを待った。
ゴリラ教師の前に立って待っていると、ほぼ同時に向こう側から対戦相手が舞台へ乗る。
「まさか、初めからお前が出てくるとは思わなかったぜ」
「何でもいいよ、早く始めようぜ?」
「ふん。その威勢、何処まで続くのか楽しみだなっ!」
C組の青髪の生徒、代々木は勝ち誇った表情を浮かべながら静かに正面に近づいてく。それを確認したゴリラ教師は始まりのコールを告げる。
「それでは第一回目――――」
振り上げられた右手が中央を横切った瞬間、睨み合っていた二人は動き始めた。
「――――始めっ!!」




