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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第一章:入学式篇
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第一話「プロローグ」



 998



 異世界ユグドラシル。

 ここは魔王城、最上階。――魔王の部屋。

 長きに渡る人間と魔族の争いは佳境を迎えていた。

 魔王側が勝てばこの世界は魔族によって支配された暗黒の世界に満ち渡る。

 勇者側が勝てばこの世界に永遠の平和がもたらされるだろう。

 歴史の中に埋もれる一つの戦争。未来永劫、消えることのない事実と記録。その決戦の中心にいたのは、二人の男女だった。

 一人は、この世界では珍しい黒髪をした少年。何処にでもいそうな平凡な顔に似合わず、転生者というこの世界で語り継がれていくほどの才能を持ってきた――勇者。

 そしてもう一人は、歴代最強、過去最悪。全ての魔法を極限まで使用できると言われる地上最悪の魔王とネーミングの付いた色素の薄い茶髪の少女。――魔王は静かに微笑む。

 睨み合う二人は互いに剣を取り合った。


「これで最後だな、魔王」


 勇者が不意に言葉を発した。すると魔王は何も言わず、ただ微笑む。


「そうですね。私が死ぬか、アナタが死ぬか。恐らくそれでこの戦争は決着がつくでしょう」


 ただ冷徹に、冷静に魔王は勇者の言葉を聞いて笑う。

 美しいその顔立ちから窺えるその笑みは偽りであることを勇者は知らない。

 凛々しい表情から見える笑みは嘘であることを魔王は知らなかった。


「最後に一つだけ質問してもいいですか?」

「ああ、いいぞ」


 掌に炎の球を浮遊させた魔王は静かな表情で勇者を見つめた。


「私達、こんな立場じゃなかったら仲良く出来ていたと思いますか?」


 予想外の問いに勇者は内心、少しだけざわつく。

 勇者と魔王。

人間と魔族。

 光と闇。

 善と悪。

 彼が勇者じゃなくて普通の人間だったら、彼女が魔王じゃなくて普通の人間だったら。

 頭をよぎった勇者は考えを思い浮かべるが、少し考えて止めた。

 直感で、自分の思ったことを言おう。


「そうだな。俺は結構、お前のこと好きだったよ」


 突然の告白に思わず魔王の表情が崩れ始める。


「勇者とか魔王とか立場を気にしないで、もう一度出会えるなら仲良く出来るかもな」


 最後の言葉を聞いて決心をした魔王は崩れた表情を再び元に戻すと、静かに口を開いた。


「そうですか、ありがとうございます。決心がつきました」

「……決心?」

「はい。アナタと全力で殺しあって、来世でまた会えるように精一杯願います」


 ――――だって、私。アナタのこと好きですから。


 唐突に言い渡された告白に思わず顔を赤くして動じる勇者は慌てふためいて剣を落とす。

 ふふ、と口から笑い声が聞こえると剣を拾い上げた勇者は魔王へ向けて静かに剣を向けた。


「そ、そ、そんな嘘なんて通じないか、からな!」

「聞いているじゃないですか。魔王の私も一応は乙女なんですから、恋くらいしますよ」


 掌に浮遊する炎の球を徐に勇者へ向けて放った。飛んできた炎の球を剣で真っ二つに斬り落とすと煙の中から魔王が飛び出してくる。

 魔王の手に握られていた剣が勇者の剣とぶつかって、激しい火花を散らしあった。

 一進一退。そんな攻撃が続いていたが、ふいに魔王は勇者の耳元へと口を近づけて、


「私、最後に人並みの心を持てて幸せでした。ありがとうございます、大好きでした」


 次の瞬間、手を緩めた魔王の剣は自然と勇者の剣から外れて地面へと落ちる。

 勇者の剣はそのまま前方にいた魔王の心臓部を勢いよく貫いた後だった。

 剣が突き刺さった魔王は不安定な足取りをさせながら、勇者の肩へと抱きつく。静かになった魔王城。その当主である魔王は静かに灰になると隙間風に去らされて、静かに消滅した。


「なんなんだよ、あいつ。全然、魔王らしくねぇじゃんかよ」


 剣を落とした勇者はその場に静かに膝を下ろした。

 しばらく。というより、魔王軍が魔王の死亡を知らされるまでの二日間。勇者は魔王の部屋で呆然と、まるで人形のようにその場に蹲っていたという。



 999



「勇者御一行のお帰りだー!!」


 数字経って勇者とその仲間達は魔族との戦いを終えて召喚の地へと戻ってきた。しかし、勇者の表情は一向に晴れることは無く終始呆然と座っていたのが仲間達の目に止まっていた。

 帰り道、何を聞いても頷いてくれるしか行動を取らなかった勇者に疑問を感じていた仲間達がパレードの準備を聞きつけて急いでこの地へと帰って来たのだ。だが、勇者の機嫌は一向に晴れない。


「どうしたんだ、勇者? ずっと浮かない顔して」


 一人の戦士が勇者の隣に座って祝杯の酒を手渡すと、何気なく問い詰める。


「いや、何でもない。終わって良かったなって思っただけさ」

「そうか? なら、いいんだけど。お前最近何を言っても頷くだけだったからな、もしかして魔王に奇妙な呪いでも掛けられたのか?」

「……そうかもしれないな」


 戦士はコップに口を付けると勇者の言葉で飲みかけていた酒を一気に吐き出した。街の人達はざわざわとし始め、口元に飛び散った酒を拭った戦士は焦りながら口を開く。


「お、お前。それって大丈夫なのかよ? 呪い解除できる魔法って誰か使えたか」

「慌て過ぎだ。別にそういう意味で行ったわけじゃねぇって」

「じゃあ、どういった意味だよ」

「……さあ、俺にもよくわからん」


 何かを悟ったのか、それとも勇者の発言に度肝を抜かれたのか戦士はしばらくその場所から動くことは無かった。ただ静かにその場から立ち去っていく勇者の背中を見つめていた。

 腹が減っては云々と勇者は自分の腹の隙具合を感じ取って豪勢な料理が立ち並ぶテーブル席へと移動をする。テーブルへ足を進めていくと街の人が盛大に自分のことを祝ってくれるので軽く微笑みながら手を振りかえして上げた。


 しかし、勇者は内心複雑だった。本当にこれで良かったのか、これがハッピーエンドなのか。


 勇者がテーブル席を探しているのに気付いた街の人は全員が全員、席を譲ってくれる。しかし、勇者は遠慮しながら相手を席に座らせると空いている席が無いか周囲を見渡した。

 丁度、空いていた席に腰を下ろしてため息を付くとテーブルの料理をフォークで刺した。


「うん。美味しい」


 転生してから数年間、食べ続けてきた懐かしの味。噛みしめるたびにこの世界に転生して来たことを、不意に思い返していた。

 何も力を持っていない自分がこの世界に来て、勇者になれと言われ、多くの人の支えとひた向きに行った修行の成果もあって魔王の野望を打ち砕いた。そして、世界は平和になった。はずなんだけど――――、


「どうしたの、もしかして美味しくなかった?」


 唐突に声を掛けて来た少女は勇者の隣の席に腰を下ろすと、彼のフォークを手元から奪い取って前方の料理を口に頬張る。「ん~」と声を上げながら、美味しすぎる料理の余韻に浸っていた。

 この少女もまた、魔王討伐のために勇者、戦士と共に一緒に戦ってきた仲間の一人である。役職は……、勇者は頭を悩ませて少女の役職を思い出すが中々出てこない。


「ん? どうしたの、私の顔を見て。はっ!? もしかして、惚れ――――」

「ない」

「そんなー」


 テーブルに体全身を打ちつけて不機嫌な顔を勇者へと向ける。この少女もまた勇者のことが好きで心の底から愛している発言を旅の途中幾度もしている。流石に懲りた勇者はこういった返しをするのが毎日の日課になりつつあった。

 ふてぶてしく頬を膨らませた少女は浮かばない顔をしている勇者を見て、口を開いた。


「最近、可笑しいよ。魔王を倒してから可笑しくなってるよ。どうしたの?」

「わからない。けど、本当にこれで世界が平和になったのかって考えると良い気にも慣れないんだよな」

「もしかして魔王軍の残党の話? それなら、既に魔王がいなくなって指揮を取る人がいなくなったから魔王軍は内部崩壊を起こしてるって話じゃん。それに幹部クラスの“暗黒の七人衆(ダークセブン)”だって一人を除いて(ヽヽヽヽヽヽ)全員倒したんだから、時間の問題だよ」

「……そうじゃないんだよな」


 少女に盗られたフォークを取り返すとテーブルの肉料理を突き刺して口の中に頬張る。その様子を見て勇者の口と自分の口を見ながら、少し顔を赤らめた少女は首を即座に振る。


「え? 何か言った?」

「いや、何でもない。さあ、お前も宴を楽しめよ」

「既に楽しんでるよ! 勇者もって――――ねえ!? 何処に行くの」


 適当に言い訳を少女に言いながら勇者は席を立って人気の少ない場所まで移動する。

 元々、人の多い所は好きではない勇者はやっと一人で静かになれたことを確認すると静かに息を付いてその場に寝転がった。

 先ほどまで居た場所からは戦士、少女、街の人々の叫び声などが少し離れた場所にいる勇者の耳元にも入って来る。

 欠伸をして寝返りを取った勇者の視線の先は月明かりに照らされている屋根の上だった。


「あれは……」


 そう言えば宴の時に一度も見ていなかったと思い返した勇者は芝の上から立ち上がると梯子を上って、月明かりの屋根の元へと歩いて行った。

 太陽とはまた違った照り付け方をする月はその人の魅力を最大限に引き出している。勇者の御一行でもあり、唯一の魔族である魔導師の少女だった。

 宴の場を見下ろすように屋根の上に乗っていた魔導師は書籍のページを一枚めくった。月の光がライトの代わりとなって暗闇の中でも文字がハッキリと見えている。

 魔導師は後ろから歩いてくる勇者に気付いた素振りを見せると書籍に栞を挟んで本を閉じる。


「悪い。邪魔しちゃったか?」

「大丈夫。今、丁度読み終えた所だから」

「そうか、隣座ってもいいか?」

「構わない」


 魔導師の隣に腰を下ろした勇者は前方より見える宴の場を一緒に眺めた。


「お前は出ないのか?」

「私は魔族。人間とは共存できない関係」

「俺らとは共存出来てると思うんだけどな」

「それは……、あの時に助けてくれたからその借りを返しているだけ。それだけ」


 無表情な魔導師は羨ましそうに宴の場を見下ろすと、勇者の方へと身を寄せる。小首を静かに傾けると魔導師は小さく声を上げようとした。


 しかし、それは唐突な出来事の乱入によって掻き消された。

 月灯りを影で隠すように大空から一人の魔族が飛び降りてきた。

 赤色の髪、赤色の牙を生やして睨み付けられたらそう容易くは逃げられないとまで言われていた魔王の側近にして“暗黒の七人衆(ダークセブン)”の唯一の生存者にして最後の生き残りは屋根を突き破って大地へと着地した。

 宴をしていた街の人々は思わず爆音に驚き、その場で足を止める。勇者御一行は魔族の禍々しい魔力を感知するとすぐさま勇者の元へと駆け寄った。

 魔導師と勇者は屋根から飛び降りる。

 戦士と少女は宴の会場から勇者の元へと近づいた。


「この魔力って、まさか……」

「生きてた。最後の一人」

「もしかして“暗黒の七人衆(ダークセブン)”!?」

「これが本当の最終対戦(ラストバトル)かもしれないな」


 屋根から突き破って来た彼女はホコリと煙が立つ中でジッと身を潜めては相手の出方を待った。信愛の魔王を失い、全ての仲間を失った最後の一人は既に何も思っていなかった。

 全ては勇者のせい。

 復讐の矛先は勇者御一行の中でも最強の人間と呼ばれた勇者のみ。


「ああああああああああっ!!」


 民家から舞う煙の中から幼い声が街中に響き渡る。全てをなげうって敵の本拠地に赴いた彼女の気持ちは既に決まっていただろう。

 次の瞬間、煙を突き破って十歳に満たない背丈の少女が飛び出してきた。

 勇者も含めて、全員が警戒する中で彼女は全ての魔力を込めた、酷くねじ曲がるほどの殺意を込めたのが一目でわかるほど黒々とした魔剣を勇者達に向けて突き刺した。


「勇者!」

「魔王様のかたきィィィィィィィ!!」


 戦士が大声で勇者を呼びかけたが、既に勇者の周りには緑色の魔方陣が幾つも連なっていた。

 緑の魔方陣。それは“大地”と“風”を象徴する色。全てを愛し、全てを導く希望の色と考えた勇者はこの異世界に初めて来た時に覚えた魔法を使用する。

 素早く両手を伸ばした勇者は横一列に並んでいる仲間の方へと腕を伸ばした。


「風よ、全てを吹き飛ばせ。――颶風(トルネード)


 次の瞬間、吹き飛ばされたのは魔王の側近である彼女ではなく。

 隣に並んでいた仲間達が一斉に左右へと吹き飛ばされた。あまりにも奇妙な行動だったがために仲間達はすぐさま体制を立て直して勇者の方に体を向ける。

 しかし、そこには――――、


「う、嘘だろ」

「……うそ」

「冗談でしょ……」


 ――――心臓に魔剣が突き刺さっていた勇者の姿があった。

 魔王の敵を取った彼女はすぐさま、退去。影に紛れるように姿を晦ませた。同時に勇者の口元から滝のように血が吐き出される。

 なすすべなく地面に倒れた勇者に全員駆けつけると戦士は勇者の頭を抱える。


「こ、これで良かった」

「まだだ。まだ死んでねぇ。ほんの少しだが心臓に刺さってない。回復魔法を使えば……」


 そんな戦士の言葉に勇者は彼の胸ぐらに手を伸ばすと力強く掴んだ。


「いいんだ、これで」


 ――――ここで死ななかったら、魔王との約束が何十年後になるかわからないからな。これでいいんだ。

これで全て終わりにしよう。


「所詮、争いは誰かの死を持って終わるんだ」


 最後に血反吐を吐いた勇者はそのまま戦士の胸を掴んでいた腕をぐったりと下ろす。脳裏に写った最後の光景は勇者御一行と魔王が楽しそうに話している光景だった。

 静かに笑った勇者はその後、ぷっつりと意識が途切れた。



 ――――――魔王との約束を果たしに彼は異世界へと旅立って行った。





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