三題噺(将棋、部活、人生ゲーム)
人生は楽しく過ごさなきゃ意味が無いって、誰かが言ってた。
その人は、その言葉に倣っているみたいに、いつも楽しそうに笑ってた。
僕は、“でも人生は、楽ばかりじゃありませんよ。”と返した。
彼は首を横に振った。
“『楽』と『楽しい』は違うぜ、若造。”
揚げ足を取られた気がした。
「喜ばしいことも、嘆かわしいことも、恐ろしいことも、全部それを楽しめばいいのさ。テメェは今、学生だな、勉強は嫌いか?」
好きではないです。僕はそう答えていたと思う。
「ハッ、日本人独特の言い回しだな。独特だけに毒々しいってか。同じ日本人として、笑えねぇ」
彼は笑っていた。
「若造、テメェが嫌いな勉強も、嫌いであるからこそ楽しいことがある。それを見出だせ、嫌いなものから好きなものを芽生えさせろ。人間ってのはそれが出来るから、素晴らしいんだろうが」
変なことを言う人だな。僕はこの時そう思っていた。
だが僕は彼のこの言葉を、いつの間にか自己解釈して、いつの間にか僕なりの考えにしてしまっていた。
嫌いなものから好きなものを見出だす。
否定から、肯定。
本来はそういう意味だった筈のこの言葉を、僕は、履き違えていた。
僕が好きなこと──それはゲームだった。ゲームと名の付くものなら、テレビゲームでも、卓上ゲームでも、携帯ゲームでも、勝敗関わらず楽しむことが出来ていた。
だから僕はこう考えた。
──僕の人生は、ゲームだと。
否定から肯定を見出だすんじゃない。肯定を否定に押し付けて、強引に好きなことだと思い込んだ。
あの時の僕は、それが正しいと思っていた。
だからといって、今はもうそれが正しくない。とも思わない。
ある意味、それも正解だった。ただ僕にはそれが、次第に正解とは思えなくなってきただけで、正解はいくらでもあるし、不正解だって、いくらでもある。
それが、人生だ。
「だからな若造、人生を楽しむことが、唯一正しい生き方とは言わねぇ。メディアリテラシーって、習わなかったか? 情報を評価、識別する力のことだが。まぁ何にせよ、俺の意見は多分、少数派だろうからなぁ。一般的に間違ってるのは、俺だよ」
彼は、自分の生き方を僕に語って、自分の生き方を笑いながら否定した。
でも僕は彼の言葉を信じた。
自分の都合の良いように改変して、信じた。
それは一般的には、信じることには入らないのだろうけど、僕の意見は多分、少数派だろうから。
だから僕は、間違っていたんだろう。
人生をゲームにしてしまうのは、確実に、絶対に、明らかに、明確な事実で、間違いなのだ。
もう一度言おう。
僕は、間違っていた。
………………………………
間違っていた頃の僕は、ゲームをあまりしなかった。
ゲームは好きだ。テレビゲームでも、携帯ゲームでも、オンラインゲームでも、ボートゲームでも、それこそ──人生ゲームすらも。
僕がゲームをしていなかった理由として一番大きいものは、やはり、今僕がいるこの現実が、ゲームなのだと認識していたからだった。
ゲームの中でゲームをする。そんなゲームはいくらでもあるが、大抵はメインシナリオからはかけ離れた、ミニゲーム程度のものである。
僕はそういうのにあまり興味が無かった。メインシナリオをクリアして、それで満足だった。やり込んだゲームなんて、ゲームは好きだけど一つも無い。
だけど、メインシナリオ上にそのミニゲームが組み込まれているのだとしたら、話は違ってくる。
例えば、部活動とか。
僕の所属する部活は囲碁・将棋部と言って、活動内容はその名の通り、放課後に集まって、囲碁か将棋、どちらかを帰宅時刻まで好きなように打っている部活である。
全くもって、無気力な部活だった。
僕がこの部に入部した理由は、囲碁も将棋も、括りはゲームだからだったが、他の部員はただの暇潰しとか、取り敢えず入っているだけとか、中途半端な人達しか居ない。
まぁ、僕もその中途半端な人達の中に入るんだろうけど。
その日、部室に最初に来たのは僕だった。
暇だったから、ロッカーから将棋盤を取り出して、一人で将棋を打っていること、三十分。
ガチャ──部室のドアが開く音だった。
「あー、また一人将棋してる」
入ってきたのは、部員の一人である、関目マキだった。
「遅かったね、何してたの」
駒を打って、横目で関目を見る。
パチ──王手。
「ん、友達と喋ってたらこんな時間になっちゃった」
「ふぅん、そう」
パチ──。
いつものことである。本来なら部員は六人いる筈だが、終礼が終わって既に三十分強。恐らく関目と僕以外の部員は、もうこの学校内には残っていないだろう。
別に、どうでもいいことなのだが。
パチ──詰み。
「ねぇ、今度はあたしと打とうよ」
終局した盤を確認してから、関目は僕にそう言っていた。
「いいよ、別に」
「んじゃ、あたし王様もーらいっ」
問答無用で関目は、終局した盤から王将の駒を手に取り、元の位置に置いていた。
僕は玉将の駒を取って、それぞれの駒を各位置に置いていく。
二人とも駒を並べ終えると、王将である関目が先手でゲームが始まった。
パチ──。パチ──。……パチ──。
「神城くんってさ」
僕の名字。
「なんか、いつも楽しそうだよね」
ゲーム中盤、関目の飛車が僕の桂馬を取った直後の発言だった。
「そう?」
「うん」
「なんで?」
パチ──。関目の飛車を、忍ばせていた角で取る。
関目は「う……」と口をへの字に曲げてから、
「だってさ、いつも笑ってるじゃない。ああ、気持ち悪いって意味じゃないよ? 気持ち悪い笑みってワケでもないし。──ただ、楽しそうに、いつも微笑んでるよね」
「……そうだね」
「あ、自覚あったんだ」
クスクスと、関目は楽しそうに笑っていた。
自覚はあった。僕が人生をゲームだと思い込んでから、妙に口元の筋肉が緩み始めたのだ。
それは、僕がテレビゲームをしている時と同じで。
僕が人生という名のゲームを、楽しんでいたからだった。
「そうじゃなかったら、僕はただの変態だよ」
「ごめん、あたしは君のこと、もう変人だと思ってるから」
変人と変態じゃ、随分な差がある気がする。
僕は一息吐いて、
「次、打たないの?」
と促した。
「長考ってヤツよ」
「じゃあ、喋らないで考えてくれ」
「あたしは喋ってた方が閃き易いタイプなの」
「現に閃いてないよね」
「易いってだけ。別に絶対閃くワケじゃないもん。だから長考」
「タチが悪いな」
「神城くん程じゃないと思うけど」
「……どういう意味?」
少し真剣になって、聞いた。
「どういう意味も何も、そのまんまの意味だよ? いつもニコニコしてるから、何考えてるか解んないし。それって将棋だけじゃなくて、殆どのゲームで有利なんじゃない?」
「それは──」
それは、人生ゲームでも有利なのかな。
問おうとして、やめた。
関目に言っても、意味が無い。僕が望む返事は帰ってこない。
それでも思わず言いかけてしまったのは、それだけ僕はこの人生ゲームを、クリアしたがっているからだった。
「それは、あまり関係ないと思う」
「そうかな。ま、良いけど」
パチ──。
関目が次の手を打った。本当に長考したのか怪しくなる程、馬鹿馬鹿しい一手だった。
パチ──。
「王手」
「むぅ、意地悪」
「将棋ってこういうゲームじゃなかったっけ」
「手加減してって言ってるの」
「充分したよ」
「んぅ? 遠回しにあたしが弱すぎるって言ってるの?」
「言ってない。──手加減は充分したけど、あくまでも僕が勝てる範囲でだ」
「それって、結局意地悪じゃない」
「僕は楽しくゲームが出来れば、それで良いんだよ」
「あたしの気持ちは関係なし?」
「無いとは言い切れないな」
「日本人っぽい言い方だね。あたしはそういうの、なんか嫌い」
パチ──。苦し紛れの一手。
彼と同じようなことを言った関目は、特に何も考えていないかのように、ただ頬杖を付いて盤上を眺めていた。
「じゃあ、関係ないって言い切ろうか?」
パチ──。追い撃ちを掛ける。
「それもそれで嫌ね」
パチ──。逃げる王将。
じゃあ、彼女は一体どんな言い方を好むのだろうか。どう言えば彼女の気を悪くせずに、返事をすれば良かったのだろうか。
実際、あるとは言い切れないし、無いとも言い切れなかった。何とも曖昧なことだった。あると言い切れば、僕のゲームにおける価値観が、ガラリと様変わりしてしまうような気がして、無いと言い切ろうにも、現に関目は嫌と発言している。
そもそも、そういう言い方を余儀無くされる問いを投げ掛ける方に、問題があるんじゃないか。
と、自分があまり意味の無い思考をしていることに気付き──
「良いじゃないか。僕らは、日本人なんだから」
パチ──。
「詰み」
決めた駒は、金将だった。
「あーあ、また負けちゃった。勝てないと将棋って面白くないね」
「ゲームは勝っても負けても、面白いよ」
「神城くんはいつも面白そうだけど」
「そりゃ、人生は楽しいよ」
「そんな考え方が、あたしは羨ましいかな」
「そう?」
「うん」
そう言って、関目は盤上の駒を駒入れに戻し、鞄を手に取って席を立った。
「帰るの?」
まだ下校時刻まで時間がある。
「駄目?」
「別に、良いんじゃない?」
元々、真面目に活動してる部員なんて居ないんだし。部活動なのかどうかすらも、怪しい部活だ。形だけの顧問の顔も、もう覚えていない。
「じゃあ、あたしはもう帰るけど」
「うん、気を付けて」
僕の言葉を背に、関目は部室の扉に手を掛けて、
「ねぇ、リクくん」
少しだけ振り返って、僕の下の名前を呼んで。
「えっと」
少しだけ、その場で躊躇ってから
「……あたしと、付き合ってくれない?」
そう、言った。
その問いに、僕は少しだけ間を置いて
「良いよ、付き合おうか」
断る理由も無くて、了承した。
関目が僕に少なからず恋心を抱いていたのは、何となく解っていた。
元々、囲碁・将棋部なんていう廃れた部活に毎回来るのは、僕にも関目にもそれ相応の理由がある。
僕は言わずもがな、人生という名のゲームのメインシナリオをクリアする為に来ていたが、じゃあ関目の理由は何なのか。
三十分も友達と喋っていられる程、友人関係も悪くない関目がここに来る理由なんて、ある程度解っていた。
それが、僕への恋心である。
「ふふ」
嬉しそうに、関目は笑っていた。
「じゃ、一緒に帰ろうよ。リクくん」
「今、部活中」
「恋人と部活、どっちが大事なの?」
「……恋人かな」
少し悩んで、そう答えた。
人生ゲームで恋人なんて出来たこと無いけど、ゲームの中の主人公は、そこまで融通が効かない人間じゃないと思ったから。
僕は将棋盤を片付けて、鞄を肩に下げた。
扉付近で待っている関目と一緒に部室を出て、肩を並べて歩く。
隣で歩く関目は僕より頭半分小さくて、ほんのりと甘酸っぱい香りがした。
「どこか寄ってく?」
関目は上機嫌だった。
「ありがちだね」
「ありがちじゃ、駄目?」
「駄目じゃないよ」
「じゃ、どっか行こう」
目的地も決めないまま、僕達は廊下を歩いていた。
二人で、手を繋ぎながら。
その日、僕に彼女が出来た。
後に、僕に色々なことを教えてくれる彼女だった。
僕の人生を大きく変えたのは、人生を楽しく過ごしている彼が一人目で、人生を楽しく過ごそうとしている関目マキ、その人が二人目だった。
僕の間違いを、矯正してくれた人だった。
僕の、とても大切な人になる人だった。
その時の僕は、そんな事、知る由も無かったんだ。
どうも、この小説を最後まで読んで下さって、本当にありがとうございます。
この小説は、自分の部活(文芸部)内容の一環で、無作為に選んだ三つのお題を元に作られたものです。所詮は高校生が書いたモノで、何か文法的におかしな所があったり、話の内容が変だったりする所があったかもしれませんが、容赦無く指摘して下さると助かります。
で、少し作品について触れておきますと……
なんか、作中のマキちゃんが凄く可愛く見えてしまいました。多分変なぶりっ子仕草を入れて無いからかな、うん、きっとそうだ。
自分的には満足してる内容なのですが、リクくんがマキちゃんを名前で呼ぶシーンを入れれなかったのは、少し残念です。
ではでは、自己満足な文章もこの辺で。