うらしまたろう
この小説は昔話の「浦島太郎」ではありません。
昔々あるところに青年が住んでいた。彼はいたって普通の人間だ。生まれも育ちもいたって平凡、両親は彼らにとってはそれはそれはドラマチックな、それでいてはたから見ればヤマもオチもない恋愛の末結ばれ、両親も多少の反対こそしたものの一週間かそこらで和解し、結婚式当日には全員が写真に写っているような、そんな風に結ばれてから二年後に生まれた。その出生にも浮気だとか試験管ベイビーだとか新生児の取り違えだとか、そういう不穏な影すら入り込む余地もなく、少し難産だったらしいくらいしか取り上げられないような出産だった。
その後もすくすくと育った。幼児期には近所の子供と仲良くなるとか、猫を飼ってみるとか、そんな程度のことしかしなかったが、本人も両親も周囲の人間も彼のことをとりたてて平凡とは思わなかった。
少年期。ここでも彼はこれと言って特徴無く育った。際立った才覚も、人格も現さず、その場の空気だけで楽しく生きていった。
そうして彼は青年になった。一般的な社会常識と教養、そして百人にサンプルをとれば必ず出て来るであろう性格、その他モラルetc・・・日本人に統計をとれば必ず上位二十位以内に入ってくるであろう要素をすべてくっつけたような青年になった。
そんな青年は今日も近所の砂浜をジョギングしていた。休日のジョギングは彼の日課だ。ジョギングを始めた理由を青年は気にしていない。健康に気を使って始めたような気もするしストレスを発散したかったような気もする。これといった理由は思い出せない。つまりはそんな程度の理由で始めた、ただのルーチンワークだ。ついでに言えば彼がいつも走っているこの時間帯は、朝というには少し遅くお昼ご飯には少し早いぐらいの時間であり、人通りもまばらで走りやすい。
走っていた彼がふと目を横に向けると少年たちが道のわきに輪になって固まっていた。これで少年たちの間から布袋でも叩くような音と嘲笑が聞こえてこなければ、彼も喉かな日常の一つとして見逃していただろう。
しかし、彼が見逃さなかったのは特別強い正義感とか、個性的な打算からではない。ただ何となく、気になったから声をかけたのであって、だからこそかけた言葉も
「ちょっと君たち。」
の一言だった。
幸運なことに少年たちは悪いことに慣れていないのか、その一言で蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
そして少年たちに取り囲まれていたものが彼の目に映った。
それは一匹のカメだった。一般的に飼育されているようなミドリガメなどとは比べ物にならないほど大きく、よく見ると前足がヒレのようになっているのでウミガメの一種のようだというのが分かった。
ここで長い間海にすんでいる彼の胸には疑問が浮かんだ。
この時期にウミガメは普通陸に上がって来ない。なぜこのウミガメはここにいるのだろうか。
そんなことを考えていたことなど露ほども知らなかったウミガメはこう言った。
「あぁ、あなたはなんとお優しい方なのだろうか。どうでしょうか、お礼に竜宮城までお連れさせてください。」
いきなりの申し出に青年は面を食らったが、断る理由も見つからなかったので亀についていくことにした。
亀に連れられていった竜宮城は、それはそれは素晴らしい場所だった。
到着するや否や、城主であると思われるとても美しいこの城の姫が彼のために盛大な宴会を催してくれた。
様々な魚が舞い、それはそれは美しかった。今まで見たことがないような料理を振る舞われ、それはそれは美味しかった。姫との会話も尽きることがなく、今までも、そしてこれからもこれほど楽しい時間を過ごすことは無いだろうと青年は確信していた。
そして宴会が終わると、姫が直々に見送りをしてくれた。その際に決して開けるなという妙な言いつけと共に豪華な箱を土産としてもらった。
亀に乗って青年は浜に帰ってきた、そのあとは特に何かをしようという気も起きなかったのでひとまず家に帰ることにした。青年は帰り道で村人の誰ともすれ違わなかったのが少し気になったが、元々あまり人口の多い村ではなかったためあまり気にしなかった。
青年は家に帰ると囲炉裏の前に座り暖をとった。そして姫にもらった土産に気がつくと何の気なしに封を解き、蓋を開けた。
箱の中から白く濁った煙が際限なく溢れ出すと彼の視界を覆い尽くした。見た目の割には煙を吸っても苦しくならないことを不思議に思ったが、その答えを考え出す前に急に青年の視界が白い煙から黒い闇へと切り替わった。
老人が目を覚ますとそこは自室の居間だった。昼間だというのにどうやらうたた寝をしてしまっていたらしい。彼はこの家に一人で暮らしている。
彼は三十台の半ばで職場の同僚であった妻と出会うと、二年間の交際を経て結婚。その後は子宝にも恵まれ、男の子と女の子を一人づつ授かった。子供たちを育て、仕事にも精を出していた日々は矢のように過ぎていき、十年ほど前には無事定年退職を迎えることができ。子供たちはそれぞれの家庭を築き上げ、妻に先立たれた今は毎日が驚くほど長く感じられる。
妻に先立たれてからはや一年、最初の半年は心にぽっかりと穴の開いたような寂しさにさいなまれていたが、徐々に慣れていき今では妻がいない方が日常になってしまった。
老人はふと、何かを思い出したかのようにツヤと張りの無くなった頬をつねった。
痛みは感じない。
それは彼の年老いた神経がもはや痛みを感じなくなったのだろうか。それともつねる手に力が無くなったのだろうか、あるいは、
昔話「浦島太郎」を下敷きに物語作成の練習に書いたものです。
浦島太郎を下敷きにしたつもりですが最後の方に胡蝶之夢が入ってしまいました。胡蝶之夢をむりやり入れた感じがあるかなと思ったのですがいかがでしょうか。
こういった不特定多数の人に読んでいただける場に作品を掲載するのは初めてのことですのでご意見ご感想等を頂ければありがたいです。