いっぷく
鞍も無いのに二人乗りはかなり辛い。だが幸いにも追っ手は来ていない様だった。
「怪我はしていない?」
「大丈夫みたい…です」
「そう、よかった。捕まっていたとき…連中のことで何かわかったことはある?」
「いいえ…何も」
セアラさんの体が小さくふるえていた。安心したら急にさっきのことが怖くなったのかもしれない。
「今、こんなことを言うのも気が引けるんだけど。あたしは事情をなんにも知らないのよね。いや、聞かなかったあたしが悪いんだけどさ。聞かなくても何とでもなるだろうとか、チョット甘いこと考えてたし…イロイロ聞いてもいいかな。プライベートなこともあるかもしれないけど…」
「かまいません」
あたしが躊躇っていると、セアラさんは意外にしっかりと返事をした。
「…アンザリアの神子長になるってのは本当ね?」
「はい」
「そういうのってさ、普通…そっちの神殿から迎えの人が…まてよ?」
ディーア爺さんからの手紙を思い出す。
『彼女たちをアンザリアの神殿まで無事送ってもらいたい』確かそう書いてあった。
「迎えは全て殺されました。ディーア様に助けていただいたときはまだ二人いましたが…彼女たちもミアさんとお会いする直前に殺されました」
「…ギリギリ、間に合ったわけだ」
その言葉にセアラさんは小さくため息をついた。
「私だけは。命がけで逃がしてくれた彼女たちのためにも、神殿に着かなければなりません」
「…そうだね。にしてもずいぶん若い神子長さまだね。セアラさんは優秀なのね?」
これは質問ではなく率直な意見である。
「あら、若くはありませんわ」
「最近ではそんな年齢の神子長がほいほいといるもんなの?」
神殿事情はわかんないねぇ。
「いいえ、そうではなくて。わたくし今、127歳ですの」
…
「27?随分と若作りなんだね。あたしはてっきり17、8歳かなーなんて思ってたんだけど」
「127です」
…
「え?」
「ひゃくにじゅうなな歳です」
「…冗談でしょう?」
顔が強ばっているのがわかる。だって、こんな若くてピチピチデ、シミシワ日焼けひとつ無いおばあちゃんって、冗談過ぎるわ。
「本当です。もっとも、外見だけ17歳のときのまんまなんです」
「17…」
いまいち現実味がわかない。一瞬だけだが、セアラさんが精神病を患っているのでは?とまで考えてしまう。
「顔のケロイド…17の時のものなんですよ。よくわからないんですけど、そのときから成長が止まってしまいまして。もう100年以上前のことなんですけど」
「はぁ。なるほど…納得だわ」
「なにがでしょう?」
「連中があんたをねらう理由。生贄として」
永遠に少女の姿をとるもの。永遠の乙女。怪しい宗教団体が神に捧げたくなるわけだ。
「しかし、よくそんなこと平気な顔して言えるわね」
「あら、永遠におばあちゃんでいるより、永遠に若いままでいた方がとおもいますよ」
あっけらかんと言う。
「若い方が体力もありますし、ぼけることもないでしょうし。心も17で止まったかのようで」
ふうん、そんなもんかねぇ。
「あの。私からも質問していいでしょうか?」
「…答えられることならね」
「《カオスポケット》のことなんですけど…」
そう言えば、あとで説明するって言ったっけ。あれ、でも
「巫女なのに知らないの?」
「世間知らずなもので…なにぶん100年前に巫女修行を終わって以来、勉強というものに縁遠くて…昔聞いたことあったような気もするんですけど」
時間の流れが狂ってしまいそうな発言である。
「…忠告しておくけどね、この先人生は長いんだからたまには復習したほうがいいんじゃない?
《カオスポケット》の説明ね…んっと、混沌の世界ってあるでしょう。まだよく解明されていないみたいだけど。この世界の、裏側みたいな世界。そこに魔力を使って自分だけの空間を仕切っちゃうの。その空間のことを《カオスポケット》と呼んでいるの。で、あたしみたいな流浪のの魔法士なんかは《カオスポケット》に荷物を積み込んで旅をすると楽なわけよ。ただし、《カオスポケット》を維持するには相当の魔力が必要とされるから、新人の魔法士なんかじゃ本当にポケットサイズを創るのがやっとね」
「ちなみにミアさんはどうなんでしょう?」
「総魔力をつぎ込めばどうなるかわかんないけど。あたしが持っているポケットは押入3つぶんくらいかな」
「すごいん…ですね」
あたしより100も年上の人に感心されてもなぁ。
「さぁね。あたしの兄ちゃんはもっとでっかいのを創れるし…まずいな」
「なにがでしょう?」
「追っ手だ」
「本当ですの?」
「ああ」
セアラさんはまだ気が付いてないだけだ。だけどあたしには感じるものがある。この気配は間違いなく追っ手だと思っていいだろう。しかし…
「妙だな。奴らはさっきあたしとセアラさんで壊滅状態のはずなんだが…」
あたしとセアラさんというより、セアラさんと火竜と言った方が正しい気もするが…
「近くに仲間が残っていたとか?」
「それにしちゃあ数が多い…とすると」
追っ手の気配が一段と強くなる。
「この近くに奴らの本体があるのか…」
そうとしか考えにくい。いや、考えられない。
「本体?」
「奴らの宗教の本部、もしくは支部かな?どのみちかなり大きめの組織があるはずだ」
…
「早く逃げましょう」
セアラさんが言う。
「それでいい?」
「………?どういうことでしょう」
「奴らのねらいはセアラさんの体だ」
「まぁっ」
…なにか、誤解をされたようだ。
「生贄としてねらっている」
「…」
「ここは、奴らのアジトが近いらしい。少々危険だが元締めに話をつけてもいい」
話をしに行って決裂すれば潰してやる。もっとも、決裂するしかないだろうが。
「元締めを?」
セアラさんはしばらくの間考えた後に言った。
「それって追加料金をとられません?」