契約
「依頼内容、細かく聞かせてもらえる?」
女はぽそぽそと話し始めた。
「アンザリア水神殿の神子長がしばらく前に亡くなりまして、わたしが新しく任命される ことになったんです。…でも、それをよく思っていない人たちがいるらしくて、わたしを殺そうとしているみたいなんです。それで、あの護衛をお願いしたいのです…」
単純な図式で、これまたよくある話の典型的パターンだ。
(あなた、若そうだもんね)
組織の長と呼ばれる人は、大抵かなり年をとっているっていうのが、相場だ。だが、彼女のマントから見えている部分にしわはなく、肌もきれいだ。声にも幼さが残っている、どう考えても17かそこら。
妬まれても当然だ。殺すのは行き過ぎのようにも思うが、あり得ないことでもないだろう。
天才って言うのもなかなかつらいもんなんだよね。わかるわ。
「心当たりはあるの?」
「いえ。それが。心当たりが…」
「ないかぁ」
ま、よくあることだ。当てにはしていない。
「いえ、そうじゃなくて。心当たりがありすぎて」
…ま…よくあることだ。
「報酬はこれを」
女はマントの中から小さい袋を出て渡してくる。袋を除くと蒼い宝石が一つ。大きさは親指の先くらいある。貴族や金持ち、マニアなんかが喉から手を出してほしがりそうな逸品だということは誰の目にも明らかだ。
「『竜の瞳』です。神子長就任の際に身に着けよと、前の神殿を出るときに領主様より頂いたものです。売ればかなりの値段になるでしょう」
「あたしはお金に困ってるんじゃないんだ。どっちかと言えばその逆だね。一生遊んで暮らせるくらいのお金は持ってるよ」
事実だ。…嘘じゃないってば。
「でも、ま、いいんじゃないかな?」
女はほっとため息をついた。あたしが依頼を受けてくれそうだと確信したんだろう。
「ところでさ、フード外してくれないかな?話がし辛いんだよね。なんか、置物と話しているみたいで」
「…」
一瞬の沈黙をおいて、女がフードに手をかけ、顔をさらした。
「…」
女の瞳は輝きを持った黄色。髪は瞳と同じ色に輝いていた。しかし。
その顔の左目の周囲は焼けただれ醜く崩れていた。凄まじいケロイドはそれがただの火傷ではないことを語っている。この様子だと左目に光はないだろう。
「それは?」
残酷な質問だということは、言った後に気がついた。
「昔の火傷の痕です」
酒場の客が彼女の顔を見てぎょっとした表情に変わる。酔っぱらいには化け物にでも見えたか。
「すまなかった」
あたしはそう言って彼女のフードを下ろした。
「いくら回復魔法をかけても良くならなかったみたいで」
「…」
あたしはもう一度彼女を見つめた。彼女の言っていることが本当かは解らない。だが、さらに質問を重ねることはなんだかくだらないことのように思えた。
ポケットから一枚の紙を取り出す。
「契約を交わしましょうか」
紙を彼女の前に広げる。儀式的な口調。
「よく読んでサインを」
木串をワインに浸してペン代わりに差し出した。彼女は紙とまじまじと見つめ、サインをした。
宣言。
「貴方の命は保証されたわ」
依頼人セアラとあたしの出会いはこんな風だった。