依頼
小さな酒場であたしはワインなんぞを気取って飲んでいた。にぎやかな酒場の中であたしの周りだけが別の空気を持っていた。
手には黒い手袋。肩には皮のショルダーガード。着ている物は魔法糸からつくられた服。耐熱性、耐魔法性の優れた厚いマント。どこから見ても流浪の魔法士。
そして、その華麗なる魔法士の名前はミア・セイラス。
「あのう。ミアさまではないでしょうか」
突然声をかけられてあたしは声の主を見る。黒いフード付きマントを着て、いかにも正体を隠しているような人物が立っていた。体格と声からして女だ。顔はフードのせいでよく見えない。
走ってきたのだろう、女の息はかなり上がっている。軽くうなずくと、女はあたしの顔を見ると安堵の表情を浮かべたようだった。ただ、マントに隠れた表情は読みにくい。
「頼まれてくれませんか」
マントの女はそれだけ言うと、白い封筒を一通差し出した。
あたしは無言でそれを受け取る。
白い便せんに見慣れた文字が並んでいる。短い手紙。
「ディーア爺さんの知り合いかい」
ミア セイラス嬢へ
借りを一つ返してもらおう。彼女たちをアンザリアの神殿まで無事送ってもらいたい。報酬は彼女の金額に従うように。ディーア。
上から目線の手紙に左繭がやや上がる。人から命令されるのは好きではない。本当ならこんな手紙は破って捨ててしまいたいところだが、相手が悪かった。
ディーア爺さんには借りがいくつもあって、とうてい断れそうにない。
「いい人と知り合いなんだね」
あたしは苦々しく言った。
「頼まれてくれますか?」
女の声はか細く震え時折周囲を見渡す。多分、追われているんだろう、誰かに。
「そこ、座りな」
あたしは向かいの席を指さした。