終結
長い沈黙が降りた。彼にもはや立ち上がる気力が無いことは承知していたが、だからといってこちらから引く気は無かった。
「……く………。助けて……くれ」
屈辱と恐怖にゆがんだ声だった。
「いいだろう、教主さん。お話といこうか…」
民間人は邪魔、ということもあり、また結界を解除するのも面倒であるという理由から話し合いは砂竜(ずいぶん小さくなってしまったが)の見守る中、冥神の結界の中で行うこととした。
「聞かせてもらおうか、なせセアラさんを狙った?」
「永遠の乙女、セアラ様を我が教団にお迎えするためです」
観念したのか、教主はすらすらと話し始めた。
「我が神がセアラ様をお迎えするようにと」
「お告げがあったって訳?で、セアラをさらって生け贄にしろとでも?」
はい、と教主がうなずく。
「いけにえを捧げればこの教団の繁栄を、我等に安息の地を、我が神は…約束されました」
「それだけか?」
再び長い沈黙が降りる。
やがて、あきらめた様子で男は項垂れた。
「生け贄として捧げれば、私の願いを聞いてくれると、神がおっしゃいました」
うなだれ、ぎゅっとつぶった目から涙が落ちている。
「私に、限りある命を賜ると…」
まぁ、とセアラが目を見開いた。
「じゃぁ、あなたも?」
おっとりと尋ねる。その声は、どこか親近感が込められている。この人は、今しがた殺されそうになったことが分かっているのだろうか?
「私はもう600年以上生きています。時はもうずっと止まったままです…」
経験の量が違う…彼は戦闘中そういわなかっただろうか?あたしはふっと思い出す。あのときは気にならなかったが、その意味は、永遠の命を指していたのか、と今になって思う。
「死にたいのか?」
あたしは問う。今すぐ殺してやろうかこの男は。
「いいえ、年をとりたいのです」
教主はゆっくりと首を振った。
「その願いのために多くの人が死んだ。神のためと信じて。死んだやつらは、いけにえの代償が個人の望みと知っていたのか?」
「知っていました。それでも、神と私と教団のために命をかけたのです」
そこで、あたしは一旦口をつぐんだ。
「セアラさんにこの先手出しをしないと誓うか?」
「…誓いましょう」
教主はそれきり何も言わなかった。
「ミアさん」
教団を出て、アンザリアまで後少し、というところで昼食をとっていた時だった。
この日の昼食は塩漬魚と香味野草のサンドイッチ。ピリッと塩味が美味しい。
「何さ?」
「私は永遠の命を悲しくは思いません」
「…」
あたしはかじりかけのサンドイッチを膝の上に置いた。
たぶん、セアラさんは私に話しかけながら、自分へ言い聞かせているのだろう。
「それで?」
「あたしは、この命を疎ましいとも思いません。長い人生ではありますが、きっと何か大きいことのできる人生だと思います」
「いいんじゃない?」
「え?」
「短い人生も、長い人生も世の中にはいろいろあるってことよ」
あっけらかんとして言い放つ。八百万の神の、八百万の意思など誰にも計れない。所詮人は神に踊らされる生き物なのだ。
「そうですよね」
セアラさんは神妙にうなずいた。セアラさんに考える時間は山ほどある。
「アンザリアまでもう少しなんだから、さっさとご飯食べて、出発しようか」
「はい」