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炎の末裔  作者: ワイルダー
10/12

禁呪

(パワーが違う)

 ちっ。

あたしは舌打ちをして呪文を変える。

 奴はなかなか高いレベルだ。あの若さでここまで強いとは。

 火竜が襲ってくる。今は逃げるしかない。あたしはセアラさんの手を掴んだ。

「来て下さい。水の精霊!」

 セアラさんが言う。祈るような声。いつの間に呪文を唱えていたのか。

 セアラさんの言葉に応えて水竜が現れる。水竜はそのまま火竜に飛びかかり対消滅した。火竜の勢いはわずか弱まっただけだ。その結果にセアラは動揺を隠せない。

「セアラ嬢、あなたは私にかないません。経験の量が違うのですから」

 青年がにっこりと微笑む。

 だが、時間稼ぎにはなったようだ。

「よけいなお喋りはいらないよッ!砂竜創造!」

 地面に幾何学的模様が走る。魔法陣とは明らかに違うその形。

 ダンッ、ゴゴ…

 地面から砂の竜が現れる。召還したのではない。砂を固めて龍の形をとっただけの紛い物。召還師でもないあたしでも何とか造れるものだ。コントロールが難しいのが難点だが、力だけはある。

「砂竜、教主を押さえろ」

「火竜、私をまもれ!」

 二人の声が同時に響く。

 砂竜はあたしのコントロール通り、教主に向かって進んでいく。

「教主様ッ、教主様ッ!」

 周りから教主コールがかかる。悲鳴に似たその声は教主に届いているのだろうか?

 火竜が砂竜に襲いかかった。大きさは火竜の方が遙かに大きい。だが。

「炎で砂は焼けない!!」

 砂竜は火竜の体を破り、そのまま教主の体を押さえつけた。

 体を破られた火竜は雄叫びを上げて魔方陣に消えていった。

「風爆」

 ドンっと大砲のような音がした。あまりの音の大きさに耳がぼわんとしてくる。

 青年教主が風の魔法を使ったと分かったのは一瞬後だった。砂竜から砂埃が上がる。

「風爆!」

「チッ!」

 更に教主が魔法を重ねる。砂塵が舞い上がり様子がよく分からないが、砂竜のダメージが相当の物であると考えられる。所詮は紛い物だ、壊れる…

「きゃぁぁぁぁっ」

 セアラさんが金切り声を上げる。信徒が仕向けたのか炎狗の群があたしたちに向かって走ってくる。炎狗の力によりセアラさんの服がボロボロと焼けていく。セアラの華奢な脚が見え隠れした。うーん、色っぽい。

 …じゃなくって!!

「こっ、小賢しい真似をッ」

 セアラさんが杖を振ってとりあえず一匹を叩きのめした。あたしも短剣引っ張り出し、2匹目を叩こうとしたところでふくらはぎに鋭い痛みが走った。

 かみつかれた。

 ふくらはぎに噛みついている狗の鼻面を握ってとりあえず脚から放すことに成功したが、これではきりがない。

 …糞ッ。

 セアラさんから杖をひったくる。

「我に従え、狗!」

 だんっ、と杖で地面を叩いた。一瞬狗は杖の成した音に顔を向けた。

「ワレニシタガエ!イヌ!!」

 再び力強く杖を突く。

(ワ・レ・ニ・シ・タ・ガ・エ)

 きゅうぅん。とひと鳴きして狗がその場に伏せる。群衆(ギャラリー)にどよめきが起こった。

「伏せ。そのまま、お手…じゃなくって、待て」

「風爆!」

 爆音に鼓膜が破れそうだ。砂竜から一際大きな砂塵が舞い上がる。砂埃の中で、随分小さくなった砂竜が賢明に教主を押さえていた。

「もう少し辛抱してろ、砂竜!」

 炎狗の数は1,2,3,4,5匹…。炎狗が5匹…

 …これは…!……いや、やってみる価値はある。

「5ホウニチリテ、ゴボウセイノハシラトナレ!」

 狗に命令する。次の瞬間炎狗は群衆の中に走っていった。あわてた観客は蜘蛛の子を散らすが如く四散する。

《深の中

 冥界深くにおわします冥王の

 禁じられし紋の解放》

 あたしはセアラを抱き寄せた。呪文の被害が一番小さいのは術者の側。

 口にする言葉は深界語と呼ばれる未開の言葉。一般的に良く知られた魔法言語でも、日常会話に使う言葉でもない。屋敷の奥の鍵のかけられた部屋に生きる本のみが知り得た古代の言葉。神への祝詞。実家の奥深くで一冊だけ読むことを許された。その禁呪。

《冥界の紋に伝わりし焔獄の結界

 吾、今ここに炎狗を柱とし、ときの冥神に捧ぐ》

 炎狗から焔があがった。元々炎の狗ではあったが、その焔の色は紅蓮。冥王の焔である。

 焔狗を芯として勢いよく燃え上がる。

「冥神の結界…」

 セアラが震える声で呟く。歴史を生きた人物はこの言葉の意味が理解できたらしい。神殿の奥深くに眠る書物にでも出会ったか。

「深界の…あなたは…一体…」

《深き世界になお深く冥神を称うべく》

 太古の昔、魔法は詠うものであったといわれる。現世に置いて、魔法は詞であるが、古くからある魔法は歌のようである。そして、深界の禁呪と呼ばれるものは「詠う」という表現があっていた。

《ここを神域と見なし紅蓮の結界を張らん》

 5つの炎の柱がより強くより明るく輝く。冥神曰く許。

《冥神に栄光あれ!

 ここは我が神域なり!

 我以外の術者認める事なかれ!》 

 火柱が交錯した。不思議と暑さを感じさせない炎はやはりただの炎ではない。

 本来ならばこの呪は、儀式を行う前に、祭司が儀場を征するために使われる。冥神の名の元に、いかなる者もこの結界中では魔法を封じられる。

「風爆!」

 教主が声の限り叫ぶが、声が空しく響いただけで砂の一粒も舞い上がることはなかった。

「無駄だ。私以外ここで魔法を使うことはできない」

 何、と教主が顔を歪める。

「深界の結界を張った。おまえに勝ち目はない」

それでもなお抵抗しようとする教主に、砂竜に牙を剥かせる。

「この結果中では私以外の術者は認められない。いかなる魔法も発現しない」

「馬鹿な…クソ、風爆!」

 声だけが空しく響いた。

「無駄だ。深界の禁呪は魔法よりも高位に位置する」

「風爆!」

「この禁呪は更に、私の敵を排除することも可能である。死ぬか、それとも命乞いをするか選択するといい」

 長い沈黙が降りた。


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