【唯李 第一話】
2008年 4月 唯李サイド
「はぁ…」
数十分前の事を思い出して、深いため息を吐いた。
『サイアクだ…』
それは入学式でのこと。
自分で言うのもなんだが私は成績が結構良かった。
(これはせめてもの謙遜なのでほんとうはかなり良かった。)
だからこの貴城高校に合格するのも容易かった。
この高校で特に目立たず平穏な日々を送る事を夢見ていた…
なのに―
教師が名前を呼んでいた。
《みなさき すず》
すると、突然隣に座っていた男が、
「せんせーい。違いますよ!り・ん。水崎鈴」
全校生徒の視線が水崎鈴に集中した。
隣にいる私もなぜか目立っていた。
水崎鈴はヘラヘラと笑っていた。
それが尚更気に障った。
こんなはずじゃなかった。
私は自分の点呼も終わり、あとは入学式の終了を待つのみだったのだ。
暇だったから、少し周りを見ていた。
隣にいた男を見て、
『結構カッコいいかも…。』
とか思っていただけなのに。
その矢先その男が叫んだのだ。
要らぬ注目を浴びてしまい、私の気分はサイアクだった。
だから、またため息を吐いた。
それが、私の運命を大きく動かすとも知らずに―
「「はぁ…」」
私の吐いたため息が誰かと重なった。
聞こえた方を見てみると、私の憂鬱の元凶がハッとしたようにこちらを見ていた。
「あ!俺の隣にいた子だよな。たしか…葛乃葉唯李さん?」
人懐っこい笑顔を向けてきた。
「え…そうよ。よくわかったね。水崎鈴くん。」
一瞬戸惑った。
なんだろう…何かが引っ掛かる。
「あたりー。美人さんだから覚えてたんだよ。てか、俺の名前わかってるんだ!俺って実は有名人?」
呆れた。
気のせいかな…
「冗談はよしてよ。というか、あれだけ騒げば覚えるわ。あの場にいた人はみんな覚えてるんじゃない?」
「そりゃそーだな!」
またヘラヘラと笑う。
「よく笑うわね…」
思ったことを口にしただけだった。
深い意味は無かったのに…
「え!ごめん!気に障った…?」
鈴は酷く焦っていた。さっきまでの笑顔が嘘のようだ。
「え…そんなことないよ。悪い意味で言ったわけじゃないから、大丈夫だよ。」
「あ…そっか。悪い。そうだよな。」
心底安心したように笑った。
やっぱりおかしい。
「なあ、せっかくだし、一緒に駅まで行こうぜ。もう帰るだけだろ?」
「えぇ?何がせっかくなのよ。変なの。」
つい笑ってしまった。
その時から、なんだか鈴といると安心して笑えた。
いつもまとわりついている柵から、鈴といるときだけは解放されてた。
その時から。ずっと。
「なんだよぉ。わーらーうーなー!」
「ふふ。ごめんごめん。なんか、おかしくて。」
「ね、いいだろ?一緒に行こうぜ。」
いつもは男からの誘いなんて絶対に断っていたが。不思議と鈴に誘われるのは悪い気はしなかった。
「ん。いいよ。」
「まじ?!やったぁ!!」
その時の笑顔は、今までの違和感は無かった。
それと同時に、違和感の正体がわかった。
「いや、でもホントに美人さんだよね。葛乃葉さん。」
「やめてよ。全然そんな事ないわ。」
正直、私は自分が美人だと自覚していた。
でも、ちっとも嬉しくなんか無かった。
今までは。
それなのに、鈴にいわれると、嬉しかった―
『私はおかしい…』
「葛乃葉さん?どしたのー?」
「あ、ごめん。ちょっとボーっとしちゃった。というかさ、水崎くんだってすごいカッコいいじゃない。」
それはお世辞なんかじゃなくて本当にそう思った。
髪は明るい茶髪で、いまどきな感じだった。
少し軽そうにさえ見える外見とは裏腹に、礼儀はわきまえているところが、すごく好きだと思った。
もちろん、出逢って30分もたってない鈴に、恋愛感情を抱いたわけじゃない。
ただ、口調はくだけているのに、私の名前を名字にさん付けで呼ぶ律儀さが良いと思った。
ギャップに惹かれたのだ。
その時は、そう納得した。
でも、まだ気づいていないだけ。
「え…ほんと?うわ、どうしよ。すっげ嬉し。」
鈴が顔を真っ赤にするから、私まで照れた。
「それに…優しいね。」
「え…」
鈴はびっくりしたような、戸惑ったような顔をした。
「…ありがと。葛乃葉さんもね。」
そして笑った。
やっぱり違和感があった。
『どうして…』
どうしてこの人は、こんなに寂しそうに笑うんだろう
私がその訳を知るのは、まだ、先の話。
リノです。
『ボク等』いかがでしょうか。(長いので略しました)
今回は才色兼備なモテお嬢(笑)唯李でーす。
鈴との出会いですね。鈴の事は『鈴サイド』のときに書くとしましょう。
この2人は正反対なのですが、故に惹かれ…っと、これ以上は控えます。(オイオイ)
唯李は小さい頃から優秀な子です。家もそれなりに裕福な家です。父親は社長さんで、いわゆるお嬢さまですね。
何不自由なく暮らしてきたわけですが、やっぱりこの子もいろいろと抱えています。
それではこのへんで。
次回、【紗環 第一話】お楽しみに。