乙女の涙に駆けつけた魔法少女、皇后陛下の願いが暗殺依頼でオワタ。
一人の女性が、寝室の奥に置かれた女神像の前で膝をついていた。
「女神様……どうか、私の苦しみを癒やしてください……」
祈りが捧げられた瞬間、女性の前にまばゆい光が満ちた。
「っ……! これは……?」
「聖なる星に導かれ、乙女の心を守るため!」
淡い桃色の短いスカートに、ふわふわと広がる袖。胸元に大きなリボンを飾った姿で、私は光の中、胸の前でくるりと手を回した。
「魔法少女エトワール! 女神に遣わされ、ここに参上ですわ!」
高らかに名乗った瞬間、光が弾けた。きらきらと星屑のような粒が舞い、私はふわりと床へ降り立つ。
「……魔法少女?」
目の前にいた寝間着姿の女性が、剣を構えたまま呟いた。
「……」
「……」
私も杖を構えたまま、固まった。
寝間着姿だというのに、その立ち姿には気品がある。剣を握る手にも、一切の迷いがない。
そして、そのお顔を見た瞬間、私は心の中で叫んでいた。
こ、皇后陛下ああああ!?
◆
皇后陛下は、何事もなかったかのように紅茶を淹れてくださった。
私は小さなテーブルの前に座らされ、膝の上で両手を握りしめている。
「も、申し訳ございません……」
「構わぬ。わざわざ、わらわのために来てくれたのであろう? ならば、もてなすのは当然だ」
そう言って、皇后陛下は慣れた手つきで紅茶を注ぐ。
寝間着姿だというのに、その所作はあまりにも優雅だった。絹の袖がさらりと揺れ、白い指先が茶器に触れるだけで、そこだけ絵画のように見える。
「魔法少女殿は、わらわの生家を知っているか?」
「え……はい。オルディス家ですよね。一度、爵位を失ったと……」
「うむ。家が困窮していた頃は、使用人も少なくてな。身の回りのことは自分でしていた」
「あの……皇后陛下は、私が本当に魔法少女だと……いえ、不審者ではないと信じてくださるのですか?」
「当然だ。この寝室には結界が張ってある。女神の加護に匹敵するほどの力がなければ、入り込むことなどできぬ」
「な、なるほど……」
さすが皇族の寝室。警備が万全ですわ。
差し出された紅茶は、驚くほど香りがよかった。
「おいしい……」
思わず呟くと、皇后陛下は満足げに微笑まれた。
ふ、ふわあああ……。皇后陛下が目の前にいらっしゃる……!
セレスティア皇后陛下。
その才を先代皇后陛下に見いだされ、皇太子妃として迎えられた方だ。
孤児院や救貧院をたびたび訪れ、身分を問わず民の声に耳を傾ける、慈悲深い皇后として広く慕われている。さらに皇帝陛下とも仲睦まじく、国民からは理想の皇帝夫妻だと称えられている。
そんな方にも、悩みが……?
わたくしに、どうにかできるのでしょうか?
あら? そういえば、皇帝陛下はご一緒ではないのですね。寝室のはずなのに。
皇后陛下は紅茶を一口飲み、カップを置いた。
「しかし、祈ったら本当に女神の遣いが来るとはな」
「聖なる星に導かれて参りまして……」
「そうか……本当に、わらわの願いを叶えに来てくれたのか?」
「できる限りではございますが……国を動かすようなことは……」
「大丈夫だ。ささやかな悩みだ」
「そ、そうですか」
よかった。ささやかな悩みなら、私にもなんとかできるかもしれない。
「……」
「どうかなさいましたか?」
「いや……いざ口にするとなると、少し緊張するな」
きゃあああ! 皇后陛下が恥じらっていらっしゃいますわ!
「どのような願いでも、できる限りお力になりますわ!」
「そうか」
「ええ! この魔法少女に遠慮せず、お話しくださいませ!」
「分かった」
皇后陛下は、わずかに息を整えた。
「では、夫を殺してくれぬか?」
「遠慮してくださいませ!!」
反射的に叫んでしまった。
何を仰るの、この方は!?
「よくいるだろう? 夫の死を望む妻なんて」
「いるかもしれませんけれど、この場合は国家反逆になりますわ!」
「皇帝とて、夜はただの男だ」
「そういうお話はしないでくださいませ!! そもそも、皇后陛下は皇帝陛下と仲睦まじいのではなかったのですか!?」
私がそう言うと、皇后陛下は紅茶のカップを置いた。
「……魔法少女殿は、わらわがなぜ没落貴族の娘でありながら、皇后になれたのか分かるか?」
「え……」
「当時、帝国の皇権は盤石だった。反乱の芽もなく、諸侯も皇室に従っていた。だが、ひとつだけ大きな問題があった」
皇后陛下の声音は淡々としていた。
「皇位継承者が、現皇帝ただ一人だったことだ」
「それの……何が問題なのですか?」
「皇帝は報告書を読まぬ。会議では声の大きな者に流される。難しい話になると、すぐに笑ってごまかす。社交と遊興だけは得意だったが、国を背負う器ではなかった」
……嘘でしょう。
国一の美貌を持つ賢帝とまで言われた皇帝陛下が? 中身はそんなに残念でしたの?
「皇室を支えるため、わらわはその才を見込まれて選ばれたのだ。没落したオルディス家の娘を皇太子妃に迎える代わりに、家の再興と保護も約束された」
「つまり……皇帝陛下に代わって、皇后陛下が……?」
「うむ。わらわは家のため、国のため、皇帝を立てながら、この国を治めてきた」
「え……では、孤児院の教育制度を改めたのは……」
「わらわだ」
「地方の会計を見直して、税の取りこぼしを減らしたのも……?」
「わらわだ」
「官吏見習いの制度も……?」
「わらわだ」
私は頭を抱えた。皇帝陛下の功績として語られていたものが、ほとんど皇后陛下のものではないですか。
「仲睦まじく見えていたのなら、わらわの演技もなかなかのものだな」
「演技まで……どうして必要が……」
「他国に示すためだ。皇帝と皇后の不仲など、国の弱みをさらすようなものだからな」
皇后陛下は、ため息をついた。
「陛下は、基本的にはへらへらしておるだけの男だった。だが、わらわの言うことは聞いていた。寵姫を持つことを認めるなど、ある程度は好きにさせていたからかもしれぬが」
「皇后陛下が、お認めになったのですか?」
「皇宮の外で勝手に女を囲われるよりは、こちらの目が届く場所に置いたほうがましだからな。正式な身分は与えぬ。政には関わらせぬ。子も作らぬ。そういう条件で認めた」
そう言った皇后陛下を見て、胸の奥が少し寂しくなった。
愛し合っていると思っていた。理想の伴侶だと思っていた。
皇后陛下は、そんな見せかけだけの関係を守りながら、ずっと国のために働いてこられたのだ。
「にもかかわらず、このたび子ができた」
「えっ……」
「しかも相手は、貴族ですらない女だ。その女に貢ぎ、公務をさぼり、あげく、その子を皇族にすると言い出した」
「しかし……その、子をなさぬよう対策はされていたのですよね?」
「ああ。避妊薬も侍医も用意していた。だが、あの女は侍女を買収し、薬を捨てていた。陛下はそれに気づきもせず、むしろ喜んだ」
皇后陛下は微笑んだ。目は笑っていなかった。
「ただでさえ阿呆だった男が、さらに阿呆になってくれてな。こればかりは許せぬ」
「なんという裏切り……」
「ここで悩みなのだがな。最近、部下たちの中に、あの阿呆と寵姫を狙おうとしている者がいる」
「え? それなら放っておけば……」
「それは、わらわの家臣だ。あの阿呆のために、忠臣の手を汚させたくない」
皇后陛下は、困ったように眉を寄せた。
「近衛騎士長のライナスなど、いつ斬りかかるか分からぬ。見ていてひやひやする」
皇后陛下のカリスマが凄まじい。
皇后陛下は、自分の手元に視線を落とした。
「わらわ自身が毒を盛ることもできる。隠蔽も容易い。だが、各国は必ず毒殺を疑うだろう」
「……」
「皇太子が皇位を継ぐとき、“血塗られた皇位”などと呼ばせたくはない。あの子に、父殺しの噂を背負わせるわけにはいかぬ」
その言葉に、私は息を呑んだ。
この方は、本当に国のことを考えている。民を、臣下を、そして自分の子を。
「ですが……それで魔法少女に頼むのは、よろしいのですか!?」
「魔法少女は女神の使徒であろう?」
「そうですけれど、関係あります?」
「ある。神が裁いたのなら、誰も文句は言えまい」
「たしかに、何よりも説得力はありますが!」
皇后陛下は、どこ吹く風で紅茶を飲んだ。
「ち、ちなみに……その寵姫様とお子様は……」
「子は皇宮で預かる。女は離宮に移し、教育を受けさせる。犯した罪については、法に従って裁く」
あれ……殺さないのですね。
「子に罪はないからな。女もまた、この国が守るべき民の一人だ」
か、かっこいい……!
皇后陛下はあまりにも気高く、美しかった。殺害依頼中なのに。
「だが、夫。お前は許さん」
「そうですね……許せません」
「そう思うか?」
「はい」
「罰せられるべきだと思うか?」
「はい」
「ならば、殺ってくれるか?」
「は……」
私は危うく頷きかけ、はっと我に返った。
「危ないところでしたわ!!」
「惜しかったな」
皇后陛下、話術が怖すぎます。
「しかし、魔法少女殿。お前に選択肢はないぞ?」
「え?」
「わらわの思惑を聞いてしまったのだ。知ったまま帰すと思っているのか?」
「!?」
「たとえ逃げても、わらわに忠誠を誓う家臣たちが死に物狂いで探すだろう」
「ひいい……」
「さあ、選べ。夫を殺すか。わらわに捕まるか」
ど、どうしましょう。
乙女の涙に駆けつけたのに、わたくしが一番泣きたいですわ!
お願い、女神様。何か、何か別の方法はありませんの!?
『そんな阿呆、消してしまえばよいのでは?』
女神様まで、なんてことを言うのですか!?
女神様! 私は魔法少女なのですよ! 少女が暗殺者になるのは駄目でしょう!?
『……』
女神様! なぜ黙るのですか!?
その瞬間、ぱあっと頭の中に光が広がった。私は勢いよく顔を上げた。
「……しゃ、社会的抹殺では、だめでしょうか!?」
「……」
「……」
皇后陛下が、紅茶のカップを置いた。
「……なるほど」
ゆっくりと、その口元が上がる。
「それも悪くない」
「……!」
なんとか、魔法少女は暗殺者になることを免れそうですわ。
◆
数日後。
皇宮の大夜会には、多くの貴族たちが集められていた。
皇帝陛下は上機嫌だった。その隣には、噂の寵姫。さらに、その腕には赤子が抱かれている。
皇太子は表情を消し、第一皇女は扇の陰で唇を引き結んでいた。
「父上は本当に、その子に皇位継承権をお与えになるおつもりか」
「母上に何のご相談もなく、そのようなことをお決めになったの……?」
二人の声は小さかったが、近くにいた貴族たちの耳には届いていた。周囲も、ざわざわと落ち着かない。
「あれが噂の寵姫か」
「平民出身だと聞いたぞ」
「皇太子殿下のお立場はどうなる」
そんな中、皇后陛下は、玉座の傍らで微笑んでいた。
近衛騎士長のライナスは、皇帝陛下の背後に控えたまま、一歩も動かなかった。だが、白い手袋を嵌めた拳だけが、ぎり、と音を立てそうなほど固く握られている。
「皆に伝えることがある」
皇帝陛下が声を張った。
「この子を正式に皇族籍へ入れ、継承権を与え――」
その瞬間、大広間の天井から、まばゆい星の光が降り注いだ。
「何者だ!」
ライナスが剣の柄に手をかける。だが、皇后陛下が扇の陰からわずかに目配せすると、その手はぴたりと止まった。
「聖なる星に導かれ、乙女の心を守るため!」
私は光の中から舞い降り、くるりと回って決めポーズを取った。
「魔法少女エトワール! 女神に遣わされ、ここに参上ですわ!」
皇帝陛下が口を開けている。寵姫も固まっている。貴族たちは誰一人として、状況を理解できていない。
剣に手をかけたライナスでさえ、皇后陛下と私を交互に見たまま動けずにいる。
皇太子が、ぽつりと呟いた。
「……魔法少女?」
第一皇女は、扇で口元を隠したまま目を輝かせている。
「まあ、まあ。なんて神々しいのでしょう……!」
帰りたい。
皇后陛下だけが優雅に扇を広げていた。
「これはこれは。女神の使徒とは、珍しい客人だな」
私は胸の前で杖を構えた。
「乙女の心を踏みにじる者よ。星の裁定を受けなさいませ!」
杖の先から光が弾ける。
「きらめきスター・トゥルース!」
星の光は大広間いっぱいに広がり、玉座の周囲を淡く包み込んだ。
『星は、隠された真実を照らします』
女神様の声が響いた瞬間、宙に光の幕が現れた。
そこに映し出されたのは、皇宮の奥にある小さな私室だった。
皇帝陛下が、書類を前にあくびをしている。扉の向こうでは、文官が必死に声をかけていた。
『陛下。北部水害の被災地視察につきまして、明朝ご出発の予定でよろしいでしょうか』
光の中の皇帝陛下は、面倒そうに手を振った。
『ええ? 遠いし、疲れるだろう。皇后が行けばいいではないか』
大広間が凍りついた。
さらに、寵姫の甘えた声が響いた。
『陛下、行かないでくださいませ。わたくし、寂しいですわ』
『ほら、こう言っている。皇后と皇太子に任せればよい』
皇帝陛下は笑って、書類を机の端へ追いやった。
『どうせ皇后は、そういう面倒なことが得意だ』
皇太子が、目を伏せた。第一皇女は、扇を握りしめている。
光の幕は、次の場面を映し出す。
泣き出した赤子を前に、寵姫が顔をしかめていた。
『ああ、もう。また泣いているの? 誰か連れ出して』
侍女が慌てて赤子を抱き上げる。
『ですが、乳母がまだ戻っておりません。戻るまで、お乳を与えて差し上げては……』
『嫌よ。胸の形が崩れるじゃない』
大広間のあちこちから、息を呑む音がした。
寵姫は、赤子から目をそらしたまま笑っている。
『でも、この子のおかげで、わたくしも皇族の母になれるのよ。一生、こんな暮らしができるのね』
寵姫の顔が真っ青になった。
「ち、違いますの! これは、何かの間違いですわ!」
けれど、星の光はまだ消えない。
最後に映し出されたのは、皇帝陛下と寵姫が寄り添う姿だった。
『この子を皇族にしてくれますわよね?』
『もちろんだ。私の子なのだからな』
『皇后陛下が反対なさったら?』
『反対したところで、最後には折れるさ。あれは国が乱れることを何より嫌うからな』
皇帝陛下は、へらへらと笑った。
『難しいことは、皇后と皇太子に任せておけばいい』
その瞬間、皇后陛下の扇が、ぱちん、と閉じた。
先ほどまで混乱していた貴族たちが、一斉に皇后陛下を見る。皇后陛下は、ゆっくりと立ち上がった。
「皆、聞いたな」
皇后陛下は、寵姫の前まで歩み寄る。
「国にとって、子は宝だ。生まれにかかわらず、守られるべきものである」
皇后陛下は、幼い赤子へ一瞬だけ視線を向けた。
「だが、その宝を己の欲のための道具とする者に、預けておくことはできぬ」
寵姫が震える。
「そなたには、侍女を買収した件も含め、法に従って取り調べを受けてもらう。そのあいだ、この子は皇宮で保護し、乳母と侍医のもとで育てる」
「そ、そんな……!」
第一皇女が、一歩前に出る。
「私も、母上のお考えに賛成いたします」
続いて、皇太子も口を開いた。
「私にも異存はありません。その子自身に罪はないのですから」
皇后陛下は目を細めた。
「よく言った」
す、素敵……!
しかし、次に皇后陛下が皇帝陛下へ向けた目は、氷のように冷たかった。
「だが、皇帝陛下」
皇帝陛下が、びくりと肩を震わせる。
「国を私物とし、皇帝の責を皇后と皇太子に押しつけ、皇位継承を己の欲のために乱そうとした。その罪は、軽くない」
皇后陛下は、大広間に集まった重臣たちを見渡した。
「この件は、帝国法に定められた皇帝の重大な職務怠慢に当たる。直ちに枢密院を招集する」
ざわめきが広がった。
「審議が終わるまで、皇帝陛下にはすべての政務から退いていただく。皇太子よ、異存はあるか」
「ございません。皇位と帝国を守るために必要な措置と存じます」
「何を勝手に決めている! 私室でこぼした愚痴くらいで、皇帝を裁くつもりか!」
皇帝陛下が立ち上がる。だが、その背後にいたライナスが一歩進み、逃げ道を塞いだ。
「枢密院の裁定が下るまで、陛下の御身は近衛が保護いたします。どうか、お席へお戻りください」
落ち着いた声なのに、剣を抜くよりも有無を言わせぬ迫力があった。
大広間に、わっと声が上がった。
「皇后陛下のおっしゃる通りだ」
「子に罪はない」
「陛下のお言葉は聞き捨てならぬ」
「女神の使徒の前で真実が示されたのだ」
賛同と非難の声が、波のように広がっていく。
私は、杖を握りしめたまま小さく息を吐いた。
よかった。
殺さずに済みましたわ。
そう思った瞬間、皇后陛下がこちらを見た。
「魔法少女殿。見事だった」
「も、もったいないお言葉ですわ……!」
「しかし、その力をこのまま手放すのは惜しいな。魔法少女殿、皇宮で働かぬか?」
「!? か、帰らせてくださいませ!!」
私は反射的に杖を掲げる。
「きらめきスター・リターン!」
杖の先から星の光が弾けた。
『撤退ですね、エトワール!』
女神様の声が、やけに楽しそうに響く。次の瞬間、私の足元に魔法陣が広がった。
「また困ったら、来てくれるか?」
「しばらくはお控えくださいませ!!」
皇后陛下が、小さく笑った。
「助かったぞ、魔法少女殿」
その言葉を最後に、私は星の光に包まれた。
◆
魔法少女エトワールが消えたあと、大広間にはしばらく沈黙が落ちていた。
最初に口を開いたのは、第一皇女だった。
「……お母様のお知り合いでしたの?」
「ああ。乙女の涙に導かれて来てくれた、女神の使徒だ」
「乙女……母上も、乙女なのですね」
「文句があるか?」
「ありませんわ」
その横で、皇太子が小さく呟いた。
「魔法少女エトワール……なんという美脚……」
「お兄様……?」
「何でもない」
皇后陛下は、何も聞かなかった顔で扇を開いた。
◆
それから数日後。
私は、こっそり皇宮の外れに降り立った。
「……様子を見るだけですわ。様子を見るだけ」
そう自分に言い聞かせながら、庭園の奥から皇宮のほうを覗く。
枢密院の審議により、皇帝陛下は政務から外され、離宮で静養することになった。静養という名目ではあるが、厳重な監視つきの幽閉状態だ。
これまでは年齢よりもずっと若く見えていたというのに、離宮へ移されてからは一気に老け込み、かつて国一の美貌と称えられた面影も薄れているらしい。
政務は皇后陛下が代行し、皇太子と第一皇女、枢密院の重臣たちが支える体制になった。
寵姫は取り調べを受けたのち、処分の一環として別の離宮で監視下に置かれ、教育を受けている。赤子は皇宮で乳母と侍医に囲まれ、大切に育てられているという。
「よかった……」
殺さずに済んだ。
誰の手も、血で汚れなかった。私も。
そう思って胸を撫で下ろしたとき、皇宮庭園の向こうに皇后陛下の姿が見えた。その後ろには、近衛騎士長のライナスが控えている。
あの夜会で感じた張り詰めた殺気は、もうライナスの姿から消えていた。皇后陛下も、以前より少しだけ肩の力を抜いているように見える。
「……皇后陛下に、幸あれですわ」
そのとき、頭の中に女神様の声が響いた。
『エトワール。次の乙女の涙です』
「休憩はないのですか!?」
『乙女の涙は待ってくれません』
「女神様、労働環境について一度お話し合いを――」
言い終える前に、足元に星の光が広がった。私は慌てて杖を握りしめる。
「もうっ……魔法少女も楽ではありませんわね!」
そうして私は、また次の乙女のもとへ向かった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
魔法少女エトワールの続きを読みたいと思っていただけましたら、☆☆☆☆☆で応援していただけると嬉しいです。
今作にどれほど反応をいただけるかを見ながら、連載化や続編について考えていきたいと思っています。
エトワールはこのまま魔法少女として戦い続けるのか。
女神様の趣味に振り回され続けるのか。
そして、聖女様の出番はあるのか――。
聖女「解せぬ」
たくさん応援をいただけましたら、ぜひ続きでお応えしたいです!




