救われたのは俺か、アンタか
いつも通りの時間。いつも通りの帰り道――のはずだった。
キキーっ!!!
地面を走るタイヤから悲鳴のように音がする。
「竜也くん――!!」
その声を耳にして、俺の意識は飛んだ。
「竜也くんは、センスがいいから。いつか、あたしより上手になるよ」
覚えてる。大好きだった従姉の姉ちゃん。
姉ちゃんの笑顔も、あの時の衝撃的な対面も。
「お姉ちゃん……!! 目ぇあけてよ! ウソだよね!? なんで――っ! お姉ちゃん!!」
小さな俺は、状況が飲み込めなかった。意味が分からずに――理解したくなくて泣き叫んだ。
小さな俺の、慟哭だった。
姉ちゃんはいわゆる脳死だった。もう目が覚めることもない。そんなこと、当時の俺が納得することはない。
それから俺は、退院して。下校すると、毎日姉ちゃんの様子を見に来ていた。
でも――姉ちゃんが目を覚ますことはない。
「ねぇ、姉ちゃん……俺、生きててよかった?」
小4になった俺は、姉ちゃんがもう目を覚ますことがないことを――イヤでも理解していた。
だから、独り姉ちゃんの病室で、そんなことを零した。
反応なんてものはない。その度に、泣きたくなった。
俺は高校生になっていた。姉ちゃんと遊んだバレーボール。俺は強豪校の男子バレー部に所属していた。レギュラーだった。
テスト勉強の期間くらいしか、会いに行けなくなっていた。
「なぁ、姉ちゃん……。あん時死ぬべきだったのは、俺だったんじゃないのか?」
高3になっていた俺は、部活仲間と充実した日々を過ごしていた。
けど、姉ちゃんに会いに来て、ふとあの日を思い出す度に、俺の心は落ちる。
「いつまで経っても――アンタを忘れられないんだ」
それが、消えない事実だった。
俺を慕ってくれる後輩がいた。深山千里。バレー部のマネージャーだった。
深山とは帰り道が同じだった。電車通学が多い中、深山と俺はバス通学で。
その日も、学校の側のバス停に向かって、チームメイトと別れた後、2人で帰り道を歩いていた。
この十字路を渡れば、バス停に着く――その時だった。それは、十字路を曲がって――
俺は、咄嗟に深山を突き飛ばした。――反射神経が必要な部活で良かった。そんなことを、思った。
――ん。――くん。
「竜也くん」
名前を呼ばれて、バッと起きる。
「おっと! ぶつかるトコだった!」
そう言って、間一髪で俺の額とぶつかるのを避ける。
そこには、笑顔の里美姉ちゃんがいた。
「え――っ! なんで泣くの!?」
俺は姉ちゃんを見るなり、泣き出していた。高3にもなって、情けない。
「なになに? あたしが竜也くんを庇って、死ぬ夢を見たの?」
「そうだな」
「でも、あたしここにいるよ?」
「――それはそうなんだけどな」
「あたしが死ぬ夢とか! 怖すぎ!」
姉ちゃんはそう口にする。
「変な夢だよな……」
そう言って、俺も苦笑した。
「じゃあ、そろそろ行くね」
「ん? どこにだよ」
「んー? どこでもいいの!」
そう変わらない笑顔のまま話す姉ちゃんに、何故かスゴい不安になる。
「なら、俺もついてくわ」
そう言えば、眉を八の字にして、姉ちゃんは困ったように笑う。
「竜也くんは――……まだ来ちゃダメ」
「……え?」
「聞こえるでしょ? キミを呼ぶ声が」
この場には、俺と姉ちゃんの2人だけなのに――俺を呼ぶ聞き慣れた声がする。
「うん。ちゃんと最後まで生きるんだよ」
そう言った姉ちゃんは、透け始める。
「……っ!!!」
声を出したいのに、声が出ない。
「ちゃんと! 好きな人作るんだよ!」
そう口にして姉ちゃんは――
――ハッとした。見知らぬ天井と、身体の痛み。
「竜也――!!!」
おふくろと、オヤジが涙を浮かべてそこにいた。頭痛が走る――俺は頭を押さえて。
嗚呼。なんでだよ――なんでっ!
アンタは、俺を恨んでないのか?
なんで――また俺を助けるんだよ――!
痛みがどこからくるのか、俺にはとても――判断できなかった。




