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第三話:蓮乃木舞夜への早まった一般化

ホタル。

もとい日本ではゲンジホタルやヘイケボタルになるだろうが、発生は初夏。

光る理由としてオス・メスの点滅での求愛行動を表すのはとてもロマンチックだ。


まあつまらない話では捕食者に『ボクはまずいっすよ』という信号もあるらしいが。

(そもそもホタルの光はとても弱いんだっけ)

0.1ルクスだか0.0001ルクスだが、忘れたがとても小さな光らしい。

ちなみに満月が0.25ルクスで街灯は50ルクス~100ルクス程度らしい。こっちは完璧に覚えている。



しかし月の光が強い。

数字的に20倍から40倍なんて事には見えず、街灯とあまり変わらない力強い光に錯覚する。

或いはこの街は予算をケチって街灯の光を絞っている説も考えられる。



暇つぶしには事を欠かない。

色助は河や鳥と自然を見ているだけでも十分で、それでも暇なら街や木々の歌を聞けば飽きないものだ。

もっと言えば何もない空間であっても、自分の知見や知識と向き合って線を引く作業ですら色助は楽しいと感じる事ができる。



「ふー」

吐息で指を温める。

温めた指を動かす。爪先が気になる。少し爪がガサついているようだ。


爪を噛む。

年々爪が硬い感じがして噛み切れないのが増えてきた。老化なのか、歯並びが悪いのだろうか。

今日は一弾と冷えると思ったが、まだ野宿二日目。


食事はない。

だが水はある。

拾ったペットボトルを川で汲んだ。しかも2リットルが2本もある。それでいて冷蔵庫いらずの気温なので快適に飲めるだろう。


家はない。

だが寝袋はある。

今は段ボールもある。バリケードを作ったので凍てつく寒さも大分マシになった。


スマホはない。

だが星が見える。動画サイトで流す自然の音は常に堪能できる。


「ふー」

指は動く。

それなら障害と呼ぶ物は無いに等しい。


――よし。


普段から昼夜逆転な怠惰な生活を送っていたが、なるべく夜に眠りたい。

それほどまでに電気がない日常は不便だったというのが結論だ。



夜寝る事。

人間として大多数が当たり前に行う事へのもう一つの障害が寒さだ。

しかしそれも昨日までの話だ。今は段ボールの城壁を橋の下に張り巡らせ、さらにはディスカウントショップで購入した寝袋まである。


どれどれと靴を脱ぎ足を突っ込む。

胸元までファスナーを上げると、そこからは内側からのチャックを上げるようだ。

おお、と声が漏れた。思ったより風通しがない。密封した状態なら、ここからは自分の体温だけで暖かくなるだろう。


それではと目を閉じ、野宿二日目を終える――。

――はずだった。




鼻腔をくすぐる香ばしい油の匂いで目が覚める。

いそいそと寝袋を出ると、火に誘われる虫のように色助はゆっくりと近づく。


橋の下に、ぽつりと赤い光が溜まっていた。

どこから持ってきたのか本格的な七輪。

魚の油が落ちると、炭は歓喜を上げ食指を唆る香りを乗せる。



「さんま」

「残念サワラだ」

後ろ姿でわかる丸っこい女性は知った顔。


「勘当されたらしいな~坊っちゃん」

「えへへ」

「何も食べてないし寒いだろ。ほら。暖を取っていけよ」

そう言ってご丁寧にうちわでパタパタと香ばしい匂いを乗せた煙の暖をくれる。


「しかし水臭いじゃねーか坊っちゃん。オレと坊っちゃんの仲だろ? 困った事があったらなんでも言えばいいのに」

とても心温まる事を言ってくれるのは蓮乃木舞夜。(はすのきまいや)

久慈家のメイドであり、事実上ボクの専属メイドになる。



「ほら、焼けたぞ」

心優しいセリフの後、目玉商品の魚を自分の皿に移す。

色助の分と言えば、お皿も用意されておらず、


「空いてるスペース――使ってもいいぜ!」

説明は必要あるまい。


この女はクソ。


「お。痩せてるなー。減量中のボクサーじゃん。ヒヒヒ」

「舞夜さんも少し痩せた方がいいと思うよ」

「――殺すぞ」

「ボクは肉がある子が好きだよ。抱いた時にマットレスみたいで気持ちいいんだ」

「誰がマットレスデブだ!?」

そう怒りながらも、マットレスデブは魚にポン酢をかけた。


ホフッ! ホフッ! と下品な料理マンガの様に汚い食べ方で食料を欲するデブ。

「追放系なろう小説はちょっと古くねーか?」

「それはどういった小説なのかな?」

「チートとか。なんかすげー能力で伸し上がって、追放した人がみんなごめんなさいって掌返す。醜いアヒルの子の萌絵版」


ふむ……そうなると、気がかりだったピースがハマる。



「切子さん、ボクに会えなくて悲しんでるのか……」

思い返せばそうだ。主と慕っていた彼女は最後、涙を浮かべていたかもしれない。いや、浮かべてた。うん。号泣してたっけ。


「メイド長、毎日鼻歌でご機嫌三丁目」

「もー。可愛いなー! やせ我慢してるんだからー」


プシュッ!


「――ッ!?」

他愛ない軽口を叩いている最中、今この世で一番聞きたくて他人から聞きたくない音。

さり気なく開けたプルタブはむしろこれ以上ないマウント。



「なあ、坊っちゃん。そこに草あんだろ。焼いていいぜ」

このデブ、始めるつもりだ――

「ぐびぐびぐび……っぱーーーー! うめーーー!」

「……」



この世界からいじめはなくならない。

いじめと言うのは他者よりも優位性を示すために、狭い檻に閉じ込められた個体を虐げる事で周囲に優位性を見せるのが目的だ。

よって悪意なんてない。

遺伝子に組み込まれた命令文を実行するプログラムであり、周囲も同様のOSを搭載している事から罪のトリガーを外し正常化するのである。


『私は優秀である! だから攻撃しないでくれ。ほら、無能はこいつだ』


そうやって自己防衛システムに過ぎないDNAを道徳に置き換えるから話はややこしくなる。

この世界に黒か白か、単純な二元論で語れる明確な悪人は存在しないのだ。



「おい坊っちゃん。面白い事やれよ。草食ってみろよヤギ。焼いてやろうか?」

「……」

この世界には白黒で語れるほど単純明快な悪人は存在しないのだが……。

では目の前のデブはどうだろうか?


(凄いなあ舞夜さん)

「暗くてよく見えないけどきっと舞夜さん痩せたよね。ビールを一本くれないかな?」

「900円」

ここは東京ドームで今は巨人戦らしい。おかしいなあ。もしくはこの数日間でとんでもないインフレになったんだろうか。



「オレがさ。坊っちゃんの部屋の片付け担当されたんだよ」

「切子さんの本気アピールすごいね。絶対心の中でボクがいなくて寂しがっているよね」

これがツンデレというヤツか。デレが待ち遠しいなあ。


「……」

挑発をしていたはずの舞夜の視線が鋭くなる。

「ボケたか坊っちゃん」



「部屋のゲームとかパソコンとか、なんか高そうなフィギュアとか全部売ったわけ」

「プライベート奪われるって凄いよね。っていうか人権も奪われてるよね」

「で、その売った金を手切れ金だって言って渡してこい言われたわけよ」

そういって取り出したのは高さの折り目ついた大きめの封筒。


「……おや」

100か200か、それぐらいの高さがあったと思われる折り目は予想に反して千円札が4枚だった。

「……」

ふむ。


この高さ2cmほどの折り目は一体……。

2cmというのは、爪先から指の第一関節ぐらいだろうか。個人差はあれど、結構な太さだが……。


「オレと坊っちゃんの仲だ。何かあったらいつでも頼ってくれ。本当にヤバくなったらなんか飯とか奢ってやるよ」

「へっ。おいおい、知らねえ仲じゃねえだろ。友だちっつーか、オレにとって坊っちゃんは出来損ないの弟みたいな……」


「ねえ」

「ねえねえねえ。これって……」

「ん? 中古査定が部屋の私物全部合わせて4,000円だったがどうした?」

「……」

いや、本当に。舞夜さんは凄いなあ。


「ボクのパソコンや骨董品が4,000円なんて――」

「ん? おいおいおいおいおいおい!」

「まさか時間外労働してお坊ちゃんの暖を取りに来た心優しいオレになんだその疑いの目は!」

「善意の塊。『善意』の予測検索は蓮乃木舞夜! この蓮乃木舞夜でございます!」

「はい禁止ワード中抜き! この言葉は使えません! 禁止ワードは中抜きです! オレのターン終了! どうぞ!」

ふむ、と少し考え答えを出す。


「ボクのターン!」

「自民党!」

「やめろ!!!」

チッ、と舌打ちして、舞夜さんは財布から千円札を一枚取り出してこっちに差し出した。

ところで彼女の財布はデブすぎるのに気になった。まるで百万円以上は入っているような、デブはすごいなあ。


「坊っちゃんさあ。人に迷惑ばっかかけてるからそうなるわけ。どうだ? ちょっとは反省したか?」

彼女はボクの反面教師としてこの世に生まれて来たのかも知れない。

控えめに言ってソレ以上彼女の肩を持つ要素がボクごときでは見当たらなかった。


「……マジでボケたかのかよ」

これを持ってきてやった、ともったいぶって出したのは大きめのビニールに入った、


――あ。


「やるよ」

「ありがとう!!!」

どうやらボクは本当にボケていたらしい。

ゴミ袋の中身は本当にゴミが入っている。

だけどこれだけは嫌がらせではなく、色助が処分をしなければならないゴミだ。

舞夜はビールを煽った。


「あーーーー、うめえ! なんてうめえんだよこのキリリンビール!」

「くぅ~! たったの900円でこいつ飲めるのかよ!」

「こんな上手い飲み物が900円っておいおいおいおい!」

「……チラッ」

「じゃあボクは早速コンビニでキリリンビール買ってくるね。七輪片付けたら二度と顔を見せないでね」

「蓮乃木舞夜。ウーバーイーツ始めます――」

「ごめんねクソデブ。乾いた雑巾をこれ以上絞らないでほしいんだ」



世の中にはデブはみっともない象徴と心無い言葉を使う人も居る。

『早まった一般化』という少ない例で導いた共通点を全体に当てはめる論法だ。

例えば私の知っているデブはだらしない。だからデブは全員だらしないに違いない。といった感じだろうか。


たまたまAという個体が太っていただけで全体の結論を決める。百聞は一見にしかずの超早合点版とでも言うべきだろうか。



河の音だけが戻ってきた。

キリリンビールを手に戻ってくるともうデブの姿はない。

「……」

七輪と炭とライター。そして自分が魚を食べたゴミと空き缶が散らばっていた。

書き置きされた紙は飛ばないように七輪と下に固定されている。


「プレゼント」

結論。デブはクソだ。

ゴミを拾うものの、七輪と炭はありがたい。これで暖が取れるし、魚が釣れれば食べる事もできる。


「おや」

ライトとライターまである。

ライトまでは恩を売りにきたのではと勘ぐるところだが、喫煙者のデブがライターを忘れるとはいよいよだらしないで決定的だろう。


円柱型の、ジッポというヤツだろうか? しっかりとした重みで、きちんと火が灯る。

「おやおやおやおや」

お。なんとポン酢まで。さらに割り箸は束である。

本当にデブはだらしない。助かるなあ。


となると、次は魚か。

河は目の前にある。

よし、明日からが楽しみだ。

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