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第二十九話:燦歌彩月第六作

夜を歩く。

目的地ののれんをくぐり第一声。



「――キミの事がもっと知りたい」

「開始早々口説き文句かよ」

うんざりした表情を見せながらも、どこか嬉しそうだった。


クーラーボックスを見せると、大将が魚を選別してくれる。

「ビールを頂けるかな」

「あいよ。ビール二つな」

もちろん構わないよと微笑むと、カウンターで乾杯する。



(……)

人の金でビールを飲む。

もちろん構わない。むしろゆかりさんと飲めるのは嬉しい。

それでも、お捻りを受け取らない彼女は金に対して潔癖症で線を引くタイプではないという証明になる。


「色助?」

「ん、ああ。すまない。ゆかりさんがキレイで見惚れていたんだ」

「よく口が回るよな」

ゆかりはすぐに他のお客のところに注文に行ったり料理を出したりと、この日のしみんは賑いを見せていた。


「今日は客が多くて助かった。いつも思うが兄ちゃん魚の処理上手いよな」

「ボクじゃないよ。幸せな事に師匠が優秀なんだろうね」

そりゃあいいとビールのおかわりを預かる。


居酒屋の喧騒は心地良い。カウンターの端から端まで人が埋まり、どのテーブルも笑い声が絶えない。一人で飲む酒も、BGMが人々の楽しい笑い声なんだから居るだけで幸せな気持ちになる。

この日は忙しそうに大将は料理に励みゆかりはパタパタと料理を出したり走り続けている。

邪魔になってはいけないので、ちまちまとビールを頂く。

席が空いたと思えば片付けの前に次の客が現れ、いつもの調子で接客するゆかり。その後も注文を取られ満足に捌ききれていない。


「ふむ」

色助は立ち上がると食後のテーブルに行き、御膳を片付ける。


「大将。これはどこかな」

「流しに入れてくれ。もしできるならそのまま洗ってくれると助かる!」

「ふむ」

正直に言えば洗い物や洗濯なんてやったことがなかった。

だがそれは過去の話で今ではちょっとした生活習慣はこのホームレス習慣で少しは身についた。


洗剤をスポンジに浸し、洗って行く。

汚れをきちんと落としさえすればちょっとぐらい遅くても文句は言われないだろう。

彼女はいつもこれをやっているのだ。

どういう気持でこれをやっているのだろうか?


食器を置く場所はわからなかったので調理台に置く。

しばらくして、ようやく終わったと微笑むと、


「おい新人追加だ」

「やあ。これが噂のパワハラかな」

「後でおしぼりやるから!」

きっとお捻りの事だろう。とは思うものの、本当におしぼりだけならどうしようか。

まあ構わない。金銭が目的ではないのでひたすら洗い物を続けた。


「色助。3番下げてこい」

ゆかりは厨房の横に立つと、鶏肉を串に刺し始めた。

なるほど。予め仕込んであるか、もしくは業者のものを使うのかと思ったがいちいち自分で串を作るのか。

ふむふむと納得する。大将はレタスを切っている。

なるほどなるほど。これが居酒屋の戦場というものか。

未熟な自分が、また少し成長できたと嬉しく思う。


ようやく戦いが終わる。


ラストオーダーを終えると大将は表に出てきた。

「今日はありがとな兄ちゃん」

「それではビールを頂こう」

「あいよ」

大将の注いだビールは美味しい。

ビールサーバーからビールを淹れる。同じビールで同じコップなので確かに味が異なるのは非常に不可解で興味が唆られる。


それからさらに30分ほど時間が経ち、店内の客が全員帰ると0時と同時にゆかりはエプロンを脱いだ。もう仕事はしないという意思表示だろう。



「いくらかお捻りを包めばもう何枚か脱いでくれるかな?」

「ばーーーか」

ゆかりのばーかが色助は大好きだった。

大将は串盛りと刺身をカウンターに置いた。


「俺はもう帰る。お前ら始めるのはいいが、ちゃんと戸締まりだけはやれよ」

おやおや、と並べられた豪華な料理に頷くと、さらに五千円がテーブルに置かれた。

「バイト代だ」

「ふむ」

労働したから対価を得る。等価交換の原則であり、色助は手を伸ばしたが――止まる。


「ん、どうした?」

「……」

これを、ゆかりさんは受け取らなかった。


――そうだ。

田中ゆかりは、このお金を受け取らなかった。

何故?

あの時、疑問に思った問いの答えに辿り着いていない。



「大将。このお金の分だけ飲食をしたい」

「へっ。良い彼氏見つけたな」

「わりーな。私モテるんだよ」

ゲラゲラ笑いながら大将は帰って行った。


ゆかりは奥に引っ込むと、さらにビールを二杯持ってきた。

「おつかれー!」

激戦を終えて飲むビールは格別だと言わんばかりに、ゆかりは一気に飲み干した。


色助はというと空腹でちょびちょび飲んで悪酔いしてきたので、串を頂く。

「これはゆかりさんがボクのために真心を込めて作ってくれた串盛りかな?」

「残念。大将が作った串盛りだ」

「美味しい方だね」

「こんにゃろ」


金髪で穴だらけのピアス。

ハイカラな容姿に整った顔は誰が見ても美人ですらっとした細い体型。

胸だけは残念という他にないが、笑顔がよく似合う彼女は多くの人から人望を得るだろう。


「あ、おい! 今胸見ただろ!」

「あはははは!」

「――何故笑った?」

楽しく談笑すると、手洗いに交互に入る。

そして席に戻った時には彼女は相棒を抱えていた。


「いいかな?」

ゆかりからギターを預かると、持参したピックを右手に構えた。

「どうやらこれは左利きらしいね」

「お。なんだそりゃ。実は天才ギタリストってパターンか?」

「おやおや、バレてしまったね」

楽器屋で店長さんに習った最難関であるFのコードの場所は把握済みだ。しっかり抑えて、Fが出来るんだと見せつける時。


ヴゥン。

「痛ッ」

「ハハハハハ!」

「何故笑うんだい?」



夜が減っていく。

新しいサーバを無許可で突き刺し、カウンターの上がジョッキだらけになってもケラケラと二人は笑い続けた。


「ほんじゃ、遅くなったが大切なファンには届けてやらねえとな」

「待ってました!」

こんなに酔っ払って、演奏ができるのかと思ったが、意外にも彼女は滑らかに弦を鳴らした。


ジャカジャカと前奏がキレイに進む。

稚拙だと思った演奏も、実際に触れてみるとこの稚拙な演奏でも遥か高いレベルに居るのだと色助は身を持って理解した。


「キミを想う星のひか――ヒック!」

「あははは!」

「……」

ゆかりはついに頭を支えきれず、一度ぐったりしてから起こすと、


「おい。交互に歌うぞ」

「え?」

「私、色助。この順番で行くぞ。サビは二人で歌うぞ」

うんと頷く間もなく、演奏が始まる。歌詞がわかんなかったらラララでも言っておけと、雑に演奏会が始まった。

人前で歌を歌うなんて、いつ以来だろう。小学生の頃だろうか。



「そして輝け明日の星!」

「太陽が寝てる今こそが俺達の時間」

「星と星が煌めく夜空はみんなの夜空」

「流れ星に乗せるのは俺達の音楽」

「届け別の世界へ、流れろどこまでも」

「夢を乗せて!」



ジャーン、とギターで閉めると、ゆかりの差し出した右手とハイタッチを交わした。


(ああ――)

楽しい、気持ちがいい、もっと別の幸福な言葉はないだろうか。

声に気持ちを乗せて吐き出す幸せを、なんと表現するのかわからない自分の未熟さを嘆く。


幸せだ。

ただただ、今、今日この場で起こった全てが眩しく幸せだった。


「いいだろ、音楽」

したり顔で音楽を語る金髪は、まるでプロのミュージシャンだ。

「うん。とってもいい」

不意に条件反射でお捻りをと財布を握ってしまったが――いや、これでいい。


試しに、とお捻りをテーブルに。

先程の五千円札を置くと、やはりそれは跳ねられた。



「ばーーーか」

「ふふ」

わからない。ゆかりの行動は予測できた。だけどこんなに人を気持ちよく良い演奏をして、その対価を跳ねる意味が全くわからない。

ゆかりは残り半分のビールを煽り、ドン、と豪快な音を立てて置いた。



「私が超絶テクニククで演奏したから色助は楽しく歌えたんだろ」

「テクニクク」

ちょっかいを出すが、彼女はもう頭が回ってないのかそのまま聞き流す。


「色助が楽しそうに歌ってくれたから。だから私は楽しく演奏できたんだよ」


――あ。


「色助が居るから私は楽しいんだよ。私が色助……いや、私はゆかり。で、私はいるから、色助は嬉しいの」

酔っ払いながら、焦点が定まらない目で出てくるのは本心。


「色助はゆかりが必要。ゆかりは色助が必要」

「嬉しいんだよ、私」

言わせんなよ、ばーーーかと、舌を出す彼女はとても魅力的で、色助はしばらく何も言えなかった。



「――そうか」

(そうか。これが答えか――)


種明かしをされた今となっては、至極当然の問題だ。

ゆっくりゆっくり、噛みしめる。


ああ――つくづく、ボクは、なんて未熟なんだ――。

こんな簡単な問題も、ああでもないこうでもないと頭を捻り続け生涯を捧げてもいいと覚悟を決め、

座学を行い、ギターにも触れ、答えを求めて彷徨い続けた種明かしはなんとまあ単純で素敵な回答か。


バカだ――バカすぎる。

角度が違う。線の入り方が違う。ツヤを出すにはどうするか。光をより温かく魅せるにはどうするか。そもそもの構図が悪いのか。


そうじゃない、そうじゃない――!

楽しませたならお捻りをもらう。

一緒に楽しいから、お捻りをもらわない。


(なんでこんな簡単な事がわからなかったんだ――)

ギターを演奏する女性が楽しく歌う絵。完璧に描けた。100点満点を取れた。

完全な絵だ。お捻りをもらうべき全てに非の打ち所がない作品。


そうじゃない――!

お捻りをもらわない、楽しい絵を作ればいいだけなんだ。

ボクが、楽しい絵を描くんだ。


(あはは)

それでもまだ違うか。

ボク"も"、楽しい絵を描くんだ――!



「悔しいなあ――悔しい」

急になんだよ、と視線を交わす。

「キミのばーーーか、という言葉に反論できない。ボクはどうしようもないバカで、音楽は本当に良い。それにゆかりさんはとても魅力的だ」

「――けどね」

初めて見せる一面。挑戦的なギラリとした視線がゆかりに注がれる。


だけど、

「ボクだって、カッコいいんだよ――」

「……ッ」

少し見惚れて、

「なんだそりゃ」


そろそろ限界なのか、ゆかりは色助の肩に頭を預けた。金髪がカウンターの照明を受けて光った。思ったより、重かった。


「実はボク、天才ギタリストでなければスーパー料理人でもないんだ」

ホームレスは本当だけどね、と言うとゆかりは目を瞑ったまま笑った。

「ボクは画家だ。キミに劣らない、キミを超えるかっこよさで心を奪う最高の絵を描きあげる」

「画家?」

「うん。ボクの名前とボクの作品を、イヤと言っても覚えて貰うよ」

敵対視して負けたくないと誓ったシエル。コンクールの場で一度も超えられない筆丸兄さん。

天才を超越した偉人達がちっぽけに見えるほどの強大な相手が目の前に居る。

ボクは、それを超える。


「燦歌彩月」

「第六作――『燦歌を乗せて』」

歌が聞こえた。

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