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第十八話:絵画はお高い

『速報が入りました』

『アートファクターサービスで有名なゲートアート社が本日、白鳳美術館の買収を正式に発表しました。13時より代表の久慈画廊が会見を開きます』

『国営美術館を民間が買収するのは極めて異例な事です。白鳳美術館は大正時代に生まれ、歴史のある……』


「……」

饅頭をほうばりながら、テレビニュースを眺めるメイドはうんうんと頷いた。



――政界か。

文化産業。もといメディアアートと呼ばれる分野。


漫画、アニメ、音楽との大衆向けコンテンツは絵画とは明確に一線を引かれたある要素が存在する。


"お高い"のだ。


漫画なんて千円未満。アニメはサブスクで月千円ちょい。音楽はCD一枚千円そこら。だが絵画は違う。コンテンツの中で唯一、桁が吹き飛ぶ。

例外はあろうが誤差の範囲。


では絵画はというと、コンテンツの中で唯一ピンキリの例外が存在する。

どのくらいかと言えば数万円から、数百万円。いやいや中には億を超えるものもあると一般人でも想像するだろう。


――とんでもない。


文字通り桁が違う。

例えば日本の漫画などでもたまに使われるムンクの叫びと呼ばれる絵。


作品名は『叫び』

エドヴァルド・ムンクが作成した絵は2012年のサザビーズのオークションにて1億2,000万ドルで購入された。


1億2,000万ドルだ。

円ではない。USDだ。


そんな高価な買い手は誰かと言えば、名前は非公開。

他にも高額売買は数多く存在する。


フランスの画家、後期印象派ポール・セザンヌの『カード遊びをする人々』2億5,000万ドルでカタール王室がお買い上げ。

史上最高額はあのレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『サルバトール・ムンディ』


青いローブを纏った(まとった)イエス・キリストが天を指さした絵である。

クリスティーズのオークションにてムハンマド皇太子が4億5,000万ドルで落札。


ネットに出るような小金持ちではなく、本物の億万長者。

そのさらに上、支配階級の人間が唸る程金を手にした先に行く道が芸術。


絵画だ。

世界を牛耳る彼らは芸術に精通している者が多い。

支配階級の入口に立った久慈画廊も、同様の道を辿るとばかり舞夜は思っていたが予想が外れた。


絵ではなくそれらを収納する箱を購入。

白鳳美術館。


ゴールドラッシュにはツルハシを売るというわけだ。

それが何を意味するかは火を見るより明らか。



政治と金。

裏金はどんなに経由しようが裏金だが、美術品の場合そうでもない。

ちなみに抜け道はほぼない。無償で贈与しても税務署の鑑定師が値を算出し贈与税が発生する。高額なら収賄でアウトだ。


――では、もしも。

もしもの話だが……


"今は無価値だが今後必ず値が付く絵があるとしたら?"


美術館の買収。美術学校の設立。

久慈画廊の覇道はわかりやすい道標が落ちている。

手中に収めていない物もいずれは全てが自分の手の中に。

きっと久慈画廊はそう思っているだろうが、

(残念だったな次男坊パイセン――)


要のピース。

坊っちゃんはオレが貰う――!



「なんでお前は人の饅頭を勝手に食えるんだ?」

リビングでくつろいでいると尤もな抗議が飛んできた。

テーブルには饅頭の包み紙が散らばり、光一が置いた場所と違う位置にリモコンがある。


「太るぞ。って、ふふ。手遅れか」

「――殺すぞ」


光一はクリアファイルにまとめられた用紙をテーブルの上に置いた。

「お前とかデブだとか言うのはよくないな。名前はなんて呼んだらいい?」

「古江時子か?」

(へえ――)


「大人変身というサービスは知っているか?」

子どもの写真をアップすると、AIがその写真を元に大人になった姿を映してくれるサービス。

久慈光一のメイン事業にもなっている一つだ。


「あー、なるほどな」

この説明だけで、舞夜は辿り着いた。

つまり、全国各地の卒業アルバムをアップされ、それを自動化のデータベース化をしていると。

収益化のポイントとして、警察庁や行政府に売り込むか、こうやって探偵紛いのものに仕えるってわけか。


「一応久慈の血は引いてるってわけか」

「凡人なりにな」

ポイッと渡されるミネラルウォーターをキャッチする。コーラがないのかとボヤくが光一は無視した。


「古江舞夜。小学生で名字が変わり蓮乃木舞夜。ここまでは良い。雅号・古江時子もいい」

「学歴詐称。もしこれが久慈家に知られたら大変だな」

「駆け引きごっこ遊びかよ。交渉材料になると思ってんのが可愛いぐらい凡人だな」

「まさか。仲良くなりたいんだ」

だからこそ握手を交わしたと、光一の腹は決まっている。



さて、聞かせてもらおう。

「画廊兄さんは色助に陶酔しているとして、金の卵を産むニワトリを殺す必要がない」

燦歌彩月が描いた絵は無限の価値が付く。その金の卵を産むニワトリを屠殺するバカはいない。

「そうだな。但しそれは"絵画の世界"じゃなければ、な」


絵というのは希少性が求められる。変な話、有名な作家であればこれ以上作品の生まれない死後の方が価値が高まるケースばかりだ。

それでいて元々世に五作しか出していない燦歌彩月。一作品単位の価値がどれほど暴騰するか計り知れない。



「――となればだ。作品を産み続けるAパターン。生産終了のBパターン。画廊兄さんにとってはどちらに転んでも構わないのでは?」

確かにそう。


仮に筆の遅い燦歌彩月が何かの間違いで今後数百枚、数千枚書いたとして、初めてプライムマスターの称号を得た第四作品『彩色架け橋第三世界』は画廊の手中にある。それだけは"初めて"というプレミア価値は落ちない。


「嬉しいなあおい。凡人らしい発想。その通りじゃねーか」

うんうんと頷く舞夜に対し、答えを求める。


「つまり?」

「つまり――Cパターンだ」

「……?」


燦歌彩月が描く。描かない。この二元論以外に道はない。


「完璧な引き立て役の発言。わざとか? ってほどありがてえ前フリだな」

「ところで問題だ。久慈の中枢である次男坊パイセンが色助をウェルカム。坊っちゃんも久慈の家に戻りたい。双方合意の場合で、唯一戻れないケースは?」

「……」

光一は考える。

画廊が帰ってこいと道を作って色助がそれを望んだら……久慈家に戻るだろう。戻ってこれないケースなんてない。


物理的な問題ではない。距離、例えば海外に居ようとも久慈の序列を得る事は何も問題ない。



「質問だ。借金漬けにさせる。恩を売る。貸しを作る……なんでもいい」

「おい成金マン。人を支配下に置く事はできるか?」

「絶対条件として、次男坊パイセンよりも早いスピード勝負に勝つ事」

「……?」

はあ、と溜息。舞夜は次男坊パイセンの気持ちが少しだけわかった。


「例えば」

本題だ。


「"オレと坊っちゃんが結婚して、坊っちゃんが久慈の性を捨て婿養子になったらどうなる?"」

「――あ!!!」


(そうか――!)

全てのピースが繋がった。


(そうか、そうかそうかそうか――!)

つまりは、そういう事。


そうなれば久慈の性を捨てた色助は家に帰れない。

燦歌彩月ではない別の名で活動すればAでもBでもない唯一画廊が嫌うCパターンになる。


そしてもし婿養子の家系をこちらが牛耳ればいくらでも操作ができる。

天才である燦歌彩月は今、唯一の弱点である資金難の状態。


この窮地に徹底的につけ込む――!

(――悪魔かこの女!)


今、目の前に座る太ったメイドがどれほど異質な存在か初めて気が付いた。



「……待て」

この提案には、光一側に致命的な欠点がある。

「俺が久慈家の序列を得るにしても色助が次の作品を描かなかったらお土産がないだろ」

己の利益には一番に鼻が効くのは舞夜から見ればまさに凡人。


「俺のメリットは?」

舞夜からすれば有り難い。こういった相手と人間関係を構築する時、互いの利益を提示するだけで手を取り合える。

極上の餌を持ってくるだけで躾ができるペットなんてどれだけ楽だろうか?


「第二作品『頂山の澤日路』はオレが持っている」

「――ッ!?」

「天才でなければ駆け引きもできない。まさに絵に書いた凡人だ。可愛いじゃん。モテるだろ?」

(悪魔め――!)


そう。色助は自分の作品に興味がない。

そうか、だからこの勘当するタイミングで、こいつが色助の部屋を掃除して……、


――部屋掃除で燦歌彩月の絵が落ちているのか?

「……ッ」

どこからだ。どこからこいつは、この計画を練っていた?


『駆け引きごっこ遊びかよ』とは、まさにその通り。


走り続けた人生だった。

それでも自分の努力に自負はあった。

言い訳を作っては走らない理由をアレコレ探し正当化するだけのゴミ共とは違う。


少しでも画廊に色助に追いつけた自覚はあるほど、努力を重ねた。

現にやれば出来た。なんでも出来た。簡単に成功できた。

言い訳を並べて逃げ続けるだけのゴミ屑共と俺は明確に違う。闇の中、指をさされながら重圧の道を駆け抜けてきた。


――全ては凡人の領域まで。


それもそのはず、目の前の道を走り続けた自負だ。

自ら道を切り拓く先駆者とは一線を画す。



「オレとやり方は違うが、シエル・リュミエールも同じ事を考えている」

「……なんだと」

むしろ何故思いつかないと言いたげな表情。


「安心しろ。そっちは敵である次男坊パイセンに釘を指している」

この女、どこまで狡猾なのか――。


目の前の女があの久慈画廊に刃が届くかどうか。それはわからない。

わからないが、少なくともこの凡人の枠からはみ出して初めてその領域で戦えるのは理解した。



「それじゃあ今のうちに――!」

「――動くな」

初めて舞夜は表情を見せた。

「今、坊っちゃんは制作中だ」

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