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第十三話:凡人と悪魔

久慈光一の人生はまさに華だ。


小中高とエスカレーター式の学校に通い、バスケ部ではキャプテン。

生徒会にも参加し福会長を終える。


その後部活の引退と共に学生起業を始め、AI関連システムの成功を収める。

日本の一流大学に合格した頃には年商1億円企業になり、学生を誘いベンチャーを拡大させて行く。


その後二年で休学届を出し、オーストラリアに三年通い経済学の学士号を取得。



久慈の家系は芸術を重んじる。

自身も家柄に強いられた絵画を嗜み、片手間でも多くのコンクールで入選するなど天賦の才を持つ。


人柄も良く自信に溢れ、常に多くの仲間に慕われながら囲まれている。

同世代からの嫉妬ややっかみはない。


久慈光一は特別な人間だからだ。


語学にも磨きがかかり、より多くのコネクションも得た。

もしも自分の弱点を問われるものなら彼はこう答えるだろう。


挫折を知らない。

彼は自分の人生で、人より劣った経験がない事。


しかし目の前に高い困難が待ち受けようとも、絶対に超えて見せる気兼ねと自信は備わっていると自負もある。

そして今年。日本への復学を果たす。


同時に。

久慈家、本家の人間として序列を預かる事になる。



――はずだった。



一人暮らしの借家にしては広いが、学生起業の成功者となればやや小さめの4LDKの借間。

週に二度のハウスキーパーは久慈本家のメイドが行うがあまり生活感がない。

本棚の本は背表紙が揃い、机の上には何もない。

誰かが暮らしている気配が薄い部屋だった。


普段であれば会社に泊まり込みばかりで生活拠点のほとんどが東京である。

実家に顔を出したいが、敷居を跨ぐ事は許されない。


久慈光一は序列を持たない。



「おーい成金マン、終わったぞー」

名誉のために言っておくと久慈家に関わる人間は末端まで全ての人が出来が良い。選りすぐりの優秀な人材が集う場として、それなりの対価に見合った人材で固められている。


「お。アイスあんじゃん。雪見大福一個もらうなー」

しかしというか、どこにでも例外はいるもので。

身なりからして劣等。

節制できない太ったメイドは何の躊躇もなくアイスをほうばる。


「――こういう時、ありなのかな」

「あ、なんだよ?」

心の底から興味なさそうに答えるものの、むっしゃむっしゃとデブメイドはアイスを食す。


光一は怠惰が嫌いだった。

テレビにもネットにもSNSにも出た。若き成功者の現役大学生と謳われ皆が光一に対し特別な存在と一線を引いた。


"キミだってやれば出来るよ"


メディアで言う言葉。それは謙遜でもなく嫌味でもなく、紛れもない本心だ。強い強い本心。実行さえすれば必ず到達できるのだ。

ところが彼らは決して実行しない。やれ学業が忙しいだのやれバイトがどうだのタイミングが悪いだの、やらない理由を作っては正当化する。


酷いヤツになればADHD(注意欠如)だのASD(自閉スペクトラム症)だのLD(学習障害)だの、精神障害の証明書をまるで勲章の様に掲げできない理由を正当化する。


やらないんだコイツらは。何があっても。

向き合っている側の苦痛はいつだって語られない。

強者の苦痛は当然の責務で受け入れろと、いつだって世の中はコレだ。


そんな中、全てをやりきった。

人に対して笑顔を作るのも好きじゃない。社員に失望されないか常に恐怖が押し寄せる。会社の業績には常に神経が削られる。


人付き合いから仕事まで全てを完璧にこなし、雑巾がけから始めて自分で恐怖の中飛び込んで、それで得た地位がココ。


苦痛が習慣になった後も心が晴れる日なんてない。

それでも、全てをやりきったと自負はできる。


それでも――!



「画廊兄さんは、何か言っていたか?」

メイドはカマキリの様に手の甲を見せると、モノマネのようにシッシッと下がれのジェスチャーを見せた。


(ああ――俺の良く知る兄さんだ)

自嘲するように力なく項垂れると、メイドが肩を組んでくる。


「成金マーン。なにしょげてんだよ。今更だろ?」

「次男坊パイセンは性悪の陰キャ。成金マンは凡人。な? 何も変わらねーだろ」


この女は久慈以外で自分の事を凡人だと言ってくれる唯一の相手である。

無礼。そもそも体型が見てて醜い。


怠惰の象徴であるデブの姿で、誰に口を効いているんだと。

俺がどれほど、走ってきたのか――!


「なんかしょげてんなー。何日目だよ。つーか成金マン、マジで本家の序列入れると思ったのかよ。ヒヒヒ、メイド長の盛り盛りトークを真に受けたってわけか」


血が冷たくなる。

(コイツを殺してしまいたい――!)


そう思うのは、きっとそれが真実であるからなのだろう。



「色助は勘当されたんだろ?」

「当たり前じゃん。つーかあんなクソニート飼ってる方が頭おかしーだろ」


一応明確な主従があり、このメイドは色助の側近となっているはずだ。

それなのに勘当されれば簡単に暴言を吐くのはどうかと思うが、きちんとこのデブは本人の前でも言う。


さらに付け加えるのなら、クソニートと呼ばれた色助の人間性も擁護できる箇所は少ない。


「あ、そう言えば次男坊パイセンが成金マンになんか言ってたっけ」

思い出したかのように呟くが、ま、いっかと帰り支度を始めた。


「待て――」

「定時でーす。これより延長料金発生しまーす」

「……ッ」

面と向かって人にバカにされる経験は少ない。

もちろん仕事において『若造が』と老害が呟く事はあったが、同世代からはあまり記憶にない。だからこそ、免疫がないのだと自覚した。


「……ふん」

冷静になる。

よくよく考えれば画廊がわざわざ職場の使えないデブメイドに愚痴るなんてあり得ない。

どうせ金品要求しようと言う浅はかでいて不誠実なデタラメだろう。



「坊っちゃんは近々久慈本家に席を戻すぞ」

「……は?」

それはあり得ない。それじゃあなんのためのルールだと、

「次男坊パイセンがひどく気に入ってんだ」

「……ッ」


雅号・燦歌彩月。


あんな人間、絶対に認めない怠惰の化身だが、あいつの作品だけはそうも言っていられない。

色助は特殊のように見えるが、実のところそうでもない。

クリエイターによくある現象だ。


自分は「コレ」ができるから何をやっても許されるのだと言う勘違い。

「コレ」を具現化できている人間は、わがままを通す事が強い。


その突き抜けた我儘はついに天にも登り久慈画廊までも届いたと。

メイドはもぞもぞとポケットからタバコを取り出すと、あろうことか室内で火を点け――



「色助坊っちゃんを永久追放する唯一の方法がある」

「……」

それは考えなかった事じゃない。

あいつさえ居なければ。なんで俺ではなく、怠惰の、あいつ。

酒を飲んでネットゲームして女を追いかけ回すあいつが、俺の上なのか。


思わなかったことじゃない。ことじゃないが……。


人は、そこまで強欲になれるのか?

目を瞑り一つ呼吸をする。


「――殺人か」

「なんでだよッ!?」


まさかの予想を外したリアクションに今度こそ首を傾げた。



「第一作品『傀儡笑顔天降る』は知っているか?」

燦歌彩月の処女作。東京国立近代美術館に展示されている。


第五作品『星屑余白』はフランスのオルセー美術館に。

第二作品『頂山の澤日路』と第三作品『ココロ信号機無色轟静』は持ち主不明。

しかし作品がネットにだけは公開されている。


未だ謎に包まれる欠落した第四作品。

タイトルのみ『彩色架け橋第三世界』とあるが、実在するのか存在自体が幻とされた作品。


「第四作品は次男坊パイセンの部屋にメインで飾ってあるぞ」

「……ッ!?」

メイン。

世界中の絵画を漁り私物としてきた久慈画廊の、メインとして飾られる意味は素人が考えるより大きい。


「成金マンは序列を貰える。次男坊パイセンは燦歌彩月の絵が手に入る。坊っちゃん久慈から完全追放され幸せに暮らす」

「みんなハッピーな提案があるんだが――乗るか?」

「……ッ」

(このデブ――ッ!)


見誤った。

こんな流暢に相手の興味を惹きつける話術の構成を昨日今日のデブが出来るはずがない。

タバコに火を点けるタイミング一つとってもそうだ。演出だ。


仕込んでいた。待っていた。牙を向くのを。

「お前の目的はなんだ?」

「みんなの幸せだ」

胡散臭い、下衆な利益の笑みがデブにはよく似合う。



「……計画を聞こう」

チッ。と舌打ちを鳴らされる。

「あーーーー、しくった」

突然、目を覆う。

「冷静に考えてこんな凡人仲間に引き入れても意味ねーか。はー、バカかよ。ヤギに話してた方がマシかも」

「……は?」

そうすると、帰り支度を始めた。


「じゃな、凡人。成金マンなんて挟まないで次男坊パイセンと直接交渉するわ」

「――待て!」

反射的に出たその言葉に、



「いいのか?」

悪魔の囁き。

「もう戻れないぞ。覚悟があるのか?」

「……ッ」

やらない理由の積み重ね。それを誰よりも嫌う光一だからこそ、

右手を差し出す。

悪魔はゆったりと微笑み、タバコを地面に落とし、


握手を交わした。

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