片づけるまで誰のもの
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
あ、いたいた。おーい、つぶらや……て、くせえ! ニンニクくせえ!
お前、何くったんだ? ニンニクマシマシラーメンか? いや、それでもここまで奔放な香りを醸すには、ブツ単体でもなかなかいかないだろう。他のものとのコンビネーションか、あるいは体のコンディションか……なんにせよ、ケアしたほうがいいと思うが。
ないのか? しょーがねえ、このガムでも食え。しばらくすりゃあ、少しはましになるだろうさ。
ん、どうやら落ち着いた感じだな。
先ほどはああいったが、あくまで人間社会の基準において、いい顔はされづらいっちゅうこと。時と場所と場合が異なるなら、また評価も異なるかもだが、そうそう都合よく出くわせるわけがないわな……。
だが逆をとれば、俺たちが普段、なにげなく行っていることでも、どこかの誰かさんにとっちゃ貴重でありがたいこと。ひょっとしたら、知らぬ間に狙われてしまうなんてこともあるかもな。
俺が少し前に体験したことなんだが、聞いてみないか?
俺が新しいコンビニ飯にはまっているのは、知っているな?
コンビニもまた生き残りをかけた戦略なのだろうが、期間限定品てのは多い。映画やゲームのコラボ商品なんかはもちろんだが、素でも「どこどこフェア」とか「なになにウィーク」とか、目まぐるしくブツが入れ替わりがちだ。
これまで、あんま気にしていないってときには、家の近くにある場合、少し気にしてみるといい。次々と広告が入れ替わるのを目の当たりにできるだろう。
そのときはシンプルに、ワールドフェアの開催中だった。世界各地のお料理たちを模したご飯やおかずたちがちょこちょこと並ぶ。この期間も2週間前後と、注意していなければあっという間に通り過ぎるが、毎日食べる気になれば十分な時間というのが、なんとも絶妙だ。
俺みたいにせっせとチェックする側からすると、うかうかしていられないスパンなんだな。
で、そのときの俺が買い占めたのが、キムチ軍団。というか韓国のキムチ使ったものをばりばり買い占めたわけなんだな。
明日に休みを控えた晩ほど、羽目を外しにかかれる時間はそうそうない。大人も子供もおねーさんも、賛同してくれる人は多いはずだ。そうでなければ、生きている甲斐がない。
よって、おおいに香辛料の香りを臭わせたところで問題ないだろう。そう思い、換気もろくに行わない密閉空間の中、俺はキムチ系三昧にとっかかる。
量を買った自分にも責任はあるだろうが、山盛りを見せつけられると、どうにも食べつくすほうに気がとられてな。「うまい、うまい」と言い聞かせるように頭の中で連呼しつつも、手足は山を崩すのに夢中になっている。
おそらく一食で、一日二日のカロリー分は摂取したんじゃなかろうか。そうして押し寄せる血糖値スパイクまっしぐらな、強烈眠気に身をゆだねるのも人生屈指の幸せのひとつであって。
開けっ放しの容器たちもそのままに、つい床へごろりとなってウトウトし始めてしまったんだ。
そこから、どれほど経っただろうか。
かちん……かちん……。
窓になにか固いものがぶつかるような音がして、俺は一気に夢から現実へ引き戻された。
つい先刻まで鮮明なドリームランドにいたのに、はっと目が覚めるとたちまち記憶の隅っこへ追いやられて、部分的にしか思い出せなくなっている。
こいつも頭の防衛本能か~? などとぼんやり考えながら、窓を眺めているとまた「かちん」ときた。
ここはアパートの2階。木の棒などでちょっかいをかけるには、だいぶ手間をかけないといけないもんだ。かといって、飛び道具を投げているにしてはガラスにぶつかる気配がなさすぎる。
すでに夜も遅い時間。眠りこける直前に部屋の明かりは消していたから、外のほうがまだ若干明るいほど。光の代わりに、室内に満ちるのはキムチの匂いだ。
食べている最中はさほど気にならなかったが、時間を置くと鼻にやたらツンと来る。それどころか、漂う香りがやたら涙腺を刺激して、目がしょぼしょぼしてくるんだ。
これまでもキムチ漬けはあったが、ここまでひどいことになったことはない。量が多い+時間が経つとここまでひどいことになるのか……などと想像していたとき。
かちん。
窓のすぐそばで、音とともにかすかだが火花が散った。これまでは音がしても、そのようなことはなく、やや力が強まったといったところだろうか。
その火花が成したのが、小さな銀色の拍子木らしきもので、空中で打ちあわされていたのだが、そのいと奇妙な姿が問題なんじゃない。
一瞬だけ、光って見えた背後の部屋。山のように積まれた容器たちのてっぺんに両足をかけながら、今だキムチのかけら残るひとつへ顔を突っ込んでいる姿を。
大きく前屈した姿勢だが、人間の子供を思わせる大きさと、裸の上半身。けれどもその背中には鷹などを思わせる茶色い翼がくっついていたんだ。そんでもって、尻からは長い尾っぽが生えている。
そいつはぐるりと部屋の外側を回り込むようにして、わずかに開いた窓の先につながり、端っこは例の銀色の拍子木となっていた。
つまり、こいつはわざわざ尾っぽを外に回し、かちかち音を立ててオレの気を引いた背後でのうのうと残飯にあずかろうとしていたわけだ。
が、それに気づいたときには、そいつもまたオレの気取りを察したようで。明かりをつけたり、つかみかかるより先にオレの脇をすり抜ける形で前方に突進。派手にガラスをぶち割り、騒音をあたりにまき散らした。
眠気、おっくうさ、何を優先して一連の騒動にまわりが反応せずにいてくれたかは分からないが、このときばかりはありがたい。
明かりをつけてあらためてみると、俺の積んだ容器たちはキムチの元来の赤を染め上げる、あいつの翼を思わせた茶色に汚れていたのさ。唾液か、もっとばっちいものかは知らんが、そいつをすっきり処分しないうちは例のひどい臭いに悩まされたんだ。
俺にとってのご褒美は、あの翼のヤローにはもっと貴重なものだったのだろう。




