Ⅱ-4 ひだまりの人形
貴族にとって平民とは、下賎の民、自分達を支えるために生まれてきた存在だ。勿論そう思わない貴族も居るが、平民を対等な存在として扱う者は少ない。
そんな中、自分達だけが持つ魔力を持って生まれ、聖アシュアケット学園に入学してくる。それだけでも嫌悪する者は居るのに、平民な上に国王と同等の権力を持つ聖女だとしたら、向けられる感情は並大抵のものではないだろう。
(ものっすごい居心地悪い……)
教室に居ても廊下に居ても、色んな感情が混ざった視線が突き刺さってくる。それなのに、そちらへ目を向けるとそそくさと去って行ってしまうのだ。
「聖女だからと言って調子に乗っているのではなくて?」
「平民なら分を弁えるべきよね」
「アレクシス様に名前を呼ばせるなんて、不敬だわ」
そうひそひそと言われているのだが、初日に話して以来アレクシスとは会えていない。
この学園は一年生、二年生、三年生と学年があり、フレイは二年生だ。そのため三年生であるアレクシスとはほぼ関わりがない。
(でも、無理に距離を詰めるのも今は良くないかな)
そもそも周りの視線がある中で彼らとおおっぴらに接するのも難しく、フレイはひたすら勉学に励んでいた。
「今日も宜しくお願い致します、ドーン先生」
「宜しくお願い致します、聖女様」
人気の少ない別棟の一室、フレイは一人の教師と向かい合っていた。黒い髪に整髪料を塗っているのかやけにてかてかしていて、シャツはでっぷりとした曲線になっている。
ドーンは長らく聖女について研究をしているらしく、今は聖なる力の扱い方を教えてくれている。常に鼻息が荒いのが気になるが。
「では、昨日の復習ですね。魔力と聖なる力の違いは何でしょうか?」
「魔力には限りがあり休養によって回復しますが、聖なる力は聖女の想いによって増幅します」
「素晴らしい! よく復習をされていますね」
ドーンが大袈裟なほど拍手をする。聖女の研究をしているだけあって、ドーンは聖女を敬愛しているらしい。やけに褒めちぎられるのだが、普通に接してほしい。
「では、今日はこの枯れた花を咲かせてみましょうか」
ドーンに差し出されたのは一つの植木鉢だ。土が敷き詰められた中には、くたりと萎びた一本の花がある。
分かりました、と返事をして、フレイは花に向かって手を翳した。そして、脳裏に孤児院の皆、リンドゥルク家の家族、それから攻略対象達のことを思い浮かべる。
(私の大切な人達。私が……守りたい人達)
手に力を込めると、そこから光が溢れる。太陽のように温かいそれが花に降り注ぐと、花弁も散りかけていた花がまっすぐに背筋を伸ばし、見事な桃色の花弁を咲かせた。
「おおっ、成功です! このまま聖なる力を強めていけば、傷や病気を治すことも可能になりますよ」
「はい、頑張ります!」
他にも聖なる力を使えば、魔物や敵意ある者を阻む結界を張ることもできる。どんどん強くなって大切な人達を守れるようにならなければ。
意気込むフレイは、ドーンの笑顔の中に潜むねっとりとした視線に気付かなかった。
「はぁ、やっぱり授業大変だな……」
フレイは溜め息を吐きながら廊下を歩いていた。貴族が多く通う学園だけあって、授業の進度は早く難しい。ついつい座りっぱなししまうので、もっと筋トレの時間を増やした方が良いかもしれない。
(リンドゥルク家のスパルタ授業のおかげでなんとか着いて行けるけど、身体を使う授業はあまりないからなぁ。ちゃんと意識して動かさないとせっかくの筋肉が落ちちゃう)
すると、中庭のベンチに金髪の男子生徒が座っているのが見えた。あの艶のある長髪はアレクシスだ。
少し迷ったが、彼を幸せにするためには接触が不可欠だ。意を決してフレイは薄暗い廊下から中庭へ出て、アレクシスの元へ向かう。
声をかけようとして、フレイは固まった。
「……っ!?」
ベンチに座り日光を浴びる第一王子。とても絵になりそうな光景なのに、その姿があまりにも想像していたものとは違った。
少し俯くアレクシスが、まるで人形のように見えたのだ。眠っている訳ではない。目は開いているが、光の射さない深海のように暗く虚ろで、口角は上がっているが、フレイの目には常に微笑むように作られた人形のように映った。
フレイに気付いたのか、アレクシスが顔を上げる。その表情は初日に見た完璧な笑顔だったが、先ほどの顔が頭から離れない。
「こんにちは、フレイ嬢」
「ご、ごきげんよう、アレクシス様。日向ぼっこですか?」
「まぁ、そんなところです。昼になるとどうしても眠くなってしまって……」
恥ずかしそうに顔を赤らめるアレクシスにフレイも笑みを返す。中庭には温かい日光が降り注いでいるのに、何故か背筋が冷たい。
「フレイ嬢は学園に慣れましたか?」
「うーん、まだあまり……皆さんとても所作が綺麗で、聖なる力のことも知らないから、毎日学ぶことがいっぱいです」
「そうですか。何か困ったことがあったらいつでも言ってください」
それでは、と言ってアレクシスが立ち上がる。気さくに手を振られ、フレイも曖昧に手を上げて振り返した。
アレクシスの姿が完全に見えなくなってから、フレイは大きく息を吐いてその場にへたり込んだ。
(さっきの、見間違い、じゃないよね……?)
第一王子という身分に生まれ、食事も教育も服も一流の者を与えられてきた。アレクシスは恵まれている人で、完璧な王子様みたいだ、と思っていたが。
フレイはアレクシスの去った方向を見て、ぎゅっと拳を握った。




