Ⅱ-3 気まずい登校
聖アシュアケット学園。国中から魔力を持つ子供が集められ教育を行う由緒正しい学園だ。
生徒には貴族が多い。その理由は貴族だからというより、魔力を持っていることにある。
この国で魔力は重要な資源だ。魔力が込められた魔石でエネルギーを補っているので、必然と魔力を持つ者の地位は高くなる。その結果、貴族が多く魔力を持つようになった。
魔法を暴発させれば危険な事故に繋がってしまう。適切な扱いを学ぶために学園に通うのだが、極希に平民が入学することもある。
基本的に血で受け継がれる魔力だが、ほんの僅かだが偶然魔力を持って生まれる者もいる。彼らは魔力を発現すると国に届けられ、学園に通うことになるのだ。
そしてもう一つの例外が、聖女。聖なる力を持つ少女だ。
国を代表する立場となる聖女は、恥をかかないよう、また貴族にその存在を知らせるために学園に通う。
しかし、ここ数百年、長らく聖女は現れていなかった。
「見て、あの白い髪、初代聖女様の肖像画にそっくりよ」
「まぁ、ではあの方が……?」
「平民にしては綺麗な所作だな」
(め、目立ってる……)
聖アシュアケット学園に辿り着いた。辿り着いたのは良いが、学園に足を踏み入れた瞬間、貴族のお坊ちゃんお嬢様の目線が全て向けられてしまった。
流石貴族が通う学園、まるで城のように大きく綺麗だ。庭には芸術的な噴水、周りを花々が彩っている。
だが、とてもそれを楽しむ余裕はない。
「私、声をかけてみようかしら……」
「おやめなさいよ。下手なことを言ったら処刑されてしまうかも」
(しない! しないから!)
聖女はこの国にとって大切な存在である。そう習っていたのだが、ここまでとは思わなかった。
各地を治める貴族だが、聖女が居ないと襲いかかる魔物の相手も自分達でしなければならない。騎士団も居るが、そう簡単に駆除を頼めるような相手ではない。
聖女で平民、目立つことは覚悟していたが、ここまでとは思わなかった。
(私から声なんてかけられないし……ずっと視線浴びるのも辛い!)
リンドゥルク家でのレッスンが功を奏したか、笑顔を崩さずに居られているが、多分時間の問題だ。
勇気を出して話しかけてみようか、とご令嬢の集団へ向かって足を踏み出した時、「貴方が聖女ですか?」と声をかけられた。
振り返って、声の主と目が合う。その瞬間、世界が変わった。
(……は?)
声をかけてきたのは、長い金髪の麗人だった。海のような青い瞳を長い睫毛が縁取っていて、人形のように顔が整っている。
のは良いが、何故か周りに花が舞っている。薔薇やコスモスなど色とりどりの花が咲き誇り、背景も由緒正しい学園ではなく可愛らしいピンクに変わっている。
幻覚か、と思わず目を擦ると、そこはもう普通の学園で、金髪の男子生徒がこちらを見ていた。
(何だったんだ、今の……やけに華やかというか、可愛いというか、恋の始まりみたいな……)
そこでフレイははっと気付いた。
(ま、まさか『攻略対象と出会ったらそう分かるようにしておく』って言ってたけど……)
信じ難い。というか信じたくないが、それしか考えられない。十中八九、あのクソ女神の仕業だろう。
確かにこんなキラキラさせられたら嫌でも普通の人とは違うと分かるが、もっとやり方ってもんがあるだろう。頭の上に『攻略対象です』とか書いてくれればそれで良かったのに。
「お初にお目にかかります。私はアシュアケット王国第一王子、アレクシス・アシュアケットと申します」
「私はフレイ・リンドゥルクと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
第一王子、という言葉に飛び上がりかける。なんとか堪えて先生に教わったカーテシーをしたが、内心は冷や汗だらだらだ。
確かに女神から攻略対象はやんごとなき方だと聞いていたが、いざ目の前にすると神々しくて目が潰れそうだ。これからの国を背負うお方が眼前で微笑んでいるなんて。
「聖女様が現れ、父も大層喜んでおりました。何か不自由がありましたら遠慮なくお申し付けください」
第一王子の父、と言ったら国王だ。ひょわっと謎の悲鳴を上げて逃げたくなるが、そんなことが出来るはずもない。
(うぅ、びっくりするくらいお顔がよろしい……)
周りの女子生徒も、アレクシスを見て顔を染めている。同時に彼から直々に声をかけられているフレイへの嫉妬の視線も向かってくる。
これからアレクシスを幸せにしなければならないのか、そんなこと自分に出来るのか、と一瞬不安になったが、直ぐにかき消した。出来るかどうかじゃない、幸せにするのだ。
「これから聖アシュアケット学園の生徒として宜しくお願い致します、聖女様」
「あ、あの、……アレクシス様」
何と呼べば良いか迷って、恐る恐る名前を呼んでみる。第一王子の名前を呼んで良いのか分からなかったが、学園と同じ家名を口にするのもなんだか変な気がした。
「その、ご不快でしたら構わないのですが……聖女、と呼ぶのを止めていただけないでしょうか? むず痒いというか、落ち着かなくて……出来たら、あまり謙るのも止めていただきたいな、なんて」
自分が聖女なのは確かだが、ずっとその名で呼ばれるのも変な感じがする。聖なる力を持っていても、フレイ自身は何も変わっていないのだから。
(第一王子に敬われるの落ち着かない。というか周りの視線が痛すぎるし)
アレクシスは虚を突かれたような顔をする。しかしそれは一瞬で、瞬きするとそこには完璧な笑顔があった。王子様、という肩書に相応しいその微笑みに、言い表せない違和感を覚える。
「分かりました。改めて、これから宜しくお願いします、フレイ嬢」
アレクシスがそう口にした瞬間、ぎんっと鋭い視線がフレイに突き刺さる音がした。実際にはそんな音はしていないのだが。
よく考えたら、第一王子直々に名前を呼ばれるなんてかなりまずいのではないか。平民の時の感覚で軽く言ってしまったが、もっと考えるべきだった。
(私の学園生活、前途多難かも……)
黙っていても尚きらきらと輝く第一王子アレクシス、そして突き刺さる女子生徒からの視線。
こんな状態でやっていけるのか、と何度目か分からない不安にフレイは襲われた。




