Ⅱ-2 貴方を救いたい
自分の声に全く同じ言葉が重なってきて、フレイは顔を上げた。その瞬間、ふわりと風が頬を撫でる。
闇のような黒い髪に金色の瞳の青年が、フレイと同じように男の子へ声をかけていた。髪の内側は白くなっていて、フレイの髪の色合いに似ている。
(綺麗な子だなぁ……)
思わずぼうっと見惚れていると、青年の目が見開かれる。そして、その顔がくしゃりと悲しそうに歪んだ。
切なくて、それでいて愛おしそうに細められた瞳に目を奪われ、激しくなった男の子の泣き声ではっと我に返った。
「ご、ごめんね! どうしたの?」
「おかあさんいなくなっちゃったぁ〜……」
「そっかそっか。迷子になっちゃったのかな……」
母親を探したいのは山々だが、これだけ人が居ては探しようがない。かなり男の子も混乱していて、話を聞くのは難しそうだ。
フレイは男の子を抱き上げる。こんなところでトルマとの特訓が役に立つとは思わなかった。
「大丈夫だよ。私が一緒にお母さん探すからね」
「うぅ……ひっく」
背中を優しく叩くと、段々男の子も落ち着いてくる。警邏隊とか居ないのかな、と辺りを見回すが、それらしき人は見当たらない。
(闇雲に探しても見つかる気がしないし……どうしよう)
いっそ空でも飛べたら良いのだが、流石にそれは人智を超えている。トルマは気合を入れれば少し飛べるらしいが、まだフレイに出来る芸当ではない。
「……どうして」
とりあえず高いところに登ってみようか、と考えていると、消え入りそうな声が聞こえてきた。振り返ると青年が俯いていて、その表情は分からないが、拳がぎゅっと握り締められていた。
「どうして、その子を助けるんですか? 何の得にもならないでしょう」
フレイは思わず目を見開いて青年を見た。確かにこの男の子の母親を見つけたとしても、何も得られないだろう。
何故彼がそんなことを聞くのか分からない。だが、なんとなく青年が泣きそうな顔をしている気がした。
「……確かに、得はないかもしれません。というか、あんまり考えたことなかったです」
「……どうして」
「困ってる人が居たら助けるっていうのが、私の中では当たり前だったので」
孤児院でも誰かが泣いていたら助けるし、悩んでいたなら話を聞く。それが当たり前だったから、得とか損とか、どうしてそうするのかとか、そういうことは考えたことがなかった。
「王様でも大人でも人間じゃなくても、辛いことがあったら辛いでしょう? だから、泣いている人が居たら助けたいんです。独りぼっちなのは、すごく寂しいから」
もし泣いても誰も助けてくれなかったら、今の自分があるか分からない。独りぼっちが辛くて、独りじゃない誰かを恨んでいたかもしれない。
それでも、孤児院でフレイは助け合った。自分は誰かの優しさを知ることができたから。
フレイは青年に手を伸ばす。頬に触れると、びくりとその身体が跳ねた。
「できるなら、貴方のことも助けたい」
虚ろな金色の瞳から涙は流していない。けれど、フレイは青年が泣いているように見えた。
どうしてそんなに苦しそうな顔をしているのか、フレイには分からない。それでも、自分と同じように男の子を助けようとした彼のことを助けたかった。
(……あれ、そういえばこんなこと、どこかであった気が……)
「っ! す、すみません。少し疲れているようで……忘れてください」
何かと何かが重なりそうになった瞬間、青年ははっと目を見開いてフレイから距離を取った。先ほどのような顔はしていないが、無理やり笑みを作っているように見える。
「そうだ、早くその子の母親を見つけないと。君、何か母親のものを持っていませんか? ハンカチとか何でも良いのですが」
「え? うん、このネックレスはおかあさんがつくってくれたんだよ」
青年は泣き疲れて若干うとうとしていた男の子に声をかけた。寝ぼけ眼を擦りながら男の子が首にかけられたネックレスを見せると、青年は少し触りますね、とそれに優しく触れる。
すると、青年の瞳がぼわぼわと光り始めた。驚いたが、どうやら魔法を使っているようだ。
(まさか、お母さんの気配を辿ってるとか? 魔法ってそんなことまで出来るんだ……)
少しして青年がネックレスから手を離すと、その目から光は消える。子供の玩具が売られている方を迷いなく指差した。
「どうやらあちらの方で君のことを探しているようです。行きましょう」
呆気に取られていたフレイは、青年が歩き出すのを見て我に返り、慌てて後を追いかけた。男の子もびっくりしたようで、ぽかんとした顔で青年を見つめている。
「おにいちゃん、おかあさんのばしょがどうしてわかったの?」
「空間魔法と追跡魔法ですよ。人間はそれぞれ固有の気配を持っているので、それを追跡しました」
「そうなんだ……すごいね!」
魔法のことを習っていないフレイにはちんぷんかんぷんだったが、男の子も然程分かっていない様子で、それでもきらきらとした目を青年に向けた。
「魔法ってそんなことが出来るんですね。私は魔力を持っていないので羨ましいです」
「そうでもないですよ。魔法も万能ではないので。争いを止めることも、病気を治すことも……死んだ人を生き返らせることも、魔法には叶わない」
男の子の視線から逃げるように青年は顔を背ける。死んだ人を生き返らせるなんて、そんなことが出来たらそれこそ女神様なんていらなくなってしまう。謙遜するようなことではないはずだ。
「でも、こんな人混みの中から男の子のお母さん見つけられるなんて本当にすごいですよ。私じゃ無理だったので」
トルマに戦い方を教わったが、まだまだ自分には出来ないことだらけだ。もっともっと力をつけて、大切な人を守れるようになりたい。ついでに世界も。
すると、青年が顔をふっと綻ばせる。初めて見る青年の笑顔にフレイは目を奪われた。
(あ、そういえば名前聞いてないや)
「あの、良かったら名前を……」
「貴方に出来ないことなんてありません。貴方なら、誰かを救うことも助けることも、世界を守ることだって出来る」
フレイの言葉を遮って青年が話し始める。それは語りかけるというより、独り言のように感じられた。
「だから──今度こそ、絶対に……絶対に、守ります。どうか貴方は笑っていてください、フレイ」
あれ、私名前教えたっけ、と思う間もなく、青年の手が伸びてくる。まるで壊れ物を扱うかのように、優しく頬を撫でられた。
「僕は、──────」
ぱちん、とシャボン玉が弾けるような、無機質でどこか寂しい音が響き渡る。実際には鳴っていないはずのその音に、フレイははっと顔を上げた。
「ラダン! ここに居たのね!」
嬉しそうな声が聞こえそちらを見ると、一人の女性がこちらに駆けてきていた。腕の中の男の子、ラダンが「おかあさん!」と顔を輝かせる。
「もう、手を離さないでって言ったでしょう?」
「ごめんなさい、きれいなおはながあったからおかあさんにみせたくて……」
「もう……すみません、本当にありがとうございます! こんな人混みで、もう会えないかと思いました」
ラダンの母親は心底ほっとした顔でラダンの頭を撫でる。地面に髪が付きそうな勢いで頭を下げられ、フレイは慌てた。
「いえ、見つかって良かったです! もうお母さんと離れちゃ駄目だよ」
「うん! ありがとう、おねえちゃん」
何度も何度も頭を下げる母親と手を振るラダンを見送り、フレイは学園へと歩き出した。少し長居してしまった、そろそろ学園に向かわなければ。
(ラダン、お母さんと会えて良かったな。私一人で見つけられるか不安だったけど、適当に歩いた先に居てラッキーだったかも)




