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Ⅰ-4 プロローグの終わり

 次の日の朝、予告通り王家の使者は馬車と共に現れた。人目を気にしてかかなり早い時間だったが、子供達は皆起きて、涙ぐんでいる。


「フレイ様、お迎えに参りました」

「ありがとうございます」


 この馬車に乗れば、フレイはもう今まで通りでは居られなくなる。貴族の娘として、聖女として振る舞わなければならない。

 それでも、帰って来てと、帰って良いと言ってくれた場所があるから。


「皆、大好きだよ。行ってきます!」


 フレイはそう言って笑い、馬車に乗り込んだ。






 リンドゥルク伯爵家がある領地は、ここから馬車を使っても三日かかる場所にあるらしい。ずっと箱詰めで運ばれるのは少し辛かったが、馬車の中に一人きりだったおかげで十分考えごとが出来る。

 フレイはがたがたと揺られながら、頭を抱えていた。


「どうしたら、五人全員と結婚して幸せに出来るんだろう……今まで好きになった人なんか居ないのに」


 どうやっても、五人と結婚して笑い合う自分が想像出来ない。まだ会ったこともないし当然と言えば当然なのだが、現段階で思いつく課題がたくさんあるのだ。

 まず、五人と結婚するなんて外聞がよろしくないのでは、ということだ。聖女の権限で五人と結ばれることは一応可能だが、国の重鎮を五人侍らせる聖女ってどうなのだろう。いくら身を守るためとはいえ、流石に五人は多い気がする。


(もし、今の国王夫妻みたいに誰が見ても幸せな夫婦になったらいけるのかな)


 現在の国王夫妻は恋愛結婚だ。元々隣国の王女だった王妃に夜会で王が一目惚れしたらしく、当初は批判も多かったようだ。しかし、幸せそうな二人の姿にいつしかそんな声は消えていった。

 誰だって、明らかに想い合っている人達を引き裂きたいとは思わないだろう。誰がどう見ても幸せオーラがじゃんじゃん溢れているなら、「五人って多いけど、幸せそうだしまぁ良いか」となるのではないか。


「いや、待て待て! そもそも私に五人も幸せに出来るような力がない!」


 ほんの少し希望が見えかけた瞬間、フレイは思わずぐあー! と叫んだ。使者に聞かれるかと思ったが、馬車は止まらない。大丈夫なようだ。

 女神は攻略対象の心の傷を癒やしてほしい、と言っていた。しかし、そんな物語の主人公みたいな力は自分にはない。そこはもう丁寧に相手と向き合って話を聞いて、何とかしていくしかない。だが、一番の問題はそこではないのだ。


(愛人を何人も侍らせてる伯爵の話とかは聞くけど、愛人同士の争いとかすごいみたいだし……私に五人を平等に愛するなんて出来るはずがない!)


 そう、二つ目の問題は、五人に平等に愛を分け与えられるのか、ということだ。もし攻略対象同士で争い始めたらとても悲しいが、そうしないだけの力が自分にあるとは思えない。


「やっぱり一対一じゃないと……ああぁ、でもそれだと他の四人も国も世界も……あ、全員のお出かけとかプレゼントの回数を同じに……ってそういう話じゃないよね」


 人によってどうやって愛されたいのかは千差万別だ。とにかく一緒に居たい人も居れば、ある程度放って置いてほしい人も居るだろう。それなら使った金額などを平等に、と思ったが、そんな機械的になってしまったらそれは愛と呼べるのか。

 一人一人に真剣に向き合っても、いつか不満は出てくるだろう。そうなった時、五人を諌めるなんて自分に出来るのだろうか。


(わ、分からなくなってきた……愛って何? 人を愛するってどういうこと……?)


 頭がぐるぐると混乱して、フレイは馬車の中で寝転んだ。先ほどより身体に伝わる揺れが強くなるが、寧ろ今はそれが心地良い。


「……そもそも、動機が駄目だよね」


 国が、世界が滅ぶから結婚する。そんな動機で幸せにしようとしている時点で、自分の愛は攻略対象達に伝わらない気がする。いっそのこと何も知らないまま、女神が攻略対象と自分をくっつけてくれたら良かったのに、とさえ思ってしまう。

 まだ出会ったこともない攻略対象達。彼らを愛する方法──いや、覚悟がないのだ。例え使命がないとしても、彼らを愛し抜く覚悟が。

 フレイは手を顔に被せた。もう世界が滅ぶ運命ならそれで良いのでは、というか女神が何とかすれば、と投げやりな思考が浮かぶ。聖女だって務まるか分からないのに、加えて五人を幸せにするなんて無理だ。


(……でも)


 攻略対象達に心の傷があるなら、きっと今この瞬間も、世界のどこかで苦しんでいるのだ。もしかしたら、誰にも話せずに独りぼっちで居るのかもしれない。

 何も出来ないかもしれないけど、苦しんでいる人が居るのなら、何かしたい。抱き締めて、頭を撫でて、よく頑張ったねと言ってあげたい。


「……やっぱり、諦めちゃ駄目だ」


 五人と結ばれないと世界が滅んでしまう。そんな運命なんて関係なく、苦しんでいる人が居るならどうにかしたい。彼らを救えるのが自分だけなら、何だってしてやる。

 フレイは身体を起こし、両手で頬を叩いた。思っていたより痛かったが、自分なりに覚悟は決められた気がする。


(難しいことはよく分からないし、考えるのも苦手だけど……とりあえず、今私に出来ることがないか考えてみよう)


 攻略対象達を幸せにするためには、結婚相手になる自分のことを好きになってもらう必要がある。だが、そんな魅力が自分にあるとは思えない。


(顔は孤児院の皆に可愛い可愛いって言われてたけど……あれ、でも貴族の価値観ってどうなんだろう?)


 平民と家を背負う貴族では、美に対する価値観も違うかもしれない。あまり孤児院から出たことはないので詳しくは分からないが、平民は基本的に恋愛結婚だ。

 だが、貴族は家同士の繋がりを深めるため、みたいな理由の政略結婚の方が多いはずだ。そんな中で相手に求めるものとは何だろうか。

 まず、見た目はとりあえず大事だと思う。攻略対象達は多分皆綺麗だから、隣に並んでも見劣りしない容姿は必要なはずだ。とりあえず、物理的な汚れはないよう気を付ける。顔の形は変えられないから、体型とか肌も気にしなければ。

 貴族としてのマナーはこれから学んでいくしかない。大変かもしれないけど、学園に入って必死で身に付けていこう。

 様々な知識……もこれから頑張るしかない。文字の読み書きや計算は出来るが、貴族はそれ以外に芸術や政治など、様々な面での知識が必要になるだろう。


(あとは何だろう。貴族が欲しがりそうなもの……)


 きっと攻略対象達は国の重鎮だから、貴族としての責務も理解している。もし聖女の婚約者となれと言われれば了承するのだろうが、それでは意味がない。

 そういえば、手柄を上げた騎士は高く評価される、と聞いたことがある。騎士の手柄といえば武勲、つまり強さだ。絵本でも、強い騎士にご令嬢がときめくシーンがあった。フレイははっと気が付く。


「つまり……強さか?」


 孤児院に居た頃も、重い荷物を運んではシスターに褒められたし、子供達に肩車をしたりぶんぶん回したりするととても喜ばれた。強さ、肉体的な力、つまり筋肉にときめくのは貴族も平民も同じなはずだ。

 聖女が多数の夫を持てるのはその身を守るため。だが、出来ることなら大切な人は自分で守りたい。そのためにも筋肉は有効なはずだ。


(女性は男性より筋肉がつきにくいらしいけど、やってみないと分からないよね) 


 見た目、教養、筋肉。この三つを何とかして、攻略対象達と真摯に向き合えば、女神から課された使命も何とかなるかもしれない。

 少し未来に希望が見えてきた時、馬車が止まる。どうやらリンドゥルク領地に到着したらしく、馬車のドアが開かれる。

 恭しく差し出された使者の手を取って馬車から降り、フレイは息を呑んだ。


「わ……」


 美しく整えられた庭には、色とりどりの花が咲き誇っている。その中心にそびえる屋敷は、壁のどこにも汚れなんて見当たらず、孤児院の三倍ほどの大きさがあった。

 そして、その大きな屋敷の前に二人の男女が立っている。言われずとも、彼らがリンドゥルク夫婦なのだと分かった。


「初めまして、フレイと申します。これからよろしくお願いします」


 使者に促され、自分で出来る限りの丁寧な挨拶をする。彼らがどんな人かは分からないが、平民の自分を受け入れてくれるのだ。どんな扱いをされても耐えなければ、と思いながら頭を上げ、身体に衝撃が走った。


「貴方がフレイね、会いたかったわ! 初めまして、私はアステラ・リンドゥルクよ」

「え……え?」


 なんだかものすごく良い香りがする。信じられないが、自分は今リンドゥルク夫人、もといアステラに抱き締められているのだろうか。お世辞にも綺麗な服は着ていないのに。

 ぎゅうぎゅう抱き締めてくるアステラに抱き返すことも出来ないでいると、焦ったような声が聞こえてくる。


「アステラ、フレイが困っているよ」

「あら、ごめんなさい私ったら! 嬉しくてつい……」

「全く……初めまして、フレイ。私はこの領地を治めるビスト・リンドゥルクだ」


 ビストの言葉にアステラがはっとしたような顔をして、腕を離す。二人とも貴族とは思えないほど優しそうな顔をしていて、困惑してしまう。


(貴族って平民が嫌いなんじゃないの?)


 きっと王命で平民を受け入れることになり、こんな下賤の民を家に入れるなんて、と憤っていると思っていたのに。


「私達には子供が居なくてね。王から聖女を受け入れてほしいと言われて、二つ返事で了承したんだ」

「フレイにも親と呼ぶ人が居るかもしれないけど……私達のことも家族だと思ってくれると嬉しいわ」


 優しく微笑んだ二人の瞳には、蔑みも偽りも見えない。聖女を養子にするという打算もあるのかもしれないが、心から自分を歓迎してくれているのは嘘ではないだろう。

 貴族の家という未知の場所へ行く恐怖や不安が少し和らぎ、フレイも微笑みを返す。


「はい、これからよろしくお願いします。……えっと、お父様、お母様?」


 貴族らしい呼び方を、と思い言ってみると、また感極まったらしいアステラに抱き締められる。ビストは溜め息を吐き、フレイに視線を向けた。


「これから学園に入学するまでの間、フレイにはマナーや貴族としての知識など、様々な教育を受けてもらう。大変だとは思うが、頑張ってほしい」

「はい、頑張ります」


 いくら可愛くても、下品だったり無礼だったりしたら惚れさせるのは難しいだろう。ここで何としても教養を身に付けなければ、とフレイは頷く。


「あー、あと、これは提案なのだが……フレイは一人でも戦える力を身に付けたいか?」

「……えっと、どういうことですか?」


 質問の意図が分からず首を傾げると、アステラが溜め息を吐きながら頬に手を当てた。


「ウチにはおじい様が居るのだけど……元々は騎士団で活躍していて、今でも現役かってくらいお強い方なの。それで、養子を迎え入れる話をしたら、絶対に自分が鍛えるって言って聞かな……」

「孫おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」


 アステラの言葉を遮って絶叫が聞こえてくる。どこからともなく空に影が現れ、ドンと大きな音を立てて着地した。


(な、何!? 獣!?)


 砂煙が立って何が起きているのか分からない。すると、突然身体が宙に浮いた。


「うわぁっ!?」

「お前が儂の孫か! 随分と貧弱そうだが、鍛え甲斐があるというものだ! はっはっはっは!」


 ビストの何倍も体格があり、立派な髭を生やした男性がフレイを抱き上げ、豪快に笑っている。孤児院では抱き上げてばっかりで抱き上げられたのはもう何年も前のことなので、久しぶりの感覚に混乱する。


(だ、誰……?)


「おじい様! フレイがびっくりしています!」

「む? あぁ、すまんすまん」


 アステラの声に、ようやくフレイは降ろされた。地面に立ってみると、男性の体格がよく分かる。服の上からでも鍛え上げられた筋肉が分かり、居るだけで威圧感がある。


「フレイ、こちらがおじい様のトルマよ」

「お前はフレイというのか! 儂に任せておけ、必ずお前を歴代最強の聖女にしてやるからな!」

「だから、まずフレイの意思を聞いてください!」


 全く話を聞いていなさそうな様子のトルマと、必死に訴えかけるビストとアステラ。どういう状況なのか分からずぽかんとするしかない。


「先ほども話したが、おじい様は人類最強とまで呼ばれたほどのお強い方なんだ。それで、もしフレイが望むのなら。望むのであれば、おじい様が特訓を……」

「したいよな!? 儂にかかれば見た目は深窓の令嬢、強さは歴代最強の聖女にしてやれるぞ! 目で見て分かりにくい筋肉の鍛え方は心得ているからな!」

「だから、おじい様は押しが強すぎるんです!」


 フレイに詰め寄るトルマを、二人が必死に止めている。しかし、フレイは二人の優しさを全く気に留めていなかった。


(目で見て分かりにくい筋肉の鍛え方、ってことは……)


 筋肉を鍛える、とは言ったが、あまりにもムキムキマッチョになってしまうと可愛さが半減するのでは、と思っていたのだ。筋肉ではなく自分に惚れてくれないと意味がない。

 かつて騎士団に居たトルマに特訓を頼めば、確実に強くなれる。加えて、令嬢らしい身体つきもキープ出来る。正に一石二鳥ではないか。


「フレイ、もし嫌だったらはっきり嫌と……」

「やります!」

「……え?」

「トルマおじい様、私を鍛えて歴代最強……いや、世界で最強の聖女にしてください!」


 目をきらきらと輝かせたフレイに、ビストとアステラが驚き、絶句する。トルマはほぉ、と言いながら顎髭を撫でた。


「フレイ、お前は何のために力を望むのだ?」

「何の、ために……」


 それは、攻略対象達と結ばれるために。国を、世界を滅ぼさせないために。そうだけど、でもそれが一番じゃない。

 不幸であることを決められた攻略対象達。彼らだってこの世界で生きているはずなのに、自分と結ばれなければ死んでしまう、と定められている。

 だったらせめて、最高の恋人になれるように。世界に決められた運命なんか撥ね退けて、世界で一番幸せに出来るように。


「私が、力を望むのは」


 そのためなら何だって、出来ることは何だってやってやる。


「大切な人を守り、幸せにするためです」


 決意のこもったフレイの表情にビストとアステラは目を見開き、トルマはニヤッと笑った。






 こうして、フレイの物語は始まったのである。

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― 新着の感想 ―
数奇な運命にも関わらずめげない強い女、いいですね おじいさまの勢いも好きです。 今後攻略対象が出てくるのが楽しみですね〜! ブクマと評価失礼します!
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