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Ⅰ-3 嘘だと言ってくれ

「待て女神ぃぃぃぃぃ!!!!」


 叫びながらがばっと飛び起きると、そこはいつもの寝室で、周りに子供たちがわらわらと居てびっくりした、と言わんばかりに目を見開いていた。


「フ……フレイ? どうしたの?」

「あせびっしょりだ〜」

「え……あぁ、ちょっと怖い夢見たから寝惚けてたのかも! もう大丈夫だよ」


 不安そうな顔をする子供たちに、慌てて笑顔を見せる。この孤児院ではシスターを除いて自分が最年長なのだ。自分が弱いところを見せればそれは伝播してしまう。

 しかし、子供たちは疑うような視線をフレイに向けた。


「本当に? 体調悪くないの?」

「ほ、本当だってば! 私のこと信じられない?」

「うん。フレイはすぐにむちゃするってシスターがいってたもん」

「あっそうだ、もう朝ごはんの時間だからフレイを起こして、ってシスターに頼まれたんだよ」


 その言葉に時計を見ると、普段起きている時間よりかなり遅れていた。いつもは子供達の中で一番早く起きて身支度などを手伝っているので、こんなに遅くて心配をかけてしまっただろう。


「おはようございます、フレイ。よく眠れましたか?」


 孤児院の責任者であり、私達の母親代わりであるシスターが部屋の入り口に立っている。修道服に身を包んだその姿は聖母のようだが、怒ると誰よりも怖い。


「は、はい……。寝坊してごめんなさい」

「良いのですよ。貴方にはいつも苦労をかけてしまっていますし」

「いつもフレイにやってもらってるけど、ぼくもうひとりでボタン出来るよ!」

「皆のお姉ちゃんだからって無理しちゃ駄目だよ」


 皆の優しさが痛い。全然疲れてなんかいないし体調も悪くないが、馬鹿正直に女神から使命を受けていました、なんて言えるはずもない。

 フレイは曖昧な笑みを浮かべ、朝ごはん食べようか、と声をかけた。







(もしあの女神様の言うことが本当なら、あと数日で王国から迎えが来るんだよね)


 フレイは孤児院の小さな図書館で、聖女に関する本を読み漁っていた。元から本を読むのは好きだったので、子供達やシスターからは特に怪しまれてはいない。


「聖女とは、女神の加護を受けた者。聖なる力で民を癒やし、国を守る……しかし、聖女の条件は未だ解明されておらず、血縁や身分には関係がないことが分かっている」


 幼い頃からシスターに読み聞かされて来たので、わざわざ読まずともこの辺りは分かっている。聖女はこの国にとって大切な存在なのだ、とシスターは語っていた。

 このアシュアケット王国は、聖女と魔物の鬩ぎ合いによって発展してきた。魔物とは魔力を持った動物のことで、人間に害をなすのだ。


(魔物は聖なる力に弱いから、聖女になった人には王族と同等、いや、それ以上の権力が与えられるんだよね)


 自分が聖女だなんて未だに信じられない。それより後の告げられたことの方が衝撃だったが、聖女になったというのも中々だ。


「はぁ、何で私が……というかそもそも五人と結婚出来るの……ん?」


 溜め息を吐きながらページを捲り、ふとそこに書かれた文字に目が留まる。この本は聖女について詳しく書かれた本で、歴代聖女の情報などが乗っている。あまり興味が湧かず読んだことはなかった。


「聖なる力は国を想う気持ち、大切な者の存在により強化・増幅する。それに加えその身を守るため、聖女は複数の男性と結婚出来る。……え?」


 思わずもう一回文字列を追ったが、内容は変わらない。

 昔は王家の権威のため聖女は王位継承者と結婚していたが、ある時から聖女の望んだ相手と結ばれるようになったらしい。もしここに書かれていることが本当なら、五人の男性を囲っていても問題はなくなってしまう。


(なんかこの設定、取って付けたみたいなんだけど……まるで私が全員と結婚するために作られたみたい)


 歴代聖女のページを見てみると、確かに複数人と結婚している聖女は居る。それが護衛のためなのか、恋愛のためなのかは分からないが、聖女は重婚しても問題ないことは確かだ。

 フレイは自分が五人の男性と仲睦まじく暮らす様子を想像してみる。しかし、すぐにぼん、と音を立てて消えてしまった。


「だ、駄目だ……想像なんか出来るはずない……」


 まだ恋もしたことないのに、六人で結婚するところなんて思い浮かべられるはずがない。生活費が足りなくて極貧生活とか、男性同士で争い合っているところしか出てこない。

 だが、自分が彼らと結ばれ、幸せにしないと国も世界も滅んでしまう。だったら、自分と結婚して良かったと思ってもらえるよう、五人全員を責任取って幸せにするしかない。


「そんなこと、私に出来るのかなぁ……」


 本に顔を埋めて大きく溜め息を吐いた時、ぱたぱたと小さな足音が聞こえてきた。慌てて本を本棚に戻し、ぱっと笑顔を浮かべる。図書室に走ってきたのは子供達だった。


「皆、どうしたの?」

「なんかね、フレイにお客さんが来てるの」

「おーこく? のししゃさんだって」


 その言葉に、取り繕った笑顔が凍りついた。一瞬で鳥肌が立ち、寒気に襲われる。伝えてくれてありがとう、と子供達の頭を撫で、フレイは玄関へ駆けた。


(まさか、まさか……!)


 荒い息を吐きながら玄関へ向かう。そこに豪奢な服を着た跪く人達を見て、絶句した。


「フレイ様、貴方が聖女であるという神託が降りました。これから貴方にはリンドゥルク伯爵家に養子として入り、貴族の学園で教養を積んでいただきます」


 自分の服と対照的なきらびやかな服に身を包んだ人が頭を下げているのを良いことに、フレイはとてもお偉いさんにも、後ろで不安そうにこちらを見ている子供達にも見せられない顔をしていた。というかこんな顔はしたことがない。


(ぜんっぜん数日後じゃない……! 今日じゃん!)


「すみません、どなたでしょうか? 私はこの孤児院の管理者なのですが」


 後ろからシスターが駆けてきて、フレイを守るように前に立つ。使者はシスターを一瞥すると、懐から王家の紋章が書かれた紙を取り出した。


「我々は王家の使者でございます。フレイ様が聖女であるという神託が降り、王家から保護するように伝えられ、馳せ参じました」

「……フレイが、聖女?」


 シスターは口を覆って目を見開いている。今まで育ててきた子供がいきなり聖女だと告げられたら、誰だってそうなるだろう。特にシスターは女神様を強く信仰しているから驚きも大きいはずだ。

 王家が直々に使者を寄越すということは、実質命令だ。断ることなんて出来ないし、孤児院に被害が及ぶかもしれない。


(正直、聖女のことよりイチャイチャラブラブの方が憂鬱なんだけど……)


「分かりました。いつ頃ここを離れたら良いでしょうか」

「明日の朝、またここへ迎えに参ります」


 もうこの場で連れて行かれるのかと思ったが、意外と優しいらしい。突然子供達と離れなければいけなくなるのは辛かったので有り難い。

 フレイが頷くと、使者は一礼して去って行った。






 その後、子供達に孤児院を離れなければいけないことを伝えると、予想はしていたがとんでもなく泣かせてしまった。


「フレイとお別れするのやだよ……」

「お、お別れじゃないよ! 長期休暇は帰……れるか分かんないけど、手紙も書くし……」

「手紙……? 毎日?」

「んっ!? う、うん毎日書くよ!」

「何枚書いてくれる?」

「なっ……!? え、えーっと、五枚くら……」

「五枚だけ……?」

「ご、五十枚! 毎日五十枚書くから!」


 意外だったのは、幼い子よりフレイと歳の近い子の方が大泣きしたことだ。シスターから女神様の話を聞き、聖女というものがどういうものか分かっているからなのか、とにかく泣き止まなくて申し訳なかった。

 そんな年上の子供達につられて下の子達も泣いてしまい、収集がつかなくなった頃、シスターが助け舟を出してくれた。


「聖女に選ばれるのはとても名誉なことなのです。寂しいのは分かりますが、貴方達がそんなに泣いていたらフレイも安心できませんよ」


 シスターのその言葉でなんとか子供達も泣き止み、今夜は全員と一緒に寝るということで落ち着いてくれた。


「フレイ、またあえるよね?」

「うん、絶対会いに行く。皆が大きくなった姿楽しみに」

「大きくなる前に来てね」


 皆でベッドをくっつけて、まるで生まれたての子猫みたいにぎゅうぎゅうに寄り添って眠った。流行りのものはない孤児院だけど、フレイにとっては唯一の実家だ。もうここで眠れないかもしれない、と思うと今までの思い出が蘇り、涙が出そうになるのを堪えながら眠りについた。

 と思ったら、ありとあらゆるところを絞められる感覚で目を覚ました。子供達に抱き締められていたからだが、せめて腹と首だけはやめてほしかった。


「あれ、シスター? まだ寝てないの?」


 起きてしまったついでに用を足そうと思って寝室を出ると、窓辺で外を眺めているシスターを見つけた。シスターは笑って、どうぞと椅子を差し出してくる。


「なんとなく眠れなくて……起こしてしまいましたか?」

「いや、大丈夫だよ。私は皆に身体絞められてて起きちゃっただけから」


 シスターはクスクスと笑って、皆フレイのことが大好きですから、とまた外を見た。


「……貴方と出会ったのは、もう十六年前のことですね。雪の降る寒い日に捨てられていた貴方を見つけた」

「十六年か、色々あったよね。女神様の置き物壊しちゃった時は怖かったなぁ」

「あぁ、ありましたね」


 幼い頃、遊んでいた時に誤って女神様を模した小さな置き物を壊してしまったことがある。いつも微笑んで優しいシスターだけど、その時だけは本当に怖かった。いつも私達を守ってくださる女神様になんてことを、と。

 怖かったけど、シスターが本当に女神様を大切にしているのが伝わって、それからは定期的に行われるお祈りも真剣にするようになった。


「フレイは、聖女になって……不安ではありませんか?」

「不安は不安だけど……でも、女神様に選ばれたのは光栄なことだし、これで少しだけでもシスターに恩を返せるかなって」


 自分が育てた子供が聖女になるなんて、女神様を強く信仰している人にとってこんなに嬉しいことはないだろう。


(孤児院にも多額の寄付がされるみたいだし、その点は良かったかも。……その点だけは)


「……そうですね。女神様に選ばれることは、聖女になることはとても名誉なこと。しかし、今私は人生で初めて、女神様を疑ってしまっているのです」

「え?」


 思いもよらない言葉に耳を疑ったが、シスターは依然として窓の外、遠くを見つめていた。


「私は生まれてからずっと孤児院で育ち、成人してからもシスターとして女神様に仕えてきました。毎日毎日、欠かさずに祈りを捧げて……にも関わらず、大切な貴方を聖女として奪うのか、と」

「あ……」


 フレイはシスターが大好きだ。天涯孤独のフレイにとって、優しく厳しく育ててくれたシスターは母親も同然だった。

 しかし、それはシスターにとっても同じだったらしい。涙は流していなかったけど、頬を伝う雫が見えた気がした。

 フレイは立ち上がり、シスターを抱き締める。記憶にあるシスターより小さくなっていて、自分が成長したことを実感した。


「ごめん、シスター」

「謝ることではありませんよ。……ただ、一つだけ言っても良いのなら」


 自分の背中にシスターの手が回される。声も手も震えている気がしたけど、気付かない振りをした。


「いつでも、戻って来てください。ここは貴方の家なのですから」

「……うん」


 生まれ育った家を離れて、家族と離れて、貴族の家へ行く。何があるか分からないし、聖女として働いて、生きて帰れるかも分からない。

 それでも、フレイは固く決意した。


(絶対、何があっても戻って来よう。……恋人を連れて)

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