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Ⅱ-18 知りたい感情

 すぅ、すぅと寝息を立てて眠る膝の上の少女を、アレクシスは見つめていた。少女が少し身動ぎする度に、雪のような髪がさらりと重力に従って落ちて行く。


「……」


 膝の上で無防備に眠るフレイを、アレクシスは見つめていた。


(母上も、こんな気持ちだったのだろうか)


 相手の腕が直ぐに届く膝の上で、頭を預けて眠りにつく。相手を警戒していたらとても出来ないだろう。フレイに自分は信頼されているのだ、と思うと、なんとなく胸が温かくなったような、気がした。

 フレイの目元には、分かりにくいが隈が出来ている。見ず知らずの人間のために、どうしてフレイはここまで尽くしているのだろう。

 今まで、自分のことを気付かれたことはなかった。父も母も使用人も貴族も婚約者候補も、自分を理想の王子だと言っていた。だから、これで良いのだと思っていた。理想の王子ではない自分は消えた方が良いのだと思っていた。

 まさか、出会って間もない平民に気付かれるとは思わなかった。いや、平民だからなのかもしれない。貴族はその大小は違えど、自分を偽って過ごしている。


(気づかれただけなら、まだ良かったのに)


 アレクシスすら諦めていた“自分”を見つけたい、なんて言うとは思わなかった。婚約者の座を狙って、または第二王子派の差し金で、何か弱みをと近付いてくる生徒ばかりだったのに。

 それから彼女は毎日毎日アレクシスに色々なものを見せた。平民上がりで学ぶことも多いだろうに、いつもここへ走ってきては笑顔を見せていた。


(負担だと分かっていたはずなのに)


 本当なら断るべきだと分かっていた。自分なんかに構わず、もっと有意義なことに時間を使うべきだと。

 だが、フレイと過ごす時間は苦しくなくて、いつの間にか心待ちにしている自分が居て。もう止めろと伝えられなかった。

 その結果、フレイは体調を崩している。相手の顔色を読むのは得意だったはずなのに、フレイの体調に今の今まで気づくことが出来なかった。


「……すまない」


 自分のために時間も金も使わせて。

 出会ったばかりの君に負担をかけさせて。

 君がどれだけ尽くしてくれていても、まだ自分を見つけられなくて。

 離れるべきだと分かっていても、離れられなくて。

 ──君と一緒に居たいと、思ってしまって。


(この気持ちは、何なのだろうか)


 今までは毎日代わり映えのない日々だったのに、放課後が近付くと授業中に時計を見る回数が増えて、テラスに向かう時は早足になった。フレイの姿を見ると息がしやすくなって、離れる時は苦しくなる。

 誰かと一緒に居たい、離れるのは嫌だなんて子供じみた感情は初めてで、名前すら付けられない。だけれど、きっと嫌じゃない、と思う。

 指を伸ばしてフレイの頬を撫でると、んぅ、と声が漏れて、その顔が綻ぶ。それを見て思わずアレクシスの顔も緩んでしまう。


 ふと、遠くから視線を感じた。


「……?」


 辺りを見たが、見える範囲には誰も居ない。確かに誰かの視線を感じたのだが。ダリアならこそこそ見るような真似はしないだろうし、この辺りに近づく人は少ない。気のせいだったのだろうか。


(……懐かしい気配が、した気がする)


 思い出されるのは、銀髪の弟の姿だ。今何をしているのか分からないが、あの子にだけは苦しい思いをさせたくない。誰よりも優しくて傷付きやすいあの子には。

 フレイから貰った狼のぬいぐるみ。なんだか似ている気がして、とあの子に告げたら怒るだろうか、と考え、アレクシスは静かに笑みを溢した。

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