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Ⅱ-16 緊張のお茶会

「アレクシス様、今日は私に紅茶を淹れさせていただけないでしょうか」


 いつものようにアレクシスの使用人が紅茶を淹れようとして、フレイはそれを止めた。


「君が?」

「はい! 街で茶葉を買ってきたんです。淹れ方も勉強したので」


 リンドゥルク家に居た時、使用人に紅茶の淹れ方を習っておいたのだ。まだ大した腕ではないが、ビストとアステラは美味しいと言って飲んでくれた。トルマは喜びのあまりティーカップを木っ端微塵にしたが、火傷一つなかった。

 アレクシスは少し考えると、側に控えていた使用人に何かを言った。年配の彼女は一礼するとテラスから去って行った。

 使用人の姿が見えなくなると、アレクシスの表情がふっと変わる。完全な無表情は最早見慣れてしまった。


「あ、でも、あまり期待はしないでいただけると助かります。まだダリアさんほど上手ではないので」


 ダリアとは先ほどの年配の使用人だ。彼女はアレクシスとお茶会をするようになってから、毎回紅茶を淹れてくれている。話したことはないが、彼女がアレクシスを見る目はとても柔らかかった。

 アレクシスは真顔のままこくりと頷いた。その仕草が子供のようで可愛いな、と思いながら、フレイは桃色のラベルの茶葉を手に取った。


(カモミールとアールグレイも良いけど、今回は初めてだし、アレクシス様が一番好きそうなやつを淹れてみよう)


 紅茶の淹れ方だが、手順自体は別にこれと言って難しい訳ではない。アステラは笑いながらこう言っていた。


『紅茶に腕前はそんなに関係ないわ。コツさえ掴めば、使用人の紅茶も王女様が淹れた紅茶も分からないわよ』


 百点の茶葉を使っても淹れ方次第で五十点の紅茶になることはあるが、五十点の茶葉を使って百点の紅茶になることはないらしい。だが、ポイントさえ押さえればプロも素人も大して味は変わらないようだ。


『良い紅茶、悪い紅茶も人それぞれだし、そもそも味の好みもあるわ。だから、あまり固くならないで良いのよ』


 家族以外で飲んでもらう相手がアレクシスになるとは思わなかったが、嫌だと感じるような紅茶にならないように頑張るしかない。


(沸騰した水はあるから、まずはポットを温めよう)


 初めに、ポットにお湯を入れて全体を温める。ティーカップも温めなければならないのだが、温まり終わったポットのお湯をティーカップに使うと節約になる、と使用人から教えてもらった。

 次に、ポットに二人分の茶葉を入れる。この茶葉は細かいので、ティースプーン一杯中盛くらいが一人分だ。

 茶葉を入れたら、沸騰したお湯をポットに入れてすぐに蓋をする。溢れそうで怖くなるが、勢いよく注ぐのがコツだ。

 ここからは三分ほど蒸らす。時間があるのでお菓子でも並べようか、と思っていると、アレクシスがこちらをじっと見ていることに気が付いた。


「アレクシス様? あの、何か怪しいところでも……」

「いや、そうじゃない。今まで紅茶を淹れられたことは何度もあるが、こうして過程をじっくり見るのは初めてだと思って」


 その言葉にフレイは衝撃を受けた。せっかくアレクシスと二人きりなのに、紅茶を淹れることに必死になって何も話せなかった。


(うぅっ、何たる失態……! 話しながらでも淹れられるくらい上手にならないと!)


 そうこうしているうちに蒸らしが終わったら、ポットの中をスプーンで軽く混ぜる。蓋を開けるとふわっと桃の優しい香りが広がって、それだけでうっとりしてしまう。

 次は、茶漉しを使いながら別のポットに移し替えていく。これは茶葉を取り出し、抽出を最適なタイミングで止めるためらしい。

 それが終わったら、ティーカップに必要な分注いで完成だ。


「で、できました!!」


 達成感でフレイは目を輝かせた。人前で淹れるのは初めてだし、何よりアレクシスの視線が、あの端正な顔に見つめられているという緊張感が凄かった。

 アレクシスは無表情だったが、とりあえずこれで第一関門はクリアだ。次の目標はアレクシスにリラックスしてもらうことである。


「お待たせしてすみません。アレクシス様、ピーチティーです。飲んでみてください」


 フレイはアレクシスの正面に座り直した。アレクシスは頷き、ティーカップを手に取る。形の良い唇がカップに触れ、喉がこくりと音を鳴らした。


「……」

「い、いかがでしょう……?」


 そのまま何も言わずにティーカップを戻したアレクシスに、フレイは恐る恐る問いかけた。もしかして茶漉しで漉しきれてない茶葉が、と焦ったが、アレクシスの表情は不満というより驚きに近い。


「……懐かしい、味がする」

「え?」


 フレイはアレクシスの顔を見つめた。表情は変わらないが、明らかに違う。ぱちぱち、とアレクシスが瞬きする度に、星が煌めいているような気さえする。


(なんだか、宝物を見つけた子供みたい)


「これは……なんだか、凄く良いと思う」

「! 本当ですか!? 良かったです!」


 フレイはぱっと顔を輝かせ、内心で思いっきりガッツポーズをした。もし美味しくなかったらどうしようと不安だったが、不快な味でないなら何よりだ。


「他にアールグレイとカモミールもあるんです! また今度淹れますね」


 懐かしい、というなら、アレクシスは昔から日常的に紅茶を飲んでいたのかもしれない。幼い頃から王子様を演じている、と言っていたが、昔はまだ感情を持っていたのだろうか。


(ちっちゃいアレクシス様か……絶対可愛いよね)


 もう会うことのできないアレクシスに思いを馳せていると、また視界が歪んだ。最近多いな、と思っていると、手がティーカップに当たってしまった。

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