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Ⅱ-15 芳しい香り

「ん〜っ! おいひい!」


 串焼き肉に齧り付き、フレイは満面の笑顔を浮かべた。じゅわっと肉汁が口の中に広がり、腹も満たされていく。


「本当にありがとうございます、リオ様」

「だから良いって言ってるだろ。俺も食いたかったし……」


 リアンが照れたように視線を逸らしながら、同じように串焼き肉に齧り付いた。溢れる肉汁で口を汚すこともなく、肉を噛み千切る姿はどこか爽やかだ。


(リアン様、食べ方ワイルドなのに上品だな。流石第二王子)


 服装や口調は平民に似せているが、それでも隠しきれない上品さがある。周りの女性もリアンに見惚れていて、リアンの周りだけきらきらと輝いているような気がする。

 串焼き肉を飲み込んだリアンの顔が、ふっと綻んだ。その顔が菓子を食べた時のアレクシスに重なり、やはり兄弟だな、なんて思っていると、


「……何だよ」


 リアンの視線がこちらに向けられた。


「いえ、その……食べている姿が綺麗だなと思って」

「は!? ふ、普通に食べてるだけだろ!」

「全然違いますよ! 私が食べるとただの串焼き肉だけど、リオ様が食べるとステーキに見えます!」

「そんな訳ないだろ!?」


 リアンは顔を真っ赤にしながら全力で否定している。だが、本当にリアンが食べると別のもののように見えるのだ。アレクシスもそうだが、街に降りてもすぐに王子だと気付かれてしまう気がする。


「あークソッ、あっちぃ……なんか飲まねぇか?」

「確かに喉渇きましたね。何か飲み物は……」


 辺りを見回して、ふとある店が目に留まった。店頭には缶が並べられていて、ふわっと良い香りが漂っている。


(何だろう、あれ)


 近付いてみると、中には細長い様々な色の何かが入っていた。店番をしているらしい少女がこんにちは、と声をかけてきた。


「良かったら飲んでみてください! 私が初めてブレンドしたんですけど、自信作です!」


 少女からコップを手渡される。後ろからついてきたリアンと共に中身を飲み、フレイは目を見開いた。


「紅茶か、これ。美味いな」


 コップの中には、美しい紅色の紅茶が揺らめいている。リアンも目を瞠って美味しそうに飲んでいる。一口飲むだけで芳しい香りが広がり、心まで解けていくような気がする。


「……? おい、どうし……」

「……です」

「は?」

「これです!!」


 俯いていたフレイは、きらきらと目を輝かせてリアンに叫んだ。リアンは何が何だか分からないと言った様子でこちらを見ているが、フレイはもう有頂天だった。


(そうだ、紅茶! 何で思いつかなかったんだろう)


 いつもお茶会ではアレクシスが紅茶を用意してくれているのだが、茶葉は恐らく毎回同じだ。それが好きなのかと思って聞いてみたら、懇意にしている貴族の領地産の茶葉だから、と返ってきた。つまり、その茶葉が好きだから、という訳ではない。

 ここでアレクシスが好きそうな紅茶を見つけれられたら、またアレクシスが自分を見つける手がかりになるだろう。


「リオ様、見つけました! お茶会に持っていくもの!」

「は? あぁ、紅茶持ってくのか?」

「はい!」


 フレイは早速吟味し始めたが、どの紅茶が良いのかなんて分からない。名前は書いてあるが、正直さっぱりだ。店番の少女は別の客のところに行っていて、声をかけるのは気が引ける。


「うーん……どれが良いんだろう……」

「……お前、どういうのが良いんだよ」


 うんともすんとも言わない茶葉とにらめっこしていると、リアンが声をかけてきた。どんな、と言われると分からない。アレクシスに飲んでほしい紅茶とはどんなものなのだろう。


「えっと、お茶会の相手は、周りの人ために頑張り過ぎちゃう人なんです。だから、少しでもリラックスしてほしくて」


 自分とのお茶会がアレクシスにとって良い影響になっているのかは分からないが、アレクシスを見つけるためなら何でもしたい。だが、そんな紅茶はあるのだろうか。


「……リラックス、か。それなら、これとかはどうだ?」


 リアンは茶葉が入った缶を手に取った。嗅いでみると、柑橘系の爽やかな香りがする。もう片方は林檎のような花のような、甘くて優しい香りだ。


「こっちがアールグレイで、こっちはカモミール。アールグレイは香りにリラックス効果があって、カモミールには鎮静作用があるから、リラックスならこの辺だな。その相手、味の好みとかはあるのか?」

「えっと、甘いものは好きみたいです」

「なら、ピーチティーも良さそうだな。アールグレイにはカフェインが入っているから、寝る前に飲むなって言っとけよ」


 すらすらと言われ、フレイはぽかんと口を開けた。まるで店員さながらだ。


「凄いです! リオ様、紅茶に詳しいんですね」


 アステラに主要な紅茶の種類は教えてもらったが、リラックス効果のある紅茶があるなんて知らなかった。フレイが尊敬の眼差しを向けると、やめろと言ってリアンが視線を逸らした。


「小さい頃、こういうの飲ませたい相手が居たんだよ。それで本で調べただけだ」

「飲ませたい相手?」


 リアンの身の回りで、紅茶を飲ませたい相手。それは友達か、あるいは両親か、あるいは、もしかして。

 リアンがふっと自嘲的な笑みを浮かべる。その笑顔が初めて出会った時の、寂しそうな笑顔に重なった。


「……でも、結局一緒に紅茶を飲むなんてことはなかった。こんなのは、大した知識じゃない」


 その言葉にフレイが何も言えないでいると、店番の少女が戻って来た。三つの茶葉が入った袋を買い、その店を後にした。


「これでお前の買いたいもんは買えたのか?」

「はい、付き合ってくれてありがとうございました」

「おう。じゃあ、また今度な」


 リアンがひら、と手を振って背中を向ける。これ以上買うものはないし、リアンの休日を邪魔する訳にはいかない。それでも、先ほどの笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 最初に出会った時は一人で消えていく背中に何もできず、ただ見つめているだけだった。


(でも、今は──)


「……ん?」


 思わず手を掴むと、リアンが不思議そうな顔で振り返る。引き留めたは良いが、何を話すか考えていなかった。だらだらと冷や汗が流れるが、何を話そうと焦れば焦るほど分からなくなっていく。


「何だよ、まだ何か──」

「っ、リアン様!」


 その名を呼ぶと、リアンがおい、と周りを見渡す。偽名を呼ばなければいけないのは分かっているが、どうしても彼の名前を呼びたかった。


「あの、その……何かあったら、話してください」

「は?」

「さっき、リオ様がとても寂しそうに見えて……私で良ければ、お話でもお出かけでも付き合うので」


 最初はアレクシスとリアンはあまり似てないかも、と思ったが、案外似た者同士なのかもしれない。美味しいものが好きで、周りの人を気遣って、自分の気持ちを押し殺してしまう。


「リオ様が友達って言ってくれて、私本当に嬉しかったんです。何かあったらって言ったけど、何もなくてもお話してください。リオ様のこと、もっと知りたいので」


 フレイの言葉に、リアンは噛み締めるようにゆっくりと瞬きをした。口元を手で覆うと、視線をフレイから逸らす。


「……お前、本当に変な奴だな」

「ぅえっ!? へ、変ですか?」


 第二王子に何もなくても話してね、なんてやっぱり変だろうか。思わず落ち込むと、そういうことじゃねぇよ、とリアンが手を下ろした。


「お、俺も今日……楽しかった、から。だから、またお前が話したいって言うなら、話してやっても良い、って言うか……」

「っ、本当ですか!?」

「近い! 離れろ!」


 嬉しさのあまり接近すると、顔を真っ赤にしたリアンに怒鳴られてしまった。言われた通りに離れ、同時に掴んでいた手も離すと、ほんの一瞬だけリアンが寂しそうな顔をする。その表情に、何かがとすっと胸に刺さった。


「ありがとうございます! またお話させてください」

「あぁ。……またな、フレイ」


 リアンの背中が、今度こそ人混みに紛れる。それでも、あの時のような消えてしまいそうな儚さはなかった。

 リアンが見えなくなるまで手を振ったあと、フレイは邪魔にならない道の端へ移動する。しゃがみ込み、両手で顔を覆った。


「っはぁ〜〜〜〜〜〜…………………………」


 なんだかとても幸せな時間を過ごしてしまった気がする。あの最後の、手を離した時のリアンの表情。もしかしてもっと手を繋ぎたかったのだろうか。いやいやそんなはずない。思い上がるな。

 何より、あのリアンが、照れ屋さんであるリアンが自分のことを友達だと言ってくれた。それがたまらなく嬉しい。


(なんか、リアン様が凄く可愛かった気がする……)


 だが、まだあの寂しそうな表情の訳は分からない。今すぐは無理でも、リアンとの幸せな未来のために、いつか話してくれたら良いな、と思う。

 フレイは紅茶が入った袋を抱き締め、立ち上がる。その瞬間、くらりと視界が歪んだ。


(あれ?)


 目を擦ると、そこには先ほどと変わらない景色が映っている。気のせいかな、と思い、フレイは学園に向かって歩き始めた。

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