Ⅰ-2 女神様が言うには
聞き間違いだろうか。聞き間違いだろう。聞き間違いに違いない。まさか女神様がそんなことを言うはずがない。
「あの……申し訳ありません。もう一度言っていただけますか?」
『フレイ、貴方には数多の男性とイチャイチャしてもらいます』
どうやら聞き間違いではなかったらしい。この神々しさは偽物ではないし、ふざけているようにも見えないが、何を言っているのか全く分からない。
「……どういう意味ですか?」
『そのままの意味ですよ。貴方には数多の男性とくっついてイチャイチャラブラブしてもらいます』
どうしよう、もう女神様が女神様に見えない。もしかしたら目の前の人は女神様でも何でもないのかもしれない。だって、女神様がイチャイチャとかラブラブとか言うはずない。
『私は本物の女神なので、何でも知っているのですよ。貴方はフレイ、天涯孤独の身で孤児院の前に捨てられ、現在は最年長として子供達の面倒を見ている。そうでしょう?』
「……合っています」
まるで物語の登場人物を説明するように言われ、フレイは頷いた。シスターしか知らない今まで自分の人生を知っているなら、女神様を騙る不審人物ではないのだろう。
(とりあえず、ちゃんと話を聞いてみよう)
フレイは女神に真剣な顔で向き直った。
「それで、その……イチャイチャラブラブって、具体的に私は何をすれば良いのですか?」
『そうですね……このあとの展開についてお話しましょうか』
そう言うと女神は宙に手を翳した。するとそこに大きな屋敷、というか学校の絵が現れる。いつか新聞で見たことのある、お貴族様が通う学園だ。
『フレイ、貴方は聖女で、教育のためにこれから貴族の学園に入学します』
「は? ちょ、ちょっと待ってください! 私が聖女!?」
突然とんでもないことを言われた気がするが、あまりにもサラッと流されてしまった。聖女は聖なる力を持ち何百年かに一度現れるが、今代の聖女が中々見つからない、と新聞で見た気がする。
(その私が聖女って……嘘だよね?)
思わず自分の手を見つめる。何ら変わりない自分の手だ。昨日までと何も変わらない自分が聖女になるなんて信じられない。
『恐らく、貴方が目覚めて数日したら王国からの使者がやってくると思います。聖女が現れると教会に神託が降りるようになっているので』
頭が真っ白になり、女神の言葉が頭に入ってこない。王族と同等の権力を得られる聖女に自分がなった、という事実が中々受け入れられない。ただの平民なのに。
『それで、えーと……聖女になった貴方は教養を積むために貴族の学園──聖アシュアケット学園に入学し、そこで様々な攻略対象と出会います』
平民は裕福な家の子供でもない限り、学校に通うことは出来ない。フレイは孤児院にあった本を使って子供達に文字を教えているが、高い入学金が必要になる学校は平民にとって夢のまた夢なのだ。
すると、今度は女性と男性のシルエットが見つめ合う絵が現れた。その間にはハートがあり、二人とも頬を染めている。
『この世界の設定的に、必ず貴方は攻略対象とどこかで出会います。攻略対象に出会ったら分かるようにしておいたので、頑張ってください』
「そこ! そこです一番知りたいところ! 攻略対象って何なんですか!?」
そこがきっとイチャイチャラブラブに繋がっているはずだ。消えかかった男女の絵を慌てて指さすと、そうでした、と言って女神は頬に手を当てた。
『貴方が幸せにするべき男性のことです。第一王子とか第二王子とか、あと騎士団長の息子とか……』
「おかしいおかしいおかしい! 私平民ですよ!? 親なしですよ!? 恋に落ちる訳ないでしょう!?」
『それが落ちちゃうんですよ』
いくら自分が聖女でも、国のお偉いさんがころっと恋に落ちてしまう訳がない。怒涛の情報量に頭がパンクしそうだ。
「まぁ、そんなこんなで貴方は攻略対象のうち誰か一人と結ばれる訳ですが……実はこの物語、いや世界には重大な欠陥がありまして」
『欠陥?』
「はい。貴方と結ばれなかった攻略対象達は、全員何らかの理由で死んでしまうんです」
突如、辺りを静寂が包んだ。
「……は?」
見つめ合う男女の周りに、何人もの男性が倒れている。その奥では城が燃え、街が焼かれていた。
『攻略対象は国の重鎮が多いので、彼らが死んだことによりアシュアケット王国は大いに荒れ、滅びます。なんやかんやあり世界も滅びます』
「待って待って待って! 着いて行けない! 着いて行けない!」
もう敬語なんてかなぐり捨て、フレイはその場で頭を抱えた。やんごとなき身分の方が自分に恋をする、というだけでパニックなのに、世界が滅ぶとはどういうことだ。話が壮大過ぎる。冷や汗が止まらない。
『そういう設定なので仕方ないですね。それでここからが本題なのですが、貴方には攻略対象全員を落として幸せにしてほしいんです。例え結ばれても、彼らの心の傷が癒えなければ同じ結末になってしまうので』
「全員……全員……? 因みに何人くらい……」
『五人です』
「五人!?」
二人くらいなら何とかなるか、と思っていたが、流石に五人は誤魔化せない。しかも相手は貴族だ。思わず指で五を数えてしまう。
(私含めて六人……生活費どうしよう)
『まぁ、貴方可愛いですし……大丈夫です。多分』
「多分!? 世界が滅ぶかもしれないのに多分って何ですか!?」
『聖女ですし、何かあったら権力で捻じ伏せれば良いですよ。やっぱ女攻めは良……あっヤベ』
「今何て言いました!? その設定女神様の趣味なんですか!?」
『とにかく頑張ってください。それじゃあそろそろ目覚めさせますね』
「待ってください! まだ全然聞き足りなくて……」
手を伸ばそうとしたが、その前にかくりと瞼が落ちる。最後に見た女神は、殴りたくなるほど美しい顔で笑っていた。
『フレイ、私の愛し子よ。貴方の幸運を祈っています』




