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Ⅱ-12 聖女の悲劇

「……こうして、第九代聖女ママルア様は、国民に深く愛される聖女となりました。ここまでは理解出来ましたか?」

「はい!」


 フレイが元気良く返事をすると、ラナリスはふふっと微笑んだ。簡単な内容ではないが、彼女の説明が分かりやすいおかげで着いて行ける。

 ラナリス・クラットミルは新たにフレイ専属の教師に就任した研究者だ。シスターと同じように孤児院を管理する傍ら、聖女について研究を行っていたらしい。

 彼女との出会いはとても印象深いものだった。新しい教師だと紹介されるなり、地に頭をつけて謝罪されたのだ。


『この度は大変、たいっへん申し訳ございませんでした!!』

 

 ラナリス曰く、ドーンは研究所に居た頃から問題視されていたらしい。聖女様は私のものだ、誰にも渡さないと普段から言っていて、ずっと一人で研究をしていたようだ。

 普段から誰とも話していなかったらしいが、聖女の教師を誰にするか、という話が持ち上がった瞬間、是非私にと声を上げたそうだ。実際、聖なる力について一番詳しいのはドーンで、言動に問題はあるが流石に直接手出しはしないだろう、とドーンを教師に決めたそうだ。


『我々もドーンを扱いあぐねておりまして……厄介払いのような意味合いがあったのは事実です』


 何でも罰は受けますと言われたが、フレイはラナリスを怒る気にはなれなかった。ドーンに何かされた訳ではないし、そのおかげでルルマとも会えたので結果オーライだ。

 それでも、とラナリスは納得していないようだったので、フレイはラナリスに正しい知識を教えてほしいと頼んだ。

 ドーンはただ褒めるだけで、間違っていても怒ってはくれなかった。聖なる力の扱い方は教えてくれたけど、それ以外の授業は何もなかった。

 だから、聖なる力についてだけではなく、聖女についてもっと教えてほしい、と頼んだのだ。


「フレイは飲み込みが早いですね。私も教えていて楽しいです」

「ラナリス先生の授業が分かりやすいおかげです」


 今は歴代聖女について教えてもらっている。聖女はただ魔物を倒すだけでなく、平民でも学校に通える制度を整えたり、新しい流行を生み出したりと色々やっているようだ。

 特に初代聖女の功績は素晴らしく、魔物退治をする傍ら、魔物について研究して魔物図鑑なるものを作ったらしい。そのおかげで聖女が居ない時代でもある程度対処出来るようになったそうだ。


(初代聖女は王妃としても国民に愛されてたらしいし……完璧な人だったんだな)


「では、時間も時間ですし、今日はここで終わりにしましょうか」

「あ、すみません、質問があるんですけど……」


 机の上に広げたノートを片付け始めたラナリスに、フレイは声をかけた。何ですか? と首を傾げられ、フレイはずっと気になっていたことを口にする。


「聖女は複数人との結婚が可能だと聞いたのですが、それは本当ですか?」


 女神から神託を受けた日、孤児院で読んだ本にはそう書いてあった。だが、かなり古い本だったので本当にそうなのか確証は持てなかった。

 ドーンにはなんとなく嫌な予感がして聞けなかったが、複数婚が出来るかどうかでこれからの未来が大きく変わる。

 すると、ラナリスがぴたっと固まった。


「あの……ラナリス先生?」

「……フレイは、複数婚を望んでいるのですか?」


 ラナリスの声色に、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだとフレイは悟った。かと言って嘘を吐くのもいけない。


「の、望んでいるというか、本で読んだことがあったので……本当にそんなこと出来るのかな、と気になって」


 本当のことは言っていないが、まるきり嘘ではない。フレイの言葉に、ラナリスはそうですか、と言って胸を撫で下ろした。


「確かに、聖女の複数婚は法律で認められています。現に、十一代目以降で複数婚をした聖女は居ますしね。ですが、あまり褒められたことではありません」


 複数婚自体良い目で見られるとは思っていないが、何故それが法律で認められているのだろうか。


「初代聖女が王妃になった話は覚えていますか? 最初は王家の権威を高めるため、聖女は王子と結婚するのが決まりでした。しかし、十代目聖女の代で悲劇が起こったのです」


 十代目聖女はフレイと同じく平民で、辺境の村で暮らしていたらしい。故郷を深く愛していて、聖なる力が目覚めて王都に呼ばれても簡単に頷きはしなかったそうだ。

 役目が終わったら村に帰すと言われ了承したが、いつになっても帰る日はやってこない。一回で良いから村に帰らせてくれ、と聖女が訴えたのは、村を離れて十五年が経った時だった。


「当時は今ほど聖女様を敬っておらず、魔物を倒すための道具、というような扱いでした。初めて平民から現れた聖女だったので、所詮は辺境の村娘と侮られていたそうです」


 教会も権力を狙った形ばかりのもので、それまでの貴族出身の聖女は手厚く守ったが、十代目聖女の訴えは掻き消されていたらしい。

 魔物が絶滅することはない。出現頻度に波はあるが、この世界に魔力がある限り、奴らは何度でも復活する。

 そのため、聖女が役目を終えるときは来ないのだ。もし聖なる力が消え去ったら聖女ではなくなるが、聖なる力がなくなった前列は今までない。

 逃げられたら敵わないと思われたのか、十代目聖女は家族に面会することすら許されず、ひたすら聖女として働いていたようだ。


「十代目聖女は故郷に幼馴染みが居て、彼のことを愛していたようです。しかし王家は一度で良いから家族に会いたいという聖女の願いを聞き入れず、先に手を出してしまおうと無理やり王子との婚約を決めました」


 疚しいことは考えていない、ただ家族と親友に会いたいだけだと聖女が言っても、王子は聖女が私欲を持つなと無視した。ただ聖なる力で魔物を払う道具として扱われ、もし逃げたら故郷がどうなるか、と脅される日々。


「苦悩の末……十代目聖女は、ナイフで首を切って自害しました」

「……え」


 フレイは息を呑んだ。教室の静寂がやけに重くのしかかり、窓の外で朗らかに鳴く鳥の声が遠くに感じられる。


「十代目聖女の亡骸が発見されたのは、王城の自室だったそうです。首からは血が溢れ、手には血まみれのナイフが置かれていた」


 机には遺書が残されており、家族と幼馴染みの安全を願い、先に逝ってしまうことを許してくれ、貴方を愛していたと書かれていたそうだ。

 王家は聖女の自害を揉み消そうとした。聖女が自ら命を断った、それも王家が自由を与えなかったせいとなったらこれまで積み重ねてきた権威が水の泡となる。

 王家は涙に濡れた遺書を燃やし、国民には聖なる力を使い果たし、眠るようにその生涯を終えたと美談を話した。


「それからでした。国に災いが降り注いだのは」


 聖女の死から数日後、国に異変が訪れた。空は黒い雲に覆われ、止まない雨が降り続けた。穀物は枯れ伝染病が流行り、今までにない強大な魔物が王都まで現れた。


「これは女神様のお怒りではないか、と教会が慌てて祈りを捧げましたが、何も変化はありませんでした。ようやく災いが鎮まったのは十代目聖女の死から三十日後、彼女の幼馴染みが海に身を投げた日だったそうです」


 フレイは息をするのも忘れてラナリスの話に聞き入っていた。あの女神が怒るところなど思い浮かばないが、もしフレイが傷付けられたら同じように怒るのだろうか。


「王家は聖女を蔑ろにしたことを悔い、もっと聖女を大切にしようと誓いました。そうして制定されたのが、複数婚制度です」


 国のために命を尽くす聖女が、せめて大切な人を側に置けるようにと作られた複数婚制度。それは十代目聖女への償いであり、二度と悲劇を繰り返さないための誓いでもあった。


「その制度のおかげで、十一代目以降の聖女は苦しまずに済んだんですね」

「いえ、その、ここからが本題というか……問題というか」


 十代目聖女の悲しい最期に涙ぐんでいると、ラナリスが気まずそうに視線を泳がせる。


「確かに、複数婚制度で幸せになれる聖女も居ました。十一代目聖女は公爵令嬢で、元々婚約者だった王子と幼馴染みの騎士を側に置き、そのおかげで聖なる力も強化された、と聞きます。しかし、この制度を悪用する聖女も居たんです」

「悪用?」


 思いもよらぬ言葉に首を傾げた。聖女は好きな人を側に置け、それにより聖なる力も強くなり、国にとっても良い制度だと思ったのだが。


「十代目聖女から聖女の待遇は激変しました。それまでは教会で修行をするだけでしたが、平民でも聖アシュアケット学園に入学して教養を積めるようになりました。学園を卒業したあとは宝飾品や菓子などが山のように渡され、ある時は王女よりも金をかけられていた、と聞きます」


 公爵以上の身分でない限り、毎日菓子を食べたり新しい宝飾品を身に着けたりなんてできない。貴族からも敬われ、国民からは聖女様と慕われる。


「それで、その……調子に乗ってしまったというか、何でも許されると思った十四代目聖女は、見目麗しい貴族の男性を十人侍らせたんです」

「じゅ、十人……!?」


 思わずひっくり返った声が出る。五人と結婚しようとしている自分が言うのも何だが、流石に多い。


「王子、騎士、商人、芸術家……身分関係なく、顔立ちが整っていれば選ばれたそうです。しかも、貴族など金を持っている人以外は“飽きたら次”という有様で、当然聖なる力が強くなるはずもありません」


 あまりにも十代目聖女と対照的で、空いた口が塞がらない。とっかえひっかえするなんてフレイは考えられなかった。


「しかも十四代目聖女は聖なる力を私的に使い、気に入った貴族の領地には豊穣を与えるものの、何か口出しした貴族から魔物退治の要請が来ても無視していたそうです」


 国は混乱した。しかし、また聖女に何かすれば災いが降りかかるかもしれない。十四代目聖女の代は財政が圧迫され、皆が聖女に擦り寄る酷い有様だったらしい。


「その後も、同じようなことが起こりました。十六代目は婚約者が居る男性を奪うことが趣味で、十七代目はとにかく浪費癖があったそうです」


 ラナリスがこちらを見る。教室の空気はすっかり元に戻っていた。


「複数婚制度は認められていますが、あまり良い目では見られていないというのが現状です。フレイがそんなことをするとは思っていませんが、国民に注目される立場だということは覚えておいてください」


 ラナリスの言葉にフレイは頷いた。とりあえず複数婚は認められているが、だからと言って周りの目が変わる訳でもない。


「すみません、質問の答えにあまりなっていなくて」

「いえ! たくさん教えてくれてありがとうございます」


 国民にとっての英雄である聖女の醜聞や、王家が聖女を自殺に追い込んだなんて、本には残せないだろう。聖女の研究をしているラナリスだからこそ聞けた話だ。


(飽きたら次なんて絶対しないけど、それでも良い目では見られないだろうし……アレクシス様達を幸せにするのと同じくらい、聖女の仕事も頑張らなきゃ)

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