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Ⅱ-11.5 シスターの話

「シスターシスター! フレイからおてがみきたよ!」

「こら、ミオ! 廊下を走るなっていつも言ってるだろ! あと部屋に入る時はノック!」

「まぁまぁ、フレイからの手紙だもん。ちょっとくらいは大目に見てあげよう、ルカ」


 午後の四時頃、孤児院では幼い子供は昼寝をしている時間である。しかし、週に一回のこの日は皆で起き、郵便屋から手紙が届くのを待っている。

 シスターが部屋で雑務を片付けていると、ミオが手紙を持って小さな身体でぱたぱたと駆けてきた。その後ろからルカとマリーが追いかけてくる。彼らはフレイが居ない今、最年長として年少組の世話をしてくれている。


「そうですか、良かったですね。ミオ、随分眠そうな顔をしていますが大丈夫ですか?」

「うん! フレイからのおてがみよむまで、は……ねない、から……」


 それまでにこにこと笑っていたミオだが、急にその表情がふにゃりと蕩け、がくんと身体が崩れ落ちる。地面に激突する前にマリーが抱き留めた。


「ふふ、お手紙待つって頑張って起きてたもんね。郵便屋さんから受け取るなり走り出したのはびっくりしたけど」

「だな。他の奴らも寝ちまったかもしれないし、戻るか」

「うん。シスターの分置いとくね」


 マリーが封筒の中から一枚手紙を取り出し机の上に置くと、二人は部屋から出て行った。まだ大変なこともあるようだが、年が近い子供とも連携し、よく面倒を見てくれている。


(フレイはずっと一人で面倒を見ていたのですから、随分頼りきりになっていましたね)


 机の上に置かれた手紙を指でなぞる。そこに何が書かれているのか、想像してシスターは静かに笑みを零した。






 孤児院から出る時、フレイは毎日五十枚手紙を書くと言ったが、それはやはり難しかった。忙しい学園の日々で手紙をゆっくり書く時間はないし、王都から離れた孤児院に届くのは時間がかかる。

 今は週に一回、まとめて手紙を送ってもらっている。子供達も楽しみにしているようで、手紙が届く日になるとそわそわし、手伝いも頑張るようになった。

 フレイが孤児院を離れてから、暫くは大変だった。およそ三十人ほど居る子供達を一人で見ていたフレイの存在は大きく、年少組は夜になるとフレイを恋しがって泣いていた。

 それ以上に、年長組の落ち込みようは凄まじかった。特にフレイと過ごした時間が長いルカとマリーは泣きこそしなかったものの、その表情は暗かった。


(マリーが『フレイを作り出す』と言って孤児院中の肉をかき集めた時は驚きましたね。ルカが落ちていた鳩の羽根をフレイに見立てて話しかけた時も)


 しかし、いち早く立ち直ったのもまたルカとマリーだった。「いつかフレイが戻って来た時、胸を張って褒めてもらえるように」と年少組の着替えを手伝ったり、一緒に遊んだりとフレイがしていたように面倒を見るようになった。

 それに加え、フレイからの手紙が支えになった。フレイと別れて悲しかったのもあるが、辛い思いをしていないか心配だったのだろう。楽しいことが綴られた手紙を毎週待つうちに、少しずつ孤児院に笑顔が戻って来た。

 現在は遊ぶ時間、勉強する時間、運動する時間と年齢ごとに一日のスケジュールを立てて毎日を過ごしている。マリーは字を教え、ルカは身体の鍛え方を教えている。植物が好きな者で花壇や畑も作り始めたようで、もう少しで野菜が穫れそうだとミオが教えてくれた。


(本当に、子供達の力は素晴らしいですね)


 泣き喚く子供達を宥めていた時、シスターの方が悲しそうだと言われたことがある。実際、フレイが居なくなってかなり気持ちが沈んでいた。

 いつも当たり前のように見ていた笑顔がなくなり、悲しむ子供達にも寄り添えていなかったのだ。そう気付いたのは、自分達で立ち上がる子供達を見ていた時だ。


(今はこんなに笑顔が増えて、子供達同士も仲良くなって……昔では考えられませんね)


 シスターは元々神殿務めだった。代々女神様に忠誠を捧げる家庭に生まれ、毎日祈りを捧げるのが当然だった。女神様こそが正しいと信じ込み、神殿で女神様への信仰心が足りない者には苦言を呈していた。

 しかし、その態度が気に入らなかったのか、他のシスターに嵌められこの孤児院に飛ばされてしまった。これはあとで知ったことだが、実家も心から女神様を信じてはいなかったようで、真面目なシスターのことを疎ましく思っていたらしい。

 ここは元は教会だったが、神殿の慈善事業ということで孤児院になったらしい。ここら一帯は治安は良いが豊かでもなく、毎日祈りに来るような人は居なかった。

 孤児院になったということも周知されていなかったが、女神様に最も近い場所である神殿から飛ばされた当時のシスターは新しい仕事にやりがいを見出だせず、ただ女神様に祈り続ける日が続いた。

 そんなある日、静かな孤児院で一人眠っていると、夢の中で白い羽根が舞うのを見た。白い羽根は女神様の分身とされており、夢でそれを見るのは吉兆の証とされている。

 シスターは何かの声で目を覚ました。まだ朝日は昇りきっておらず、薄暗い中で何かの泣き声が聞こえる。導かれるように玄関へ向かい──言葉を失った。


 玄関には、真っ白な布で包まれた赤ん坊が泣いていた。生まれたての朝日に照らされ、白い羽根が待っている。その世界に祝福されたような姿に、シスターは暫くの間立ち尽くしていた。

 一層泣き声が酷くなり、我に返ったシスターは慌てて赤ん坊を孤児院に入れた。赤ん坊の世話などしたことはなかったが、即席の服を着せてパン粥を食べさせると、それまでの大泣きが嘘だったかのようにきゃらきゃらと笑った。

 それから孤児院はシスターだけではなくなった。フレイと名付けた子供が物心ついた頃、孤児院に子供が連れて来られるようになった。どうやら、フレイと過ごす様子を見て孤児院だと認識されたらしい。

 親に虐待されていた子供、口減らしのために連れて来られた子供、事故で親が亡くなった子供と色々居たが、フレイはその全員を家族のように愛し、慈しんだ。そのおかげで今の孤児院がある。


(フレイは本当に、良い子だった)


 赤ん坊の時はよく泣いたし、大きくなってからもたまに悪戯をして、よく眠って、周りに気を配れる子だった。泣いている子が居れば側に行き、眠れない子が居れば抱き締めて優しく歌を歌っていた。


 フレイを拾ってから十五年、まさか彼女が聖女だとは思わなかった、と言えば嘘になる。


 フレイと出会った日、彼女を照らしていた朝日と舞っていた白い羽根が未だに焼き付いている。親に捨てられたのか、そうではないのかは分からないが、ただの子供ではないと思っていた。

 あの白い髪も、金色の瞳も、初代聖女様とそっくりなのだ。この国は黒髪と白髪はほとんど生まれない。もしこの街の子供なら、捨てられる前に物珍しい髪を持つとして売られていただろう。

 フレイにはそのことを伝えていない。他の子と同じように、家族に捨てられたのだと教えてある。顔も覚えていない家族のことは気にしない、とフレイが言ってくれたのは幸いだった。

 これから先、フレイにどんな運命が待っているのかは分からない。だが、歴代聖女で幸せになれた者は少ない。国を守るという重責、魔物と対峙する恐怖と常に戦わなければいけないのだ。いつまで生きられるかも定かではない。

 それでも、フレイは帰ってくると言ってくれた。だから、シスターも子供達も、フレイを信じて待っている。

 だが、シスターにはもう一つ、心配していることがあった。






「みてみて、もうこんなにさいたんだよ!」

「まぁ、よく頑張りましたね」


 ミオに連れられて庭に出ると、花壇には大きく花開いたマーガレットが咲いていた。真っ白な花弁は時折風を受けて揺れている。

 遠くからはルカが子供達と遊ぶ声が聞こえてくる。木陰ではマリーが本を読み聞かせ、うとうとと微睡んでいる子供も居た。


「フレイがかえってきたら、このおはなあげるんだ! よろこんでくれるかな?」

「えぇ、きっと大喜びですよ」


 もしミオがこのマーガレットを手渡したら、「あのミオがこんな綺麗なお花を育てられるようになったなんて……頑張っただね!」と言って号泣するだろう。その様子を思い浮かべてふふっと微笑むと、ミオがぱっと顔を輝かせた。


「あ! シスター、フレイのことかんがえてるでしょ」

「え?」


 どうして分かったのだろうか。ミオに聞いてみると、彼女は小さな身体でふふんと胸を張って答えた。


「だって、シスターはフレイのことがだいすきだもん! おてがみよむのもすっごくたのしみにしてるの、わたししってるよ!」


 その子供にシスターは目を見開いた。こんな小さな子供でも分かるほど、自分はフレイを愛しているのか。

 手紙を持ってくるなり眠ってしまったミオの姿が思い出される。あれは自分が早く手紙を読めるように、と気遣ってくれたのだろうか。

 サァ、と心地よい風が流れていく。シスターはふっと笑って、ミオの頬を撫でた。


「そうですよ、ミオ。私も、フレイのことが大好きです」






 聖女になったフレイは、どう足掻いてもこれまで通りでは居られないだろう。国を率いる存在になって、権益目的で近づいてきたり、その権力に嫉妬する輩も増えるはずだ。貴族に囲まれて、自分を見失ってしまうかもしれない。

 だけど、もし願っても良いのなら。母親として笑顔で見送ることも出来なかった自分が願っても良いのなら。


(どうか、聖女としてではなく、本当のあの子を見つけて愛してくれる人が現れますように)

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