Ⅱ-11 驚きの再会
扇子がフレイの顔に振り下ろされる直前、聞き覚えのある声が聞こえた。フレイにだけはその顔が見えて、どうしてここに、と困惑する。
令嬢達が一斉に振り向くと、そこには銀髪に青い瞳の青年が立っている。彼は夜の街で出会った青年にそっくりだった。
「リ、リアン第二王子殿下……!?」
令嬢が扇子を下ろし、震えた声で名前を呼ぶ。え、と場に合わない間の抜けた声が出そうになり、慌てて飲み込んだ。
「聖女を侮辱し、暴力を振るおうとした──それがどういうことか分かっていたのか?」
「い、いえ、わたくし達は、ただ……」
「ただ、なんだ?」
最後に見たあの寂しい笑顔が嘘だったように、リアンは冷たい瞳で令嬢を見下ろしている。令嬢達は青褪めた顔を見合わせ、「し、失礼致しました……!」と叫ぶと、令嬢とは思えない猛ダッシュで去って行った。
「……」
沈黙が落ちる。フレイが恐る恐るそちらを見ると、リアンもなんとなく気まずそうな顔でこちらを見ていた。
「えっと、貴方は……」
攻略対象なのだからお忍びの貴族なのかな、と呑気に考えていたが、本当にやんごとなき身分のお方だった。
リアンは息を吐き、フレイから視線を逸らす。
「……そうだ。俺はリアン・アシュアケット、第二王子だ」
「あ、あああああフレイ・リンドゥルクです! 昨夜は大変失礼なことを、というか先ほどもお手数おかけして、いや助けていただいて本当にありがとうございました!」
フレイは土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。助けてもらった感謝も忘れ、自分が名乗ることもせず相手に先に名乗らせるなんてあまりにも不敬すぎる。
(私、昨日第二王子の裸見ちゃったってこと!? いや、正確には裸じゃないけど!)
「うぉっ、急に何だよ。別に助けたんじゃなくて、昨日の借り返しただけだし……」
リアンは後頭部を掻きながら小さい声で何やら呟いている。その顔は怒っているようには見えず、フレイはほっと息を吐いた。
「……お前、この学園の生徒だったんだな。しかも聖女だったなんて」
「い、いえ……私も、まさか第二王子だったとは知らず……」
まさか第二王子があんなところに居るなんて誰も思わないだろう。王子がお忍びで街に降りるなら護衛が居そうなものだが、昨日のリアンは一人のようだった。
「昨日、あのあとは大丈夫でしたか? また誰かに襲われたりは……」
「大丈夫だ。それに、あいつには恨まれることをしていたから」
「恨まれる、って……」
男の様子からして、八つ当たりか酔った勢いでやってしまったのかと思っていたが。リアンはふっと自嘲的な笑みを浮かべて遠くを見た。
「あの辺りは割と治安が良いが、少し王都から離れると無法地帯になる。お前には分からないかもしれないが、夜になると娼館が開いて、女が身体を売っているんだ」
「……分かりますよ、それくらい」
孤児院の周りにはなかったが、生きるために自分を売る、そういう職業があるのも知っている。寧ろ、第二王子であるリアンが知っている方が驚きだ。
「高級娼館ならまだ良いが、安いところは客の層も悪い。暇潰しには丁度いいと思って俺がその娼館に通って金をつぎこんでやった」
その金で劣悪だった環境──例えば娼館の外観や娼婦の健康状態など──を整えた結果、少しずつ客の層も変わっていったらしい。
適正な金を払う紳士的な客が増え、サービスだろ、と言いながら娼婦の身体を撫で回す客が入りにくくなった。金のない男達が欲を満たす場所ではなく、日頃の疲れを癒やす場所に変わったそうだ。
「あの男はとある娼婦にぞっこんで、身請けする金がないにも関わらず、何度も執拗に自分と結婚するよう迫っていた。だが、客の層が上がれば払う金も増え、当然料金も上がる」
そうして金がなくなった男は娼館に通えなくなった。それはリアンのせいだと逆恨みされ、ああして襲われていたらしい。
(リアン様が、娼館に通って……)
何をするのか詳しくは知らないが、リアンの口ぶりからしてもあまり褒められた職業ではないことは確かだろう。リアンはそんな場所に通って金を落としていた。
「……なんだ、軽蔑したか? まぁ、聖女様には分からなくても仕方な……」
「凄いです、リアン様!」
ぱぁっと顔を輝かせたフレイに、リアンはは? と目を見開いた。
「そこのランクを上げるためにお金を払って設備を整えるなんて、思いつきませんでした。リアン様は凄いですね」
娼館をなくしたらそこで働く人の仕事がなくなってしまうし、やりがいを見つけている人も居るだろう。かと言って客を規制しても店の質が伴わなければ、結局質の悪い客の相手をするしかなくなる。
娼婦を救うためにそんなやり方があるとは考えもつかなかった。フレイがきらきらした目で見つめると、リアンは赤くなった顔を手で隠した。
「べ、べべ別にそんな大したことじゃ……俺はただ、暇潰しに娼館に行ってただけで……」
「でも、娼館の設備を整えられるほどお金を使えるなんて誰にでも出来ることじゃないですよ。リアン様は優しい方なんですね」
「〜〜〜っ、だからやめろ!」
リアンは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。まさか怒らせてしまったのでは、と思ったが、怒っているというよりは照れているように見える。
(褒められるの苦手なのかな?)
王子というと、てっきりたくさん褒められているものと思っていたが、リアンはそれが苦手なのかもしれない。もしくは、あまり褒められた経験がないのか。
「……アレクシスに比べたら、俺のやったことなんて大したことじゃない」
「え?」
そっぽを向いたままのリアンが何か呟いた時、学園に昼休みの終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。
「あ、もう戻らないと……!」
色々あってサンドイッチを半分くらいしか食べれなかった。授業中にお腹鳴らなきゃ良いな、と思いつつフレイは食べかけのサンドイッチやノートを片付ける。
「もうそんな時間か。悪かったな、長話して」
「いえ、私もリアン様とお話出来て楽しかったです! 良かったらまたお話しましょう」
フレイはリアンに笑いかけると、失礼しますと頭を下げて教室へ駆けて行った。
その背中を見送ったあと、リアンは「……楽しかった、か」と呟き立ち上がる。リアンの背中は教室とは反対方向に消えて行った。




